「やりがい」は働いてみないとわからない|成長意欲のある企業を探し、自分を好きでいられる仕事を選ぼう

タカラレーベン東北 取締役営業本部長 我妻 美香さん

Mika Agatsuma・音楽大学を卒業後、2007年タカラレーベンへ新卒入社。入社5年目で管理職に抜擢される。2015年より、グループの全国進出の皮切りとなったタカラレーベン東北の立ち上げに従事。2018年より現職

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「1番になれる場所」を求めて音楽から離れる決断をした

1番になれる領域で勝負したい」。そう思い、幼い頃から志してきた音楽の道を辞める決断をしたのが、キャリアにおける最初のターニングポイントです

高校からサックス専攻で音楽高校に通い、特待生として東京の音楽大学に進学。しかし日本各地のナンバーワンが集うのが、東京の大学です。この4年間で、自分の限界を知ることとなりました。「そこそこにはなれても音楽の道で日本のトップになり、世界に羽ばたく音楽家になるのは難しい」と判断し、卒業とともに音楽の世界から離れる決断をしました。

言ってみれば挫折ですし、簡単な決断ではありませんでした。一方で「辞めるならこのタイミングしかない」とも思っていました。学生というステージが終わり、社会人として新たなスタートを切れる、人生の大きな区切りだと思ったからです。

2歳上の姉が同じ大学を卒業後、地元に帰って音楽を続けている姿を見ていたことも大きかったですね。「私は東京に残って自立したい」という気持ちもありました。

そうして注目したのが、不動産業界です。音楽以外の世界はほぼ知らなかったのですが、家族が地元・仙台で街の不動産屋をやっていたので、知識や資格がない状態からでもスタートできる、ということだけは知っていました。

タカラレーベンへの入社を決めたのは、座談会で会った女性の先輩がキラキラと輝いて見えたのが理由です。「日焼けもするし、体力もいるし、友達ともなかなか遊べなくなるけど、仕事は楽しいよ! 」という率直な意見を聞けたことに加え、当時は首都圏のみの店舗展開で「絶対に東京で働ける」という条件も決め手になりました。

そうして不動産の世界に飛び込んだことが、キャリアにおける2つ目のターニングポイントといえるかと思います

入社してからは、かなりの遅咲きでした。同期の活躍を横目に、ようやく初契約を取れたのは10月。結果を出せなかった半年間は相当につらかったですが、優秀な先輩の真似ばかりしていて、自分らしさを出せていなかったのが原因だと思っています。

先輩のイントネーションからトークの間合いまで、何もかもコピーしていたのですが、あるとき「貫禄のあるベテランの男性の先輩と、22歳の女性の自分が同じことを言っても、顧客には同じように響くわけがないよな」と気付いたのです。

そこから自分の風貌に合ったトークに組み替え、人生経験豊富な年上の顧客と話ができるよう時事ニュースやスポーツ、株などの知識を広く浅く勉強することで、少しずつ信頼をいただけるように。初契約後は順調に成績を出せるようになり、1年目をトップで終え、2年目には新人賞も獲得。入社時に憧れた先輩のように、仕事に100%のエネルギーを注ぐ多忙な日々を過ごしました。

音楽をやっていた経験も、仕事ではかなり役立ったように思いますね。学生の頃は、狭い防音室で6時間、ぶっ通しで楽器を練習し続ける……なんてこともザラにありましたし、コンクールなどを通じて「定めた目標に向かって、忍耐強くコツコツと頑張る」という素養は身に付いていたように思います。

人を育てるやりがいを見出せた20代。意図せず地元に戻ることに

次なるターニングポイントは、管理職に抜擢いただいた27歳の折です。入社5年目の新卒社員としては最速で管理職へ抜擢いただいたということもあり、心からうれしかったことを覚えています。

しかしタイミングを同じくして、遠方への転勤が決まった相手との結婚話が持ち上がります。相当悩みましたが、「今を逃したら、管理職になれるチャンスはもう来ないかもしれない。どうしても1回管理職をやってみたい」と思うに至り、東京に残って管理職に就く道を選びました。

私の場合は、相手の転勤という要素が重なったので二択で選ばざるを得なかったのですが、当社の社員たちを見ていても「女性はどうしても、結婚や出産とキャリアアップの時期がぶつかりやすいな」という印象を受けます。

本人に両立しようという意欲がなければ、どんなに制度が揃っていても難しいので、「どちらかを選ばなければ」ではなく、できるだけ欲張って、胸を張って「どっちもやりたいです! 」とアピールしてほしいですね。そうすれば案外、周囲はサポートしてくれるものです。私もそういう社員がいたら、全力でサポートしたいと思っています。

