今ある環境は自分を映す鏡|ジャンルレスに世界に触れて「発想力」を養おう

JFEロックファイバー 取締役 兼 総務・営業部担当 奥本 訓史さん

JFEロックファイバー 取締役 兼 総務・営業部担当 奥本 訓史さん

Kunji Okumoto・東京大学経済学部卒業後、1985年に日本鋼管(当時)入社。京浜製鉄所や本社にて原料購買・生産管理・営業管理・企画などの業務を経験。2002年に日本鋼管が川崎製鉄と経営統合し、JFE(ジェイエフイー)スチールとなって以降は、JFE本社にて営業部門や生産総括室長を経験。2010年から九州支店長を務めたのち、2013年に中国広州JFE鋼板へ出向。2018年から子会社であるJFEミネラルに移籍し、コンデンサやリチウムイオン電池の材料調達や営業のプロジェクトに従事。2021年にJFEロックファイバーに移籍し、以降現職

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「仕事だけでは成功とは言えない」30代でキャリアの指針を形成できた

私の職業観は、生い立ちにかなり影響を受けています。祖父母が早逝し、両親が叔父や叔母、私たち兄弟全員の面倒を見ていて生活は楽ではなかったですし、2人の叔父が事業を立ち上げて失敗していたので、父には「事業なんかするものじゃないぞ」と言われて育ちました。

自然と「しっかり勉強して堅実な仕事に就こう」という価値観になり、就職活動でも大手中心で検討。とはいえ、最低限「自分に合った仕事はなんだろう?」という目線は持っていました。経済学部の同級生の多くが金融業界に進んでいましたが、私はモノづくりができる業界のほうが自分らしいと感じて大手鉄鋼会社を選択しました。

ギスギスした競争が性に合わなかったので、あえて大多数が選ばない且つ実際のモノを扱う業界に行こうという気持ちがありました。時代背景もありますが、競争が激しい業界を選んだ友人たちからは、その後「モラルや人間性を犠牲にしなければ生き残れない状況もあった」と聞いています。人が集中している業界で疲弊したくない思いが強い人は、あえて今の時代のニッチな業界を探してみるのも一つの選択肢だと思います

また「今伸びている業界だから」という理由で業界を選ぶのも、個人的にはあまりおすすめしません。20年間も30年間も同じ状況が続くことはないからです。

順調な産業だと思って飛び込んだ鉄鋼業界は、その後まもなく円高ショックの影響を受け、かなり厳しい状況になっていきました。正直に言えば「業界選びを間違えた」と思った時期もあります。今はそんなことはないと思いますが、当時は「転職できるのは35歳まで」と言われているような時代だったので、30代になると鉄鋼業界に見切りをつけて他業界に移っていった同期の仲間も複数います。

自分の将来やキャリアに不安を覚えるなかで、なんとなく社外の勉強会に参加しました。このことが思いがけず、ターニングポイントとなりましたね。「成功」に関するプログラムを開発したポール・J・マイヤーという人の教えを学ぶ会だったのですが、起業家など今まであまりかかわりを持つことがなかった人たちとの交流を通じて、価値観が大きく変化したのです。

それまでは「偉くなることやお金を稼ぐこと=成功」だと思い込んでいましたが、仕事だけではダメで、家庭や社会生活、人間性などすべてにおいて良い状態を目指すことが、キャリアの成功だと考えるように。当時はまだまだ仕事中心で、いわゆる忙しい自慢や寝てない自慢をするのが当たり前の世の中でしたが、その価値観から離れることができ、「精神的・経済的・肉体的・社会的・家庭的な健康をバランスよく目指そう」という、キャリアの指針を形成するきっかけとなりました。

奥本さんのキャリアにおけるターニングポイント

どの会社にいても成功はできる。不満を感じたら自分の内面を見つめ直そう

またその頃から、常に頭の隅に置いている言葉があります。中東の故事だったと記憶しているのですが、こんな話です。

ある村にやって来た若者が、以前いた村や村人たちの悪口を話したところ、その村にいた老人は「ここも皆、同じじゃろうよ」と述べた。また別の村から来た若者が、前にいた村の人たちを褒めちぎっていた。すると老人はまた「ここも皆、同じじゃろうよ」と述べた――。つまりは、自分の内面にあるものが常に外の世界に反映される、という教訓だと理解しています

キャリアや業界の先行きに不安を覚えていた30代の頃にこの言葉を知り、今の状態で転職しても「ここも皆、同じじゃろうよ」となるだけで、良い転職にはならないだろうと気づけたのです。そして、今の会社で頑張ってみようと決意できました。

