将来像を持たないキャリアもある|スキルよりも「心がしっかりしている人」を目指そう
オールアバウト 取締役Chief Administrative Officer 森田 恭弘さん
Yasuhiro Morita・1991年に王子製紙へ新卒入社し、人事・経理・経営企画を経験。入社5年目に社内留学制度を利用し、イギリス・ランカスター大学、ロンドン大学インペリアル・カレッジ(現インペリアル・カレッジ・ロンドン)マネジメントスクールでMBAを取得。2000年11月にオールアバウトに入社し、マネジメントグループジェネラルマネジャーなどを歴任後、2009年6月退職。新興企業のCFO(最高財務責任者)、コンサルティング、大学非常勤講師などを経て、2014年11月に執行役員CAO(最高経営管理責任者)としてオールアバウトに再入社。2018年に取締役に就任後、現職
将来像は定めない。小さなきっかけから実現したMBA留学で社会人としての視野が広がった
これまでのキャリアを振り返ると、特に明確なプランや将来像を持たずに来たなという印象です。「いつまでに〇〇をしたい」といった計画を立てたことはなく、「その瞬間瞬間を一生懸命にやって、そこから広がっていく偶然性を楽しみたい」というスタンスなんです。
埼玉県の田舎の出身で、インターネットもない時代に育ち、想像できる選択肢が少なかったことも影響しているかもしれませんが、幼少期においても「どうありたい」といったことを考えた記憶はあまりありません。
今から10年ほど前ですが、『肝心の子供』(磯﨑憲一郎著)という小説を読んでいて、その本の付録に磯﨑憲一郎氏と保坂和志氏との対談が載っていました。
そこには「設計図は何もなく、分け入るように書いていく」、「『次に何を書いていいか、今そんなことを聞かれても私には分かりません』というような小説を書くことが出来たからこそ、その人は小説家になれたんです。」といったことを語っている一節があり、とても共感した覚えがあります。
そんな私が選んだ大学卒業後のファーストキャリアは、製紙メーカーでした。
銀行、メーカー、商社、コンサルティングなどたくさんの企業を見ましたが、当時は大量採用の時代で、大多数のうちのひとりになるのは必然というなかで、大卒の総合職採用が少ないところが良いなと思って決めた1社目でした。親が街の洋服屋を経営していて、いつか継ぐのかなとも考えていたので、あえてまったく違う業界に飛び込んでみようと思ったことも背景にあります。
入社後初の赴任先は北海道の工場でしたが、関東圏以外に住んだことがなかったこともあり、とても楽しく過ごしていました。そんな入社3年目のあるとき、教育研修担当の先輩から「海外留学制度があるけど、申し込んでみたら? 」とおすすめをいただきました。
特に不満もなく、そして野望もなく過ごしていた私にとっては考えてもみなかった選択肢でしたが、これも縁だと思いましたし、上述したように私は「自分の外から来た流れに乗るほうがおもしろい」と考えるタイプ。ありがたいことに選考を通過し、イギリス留学をさせてもらえることになりました。
留学先ではそれまでになかった新たな考え方を知ることができ、キャリアのなかで1番のターニングポイントになりました。そこでは、のちに大学教授になる日本人の方と知り合うのですが、その人が教えてくれたのが、イギリス・ランカスター大学名誉教授ピーター・チェックランド氏が提唱した「ソフトシステム方法論」です。
「ソフトシステム方法論」のなかで学んだ、全体としての動きや目的、意味などに注目する「ホーリズム(全体論)」や「創発的性質(部分の性質の単純な総和にとどまらない特性が、全体として現れること)」「想いを大事にする」といった概念は、今の自分の思考のベースになっています。
たとえば、「同じ物事を見ても、人によって見え方・感じ方は異なる。だから、理屈でなく、思ったことを口にして良い」といった考え方は非常に衝撃的でした。それまでの仕事のなかで感じていた小さな違和感に囚われる必要がなくなり、社会人としての発想が自由になった感覚があります。MBAの学校で学んだ内容ではなかったものの、卒論も「ソフトシステム方法論」をベースに書き上げました。
「全体最適を意識できること」「心を健やかに保てること」は社会で活躍するために重要な要素
イギリスで学んだ考え方もあり、私は「全体がうまくいくように動いたほうが、組織のなかで活躍できる人材になれる可能性がある」という考えを持っています。
自分ひとりが頑張ったところで、出せる成果はたかが知れています。それよりもチームや組織のなかで「自分は何ができるか」を考え、人の力を活かす目線を持てる人のほうが、結果的に全体としての成果に大きく貢献すると考えています。
就職活動中は「他の人よりも目立たなくては、秀でていなくては」と気負ってしまう人もいるかもしれませんが、組織では必ずしもそうした人材がもとめられているわけではない、ということは知っておいてほしいですね。
