「未来」よりも「今」。今を積みあげた結果に未来がある。嘘のない自分でいられる環境を選ぼう
マザーハウス 取締役 王 宏平さん
Kouhei Oh・大学時代は経済について学び、新卒では中小企業金融公庫(現:日本政策金融公庫)に入社。融資の法人営業を担当し、シンクタンクへの出向やイギリス留学などを経験し、タイのバンコク銀行へ出向。帰国後マザーハウスに入社し、経理・財務マネージャーを経て、2018年より執行役員に就任し、2021年より現職
「もっと世の中のことを肌で感じたい」という思いからファーストキャリアを選択
正直、学生時代の自分が今のキャリアを想像できたかと言われたら、まるでできていなかったと思います。というのも、実は学生時代には別に将来の夢があったからです。
しかし、結局は周りの人の話や自分の現状を見つめて、今のキャリアへと進むことを決めました。
学生時代の将来の夢は、エコノミストになることでした。大学ではマクロ経済学の勉強をしていて、経済的な不平等はなぜ起こるのかなどを研究から興味を持ったためです。将来はビジネスエコノミストとして、テレビに出演しているコメンテーターのように、世の中の動きを分析して発信する存在になりたいと思っていました。
その方向性で就活を進めていましたが、実際にエコノミストとして活躍する人の話を聞いてみると、そういう立場の人でも、意外と世の中のことを知らないのかもしれないと思う瞬間があったんです。
この時、自身も大学生ながらいろいろと勉強をして、アルバイトをして、経済に関するレポートを書いて……などと精力的に取り組んで、マクロの数字はそれなりにわかったつもりになっていたけれど、もしかしたら自分も経済のことについて、何も分かっていないのかもしれないとハッとしました。
その時、ふと周りを見渡してみても、ペンや筆箱、コップなどいろいろなモノについて、何一つとしてどういう素材でできていて、どういう経路で流通しているのか説明できないことに気づいたのです。
それに気付いたのは、大学4年生の5月頃。みんなはもう就活をほとんど終えている時期でしたが、あらためて将来について考え直すことにしました。
その結果、まずは世の中を俯瞰して見るのではなく、身をもって学べる場所で働きたいと思い、ファーストキャリアでは、あらゆる業界に触れながらすぐに現場で働ける中小企業金融公庫(現:日本政策金融公庫)に入社しました。
大変だと思う時期は、キャリアの大切な成長期である
同社は政府系金融機関で、中小企業への融資をおこなっている企業。民間金融機関と異なり、融資業務のみをおこなっているということもあり、3週間の研修を終えたらすぐに融資担当として企業を担当することができました。さまざまな中小企業の社長と話をしたり、工場に足を運んだりして、企業の実態を現場で学んでいきました。
3年程経って、企業の実態や世の中のこともそれなりに分かったつもりになり、そろそろエコノミストのような仕事に挑戦したいと思っていた矢先、上司から「王さん、こういう仕事に興味あるんでしょ」と、日本経済研究センターという研究機関への出向を提案されたんです。日経新聞に掲載されるレポートの寄稿など、ずっとやってみたかったエコノミストの仕事に携われることになりました。
念願のエコノミストの仕事ではありましたが、実際にやってみると、意外にも「現場で仕事をしたほうが楽しいかもしれない」と思いました。そして結果として、モノづくりをする企業に携わることができる静岡支店に異動させてもらえることになりました。
それから約2年後、リーマンショックが起こり、クライアントの中小企業も経営難に陥ってしまいました。本来は前向きな営業をする仕事にもかかわらず、メガバンクからの貸しはがし(融資をした個人や企業に対して返済期限前に返済を迫ること)への対応や、弁護士や裁判所にどう対応するべきかなど、経営の存続にかかわる深刻な相談に乗るようになりました。担当企業のみならず、共に地域の中小企業を支える地銀や信金の方とも毎日協議を重ねる、とても大変で辛い日々ではありましたが、今振り返れば、その分とても成長できたように思います。