話は戻りますが、そうして張り切って就いた管理職になって以降、もっとも注力したのは後輩たちの育成です。一人ひとりの人生を預かっている意識も強かったので、「この子の人生のために、どうしてあげるといいのか」ということは常に考えていましたね。3〜4歳しか違わない部下に「母」というニックネームで呼ばれていたこともあります(笑)。

良いことは皆の前で賞賛し、指摘や指導は根拠を必ず伝える……ということを繰り返しているうち、次第に「我妻のチームに行くと新人が育つ」と言われるようになり、チームとしても、しっかり利益を上げられるようになっていきました。

そうして3年ほどが過ぎた頃、東北にグループ初の地方拠点を立ち上げることが決定。その営業責任者として頑張ってもらえないか、と打診をいただきました。最初に聞いた瞬間は「東京にいたくて就職したのに! まだ全然帰りたくない」というのが本音でした(笑)。全国展開をしていくかを決める試金石としての拠点、ということだったので、プレッシャーも相当に大きかったです。

一方で「新しいチャレンジをして、今以上の職域のことができる」と思うと、ワクワクする気持ちもありました。人に頼られるとやりたくなってしまう性分でもあり、引き受ける決意をしたのが、4つ目のターニングポイントです。当時のチームから4名のメンバーを連れて、地元・仙台へ出向くことになりました

「自分にとっての正解」を柔軟に表現できる若手は活躍しやすい

キャリアにおいて重要な決断をする際には「何のために、私はこれをやろうとしていたのか? 」という最初の目的を意識します。上述の例でいえば、その世界で一番になりたくて不動産業界に飛び込んだことを思い出せば、昇進を断る理由はない、となりますね。

併せて「ベターな選択ではなく、自分にとってベストな選択はどれだろう? 」という客観的な目線も意識します。見方や切り取り方を変えれば「正解」はいくらでも思いつきますし、主観的に見てしまうと、正解の選択肢のなかから好き・嫌いで選んでしまいやすいからです

そのように「自分にとっての正解」を自分の頭で考えられる社員は、入社後に大きく伸びている印象もあります。

ただ面接をしていると、きれいな言葉を暗記して「一般的な正解」を取ろうとする学生も少なくないように見受けます。正解を準備して臨むためか、こちら側が意外な質問をしたときに言葉に詰まってしまう場面も。

一生懸命に話してくれる姿から真剣度は伝わりますが、企業側が若い皆さんにもとめているのは、こちらにない感性や個性、新しい感覚や常識の部分です。「自分はこんな人間なんだ、自分はこれが正解だと思うんだ」ということを、そのまま素直に出してぶつかってきてくれたほうが、採用側には魅力的に映るはず。我々も皆さんに勉強させてほしい、と思っています。

「生意気なことを聞いたら、悪い印象に見えるのではないか」と心配する人もいるかもしれませんが、自分らしさを隠していたら、こちらも皆さんの人柄を知ることができません。「ちょっとくらいはみ出していても、正直な自分を見せてくれたほうが、キラキラして見えるよ」ということは、ぜひ知っておいてほしいですね

入社後も上司の言いなりになる必要はありませんが、「自分にとっての正解」が何もかも通じるわけでもありません。最終的な結論を出していく過程では、ベテラン社員らの経験値やノウハウなども加味して判断されます。

世代の違う社員間で率直に意見を交わし合い、価値観のすり合わせをすることで良いものが生まれる……という状況をつくりたいと、多くの会社は考えているはず。それぞれに自分が思う正解を持っていて、「今回のベストな正解はこっちだね」とそのときどきで判断をしています。「正解はひとつじゃない」ということは、柔軟に理解しておくと良いかと思います

絶対条件を絞りつつ「自分大好きモード」で就職活動に臨もう

就職活動においては、回を重ねるごとに自信がなくなり、徐々に自分らしさを表現できなくなってしまう……ということもあるかもしれません。選ばれないことに傷つき、ネガティブなループに入ってしまったときにも、「この私を素敵だと思ってくれる会社は絶対にあるはず! 」ということは忘れないでほしいです。

今のままの自分でもすでに100%で、ただ何か必要だと思うならば、そこから知識やスキルなどの武器を身に付けていけばいいだけです。「自分は十分に素晴らしい」ということは、徹底して自分自身に伝え続けてあげてください

自分の個性を発揮できる場所」ではなく、「会社側に自分を合わせる」という就職のしかたもあるとは思いますが、いずれにしても「自分を好きでいられる仕事」でなければ、入社後の活躍も望みづらいと思います。就職活動には、ぜひ自分大好きモードで臨んでください!

