属性によって可能性が制限されない世界を作りたい|キャリアは自分のビジョンを叶える道筋
CaSy 取締役CHRO 白坂ゆきさん
Shirasaka Yuki・お茶の水大学大学院人間文化研究科修了後、リンクアンドモチベーションに入社。参議院議員公設秘書、授乳服専門店モーハウス、リクルートを経て、2014年リクルートホールディングスに入社。2018年よりCaSyに参画し、取締役CHROに就任
ビジネスなら、直接社会にコミットできる
私の生まれた 宮崎県は、農林水産業と土建業が産業の中心で、就業者のほどんどは男性。そして景気の影響が家計に反映されやすく、兄弟の中でも女性から大学に進む道が絶たれるということがまだまだ珍しくありませんでした。
教員だった両親が、優秀な女子生徒が家庭の方針で進学できなくなることを嘆いていたのは今でも覚えています。こんな環境で育ったので「どうして優秀な人間が、女性であるというだけで、可能性の芽を摘まれてしまうのだろう」という思いを拭えず、大学院にまで進んで社会学・ジェンダーの研究に励んでいました。
学問の世界は魅力的で、学びを深めていくにつれて「概念によって社会の認知を生み出し、大きく変えていくことができるはずだ」と感じるようになっていました。しかし、あるときはた、と思ったのです。論文を発表し、学会で説明し、ときには本が出版されることがあっても、この言葉は誰に届くのだろう、と。疑問を抱き始めた頃から、学問以外の方法で自分のビジョンを叶える道を探り始めました。そして、たどりついたのがビジネスの世界でした。
学問の世界をかじった立場で思うのは、ビジネスは社会に直にコミットできるということ。社会全体を変えていくような取り組みではなくても、目の前の世界を確実に少しずつ変えていける。そんなパワーを持った営みだと思うんです。社会に出て仕事をする、ということは、社会を少しずつ変えることだと知ってほしいですね。
自分に向き合い見つけたビジョンこそが、道を照らす標となる
就職先に選んだのは、リンクアンドモチベーション。一人ひとり異なる動機や個性を科学し全体の成果につなげるというパーパスに共感したからこその選択です。自分が描いた「人の可能性が属性によって制限されない世界」に近い理念を持っていると感じたんです。
社会に出るときには、自分のビジョンを明確にして、それを叶える道筋として企業を選ぶのも一案です。でも「ビジョンなんてない」という人も多いでしょう。
自分のビジョンは何なのかを探るには、外の世界に対する自分の感じ方と徹底的に向き合うことが有効です。自分は何がうれしくて、何が許せないのか。心の震えるニュースを見つけて、なぜ自分は心を動かされているのか、一度立ち止まって考えてみてはどうでしょう。
私が、男女の教育格差から社会課題を見出したように、ある人は経済格差に憤ったり、あるひとは環境問題に焦りを感じたりするかもしれません。そうやって見つけた自分が真に価値を感じるビジョンを掲げ、一歩ずつ叶えていくキャリアは、とてもやりがいに満ちたものですよ。
「これまで」が「これから」を作る。選んだ方を正解にする意識で未来を見据えて
学者の道を断念し、会社員として社会に出たのですが、その後のキャリアと人生は目まぐるしく変化していきます。もっと公に資することがしたいと議員秘書になった時期もありましたが、結婚・妊娠で一旦退職。これで自分のキャリアは終わったかと一瞬思いましたがじっとしていることができず、妊娠中から授乳服専門店モーハウスでパートタイム勤務を始めます。さらに産後はリクルートで再び正社員として働き、その後CaSyに入社し、役員にまで引き上げていただきました。
会社員、公務員、専業主婦、パート勤務、役員とおよそ考えうるキャリアをすべて体験しました。そうあろうと意識したわけでもありませんが、女性のキャリアにおけるM字カーブの当事者にもなった形ですね。
でも、不思議とどんなときも絶望することはなかったし、どのキャリアも本当に面白くやりがいにあふれたものでした。一方で、自分のキャリアを振り返ると「女性のキャリアに安泰な選択などない」とも思ってしまいます。
絶対に大丈夫な道はありません。だから産まれるかわからない子どものことを重く考えて、産育休や産後のキャリア形成がしやすい会社を選ぶのは、ちょっとナンセンスだと思うんです。正解は事前に選べないからこそ、選んだ方を正解にするしかないんです。