どんな会社にいても、自分次第でキャリアの成功はできる」と思えるようになると、会社に対する感謝の念が芽生えるように。感謝の心持ちで働いているといろいろなことが好転し、社内でも人気のポジションだった九州支社の支社長を任せていただくなど「会社に認めてもらえている」という手応えも感じられるようになりました。

業界全体が重たいムードの時期は「コストカットばかりでつまらない」と感じたこともありましたが、どの経験も、後になってみればひとつも無駄にはなっていませんでした。

いまや転職が当たり前の時代になりましたが、上記の経験から、自分の子どもたちには「会社への感謝は忘れないように」ということをよく伝えています。今いる環境に不満を感じたら、まずは「自分の心構えや接し方に問題があるのでは?」と考える。自分に矢印を向けて、自分の内面を見つめてみることが大切だと思います

会社の規模やステータスにもこだわりすぎないことです。「どの会社にいるかが問題ではない」と考え、与えられた環境に悩みすぎず、縁があった今の場所でベストを尽くせば良いことがあるよ……ということは、長年のキャリアから皆さんに送りたいメッセージです。

奥本さんからのメッセージ

事実ではなく判断材料になる情報を収集し、「決める力」を磨こう

JFEロックファイバー 取締役 兼 総務・営業部担当 奥本 訓史さん

最初の会社を選ぶ学生時代の就職活動は、キャリアの中でも一番難しい選択と言えるかもしれません。どんな仕事でもやってみないとわからない部分はありますし、多くの情報を入手できる時代とはいえ、学生の立場で得られる情報はかなり限られるからです。

できるだけ良い選択をするためには、生の情報を取りに行くことが重要です。社長や社員たちが理念に向かって仕事をしているか、自分もその価値観や考えに共感できるかは、必ず確かめておきましょう。経営者の本を読んだり、講演を聞いたりすることも役立つと思います。

また最近は「ワーク・ライフ・バランスとお金(高収入)のどちらを選ぶか」という二者択一のような風潮もありますが、バランスよく考えて時間配分をすれば、両方ともを選ぶことは不可能ではありません。ただそのためには、トップや上司がそれを許してくれない、長時間労働を是とする会社だけは選ばないことが肝心です。この観点からも、社長や社員の考え方は入社前にできるだけ把握しておくことがおすすめです。

私が今の時代に就職活動をするとしたら、社長や社員の考え方がわかる情報に徹底的に目を通したうえで、最後はあまり悩みすぎず直感で決めると思います。

決断のスピード感は、キャリアを通じて意識してきたことです。新人時代のころの上司に「相手の信頼を得るためには『決められる』ということが重要。8割はその場で決めろ」と教わって以来、むやみに判断を遅らせないことを心がけてきました。

時間をかけたところで確度が高まるわけではないのであれば、早急に判断し、迷う時間を自分に与えない。ビジネスパーソンとして成長するためには、この姿勢を身につけておくと良いと思います。

ただし、決断をするためには質の高い情報が必要です。むやみに事実を集めて来るのではなく、そこから仮説を立てられるような“判断材料になる重要情報”を集めてくることが大切だよ、ということは部下にもいつも伝えていますね。

決断に必要な情報収集のポイント

決断できる情報を整理するには「就活ノート」を作ってみるのもおすすめです。理念、社風、社会貢献、給与、社内環境など、自分はどう優先順位を考えているのか、決めていく経緯や理由を書き出しておくと、後から思いのほか役立つと思います。

私も学生時代には就活ノートを付けていたのですが、転職を悩んだ頃に読み返して、改めて入社を決めた理由や初心を思い出すことができました。考えを整理する、判断理由を定期的に振り返るといった目的のために、最近はモーニングノートの習慣を生活に取り入れようと考えています。

意識的にジャンルレスな世界に触れ、豊かな発想力を養おう

2つ目のターニングポイントになったのは、支店長として九州に転勤をしたことです。地元の経営者の方々や知事との交流機会などに恵まれ、それまでにはなかった知見が広がった実感があります。本社勤務の頃よりも時間的な余裕ができたこともありますが、博多祇園山笠(国指定重要無形民俗文化財に指定されている博多の盛大なお祭り)に参加したり、小唄を習ったり、それまで知らなかった世界をさまざまに体験し、趣味を通じてキャリア全体が豊かになりました