ファーストキャリアに関しては、「どんな会社に入っても、しんどいことはある」「楽な会社はない」という前提で臨むと良いと思います。初めてのことは、誰でも、何をしても、それなりにしんどいもの。「仕事のなかで後悔や挫折を一度もしたことがない」という人はいない、ということも知っておいてほしいですね。

希望や理想をすべて満たす会社は存在しないので、自分のキャリアに対する目的と照らしあわせたうえで、「これだけは絶対に譲れない」という絶対条件と、「こうだったらいいな」くらいの希望条件に分けて考えてみるのもおすすめです。

希望条件はいくらあってもいいと思いますが、絶対条件は絞っておきましょう。最低限、絶対条件を満たしている仕事を選べば、入社後につらいと感じることがあったときも、踏ん張ることができやすいと思います。

やりがいは未知数。「何かを得る」までは頑張ってみるのは一案

企業選びにおいては、「成長意欲を持った会社かどうか」を見てみることをおすすめします

具体的には、「現状をキープしようとしているのか、それともチャレンジを積極的にしている会社なのか」という観点を大切にしてください。変化が目まぐるしい時代、新しいチャレンジに労力をかけている会社のほうが、5〜10年後に勝ち残っている可能性が高く、働きながら学べるものも多いと思います。

企業の成長意欲を量るには「業績が伸びているか」を見てみるのも一案ですし、面接などでも「会社の将来についてどう考えているのか」を臆せず質問してみるといいと思います。

やりがいを持てる仕事を探している人もいると思いますが、「やりがいはやってみないとわからないよ」ということは、自分の経験から思っていることです。

成果が出なかった新人時代、私は何度も「会社を辞めよう」と思いました。ただ「成約が取れない」という理由で辞めるのが悔しかったので、「契約を上げてから、会社に必要だと言われてから辞めてやる! 」と決意。成約を上げられるようになると、あっという間に仕事が楽しくなり(笑)、やりがいも感じられるようになりました。

皆さんが就職活動や新人時代に「つらくて辞めたい、逃げ出したい」と思うことがあったら、「せめて何かを得てから辞めようかな」ということは一度考えてみてほしいですね。「逃げるように辞める」を選ばずに一定期間でも頑張ることができれば、その経験は必ず後から生きてくるはず。自分なりに頑張ったと思えたら、本当に辞めるか続けるかを決めれば良いと思います。

自分がやりたいことを実現できる立場に。地域にも貢献していきたい

最後に、仙台に来てからの私のキャリアについてお話しします。

仙台には高校時代までしかいなかったので、ある程度の土地勘はあったものの、人のつながりはほとんどありませんでした。情報を得るためにも、まずは現地のネットワークの内部に入り込むことが重要だと感じ、到着後はまず人脈づくりに奔走。仙台は人の出入りが割と多い街で、外から来る人や企業にウェルカムな土地柄であることは幸いしたように思います。

現地採用もおこない、立ち上げの段階で10名体制にはしましたが、最初の数年間は本当に大変でした。東京の拠点のように業務分担ができていないので、全員が自分の管轄外のことも精力的にやっていかなくては仕事が回らないような状況でした。

文字どおり休みなく働き続けていましたが、私自身「組織を作り上げるまではやるぞ! 」と決めていましたし、皆が同じ方向を見て頑張ってくれていること自体はうれしく、そして楽しく感じていました。

立ち上げ3年目には、現地での新卒採用もスタート。今年で8年目を迎えますが、社員数も80名ほどになり、順調に組織が育ってきている手応えを感じています。

キャリアにおける充実感も、少しずつ変わってきています。入社してからずっと「会社のために」という思いで走ってきましたが、今は「自分の人生のために」という目線も生まれてきています

やるべきことをやってさえいれば、会社の利益になることはなんでもチャレンジできる立場になれたので、今後は「自分がおもしろいと思える、新しい事業をやっていくこと」がキャリアにおける目標です。仕事が好きすぎて、つい欲張って100%で働いてしまう性分なので、「仕事の30%は人に任せる」のが今の個人的なテーマでもあります。

この8年間で、仙台のことも大好きになりました。地域とのパイプもできてきましたし、地域の方々から「住みやすくなった、ありがとう」といった声が聞けるやりがいも感じられています。東京時代にはなかった、地域貢献への思いも生まれてきていますね。これからも仙台を舞台に、いろいろな挑戦をしていきたいと思っています

取材・執筆:外山ゆひら

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