「思い通りにならない」を楽しむ|失敗前提でいい。誰よりも速く、誰よりも多く失敗しよう

FIELD MANAGEMENT EXPAND(フィールドマネージメントエクスパンド) 取締役VP of Creative 松井 一紘さん

FIELD MANAGEMENT EXPAND(フィールドマネージメントエクスパンド) 取締役VP of Creative 松井 一紘さん

Kazuhiro Matsui・高校卒業後、イギリスの音楽学校へ留学。帰国後に早稲田大学文化構想学部に入学。コピーライターを志望し、2012年に映像プロデュースカンパニーTYO(ティーワイオー)に新卒入社。2021年より同じくAOI TYOグループ内で新設された、コミュニケーションデザインファクトリーであるxpd(イクスピーディー)に転籍。2022年より現職。現役のクリエイティブディレクター、コピーライターとしても活動し、クリエイティブ起点のコミュニケーションデザインの実現を続けている。2023年1月よりxpdは、戦略コンサルティングファームのFIELD MANAGEMENT STRATEGY(旧社名:フィールドマネージメント)とのブランド統合により社名変更し、現社名に

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やりたくないことを突き詰める。消去法のキャリア選択が天職の発見につながった

ロックスターになる」これが、私が最初に目標と掲げたキャリアです。ビートルズやオアシスに憧れ、高校卒業後にイギリスの音楽専門学校に留学したのですが、いざ音楽漬けの毎日が始まると「自分には一日中音楽はできない。それができる人だけが、ミュージシャンになるのかもしれない」と夢と現実のギャップに気づき始めたのです。

とはいえ「一度夢を持ったら貫かなきゃいけない」と勝手な使命感を背負い込んでいたので、音楽は自分の天職ではないのかも、これが本当にやりたいことだったのだろうかと1年以上迷い続けていました

ついに見切りをつけて帰国した後は、空虚な気持ちでいっぱいでした。先が見えないまま、働く選択肢を含めていろいろなことを考えましたね。海外で多国籍の人たちとかかわった経験から「異なる文化の中で生きている人たちの考えや価値観を知りたい」と思うようになり、文学、哲学、歴史学、民俗学など今までに触れてこなかった分野にも興味を持つように。親の助言もあって、大学に進むことにしました。

もともと本はよく読んでいたものの、大学入学後は以前にも増して本の虫として過ごしました。本の良さは、文字を介して自分と違う考えを持っている人の話を聞けること。今でも本は大好きで、誰かが必死で考えて辿り着いた結論や、自分では絶対にたどり着けない考えに触れられることにおもしろみを見出しています。多感な時期にたくさんの本を読んだことで、自分とは違う価値観や考えの人とも柔軟に話せる人間に成長でき、社会人になってからの対応能力につながっている気がします。

松井さんのキャリアにおけるターニングポイント

しかし大学4年生になっても、将来のビジョンは白紙のままでした。「この先どう生きていこうか」という方向がまったく見えない状態で焦りはありましたが、一度夢をなくした経験から「やりたいこと」を固めすぎることにも恐怖心があり、「やりたくないこと」から逆張りして考えてみることにしました

やりたくないことを将来の選択肢から消していった結果、残ったのは「空想で飯を食うクリエイティブな仕事」だけでした。音楽が好きだと思い込んでいましたが、詞や曲を作るのが好きだったと気づき、“カタチなきものづくり”にかかわりたいと自覚できたので、コピーライターを目指すことにしました。

この目標を決めてから、「そういえば卒業アルバムの制作時にクラス全員分のキャッチコピーを考えたり、友人たちをキャラ立てて魅力を引き出したりするのが好きだったな……」なんてことも思い出しましたね。小学生の頃から漫画を描いてみたり、14歳の頃から毎日曲づくりをしたりする作業自体は、まったく苦ではなかったなと。

「好きな食べ物は何?」と聞かれると意外と答えられないのと同様、「やりたい仕事は何か?」と考えるだけでは、なかなか答えにたどり着けない気がします。好きだと思っていなかったところに「より自分の好きなもの」がある場合も多いもの。「やりたくないものは何か?」を考えていくと、意外とわかりやすく自分の趣向が見えてくると思うので、将来に迷っている人はぜひ試してみてください。

裸の自分を愛してくれる会社を見つけたほうが活躍できる、かも!?

