「笑顔でフルベット」できる人は強い|20代で上場を果たしたCOOが考える一緒に働きたい人物像

Branding Engineer(ブランディングエンジニア) 代表取締役COO 高原 克弥さん

Katsuya Takahara・1991年生まれ。長野県出身。小学生よりプログラミングに触れwebサービスを複数運営。大学時代にスタートアップ3社でエンジニア・セールス・人事などを経験。大学在学中の2013年にBranding Engineerを創業し、2020年東証マザーズ上場を達成

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原点は遊び

思い返すと私のキャリアの原点は、遊びでした

父親の仕事の関係で幼少期から家にパソコンがあり、小学生の頃には簡単なゲームも作れるようになっていました。そのゲームを小学校の友達に披露したら結構熱中してくれて、少しずつ自分が作るゲームを楽しんでくれるコミュニティーみたいなものが出来上がっていくのがすごく面白かったです。

当時あまりお小遣いをもらっていなかったので、中学生にもなると友達とご飯を食べに行ったりとかちょこちょこお金が必要になりまして、その頃からどうすればお金を稼げるかを考えるようになりました。

近所のコンビニや飲食店にもお願いしましたがどこも中学生を雇ってくれるところはなくてどうしようかなと思っていた時に、遊びの延長で作っていたウェブサイトが少しずつ大きくなり始めて、広告収益でお金が入ってくるようになったんですよ

その時に、これだ!って思いました。

それからはこのサイトにどうやったらより多くのユーザーが集まるかを考えて、あらゆる施策を実行しました。 実際にサイト規模が大きくなると広告収益が増えました。月3万円くらいは稼げるようになっていたので、中学生にしてはかなり自由にお金を使っていたと思います。

一生懸命に育てたサイトの人気が出て、将来の夢も描けそうになってきたところでサイトの閉鎖に追い込まれたショックは大きく、相当にへこみました。

高校生で人生のどん底を味わったのが良かったか悪かったかは分かりませんが、ここでいったんは普通の人生を歩む決心をし、大学へ進学して教職を目指しました。

大学入学後は、会計士や弁護士など様々なジャンルに挑戦し、趣味のコンピューターとは接点のない職種を目指した時期もありましたが、適性がないと感じ、断念。そこでようやく、自分が本当に興味を持てるのはやはりエンジニアやウェブの世界だと気付き、将来もその世界で生きていこうと決めることができました

自分のMaxを知れた大学時代

大学の学費を自分で払っていたこともありお金を稼がないといけなかったことに加えて、社会人になる前に企業で働いておきたいなとも思い、スタートアップ企業3社でインターンシップをしました

今思えばあの時は自分の限界が試されるような日々でした。というのも当時はインターンでもらえる給料はとても少なく、生活費や学費を工面するためには仕事を掛け持ちする必要があったからです。ちなみに高校生の時にウェブサイトで稼いでいたお金はすでに使い果たしていたので、たくさん働くしか方法がありませんでした。

3社でインターンシップをしながら、並行して昼は塾講師のアルバイト、夜は24時間営業の飲食店でも働き、インターンでの業務もあったので、寝るのは1週間に4回だけなんて週もありました。朝目覚めると、次に眠れるのは翌々日だと思うと絶望的な気分になりましたね(笑)

かなり大変な毎日を過ごしていましたが、この経験のおかげで大学生の時に「ここまでなら自分は頑張ることができる」というのを知ることができました。 今でも大切にしている何があっても諦めないスタンスの土台はこの時に培われた気がします。

限界にチャレンジする内容は何でも良いと思います。バイトでもサークル活動でも、学生団体や体育会の部活動でも何でも構いません。命じられてやるのではなく、自分でやると決めたことをどこまでやり切れるか、どこまで踏ん張れるかを知れば、必ずその後の人生の役に立つはずです。

自分にとってワクワクした道を選ぼう! 仲間と共に学生時代に起業に挑戦 

実は私ががむしゃらに働いたインターン先は全て色々な理由で解散やプロジェクト中止になってしまいました。卒業後も見据えて本気で取り組んでいたので本当に悔しかったですね。

だったら自分でやるしかないと考え、大学3年生の時にいま共同代表をしている河端とともに立ち上げたのがいまのBranding Engineerです。

そうは言っても実際に起業に至るまでにはとても悩みました。考えれば考えるほど、起業するにしても学生でやるよりも一度社会人として経験をしてから起業する方が圧倒的に成功する可能性が高い。30歳になった時点での成功確率を考えれば、まずは就職して経験を積む方が合理的だと思っていたからです。

