三度の飯より好きになれる仕事選びを|能動的に「正解のない世界」を楽しもう

ソニックガーデン 執行役員 遠藤大介さん

ソニックガーデン 執行役員 遠藤 大介さん

Hirokatsu Endo・小学校時代にプログラミングにはまり、独学でスキルアップを続ける。大学卒業後、九州のITベンチャー受託開発企業へ入社。27歳で知人と共同で起業し、Androidアプリ開発事業に携わる。30歳となった2013年にソニックガーデンに入社し、2021年より現職。管理職を担う傍ら、現役プログラマーとして新しい技術に挑戦し続けている

この記事をシェアする

「好き」かつ「センス」があるか? 企業選びで迷ったら直感を信じてみよう

今のキャリアの方向性が定まったのは、小学生のとき。たまたま父が古いPCを持っていて、自分でマニュアル片手に簡単なプログラミングをやってみたことが始まりです。

機械にやってほしいことをやってもらえる方法があることを知らなかったので、「機械が俺の言うことを聞いてくれた! 」と感動し、図書館で本を借りながら独学で習得するようになりました。

その過程でプログラマーという仕事があることを知り、卒業文集には「プログラマーになる! 」と明記したことを覚えています。

親には「大変だからやめときな」とは言われたものの、漠然と「楽しいから、プログラミングにかかわる仕事に就けたらいいな」と思っていましたね

ただプログラミングと同じくらい工作も好きだったので、高校時代には、一度電子回路の領域にチャレンジをしました。直流回路は理解できたのですが、交流回路の世界になるとイメージが湧かず、職業にするほどのセンスがないことを痛感。この出来事がきっかけで、「好きなことで、かつセンスがある・性に合っていると自分で思えるプログラミングの道に進もう! 」という決意を固めることができました。

就職活動では大手IT企業から内定をいただいたのですが、OB訪問にて「中途の人達が面白い仕事を全部持っていくから新卒だと成長しにくいかも……」という話を聞き、考え直すことに。「プログラマーとしていち早く腕を磨きたい」という思いが強かったので、そうした環境では思ったように成長できない気がしたのです。

そんな就職への悩みを抱えていたとき、ふと思い出したのが就活を始める前にたまたま参加した九州豪雨災害の復旧ボランティアで出会った人たちのことでした。会話の中で、携帯電話向けの着信メロディや電子コミックサイトなどを手掛ける会社の人たちだと知り、「自分もこんなものを作れたらおもしろそうだな」と感じたことを思い出したのです

そこで思い切って直接、新卒採用をしているかと連絡をしてみたところ、トントン拍子に内定をいただけることに。「大手の内定を断って縁もゆかりもない九州のベンチャー企業に行くかどうか」と悩みはしましたが、楽しく働けそうな予感があり、おもしろそうなほうを選んでみようと直感的に入社を決めました。 

葛藤の末見えてきた「本当にやりたいこと」とは

ソニックガーデン 執行役員 遠藤大介さん

1社目は期待どおり、早いうちから大型案件にアサインしてもらえる環境でした。しかし、思ったように活躍することができず、結果を残そうと一心不乱に働いているうちに、かなりのハードワークに。体力的なしんどさは気にならなかったのですが、いろいろな案件に従事するなかで、ある違和感が芽生えてきたのです。

それは、ビジネスとして何を作るかを考える人(企画者)と実際に手を動かして作る人(開発者)の関係性が円滑でないことへの違和感です

両者が牽制し合っているような案件が多く、プログラミングは大好きで楽しいはずの仕事なのに、なぜ二人三脚で同じ方向を見ながら取り組めないのだろう? と疑問を覚えていました。

受託開発特有の課題かもしれませんが、この時期に企画と開発の働き方について考え始めたことが、キャリアにおける最初のターニングポイントと言えるかと思います。また、たまたま同じ時期に体調を崩して2カ月弱の入院をしたこともあり、病室でゆっくり「自分は何がやりたかったのだろうか」と見つめ直したことも大きかったですね。

そして退院後しばらくして、昔一緒に仕事をしていた人から「起業する」という連絡を受けたのです。師匠と崇めていた人で、「私も一緒にやらせてほしい」と自ら申し出て、共同経営をさせてもらうことになりました。27歳の頃のことです。

共同経営でおこなったビジネスは、結果としてうまくいかなかったのですが、経営側を経験したことにより、見える風景は大きく変わりました。今までと同じ仕事のやり方をしていてはダメだ、と痛感させられたことを覚えています