FIELD MANAGEMENT EXPAND(フィールドマネージメントエクスパンド)
取締役VP of Creative 松井  一紘さん

これから就職活動をする皆さんに一番伝えたいのは、「裸の自分を愛してくれる会社を探そう。落ちても気にしなくてOK!」というメッセージです。社会に出ればそのままの自分で生き抜かなければならず、背伸びして内定をもらっても入社後に大変になるだけです。素の自分を愛してくれる会社に出会えたほうが、絶対にラッキーだと思います

私も何社も落ちています。コピーライターになろうと決めた後、どうすればなれるのかがわからず、下調べもせずに広告会社の面接を何社か受けてみました。「御社のあのCMが〜」などと語っては「それ、うちのじゃありません」と返されたこともあり、かなりダメダメな就活生でした(笑)。

そこから徐々に、会社との相性を考えるようになりました。留学中に仲良くなった30歳以上も離れた心の恩師が、実はCMプロデューサーをやっていたらしいと知り、その方が気持ちよく働いていた会社ならば自分も馴染めるのではと考え、恩師の古巣だったTYOというCM制作会社を受けてみることに。

当時の社長面接では「君の話は長い。CMは30秒の世界だ。これから投げる質問に端的に英語で答えてみろ!」などと謎のラリーを挑まれ、そのおもしろい雰囲気にも相性の良さを感じましたね。無事に内定をいただき、そのまま今に至るまで転職せず(グループ組織改編による転籍などはありつつ)同じ会社で楽しく働けているので、幸運にも自分に合った会社を選べたのだなと思っています。

大切なのは、自分に対して本音で語り続けること。年収や肩書きなども気になるかもしれませんが、会社は人生の時間の大半を過ごす場所なので、「自分にフィットしているかどうか」で考えたほうが、心身健康に幸せに働ける気がします。

とはいえ、100%完璧に自分に合う環境は存在しないので、70〜80%くらいのマッチ度を目指してみるのがおすすめです。自分らしさは勝手に表出していくものなので、「自分らしさを出さなくては」といったことも特に考えなくて良いと思います

「なんとなくノリが合うな」と感じられる会社を選んだほうが、自分の力も存分に発揮できる気がしますね。私は大学時代、友達がほぼいませんでしたが、会社に入ってからは仲間と言えるメンバーに恵まれて普段の雑談や会話も楽しいです。それが結果的に、ストレスなくのびのびと仕事ができる毎日につながっているように思います。

松井さんからのメッセージ

就職活動中に壁にぶつかったり落ち込んだりしたときは、ものすごく引いたところからその出来事を見てみてください。人類史全体から見れば、あるいは宇宙から見れば、自分ひとりの悩みなんて埃やチリ、ダニくらいのサイズでしかありません。

人生そうそう良いことは起きませんが、そんなに悪いことも起きないものです。壁は自分に何かを教えてくれるヒントとして受け入れ、味方にしてください。「思うようにいかない人生も結構楽しい」と思って飄々と風のように生きれば良いのです。

誰かのせいにする必要も、自分のせいにする必要もありません。すべては「運」です。伝説の雀士と言われた作家・阿佐田哲也さんも「人生、9勝6敗でいいもんだ」と仰っています。しんどいときは、気の置けない人たちとおいしいものでも食べて、その瞬間を楽しく生きていたほうが、ハッピーサイクルが回り始めると思います。

失敗の回数で差をつける。一番成長できるのは自ら凹みに行ける人

キャリアのなかで一番のターニングポイントは、入社5年目頃、それまでずっとお世話になっていた師匠のもとを離れようと決めたことです。

広告の仕事のイロハをすべて教えてくださったクリエイティブディレクターの先輩で、その方のチームの一員として、多くの仕事をさせてもらっていました。しかし阿吽の呼吸でできる仕事が増え、このままラクをしていては考えなくなってしまう、自分のためにならないと危機感を感じるように。「師匠のことは大好きですが、今後は一緒の仕事はしません!」と自ら親離れ宣言をしました。

結果的に、この決断をして本当に良かったと思っています。なんでも師匠がフォローしてくれる環境から離れ、自分で責任を持って決断して、思いきり失敗できる状況になったからです。コンペに通らなければ「なぜダメだったのか?」を真剣に考えるようになり、自分が一番“失敗を真に受ける人間”になって初めて、人は成長できるのだと思いました

「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」これは故・野村克也監督の有名な言葉ですが、まさにこの言葉どおり。うまくいっているとき、人はハッピーなので物事を熟考しません。この文脈では「良いことってあまり親切ではないな」という気がします。しかし失敗すれば「どうすればうまくいくか」を真剣に考える。つまりは、失敗するほど良いものに近づけるということです

一日は24時間、一年は365日。この時間は誰にも平等で、皆が頑張っている社会のどこで差がつくかといえば、リスクを冒せる量と回数、つまり失敗する回数ではないでしょうか。世の中を見渡してみても、伸びていく人や活躍していく人は、誰かが1つの成功を掴んでいる間に20〜30回くらいの失敗をガンガン経験している印象です。