大変さや辛さを感じているというのは、大きく成長している証でもあります。過去を振り返ると、ネガティブな思い出ばかり出てくる時期や、とにかく忙しくてほとんど覚えていないような時期でもあります。でも今となっては、そういうときほど良い経験になっていた、最も成長することができていたなと思うんです。
仕事において分かりやすい充実感をもとめる人もいるかと思いますが、後から気付くようなこともあるというのはぜひ覚えておいてほしいですね。
目の前のチャンスを逃さず、新しい経験を積んでいこう
リーマンショック後は、「ある程度、融資の仕事はやり切った」「そろそろ新しいことをしたい」と思うようになり、特に海外を舞台にした仕事に関心をもっていました。ちょうどその頃、社内でイギリス留学ができるプロジェクトが発足したのです。他にも数人の候補者がいましたが、運良く選ばれて、1年間イギリス留学を経験させてもらいました。
帰国後は、本部に異動して国際業務に携わりました。実はこの頃、キャリアにおいてどん底を味わっていて、役所を頂点とするしがらみの中で仕事をするばかりで、何のために仕事をやっているのか見えなくなってしまって……。そろそろ転職をしようかと本格的に考えるようになっていました。
そんな時、会社として日系企業の海外進出支援をはじめるため、現地の銀行に担当者を1人送り込んでほしいという話が出てきました。最初は別の人が行く予定になっていたようですが、「過去にイギリス留学をしていたし、王さんが良いんじゃないか」という話になったようで、急遽私が行くことになったのです。またもや新しいチャレンジをする機会に恵まれ、挑戦してみることにしました。
現地では、タイの銀行の行員という立場で、さまざまな業種の日系企業に金融サービスを通して支援をしていきました。
念願の海外を舞台にした仕事で非常にやりがいもありましたが、3年ほど経ち、帰任が近づく頃、キャリアを振り返りつつ金融の仕事をするなかでずっと気になっていたことについて考えてみました。それは、金融機関という性質上、どうしても一歩引いたところから企業評価をするというかかわり方になること。考えるうちに、自分で事業会社の仕事や経営を担ったことがないにもかかわらず、このような仕事をしていることに違和感を覚えるようになったのです。
だから今度は、自社でモノづくりやサービスを提供している企業に勤めたいと思うようになりました。
タイで仕事をするなか、何度かマザーハウスの副社長である山崎から声をかけてもらいました。彼は大学時代の先輩でもあり、金融機関でのエコノミストの経歴もあります。素材開発といった、ものづくりの最上流からお客様への販売という最下流まですべて自社で担っているビジネスプロセスの話を聞いたときに、「これは絶好のタイミングな気がする」と直感で思い入社を決めました。
「今」を積み上げて、想像を超える未来を創っていく
他の方から私のキャリアをみると、もしかすると綺麗に積み上がっているように見えるかもしれませんが、実はそのときどきの“今”に向き合ってきただけなんです。“今”に真剣に向き合っていると、必ずそのことを見てくれている人がいて、チャンスがやってきます。大事なことは、そのチャンスを自分がつかみ取り、決して逃さないことだと思います。
今後の未来について、長期の具体的なキャリアビジョンの解像度は、あえてそこまで鮮明にさせないようにしています。
「こんな仕事をしたい」「こういう自分になりたい」などと決めたとしても、数年経つと今よりも成長して見える景色が変わり、描ける未来も広がっているはず。むしろ想像通りの自分になっていたとしたら、あまり成長できていないということになるかもしれません。
会社としても、当社は今後も間違いなく成長し、大きく変化を遂げていきます。半年経つだけでどんどん状況が変わっているので、もし今の時点で未来を決めつけてしまうと、可能性を狭めてしまうと考えています。
「こんな風になるなんて1ミリも想像していなかった」と思えるほうが楽しいと思うんです。実際に10年前、もっというと5年前でさえ、今の自分の仕事や立場、やっていることはまったく想像していませんでした。これからも今はまだ想像できないくらい明るい未来になるよう、目の前のことに邁進していければと思っています。