遠藤さんのキャリアのおけるターニングポイント

次のキャリアに悩んでいた頃、ソニックガーデンで働いていた知り合いがたまたま飲みに行かないかと誘ってくれました。彼から「納品のない受託開発」という当社の考え方を知り、「自分がやりたかったのはこれだ! 」と確信。次のキャリアはここしかないと感じ、ジョインさせてもらうこととなりました。

もちろん、迷いがまったくなかったわけではありません。当社で扱っているのは、当時私が得意としていたプログラム言語とまったく異なる言語だったからです。私はJavaが得意で、この言語でスキルを磨いていたので、「自分にできるだろうか」と一瞬だけ迷いました。しかし「自分の道具を変えてでも、理想としている開発ができる環境に行きたい」と思えたことから挑戦を決め、そこから必死で新たな言語の習得に励む日々が始まりました。

石の上にも三年。「納期のない開発」を実現するための“提案脳”とは

入社後には、さらなる大きな挫折がありました。原因は、私が「企画と開発が二人三脚でやっていく」という状況に憧れていただけで、それが実際にどういうことかを真に理解できていなかったためでした。

それまでは、企画側から「このとおりに作ってくれ」と正解を与えられ、それをいかに綺麗に形にするかが開発側である自分の戦いでした。つまり当社でよく使う言葉で言うならば、“受託脳”での開発であり、いわゆる「指示待ち人間」のスタンスだったのです

この点に気づけたことが、キャリアにおける2つ目のターニングポイントと言えるかと思います。

当社では、お客様側も「何を作っていいかわからない」というところからスタートし、仮説立てと検証を繰り返し、最適なシステムの方向性を定めていきます。そのため、決まった納期や仕様に向かって開発をする一般的な開発とは異なり「納期のない開発」が強みで、“提案脳”がもとめられたのです。

専門家としてお客様と一緒に方向性を考えていく“提案脳”に変わるまでには、3年ほどを要しましたね。この3年間が、キャリアの中で一番大きな壁にぶつかっていた時期と言えるかもしれません。

幼少期から得意な自負があったプログラミングの領域で、30歳を過ぎて一旦自信が崩れ去ったわけですから。それでも踏ん張れたのは、やはりプログラミングが好きだという気持ちが根っこにあったからだと思います。ここで諦めたくない、どうにかしたいと思えました。

今でもまだ修行の道半ばだとは思っていますが、最近はかなりうまくやれるようになってきた実感があります。提案脳に変わってからは、「やはり自分がやりたかったことは、これだった」という確信と手応えを感じられています

ものすごく苦労はしたものの、これまでの経験から「石の上にも三年」という言葉はあながち嘘ではないなと……。やりたいことがあるなら、やり続けることが重要なのだなと今は思えています。

「試行錯誤を続けていれば、点が線になる瞬間がやってくる」。ずっと曇りの中で山を登っていたら、ある日突然雲が晴れていた、そんな感覚です。

遠藤さんからのメッセージ

キャリアのなかで一番充実感を覚えるのは、プログラミングの職人として腕を磨けていると感じられる瞬間。そして新しいことにチャレンジし、皆と切磋琢磨しあって高め合えていると感じられるときです。

世の中を変えそうな新しい道具がどんどん出てくる世界なので、「それをどう使いこなして社会に役立てていくか」という部分や、「世の中の進化に追い付くこと」に醍醐味を感じています。今までできなかったことができるようになり、それを使ってお客様とおもしろいことができるようになることも楽しいですね。それが何千人、何万人に使われるようなシステムに成長すれば、さらにうれしいですし、今後もこのループがうまく回っている状態を続けていきたいですね。

新しいものを取り入れながら、死ぬ直前までプログラミングに触れ続けることが、キャリアを通じての目標と言えるかもしれません

AIの領域などはたまに進歩が早すぎると思うこともありますが、楽しみながら使いこなしていきたいですね。新しい技術を知ったときに「それ何ができるの? 」とワクワク感や興味を持ち続けられる人間でありたいですし、 「いかに腕のある職人に近づいていけるか」は人生の楽しみでもあります。

「熱中できそう」か。最も吸収できる時期を能動的に過ごそう

私は何度も葛藤や挫折を感じながらキャリアを歩んできました。しかし1社目で大手企業を選ばなかったことも、一度起業にチャレンジしたことも、すべて後悔はしていません。たくさんぶつかって、もがいて、何がしたいのかを考え続けたからこそ、自分が一番やりたいことを見つけることができたからです。

プログラマーになるという明確な志はあったものの、社会人になりたての頃は自分が何者かわからない状況でした。1社目で早々にいろいろな仕事をやらせてもらえたことで、さまざまな仕事領域のなかでも自分に「合う・合わない」が見えてきたように思います。