そして社会人としてやっていくうえでは、「心をコントロールできること」も非常に重要です。できるだけ健やかでいられるよう、根本的な心根の部分を鍛えておくことが大切だと思います。
私たちは機械ではないので思考を完全にコントロールすることはできません。みなさんがこれから社会人生活を送っていくと、仕事でとんでもないミスをしてしまったり、プライベートのことで仕事が手につかないほどの状況に陥るなど、たくさんの困難が待ち受けています。時には休憩することもひとつの手ですが、それでもいつかは前に進んでいかなければなりません。
そんなときに、良い判断をしたり、平常心に取り戻してくれたり、ちょっとした勇気を与えてくれたりと、心の動きが仕事の成果にとても重要な役割を果たします。心技体でいうならば「技<体<心」の順番で、スキル(技)よりもまずは「内側(心)がしっかりしている人」を目指してみてくださいね。
大学で提供しているキャリアに関する講座などでご存じかもしれませんが、これからの時代に必要なスキルとして、経済産業省が提唱している「社会人基礎力」(前に踏み出す力、考え抜く力、チームで働く力など)や、厚生労働省が推奨している「ポータブルスキル」(専門性以外に、業種や職種が変わっても持ち運びができる職務遂行上のスキル)などにも注目してみると良いと思います。
外に対してオープンに構え、自分の五感でいろいろなことを感じてみよう
就職活動においては、時間が許す限り、いろいろな業界や会社の人の話を聞いてみてください。「これだ! 」と自分の意向を明確に持っている人は素晴らしいですが、そこまではっきりと決められない人も少なからずいるはずです。そんな人は、できるだけ多くの人と話して、自分を作っていくしかないと思います。
日常とは違う領域にいる人やモノにアプローチしてみる姿勢も大切です。すごい人と一緒にいると、その振る舞いに自然と影響を受けますし、一流の味を食べれば、それを判断できる舌になっていきます。
たとえ生まれ持ったセンスや才能のある人でも、自分の五感で経験せずに審美眼を養うことは難しいでしょう。いろいろと経験するほど「これは良い、これは良くない」と肌感でわかるようになるので、あまり固定観念を持たずに、外に対してオープンに構え、それを自分のなかに取り入れていく意識を持って生活してみるのがおすすめです。
そうしていろいろと見聞きしたうえで、最後の1社に決めるときは「直感重視」で良いと思います。
「事業内容」「企業理念」「給与条件」「福利厚生制度」「オフィス」といった、比較的見えやすいものから、先輩社員たちの雰囲気、面接を通じて見えてくるその会社としての物事の進め方・暗黙のルールまで、会社とは有形・無形さまざまな要素が絡み合ってできあがっているものです。その判断には、頭(=理屈)だけでなく、五感を使って全身に聞いてみるのがむしろ自然なことだと思います。
1社目に飛び込んだあとは、まずそこで一生懸命やってみてください。その後のキャリアはどうにでもなりますし、その会社選びが成功だったか失敗だったかは、もしその評価基準を「人生の糧になったかどうか」とするならば、その時点ではわからないものです。「もうこの会社のことはわかった」と思っても、多くは浅い理解でしかない場合が多いので、一旦はその会社の掟に従って過ごしてみることをおすすめします。
オールアバウトに転職し、幅広い役割を経験。会社も人のように成長していくことを知った
イギリスから帰国後は、本社の経理や経営企画を司る部署に戻りました。ただ、全体像を見渡せるポジションにいるにもかかわらず、「目の前で起きているたくさんの人のさまざまな活動が、どのように売上や利益につながっているのか」が、組織の大きさや関与する人の多さゆえに感じづらくなっていました。
もっとシンプルに、そしてもっとダイレクトに、顧客に価値を提供して売上・利益を上げていく活動にタッチしたいという思いが湧き起こり、それが転職活動をスタートさせたきっかけとなりました。
そうして2000 年に入社したのが、当社オールアバウトです。まだ世の中に何もサービスを提供していない、創業したての会社でした。
インターネットが勃興しつつあったその時代感のなかで、インターネットをベースにした事業に興味があったことはそうですが、「テクノロジーが何でも解決してくれる」といったテクノロジー至上主義も叫ばれるような状況のなかで、ヒューマンタッチな会社だと感じたことが入社の決め手です。
テクノロジーの進化のなかでも、あくまで「人が中心でなければならない」という考えを打ち出していて、現在も当社グループのフィロソフィーである「システムではなく、人間。」というメッセージにも惹かれるものがありました。
入社後は一から事業の立ち上がりを見ることができ、入社時の狙いどおり、1社目で経験のあった業務範囲を軽く越えて、かなり幅広い職種を経験できましたね。やらざるを得ない状況だったということもありますが、おかげで幅広い知識を身に付けられたという手応えがあります。