そこまで考えて私が就職を選択しなかったのは、ただただどうしてもやってみたかったからです。そこに合理的な理由などはありませんでした。本能的にもう起業以外の道は自分は選べないと感じていました。周りの友人で起業している人もいなかったので、とりあえず挑戦してみたかったんです。

ただ、決断した後も大変でしたね。基本皆反対してましたし、父にはお祓いに連れていかれました。私が悪霊に取り憑かれていると思っていたんです(笑)

言われるままにお祓いにいって「どうだ、もう起業したくないだろ」と父に聞かれたのですが、全く気持ちに変化はなかったので「起業する」と答えました。

そしたら納得してくれましたね。内心では「あ、お祓いしたらもういいんだ」と思いましたけど笑

思い切って事業の方向転換を決意! 社員3人から上場するまでの経緯

結局卒業後も就職はせず、河端と立ち上げたBranding Engineerを続けて、大学卒業時には会社の売上も5000万円を超えるくらいになっていました。ただ、これを成功と言えるかというと決してそうではなく、なかなか数字が伸びずもがき苦しんでいるような状況でした。

ひとつ問題だったのは当時は受託の仕事が多く、ある程度の収益は維持できても会社としての大きな成長や発展が見込めない事でした

そこで思い切って受託事業をゼロにし、新規事業にピボット(方向転換)しました。しかしかなり強引に舵を切ったのでそのタイミングで30人ほどいたメンバーもごっそり辞めてしまい、一時は3人しか残ってくれない状況にすらなりました。

受託も受けないと決めたし、新規事業を伸ばさないといけないのに人はいないしで、とにかく大変でしたね。

そこから、エンジニアの価値を向上させることを目的とする事業をつくり、エンジニアのキャリア支援に関わるサービスを手掛け、さらにマーケティング事業も立ち上げると、少しずつ会社が成長軌道に乗り、創業から7年後の2020年に東証マザーズへの上場を果たすことができました。

一緒に働きたいのは笑顔でフルベットできる人

起業から上場まで会社の成長を振り返り、あらためて認識しているのが「人」の重要性です。私自身、仕事にあたってはその半分くらいは採用の事を考えているほどです。

それほど重要な採用活動において、私が一緒に働きたいと思えるのは「笑顔でフルベットできる人」です。

フルベットというのは自分のもてる力の限界を超えて挑戦することです。その為にはビジョンや戦略がないというのは論外で、目的を持ち続けることが前提です。そして常に複数の戦略を描くことが重要です。

仕事は全て何らかの課題解決なのですが、目の前に解決しなければいけない課題があり、1つの打ち手しか考えないのではなく、様々な角度から色々な打ち手を試して解決できるまで実行するのがフルベットです

途中で諦めることなくリソース100%以上であらゆる手段を全てやり切ることが大事だと考えています。 また、ここで言いたいのはアクションやチャレンジのフルベットです。

ギャンブルでフルベットするのはリスクも伴いますが、チャレンジのフルベットにリスクはなく、たとえ失敗しても必ずその後の成長につながる得るものがあります。つまりノーリスク、ハイリターンです。むしろフルベットしない方がリスクなのではと思います。

しかも、そのチャレンジを楽しみながらやる。どんなに全力でも最終的につまらなかったら悲しいじゃないですか。何かに挑戦しようとすれば大変なことも多いですが、悲観的にならずに笑顔でポジティブに向き合うことが大切です。

私たちのように常に新たな事業に挑戦していく企業にとっては、特に「笑顔でフルベットできる人」が重要だと感じますね。

そして、もとめるばかりではなく私自身も皆さんに何かしら提供し続けなければならないと常に意識しています

Branding Engineerと関わったことで何かしらプラスになることを得てほしいと思っていますし、個人的にも私と何か一緒にやれたことでその人がハッピーな感情になれるようなコミュニケーションを意識しています。

会社としても上場して2年経ち、売上規模も少しずつ伸びてきたからこそ今まで以上に大胆な投資も検討できるという面白いフェーズです。私たちは時価総額1000億円というのを目指すべき一つのマイルストーンに置いています。その実現に向けて新しい挑戦を続けていかないといけません。

だからこそBranding Engineerはバッターボックスはいくらでも用意しています。あとはバットを振るだけなので、フルスイングしたい人はぜひ一緒に働きましょう。「笑顔でフルベットできる人」と会えることを楽しみにしています!

取材・執筆:高岸洋行

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