キャリアに「問い」を|固定概念を揺さぶる出会いが可能性を広げる

アミタホールディングス 代表取締役社長 兼 CIOO 末次 貴英さん
Takahide Suetsugu・九州大学大学院生物資源環境科学部卒業。2005年アミタホールディングスに入社。廃棄物リサイクル、地域資源循環モデルの構築などに携わり、2023年代表取締役 兼 最高統合執行責任者(CIOO)に就任。以降現職
環境を守ることをビジネスに。そんな未来を信じた第一歩
温室効果ガスの削減を目指す「京都議定書」が発効されるなど、環境問題に本格的に目が向けられ始めた頃、大学院で環境関連の研究をしていました。土壌微生物を使って生ゴミなどを堆肥化するコンポストの研究です。こうした研究が世の中にちゃんと活かされてほしいと思っていましたが、そのためにどんな道を選んだら良いのかはわかりませんでした。
仲間は研究を続ける道を選んだり、行政に就職したり──。私はそのどちらもちょっと違う気がして、ビジネスを通して環境問題に貢献できないかという想いを抱えながら、企業を探していました。しかし、まだまだ環境問題は企業の真の課題にはなり得ておらず、体面を良く見せる要素であったり、数ある課題のなかの一つでしかないのがほとんど。そのようななかで真剣に自然環境のことを考え、それをビジネスとして成立させようとしている企業がアミタでした。
ここでなら、やりたいことができるかもしれない。そんな期待が膨らむ一方で、本当に環境を守ることがビジネスになるのか、当時は半信半疑でもありましたね。それでも、たとえ今は存在しないビジネスであろうと、きっと未来に向けて形になっていくと信じて就職を決めました。
変化が激しい現代も、同じような状況があると思います。「今はなくても、近い未来にはコレが事業として成り立っている」と信じて、さらに自分がそのエンジンになると決めてキャリアを歩み始めるのも、結構楽しいものですよ。
経験が自分を磨く。思いもよらないところから得た強さ
合流(アミタでは「入社」を「合流」と呼ぶ)後はまず、経営企画などのコーポレート部門に配属されました。しかし、自分の希望もあり、その後すぐに京都の山奥にある農場に異動することになりました。
農場では、国の委託でメタン発酵を研究しており、微生物が有機物を分解したときに発生するメタンガスで発電をしたり、その残り滓を肥料にして牧場を運営したりと、まさに環境貢献事業を試行する場です。
仕事も生活も、すべてが初めてのことばかりでした。生き物が相手なのでもちろん休みなしで牛の世話をしなければなりませんし、事業開発の仕事も試行錯誤の毎日で、わかりやすい結果がすぐに出るわけでもありません。加えて、田舎に入ってきたよそ者として、生活のいたる場面で周囲の人から見られている感覚もあり、顔面神経痛が出るほど苦労しました。
ただ、大変な状況の一方で素晴らしい体験も多く、非常に充実感がありました。たとえば東京で仕事をしていたら絶対に会っていなかったような人に出会えたことは、人生の財産です。志を持ってIターンしてきた人や、同世代の若い杜氏(日本酒の醸造をする職人)、長年この地に暮らす地元の農家の方──。自分のルールが通用しないことも多々あり、固定観念が揺さぶられる思いでした。
予想もしていなかった場所で、会ったこともない人達と出会い、決まった形のない仕事を試行錯誤しながら進める。自分の常識を超えた場所で奮闘するなかで、自分の見識が広がり、理不尽をも乗り越えていく強さを得たと思います。

困難を乗り越えるカギは「今」を信じることにある
自然を相手にした仕事は、その場で決断を迫られる場面も多くありました。当時はオンラインツールも普及していないですし、自然・生き物などを目の前にして、いちいち本社に許可を取っていられない、今決めなければダメになってしまうようなことも少なからずあったのです。だからこそ「これで会社に怒られてもやるしかない」と覚悟を決めて決断していました。
ただ、一緒に仕事をした会社の先輩方は本当に信頼できる方ばかりで、凛と仕事をしている姿を見て、自分の仕事への向き合い方が正されるような感覚でした。真剣で丁寧な仕事ぶりからさまざまなことを学びましたね。くじけそうになっても、見守ってもらえているという安心感があったからこそ、働き続けることができたのだと思います。
大変なことが続くなかで前向きに働き続けられたもう一つの理由は、「今」を肯定していたから。この経験には意味がある、乗り越えることで新しい道が見えると信じていましたね。「周りの先輩方は、なんでこんなに頑張るんだろう?」と感じるほど、すごいプライドを持って一生懸命進めている人達ばかりで。そういう環境もあったと思います。
しんどい、つらい、苦しい、大変だと感じているときに、それが無意味だと思ったら、そこから学ぶことはできなくなってしまいます。今やっていることは、きっと何かにつながる。そう考えれば、前向きに取り組めると思いませんか。実際、今振り返っても農場での日々が自分のキャリアの基盤になっていることは確かです。