このように、転勤によって経験や視野を広げられるケースは少なからずあるもの。個別の事情はあると思いますが、最初から「転勤は絶対にNG」と扉を閉めてしまわず、チャンスがあれば「うまく動ける方法はないかな」とやり方を探してみる目線は持っておくと良いと思います。

そして55歳の折、中国の拠点に出向したことが、キャリアにおける3つ目のターニングポイントです。文化の違いもあり、それまで日本で当たり前だったことが、すべて当たり前ではなかったことに心底気付かされました。

何も言わなくても正確に仕事をしてくれたり、先回りして動いてくれたりする日本の社内環境は恵まれていたのだなと痛感。やり方・考え方が異なる他国の人と一緒にやっていくには、できるだけ自分から彼らの近くに行ってコミュニケーションを図るしか方法がないと気づきました。それからは中国語も必死で学び、積極的に自分から接点を持つように。最後は、来日の際に必ず会いに来てくれるような知人・友人もできました。

5年間の中国生活を経て「自分と他人は同じ価値観ではない」という前提に立てるようになり、相手をよく観察して、よく話を聞いて、それから自分の意見を言う、という姿勢が身についたように思います。人として柔軟になれたのか、帰国後はかなり仕事がしやすくなりました。

いろいろな人や世界と交流して視野が広がると、自分が変わる気づきやきっかけをもらえることも多いです。手軽に視野を広げるには、読書習慣もおすすめです。自分が本を選んでもいいですが、可能であれば、誰かが推薦している本を読んでみてください。何も考えずに本屋に行くと同じような本ばかりを買ってしまうもの。洋服なども同様だと思いますが、自分で選ぶと必ず偏りが出てきます。

社会で活躍している人たちは、ビジネスに役立つ書籍ばかりを読んでいるわけではありません。最近『天才読書 世界一の富を築いたマスク、ベゾス、ゲイツが選ぶ100冊』を読んで改めて思ったことですが、彼らがファンタジーや科学まで幅広いジャンルを読んでいることに驚きましたし、いろいろなジャンルの知識を掛け合わせることで、豊かな発想が生まれているのだなと感心しました。これこそが、AIにはできない人間の能力と言えると思います。

自分の娘や息子を見ていてもよく思うことですが、インターネットは目的を持って情報を取りに行ける分、特定のジャンルの知識に偏りがちな印象を受けます。「幅広い好奇心や知識を養おう」という意識を持って、普段は読まないようなジャンルにもぜひ手を伸ばしてみてくださいね。

奥本さんからのメッセージ

転職せずとも経験値は増やせる。キャリア最後の1日までチャレンジを続けたい 

私がキャリアの中で一貫して意識してきたのは、どの部署やプロジェクトでも、「あの人がこれを変えた、成し遂げた」と言われるような成果を必ず残すことです。着任して3カ月以内に業務を理解し、変えるべき部分を見出してビジョンを描き、具体的な計画を立てて3年以内に実現するというスパンで、数年毎に異動することを繰り返してきました。

ゼネラリストになろうと決めたのは20代の頃ですが、転職をしなくとも3年ごとに部署を変わって新しい仕事をさせてもらえていることは、JFEグループの一番魅力的なところだと感じています。

2年前に現在の会社に来てからも、また新たな経験ができています。大企業の場合、何かを始めるとなると多くの人に話を通さなければならないですが、今は社長に直談判してOKが出ればすぐにやりたいことに着手できます。アイデアから実現までのスピードが速いのは、小さな組織の良さだと感じていますね。

現在は「超優良企業」と思える会社を目標に、4つのプロジェクトを動かしています。親会社や取引先の指示待ちにならず、皆が主体的に動ける会社に変えていくことが、ここ数年先までのキャリアビジョンです。

ちなみに、個人的に思う超優良企業の特徴は2つあります。1つは「会社が掲げる目的と、社員の目指すものが一致していること」。もう1つは「社員全員が進歩を止めない会社であること」です。自分の思う優良企業とはどんな会社を指すのか、どんな会社に変えていきたいのかを考える目線は、キャリアでも役立つと思います。

私は今61歳ですが、人生が1日でも1年でも残っているならば、新しいことをやるべきだという考えです。次のステップに向けて最近は不動産業の勉強を始めており、社会貢献の方法もいろいろと探しています。これまで学んできたコーチングの公的資格を取ろうか、日本語マナーを教える講師をしようか等々、いろいろと夢想しているところです。70歳になっても80歳になっても、好奇心を絶やさず「今日もやりたいことがある、やることがある」と思いながら目覚めたいですね。

奥本さんが贈るキャリアの指針

取材・執筆:外山ゆひら

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