経験したことは決して無駄にはならない|“自分がやるべきテーマ”を見つけたときにスタートダッシュを切れる自力を磨いておこう
一般社団法人りむすび 代表 共同養育コンサルタント しばはし聡子さん
Satoko Shibahashi・大学卒業後、1996年にエネルギー業界団体に入社。広報・秘書などを勤めたのち、2016年4月「せたがや離婚・面会交流相談室りむすび」を設立。2017年10月に一般社団法人りむすび設立後、現職。NPO法人日本家族問題相談連盟認定 離婚夫婦問題カウンセラー、日本離婚・再婚家族と子ども研究学会監事、NPO法人あごら理事
一般職の仕事に物足りなさを感じていた20代。少しずつでも仕事の幅を広げた
社会人20年目に起業をしようと決めたことが、私のキャリアにおいて最大のターニングポイントです。ただそれまでを遡ると「出産後も仕事を続ける」と決めたことも、1つのターニングポイントだったように思います。
猛勉強をして大学へ進学した反動もあり、大学ではすっかり燃え尽きて、勉強もせずやりたいこともなくふわふわとした学生時代を過ごしていました。気が付けば就職活動が始まり、周りと同じような大手の上場企業をひととおり受けてみましたが、仕事に対する熱量もなく、また超就職氷河期ということもあって軒並み不採用に。縁あってエネルギー業界の団体に拾っていただきましたが、どんな仕事をするのかも知らないような状態で入社をしました。
今から27年前の話ですが、当時は女性は結婚や出産をしたら辞める風潮があり、それを前提に一般職を選ぶ女子学生もいるような時代でした。私も例に漏れず一般職として入社しましたが、「なぜお茶汲みをしなきゃいけないんだろう」などと思ったり、総合職を選んだ同級生がバリバリ働いている話を聞くとモヤモヤしたり、ということはあったように思います。
電話の取次も一般職の仕事でしたが、「自分でも知識を学んでお客様の問い合わせに答えたい」と思って上司に伝えたところ、総合職に近い仕事をさせてもらえるようになり、その後は運良く、広報のアシスタントとして実務に携わるチャンスもいただきました。
自分のスキルを上げていくのが楽しくなり、毎週『ケイコとマナブ』を愛読し、日本語教師やファイナンシャルプランナーの資格を取得したり、司会業を学ぶスクールに通ったりと、オフも忙しく動いていましたね。一般職の仕事では満足しておらず、余力があったのだろうと思います。
結婚や出産で周りの女性社員たちが次々と辞めていく時期になり、私もそうするつもりでいたのですが、当時の夫から「せっかく恵まれた制度がある会社にいるのに。辞めてやりたいこともないなら続けてみたら? 」と提案をもらい、退職せず仕事を続けてみることにしました。
育児休業や時短勤務の制度はあったものの利用する社員は少なく、社内ではパイオニアのような状態でした。つわりで席を空けると「サボっている」と言われたり、出産前もそれなりに大変でしたが、出産後のほうが物理的にも精神的にもはるかに大変でした。それでも続けて良かったと思えることは多く、背中を押してくれた元夫には感謝しています。
業種よりも“職種”に注目を。自分の特性を知ろう
振り返れば、出産前の20代の私は「何かしたい。でも何をしていいかわからない」という沸々とした思いを抱えながら日々を過ごしていた気がします。
だからこそ、やりたいことがある学生の人には「今やりたいことをやればいい」というメッセージを送りたいですね。1年後どうなっているかすらわからないのが人生ですし、なによりもやりたいことがあるというのは当たり前なことではなくすばらしいこと。未来のために今やりたいことを我慢などする必要はないと思います。その時々の局面でちゃんと考えれば、対処はしていけます。
また、結婚を視野に入れている場合にはパートナー選びも重要です。せっかくやりたいことが実現できていたとしても家庭不和が起きると仕事のパフォーマンスはぐっとさがります。仕事と育児を両立したいならば、その気持ちに共感して寄り添ってくれるパートナーを選べばいいですし、逆に最初から「将来は家庭や育児に専念したい」と思っているならば、自分の価値観に共感しあえるパートナーを選べばいい。相手がどうこうではなく、すべては自分次第です。そう心得ていれば、自分の希望に近いキャリアを選んでいくことができると思います。
企業選びにおいては、2つの観点から見てみることをおすすめします。1点目は人間関係です。その会社の仕事を続けられるかどうかは、7割くらいは人間関係が関係していると私は思います。いくら仕事が忙しくても職場の人間関係がよければ乗り越えられるものですが、自分の意見が言いづらい、風通しが悪いなどといった環境の悪さからジョブチェンジする人も多いのではないでしょうか。
もう1点は、業種よりも職種に注目することです。「メーカーに行こうか、金融業界に行こうか」といったことよりも、「営業、経理、クリエイティブのどれをやりたいのか」といった職種の目線から絞っていったほうが、自分の満足いくキャリアに近づけると思います。
具体的に浮かばない場合は、「人とかかわりたいのか、モノとかかわりたいのか、数字だけ見ていたいのか」といった尺度で考えてみるのはひとつです。「チームで仕事をしたいのか、自分主導で動きたいのか、もくもくと作業をしたいのか」といった尺度でも、希望する職種は変わってくるはずです。つまりは自分の特性を知ることが大事なんですよね。