就活生や若手の社会人のなかには、「何をやりたいのか分からない」「どんな未来を描けば良いのだろう」という悩みを抱えている人もいるかと思いますが、それはとても普通のことだと思います。未来を描くことにプレッシャーを感じすぎずに“今”に向き合っていけば、振り返ればいつの間にか自分らしい未来が作られていると思いますよ。
就活情報は得るよりも絞る意識で。素直な気持ちを大切に企業を選ぼう
近年の就活では、就活サイトなどでたくさん情報を集められると思いますが、むしろ情報を絞っていく意識をもっておくと良いでしょう。情報が溢れているからこそ、その質を高めることが重要になります。ネット上で簡単にリサーチできる二次情報ではなく、実際に話を聞いて得られる一次情報を重視することをおすすめします。
就活はたとえると、人生で初めての結婚、お付き合いのようなもの。最初から考え過ぎると素直な気持ちを忘れてしまうので、あまりとらわれずに業界や企業を選んでほしいなと思います。周りの目を気にするような選択ではなく、素直に自分がちょっと気になる、ちょっと面白いかもしれないという思いを優先するようにしてみてくださいね。
その判断基準として分かりやすいのは、まずは気になる企業のエントリーシートを書いてみること。書き進めるなかで、自分に嘘を付いているなと思ったり、何か違和感があったら、本当の気持ちで選んでいないのかもしれません。
また、企業理念やミッション、パーパスなどを見たときに、すぐにイメージできる場合は自分に合っている可能性が高いと思います。同じ内容でも人によって感覚が異なるので、自分にとってしっくりくるかどうか、思いが伝わってくるかどうかを確認してみてください。
誰と働くのかも大切ですね。就活で会うことができるのはたった数人かもしれませんが、それでもその人たちと働きたいと思えるかどうかは重要です。長時間一緒にいられそうなのか、難しそうなのか。自分の直感を大切にして、合っているかどうかを判断しましょう。
本当の自分でいられる環境で、すべて自分事として仕事に取り組もう
社会人として活躍したい、成長したいと思う人は、「本当の自分」として働けるような仕事や職場を選びましょう。そういう環境があってこそ、自分の力を最大限発揮することができます。
私も過去に、「今の自分は、どこか自分に対して嘘をついているのではないか」と悩みながら働いていたことがあります。ありがたいことに、特に当社に転職してからは自分らしくいられるようになり、大変なことも含めて「ああ、本当の自分を生きているな」と感じるようになったんです。そのような感覚で働ける企業であれば、自分の人生として、仕事を精一杯味わえるのではないでしょうか。
また、仕事をするうえで心掛けてほしいのは、よく言われることではありますが、日頃から上司もしくは2つ上の上司の立場で物事を考えることです。その際には、「もし本当に上司がいなくなって、自分がその立場になったらどうするのか」と、臨場感をもって鮮明にイメージすることが大切です。
どの仕事を自分でやって、誰に何をお願いして、どんな風に仕事を進めて……という風に現実的に考えてみてください。何かあったら本当に自分でやるしかないんだなと覚悟をして、普段の行動にも少しずつ落とし込んでいくうちに、自分の枠を超えて成長していけるはずです。
就活やキャリアにおいて、大変な思いや、モヤモヤすることも必ずあると思います。でも、そのように向き合っているというプロセスは、成長するために必要なこと。一度も壁にぶつからずにキャリアを歩んでいるほうが、味気ない人生になってしまいます。どうしても目の前のことに必死になるかもしれませんが、どこかで客観的な視点をもち、「今、自分は大きく成長しているんだな」と、自分を認めてあげてくださいね。
私も未だに考え込むこともありますが、「1年後にはあのとき成長したなと思っているんだろうな」とふと思い浮かべることも。時には自分を励ましながら、成長のプロセスを乗り越えていってくださいね。
取材・執筆:志摩若奈