企業を選ぶ際に一番大切だと思うのは、その会社の仕事に熱中できそうかどうか。自ら興味を持って勉強できることのほうが自分の身になりやすく、その後の仕事の幅につながっていくからです。特に吸収力が非常に高いファーストキャリアでは自然体で学べるかは非常に重要だと思いますね。指示されたことを惰性でこなすような仕事をしなくて済む会社を、ぜひ探してみてください。

ちなみに、私にとってプログラミングは趣味でもあり仕事でもあるので、その境界線はあまり意識していません。職人技の世界なので、やればやるほど高みを目指せるのがおもしろく、寝食忘れてずっとやり続けることができます。まずは熱中して能動的に学べる領域を見つけることが、キャリアのスタートとして重要だと思います。

遠藤さんが提案する、会社選びで見るべきポイント

また、会社のビジネスモデルが自分のやりたい仕事のイメージに一致しているかを確認しておくのもおすすめです。自分が足を踏み入れようとしている会社がどのようなお金の稼ぎ方をしているのか、そしてそこに自分の働き方がどう関係しているかまで理解できると、キャリアの良い判断軸になると思います。

たとえば受託開発の世界では、最初に仕様書がガッチリあって、期間と報酬が決まっている時間契約型のプロジェクトが少なくありません。この条件下では何より効率化がもとめられるので、「試行錯誤をしながら腕を磨く」といった時間はなかなか取りづらい場合もあります。

数をガンガンこなしたい人にはそのような環境もマッチすると思いますが、私のように「新しい技術を試行錯誤ながら活用して腕を磨きたい、提案をしながら開発をしたい」という人にとっては、当社のように契約期間を定めず、相談しながら最適なものを作れるビジネスモデルを選択している会社のほうがマッチするかもしれません。

私も3社目でようやくこの部分が一致している会社を見つけられたので、学生時代からその目線で会社を比較するのはなかなか難しいかもしれませんが、やりたい仕事のイメージがなんとなく見えている人は、良ければ参考にしてみてください。

ビジネスは「正解がない世界」。トレンドに敏感に答えがないことを楽しもう

その職業に必要な最低限のスキルを身に付けている前提で、これからの時代に活躍すると思うのは「正解のない世界を楽しめる人」です。

新規事業に携わっていると「世の中には正解がまったくない。何が当たるかわからない」と頻繁に感じます。そうした不確かなものをビジネスとして成り立たせていくためには、仮説と検証を延々と繰り返し、その時々の正解を探るしかなく「違ったら次、違ったら次」とチャレンジを繰り返していくことが必要になります

発明家エジソンは、失敗したら「こっちは違うのだなとわかってラッキーだ」と解釈していたという話も聞いたことがありますが、そんなふうに、どれだけフットワーク軽く試行錯誤を繰り返すことができるかで、結果は違ってくると思います。

大学までの学校の勉強にはすべて正解があり、その答えを当てに行く戦いでした。しかし社会に出ると突然、正解のない世界に変わります。

「どうやら〇〇が流行りそうだからチャレンジしてみよう」という感じで、自分の当て感で決めながら進んでいくしかありません。1つのことに慣れてきたとしても、2〜3年すればまた新たなトレンドが出てきて「もうこっちは違うな」となることも多いです。Instagramが流行っていたかと思えば、数年後にTikTokが出てきてSNSを席巻してしまう、そんなことがほかの業界でも起こっているイメージですね。

ずっと「正解のない答え」を探し続けなければならないのが、ビジネスの世界と言えるかもしれません

学生時代と社会人の違い

学生時代のアルバイトも基本的にはマニュアルがある世界。その範囲のなかで戦う意識になりやすいですが、可能であれば、自分で考えてより良くするアイデアや意見を出してみてください。できればサービスを作ってみる体験ができると、社会人を先取りできると思います。とくにプログラマーなどはインターネット環境さえあれば何でも作れる時代なので、チャレンジしやすいはずです。

また自分で起業したときに「ビジネスを考える側、物をつくり出す側の視点は全然違う」と衝撃を受けたので、ビジネスを考える側の仕事をしている人たちに会いに行ってみるのも良い方法かと思います

受け身でこなす仕事と自分で作り出す仕事の違いを知り、新しいマーケットを生み出すことがどれだけ大変なのか、その状況を作るまでにどれだけ試行錯誤がなされているのかを知っておくと、社会に出たときに役立つはずです。「社会には正解がなく、学生時代とは全然違う世界が広がっている」という事実を頭の片隅に置いておくだけでも目線が変わってくると思うので、よければ参考にしてくださいね。

遠藤さんが贈るキャリアの指針

取材・執筆:外山ゆひら

この記事をシェアする