入社後すぐにやりたい職種を任せてもらえるとは限りませんが、自分の向き不向きを早くから把握しておけば、早いうちから「こういうことがやりたい」とアピールし続けることができるので、入社後のチャンスも掴みやすくなると思います。
使命感を持てるテーマに出会い、独立を決意。1社目のあらゆる経験が活きた
20年間を過ごした1社目を辞める決断をしたのは、電力を取り巻く状況が変わってビジョンが見えなくなってきていたことと、私自身の離婚経験が関係しています。
離婚の過程で「この分野に詳しい相談相手がいたらいいのに……」と強く感じたことから、ボランティアで、子連れ離婚の相談業を始めてみることに。欧米では一般的ですが、日本では「離婚後も子どもには両方の親でかかわることが大事」というメッセージを出している人は少なく、想像以上にニーズがあることがわかったので、事業開始から半年程度で、会社員をやめて独立してやっていこうと決めました。
当時は会社で秘書をしていたのですが、「秘書の代わりはいるけれど、この仕事を他にやる人はいない、世の中に必要な活動だ」と強く思えたので、会社を辞めることに迷いはなかったですね。
いざ開業し、自宅のPCの前に座っていた時期のことはよく覚えています。ブログを書きながら、組織に属していない不安感、ありあまる時間がある恐怖など、いろいろな感情がよぎりましたが、「辞めなければ良かった」とは一度も思いませんでした。法人設立に向けた定款作成や商標登録などにも自力でチャレンジし、やり遂げたときの達成感はかなり大きかったです。
独立後は、1社目のあらゆる経験が生きています。経理の知識や雑務の経験、電話やメール対応のしかた、お茶汲みの作法にしても何ひとつ無駄になっていません。役員秘書をしていた頃に身に付けた常に先を見据えて動くスケジュールの感覚や、社会的地位のある40〜50代の男性への対応の仕方なども、大いに役立っています。
役員に「お土産を買ってきて」と頼まれていたことですらも、当時はブツブツ言いながらやっていましたが(笑)、間違いのない手土産の知識を持っていて損はない、と今では思えています。
新人の頃は「この仕事をやって何の意味があるんだろう? 」と思うようなこともあるかもしれませんが、そうした経験値が先々に生きてくる可能性があることはぜひ知っておいてほしいですね。どんな仕事も自分の捉え方次第でのちに活かせるので、雑務も無駄だと思わず取り組んでみることをおすすめします。
人生の逆境を経て、“絶対に辞められない”キャリアのミッションを見つけた
起業後の一番大きなターニングポイントは、メンバーを迎え入れようと決めたこと。最初は「私が現場に出なければ」という強い使命感があり、乗り気ではなかったのですが、体調不良で支援に行けなかった出来事をきっかけに、複数名の支援者で回す体制にしていこうと決めました。
いざやってみると、多様な支援者がいることはとても良いことだと思えるようになりました。相談者さんにもいろいろな考えや価値観を持った方がいるので、相性の良い方を探せる選択肢はあったほうが良いと思えたからです。対人支援では「期待に応えられない」と感じる場面に必ず出くわすものですが、いろいろな支援者がいれば、その確率も下げることができます。
現在はコアメンバーが5名、全国に60名ほどの登録スタッフがいる状況です。私自身もずっと現場に出るイメージでいたのですが、安心して任せられるメンバーが増えたので、自分はこの活動を広める役割に専念しようと決意。今は既存顧客様の対応以外、ほぼ現場からは退いています。
採用に関しては、「毎週2時間のミーティングを一緒にしたいと思えるか? 」というシチュエーションを想像しながら決めることが多いですね。
一生の仲間とも家族とも思えるような素晴らしいメンバーに出会うことができたので、今は皆がのびのびやってもらえるような組織づくりにもやりがいを感じており、依頼者ファーストの姿勢と、団体の仲間を守るバランスをうまく取ることも意識しながら運営をしています。
また最近は、離婚後の親権や子育てに関する法律改正の動きに伴い、国の委員会から参考人として呼んでいただくなど、これからの社会のモデルを考えるうえでの一助になれている手応えを得ています。自分が必要だと思うことを愚直にやっているうちに、もとめていただける場所が自然に広がっている感覚です。
時代の少し先を行くテーマに取り組み、そのノウハウを提供することで社会貢献につなげられる実感もありますし、今はもう「絶対に辞められないキャリアミッションを手にした」という感覚ですね。事業を全国拡大し、全国で困っている人たちの役に立つことが、今後のキャリアでかなえたいミッションです。
自分がやりたいこと、やるべきだと思えるミッションというのは、実は“逆境”から生まれて来るものなのかもしれません。離婚が楽しい人生経験であれば、私もこの事業をやるべきだとは思わなかったでしょうし、ネガティブな出来事だからこそ、使命感に突き動かされたように思います。
そう考えれば、やりたいことというのは、見つけようと思って見つけられるものではない気もします。やりたいことを見つけるために、つらい逆境に飛び込む人もいないと思います。ただ、いざやりたいことを見つけたとき、パッとスタートダッシュを切ることができるだけの知見や広い視野を養っておくことは大事な気がします。