もちろん、自分の心身が悲鳴を上げているのに頑張り続ける必要はありません。私も大変だと言いながらも、本社でデータ入力をするよりも、農場で牛を追っているほうが自分にマッチしていたから続けられたのだとも思います。今の心をしっかりと見つめ、自分を肯定し、今を肯定しながら、壁を乗り越えていってほしいです。
好転のきっかけは弱さを見せることができた経験
数年後、辞令が出て農場があった京都から離れることになり、次の勤務先は営業所。しかも突然所長職を務めることになりました。やることなすことわからないうえに、先輩や年上の人が部下になる場合もあり、正直どうしようかと思いましたね。もちろん、事業全体や課題の構造、顧客への共感・理解など、これまでの経験を活かせる部分も大いにありました。しかし、新しい場所での新しい仕事は圧倒的に経験不足で、わからないことが多いのも事実でした。

とはいえ所長という立場もあり、自分を良く見せようと振る舞うこともありましたが、結局はすぐに空回りしました(笑)。だからここでわかったふりをしたり、自分を大きく見せようとしたりするのは、悪手だと気づいたのです。わからないことはわからないと言い、一緒に考えてほしい、教えてほしい、助けてほしいと正直に部下に言うようになると、状況が良くなっていきました。
リーダーだからと言って、常に強く、優れている必要はなく、弱さを見せてこそついてきてもらえることもあるのだと学んだ瞬間でしたね。
リーダーという立場でなくとも、正直に甘えたり、弱みを見せたり、手助けを求めたりすることで、周りとの関係が深まることもあるでしょう。人間関係を深め、自分の役割を果たすためには、良い顔だけを見せようとするとうまくいかないものです。正直に「教えて、手伝って」といつでも言えるマインドを心がけていました。そうやってお腹を見せてしまったほうが、人間関係や信頼構築がうまくいくのではないかと思います。
物事を二項対立だけで考えず柔軟にとらえよう

人間関係の点では、二項対立で考えないというのも重要です。人には必ず良いところがあり、悪いところもあります。見方を変えれば、良いところが悪いところになることや、その逆もあり得ますよね。また、ある人とかかわるときには悪い点が出るけれど、ほかの人と交わる際はそうでもない、なんてことも。相手と自分は合わせ鏡。かかわり合いのなかで自分を映し出してくれる存在です。
その前提に立てば、単純に善悪を決めつけることはできません。農場で仕事をしていたときは特に、地元で暮らす人とさまざまな意見対立がありました。でも物事は善悪でシンプルに判断できることばかりではないですよね。全員が握手できる結果にならなくても、どこかで折り合いを見つけて、できるだけ多くの人が心地の良い妥協点を見つけられるよう、心を砕いてきました。
「彼は悪人」「この意見は間違っている」というようなシンプルな二元論は、ときに危険です。二項対立に落とし込んで、物事を理解した気分でいると、足元をすくわれることもあるかもしれません。だからこそ、自分と相手を重ね合わせて、「自分とは違うけど、それはなぜだろう」「どこにズレがあるのか」と問い直し、立ち止まることで、より幅広い視点で見えてくるものがあるかもしれませんよ。

これからの時代に活きるのは「問いを立てる力」
二項対立を超えて、広く、しかも深く世界を見るためには、洞察力・思考力・想像力が欠かせません。しかし、これらの力は一朝一夕に身に付くものではないのです。
今までは知識や技術があれば認められる時代でした。しかし、テクノロジーの進歩でそういったスキルは軽々と乗り越えられてしまいます。AI(人工知能)が進化し、さまざまなタスクをこなしてくれる世の中になったら、次々と新しいスキルを習得するよりも、人間にしかできない思考や想像することが求められるのではないでしょうか。
もう一つ考えなければならないのは、価値観の多様化についてです。昔は生きること自体に必死で、皆が衣食住に満ち足りた生活ができるようにすることが、共通の課題でした。でも今はそうではありません。「衣食住に満ち足りた生活をする」というようなわかりやすい共通の課題がないのです。
だからこそ、一体何が課題なのかを掬い上げる必要があります。ここでも洞察力や思考力、想像力が必要とされます。私たちが向き合うべき問いは、周りの人も、AIだって教えてくれないでしょう。今ある状況をもっと良くするためにどうするのか、問いを立てる力は人間にしかありません。

小手先のスキルはすぐに古く、役に立たないものになり、複雑に変化する実社会に向き合うときには、もっと根本的な人間としての力が必要になるはずです。洞察力、思考力、想像力を深め、自分で問いを掬い上げていく社会人になってください。
世界は広く、人は変わる。自分の枠を飛び越えよう
「問いを見出すなんて難しい……」とあきらめないでください。若い人と話していて気になるのは、自分を決めつけすぎているところ。できませんとか、自分はこういう人間なのでとか、自ら枠の中に入りすぎているような印象を受けます。でもおじさん(笑)から言わせてもらうと、若いうちに見えているのは世界のほんの一部だけ。世の中はもっと広く、人は変化していくものです。だから、自分の可能性や能力の限界を決めつける必要はありません。
「できると言うことが怖い」「やったことがないから断言できない」という気持ちはとてもわかります。でも、もしそうやって自分の枠に閉じこもろうとしている友人がいたら、なんと声をかけるでしょうか。「大丈夫だよ」「あなたならできる!」と励ます人も多いと思います。
自分に対しても、客観性を持って見てみたら、意外と「私ならできるかも」と思えたりするものです。客観的に自分を励ましてみると、一歩進む勇気が生まれるかもしれません。
世界は広く、人は変化し、成長していきます。ときには弱さを見せながらも、一歩ずつ進んでいけば良いのです。

取材・執筆:鈴木満優子