不要なキャリアなどなく、いつでも未来がこれまでのキャリアを意味づけてくれます。だからこそ、常に一生懸命に、今選択していることにちゃんと向き合い頑張ることが大切です。自分の歩みが正解になっていくことで、自分自身にも自信や誇りが持てるようになるということは、ぜひ就活生の皆さんにも覚えていて欲しいです。
キャリアを「川下り」で捉えてみよう
キャリアを山登りのように考えると、立ち止まったり、道筋を変えたりすることは、無駄のように思えるかもしれません。そもそもどの山を選ぶかに時間をかけて躊躇してしまうものです。しかし、キャリアを川下りと考えるとまったく違った世界が見えてきます。
ジョン・D・クランボルツ教授の「計画された偶発性」という理論がありますが、まさにそれです。いずれは皆大海にたどり着くわけで、流されながら、ときには迂回しながら、そこで出会う偶然の出来事を活かしながら、いざというときにオールを使って、行く方向を決める。大海に辿り着くことを信じて、岐路を楽しみ、景色を味わい、川を下っていく。
思い通りになるかを悩むより、さまざまな経験を重ねながら、長い時間をかけて行くべき場所に「たどり着く」と考えればいいのがキャリアだと私は思います。
どんなキャリアにも停滞や転換の場面は訪れるはずです。それは大きなキャリアの流れの中では、偶然かつ必然のことです。いつかたどり着く海のことを思いながら、その小さな障害を逆にうまく使って自分の道を歩んでほしいです。
学び続けること、介在価値を意識すること
最近の若手は本当に真面目で優秀です。だからこそ、自分がかかわることの介在価値を意識しながら、課題について考え学び続けてほしいですね。
介在価値とは、その場に自分がいることの意味です。会社のミッションを理解し、それをブレイクダウンした先に自分のミッションが形作られます。自分のミッションに対して誠実に向き合い、成果を出すこと。当たり前のことですが、地道にこれを続けていくことが「ちゃんと頑張る」ということだと思います。自分なりの工夫を重ねながら、地道に介在価値を生み出してほしいです。
学びも、一生必要な営みですよね。私も常に勉強の日々です。CaSyでは、労働集約性が非常に高い家事代行を事業としています。だからこそ、人材を確保し、エンゲージメントを高めるために、どんな手立てが有効なのか、常に学び続けています。
また、CaSyサービスやプロダクトを企画する本社人材に対しても、どうすれば会社に魅力を感じてもらえるのか、学びながら、試しながら事業を舵取りしています。目の前のやるべきことをやるのはもちろんですが、自分の介在価値に目を向け、さらにそれを高めていくような学びの姿勢も続けてほしいですね。
これからの未来を担う世代へ「可能性が制限されない世界」を贈るために
私は、自分が見たり感じたりしてきた「属性によって可能性が制限されてしまう社会」を、なんとか変えようと動いてきました。しかし、娘が生まれたことでそのビジョンは、さらに意味を深めたと思っています。
それは、会社員時代のある日の小さな出来事がきっかけです。私は雨の中、荷物と傘を持って、必死に保育園のお迎えに向かっていました。娘の手をつなぐと、もう両手は一杯。スーパーで食材を買うのをあきらめ、コンビニに向かいました。
ビッグサイズのシーフードヌードルを買って帰宅し、お湯を注いで熱々のカップヌードルを、娘と分けあったんです。濡れた体の寒さ、ご飯を作っていない後ろめたさ、子どもに悪いなと思いながらも、疲れ切ったまま麺をすすっていました。
すると、娘が私に向かって「ママちゃん、こんなにくれるの?」と。子ども用のメニューもなく、出来合いのものを分け合っているのに嫌がったりもせず、素直に私に向かって感謝と喜びを見せてくれた娘。思わず泣いてしまいましたね。しんどいな、とつぶやきながら。
こんな光景は日本のどこでも繰り広げられていると思うんです。子育てをすることも社会に出て働くことも、どちらも自然な営みのはずなのに、一緒にやろうとするだけでこんなにしんどい。疲れて、後ろめたくて、どうしようもない日々を重ねていかなければならない。こんな思いを娘にはさせたくないと思いました。
娘世代に何を残すか、が私のビジョンに加えられました。今自分の周りが良くなることはもちろん、それが未来にも残っていくものであってほしいと願っています。娘世代が「どんな属性を持っていたとしても、自分の可能性を存分に活かせる社会」でのびのびと羽を広げられるように、これからも歩み続けていきたいです。
取材・執筆:鈴木満優子