身に付けたいスキルがあるなら学生時代のうちから少しチャレンジしてみたり、人とかかわるのが好きならば、いろいろな人に会える交流会に出かけてみたり、キャリアの選択肢をいかようにも広げられる準備をしておくのが最善だと思います。
会社員経験のなかにも想像以上にたくさんの学びがあるので、自分がどんな性質の人間なのか、何が好きでどんなときに憂鬱になるのか……といった自己理解を深めながら、目の前の仕事に愚直に取り組んでみてください。その頑張りを見ていてくれる人がいて、次の成長のチャンスをもたらしてくれることもあるかと思います。
身近なコミュニティの大切さを忘れなければ、幸せなキャリアを歩むことはできる
これからの時代に活躍すると思う人材の共通点は3つあります。
1つ目は「情報をキャッチアップできる人」。変化が激しい時代に受け身でいると、確実に置き去りにされてしまうので、指示待ちにならずに情報をキャッチアップする姿勢や、二手三手先のアイデアを提案する意識は必要だと思います。
2つ目は「やりたいことに手を挙げられる人」。遠慮や謙遜が美徳とされがちな日本ですが、やりたいことがあったら、迷わず恥ずかしがらず「ハイ! 」と手を挙げることができる人にチャンスは巡ってきます。
3つ目は「自分の意見を言えるけれど、人の意見を否定しない人」。イエスマンにならず、臆せず自分の意見を言えるけれども、意に沿わない結果になった場合にも順応できる柔軟さも持っている人、といったイメージでしょうか。企業側も若い人の意見を吸収していかなくてはならないですし、新鮮に受け止めてくれると思います。
学生のうちに、人の意見を否定せずに自分の意見を言うスキルを磨いておくと、社会に出てから役立つはず。また、人前で話したりファシリテートすることも慣れておくに越したことはありません。プレゼンテーションしたり、場をデザインできる人になっておくと、就職活動でも役立つと思います。
採用側としては、”万人受け”をもとめるより、「私はこういうことをしたいから、ここを選んできたんだ」「このくらいの想いや熱量を持っているんだ」「この会社に入ったらこんな役割を果たせる、こんな力になる」といったことを積極的にアピールしてきて欲しいです。採用面接は自己表現の場、くらいに考えても良いと思います。
女性活躍が推進されているなか、男性と対等でいなくてはと、女子学生の人は逆に肩肘張らなくてはいけないプレッシャーがあるかもしれませんが、無理して張り合う必要はないと私は思います。女性だからこそできる軽やかやしなやかなどを強みに、自分の良さを発揮していってほしいですね。
これからの時代に活躍すると思う人材の共通点
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情報をキャッチアップできる人
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やりたいことに手を挙げられる人
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自分の意見を言いつつ、人との意見を否定しない人
良い師匠やメンターとなる存在との出会いも、キャリアを広げていくなかでは重要な要素になると思います。私は1社目にいた頃、そうした存在になかなか出会えず苦しいと感じるときがありました。しかし起業してからは、「自分もこうなりたい」と思えるような尊敬できる人たちにたくさん出会えており、起業家の同窓生が集まる交流会なども大切な場となっています。
今春、大学生になった息子の話を聞くなかでは、若い世代は「ひとりで行動できるほうがかっこいい」という風潮になってきている印象があり、昔と変わったなと感じる部分です。私の頃は強制的な付き合いがたくさんありましたが(笑)、ひとりで過ごすことを尊重しあえる文化になってきており、とても素晴らしいなと思っています。
キャリアに関しても自分の意思だけで決断しやすくなった時代ですが、その分、会社を辞めるきっかけも作りやすくなっているようには思います。辞める決断も必要ですが、長く続けることで身に付くことや見えてくる世界があるのも事実なので、大変なことがあっても深刻になりすぎず、「つまずくことはあって当たり前」くらいに思えるとよいですね。
そして、大切なのは、つらさを吐き出せる人をつくっておくこと。できれば家族や友人など身近な人がベストですが、絶対的な味方になってくれる人がたったひとりでもいれば、大抵のことはなんとでもなるものです。
仕事の悩みは長い人生においてはほんの一瞬のことで、身近な人やコミュニティを大切にすることの方が重要だったりします。うれしいことがあったとき、自分のことのように喜んでくれる人がいれば、それが一番幸せなことではないかと思いますね。
私自身、この仕事を通じて人として成長してくることができましたが、回り回って、拠りどころになってくれる家族や友人がいることこそが、幸せなキャリアを歩んでいくために一番大事なことではないかと思うようになっています。
バリバリのキャリアを歩んでいても、どんなにお金を稼いでいても、家族や友人関係が壊れてしまえば、奈落の底に落ちてしまうこともあります。これから社会に出る人たちも大事なものを見落とさないよう、大切にキャリアを歩んでいってほしいですね。
取材・執筆:外山ゆひら