併せて「会社も人間と同様、成長していくのだな」ということを肌で実感することができました。会社にも、ひとりで立てるかどうかわからない赤ちゃんの時期からやんちゃな時期があり、大きく成長するときもあるけど、そこには成長痛があって。そんな時期を経て上場したり、社員数が増えたり事業規模が大きくなってくるにつれて、大人っぽくなってくる。
こうして、自分も会社も、ともに成長することを実感できた経験は何にも代えがたいことだと思っています。
ただその後、上場を果たして会社が大きくなっていくのに比例して、自分の担当領域を越えて柔軟に動き回りづらくなり、窮屈さを感じるようになってきていました。「今までの経験値や知識を持った状態で外に出てみよう」と思い立ち、入社後10年ほどで当社を離れることにしました。
「新たな景色が見られそうだ」という期待感からオールアバウトへ再入社
退社後は個人事業主として、企業のコンサルティングを請け負いました。それまで身に付けた知識を応用して、いろいろな事業の問題集を解いているような感覚でしたね。並行して新興企業のCFOとして勤めつつ、先述した留学時代の先生の推薦により、心理学の領域で大学で教鞭を執る機会もいただきました。
そうして5年ほどが経ち、当社の代表から「戻ってこないか」というお誘いをいただきました。新規事業が始まっていて「以前とは違う展開がありそうだな」と思えましたし、会社のフェーズと自分のフリー時代の経験が合わさることによって、以前とは異なる役割を担えるのではないかと期待感を持てたので、戻らせてもらうことにしました。
コンサルタントは「問題を解いて終わり」という役割をもとめられることが多いので、「問題を解いた後も責任を持ちたい」と思い始めていたことも、再入社を決めた理由の1つです。
当社に戻ってきてからは、オールアバウトグループ全体の視点から、管理部門全般に携わっています。企業合併が続き、違うカルチャーの会社がグループに入ってきているので、以前と比べ課題の質や難易度が異なる仕事に立ち向かっている感覚があります。
キャリアにおいて充実を感じるのは、「世の中に役立っている」と思える瞬間です。大それたものでなくとも、隣の人や身近な人への貢献ができると喜びを感じます。
「ずっと1社目にいたら、どんなキャリアになっていたかな」「ずっとあそこで頑張っている道もあり得たかも? 」と思うことはありますが、楽しんでキャリアを歩んでこられたので後悔はないですね。
これまでそうだったように、今現在も「やりたいこと」は特に考えていません。実家を継ぐ選択肢はさすがに考えなくなりましたが(笑)、必ずこの仕事をしようといった明確なビジョンはありません。
イメージとしてあるのは、特定の専門性を尖らせるというよりは、課題に対して、自分の持っているさまざまな専門要素を組み合わせて対処するなかで、自分らしい付加価値を出していきたいという想いだけです。
強いて挙げるならば、これまで海外にはあまり携われていないので、グローバルに事業が広がるタイミングがあれば、日本の外に出てみても良いなという気持ちは持っています。
一生懸命やっていれば壁にぶつかるのは必然。「自分を信じる気持ち」を持って社会に出ていこう
最後に、「みなさんには何でもできる可能性がある」というメッセージを贈りたいです。
社会に出るにあたって、自信家タイプのような“みなぎる自信”が持てていなくても、まったく問題はありません。私自身もそうでした。ただし、「最後は自分を信じてあげる」という類の「自信」はぜひ持っていてほしいですね。どんな出来事があっても、結果に満足いかなかったとしても、そんな自分も含めて許容してあげてください。
人の可能性は無限大にあります。人間の脳は数%しか使われていないという研究もよく知られていますが、私も留学中に「言語が変わると性格が変わる」という感覚になったことがあります。自分も他人もなるべく決めつけたくはないなと思うようにもなりました。
また学生のうちに、スポーツ、芸術、ゲーム、アルバイト、ボランティアなど、なんでも良いので何かに打ち込んでみることをおすすめします。一生懸命何かに取り組むと、社会人になってからも役立つ普遍的な学びを得られるからです。
私自身は、高校時代にテニス部で県優勝をした経験があります。ただ、自分の記憶のほとんどがつらく苦しい練習期間で、良かったなと思うのは勝てた試合の瞬間くらい。
仕事もそのようなものではないかと思っているので、大変な局面に遭遇するのは誰にでもあること。ひどく悩むことはありません。神様のように迷路の出口を上から見ることができれば最高ですが、人間はそれができないのだから、ときどきは壁にぶつかって当たり前、くらいに思っています。
とはいえ、気持ちを切り替えたいときは、意識して俯瞰的に自分を見ることを心がけています。たとえるなら、ドラマの視聴者のように「壁にぶつかって苦悩している主人公がいるぞ」という目線で自分を見るようなイメージでしょうか。
泣いている自分の顔を鏡で見ると、ふと我にかえるのと同様、少し冷静になれると思います。きっと就職活動で悩んでいるときなどにも使えるのではないでしょうか。
取材・執筆:外山ゆひら