成長したければ、誰よりも多く、誰よりも速く失敗すること。そして「自分から凹みに行ける人」になってください。

松井さんの「失敗のススメ」

失敗上手になるには、アイデアや考えを溜め込みすぎないこと。1週間ひとりで考え抜いたプランを出して玉砕するより、毎日アイデアレベルのものを軽く投げてダメ出しをもらったほうが、凹み度を分散できますし、提出日には良いアウトプットに仕上がっている可能性が高いです。ちょくちょく軽く負荷をかけておいたほうが、いざというときに“心の全身骨折”をしなくて済むと思います。

私自身、若い頃にたくさん失敗したからこそ、最終的に自分に合った職業を見つけられた気がします。失敗する前提で生きていたほうが、気持ちもラクになるのでおすすめです。

周りから遅れても、結果が出なくても「楽しい」と思える仕事は天職

コピーライターになってからも、すぐに芽が出たわけでもありません。そもそも入社時点では職種の違いもよくわからず、プロダクションマネージャー(PM)として採用されていたので、最初の4カ月間は案件全体の管理をするPMの仕事をしていました。

先述した師匠も「俺はコピーのことはわからん!」という方だったので、独学で勉強し、社内の営業メンバーに顔を売り、あちこちに「仕事をください」とアピールして回ることで競合プレゼンに参加するチャンスをもらっていました。

ただプレゼンに参加したところでそうそう突破できるわけでもなく、鳴かず飛ばずの時期も長かったです。それでも不思議と苦ではありませんでした。同期のメンバーが活躍する姿を見て焦る気持ちがなかったわけではありませんが、プレゼンのために必死にコピーを考える時間が心から楽しかったのです。

失敗と検証を繰り返すなかで少しずつ仕事をもらえるようになり、2019年には「本だけじゃないブックオフTVCMシリーズ」で、TCC最高新人賞やACC FilmAカテゴリグランプリを獲得。これ以降、業界内で目を留めてもらえる機会が一気に増え、良いチャンスやパートナーに恵まれていきました。

「考える仕事」ができているときに一番の充実感があるので、「考える仕事をし続けたい」ということが、今もこれからも変わらないキャリアのビジョンです。チャレンジャーであり続けたいですし、常に自分の欲求が絶え間なくうごめいているような状態でいたいですね。ロジックに甘んじず、本能や直感も軽んじずに意思決定を続けていきたいです。

昨年からは、少しだけ目線が上がりました。以前は「同僚は皆仲間でありライバル」という意識でしたが、取締役やクリエイティブ部門の責任者となり、「メンバー全員の才能を開花させたい」と考えるようになりました。 有能な人間を輩出できる環境を作りたいですし、全員が意義と幸せを感じながら働ける環境を作り、満足できる収入と生活を提供したい、といった目線に変わっています。

業界全体に対しては、1つのアイデアでガラッと企業の見せ方や業績にも影響を及ぼせるクリエイティブの力を実証していきたい、という目標もあります。「本当に良い成果物が正当に評価される」という公平でフラットなクリエイティブ世界を作ることができれば、クライアントもハッピーなはずですし、クリエイティブを担う人たちにとっても大きなモチベーションになると考えています。

問いを立て、判断する作業は人間にしかできない。日常の「なぜ」を大切に

これからの時代に活躍すると思うのは、問いを立てられる人。どんなにAI(人工知能)が進歩しても、AIに情報をインプットしたり、AIからアウトプットされたものの良し悪しを判断したりするのは人間です。

人間が最初にどういう建て付けで問いを立てるか次第で、AIからアウトプットされるものは変わってきます。ネット検索をしても、人によって取れる情報が違うのと同じです。検索がうまい人、自分にとって有意義な情報を取ってこられる人は、問いを立てる人がうまい人、と言えるかと思います。

良い問いを立てるには、空想や想像力も欠かせません。「松竹梅はなぜ、松と竹と梅にしたのだろう」「 ゴミの仕分けで間違いそうなのに、カンとビンはなぜ、こんなに似た言葉にしたのだろう?」等々、超くだらないことで構いません。普段から必要のないツッコミをしながら生活していると、問いを立てる力が鍛えられていくと思います。

AI時代にもとめられる人材になるために

今ここにあるものを見る・体験するだけでなく、「なぜこうなったのだろう?」「今こうだから、こうなっていくのかな?」と、過去・未来にベクトルを伸ばして考えを膨らませる訓練をしておくのもおすすめです。考え方や切り口がおもしろいと思うビジネスマンは大抵それができていますし、そうした思考方法が課題をブレークスルーする鍵になるケースは少なくない気がします。

そして最後に、いろんな人の価値観と触れ合うことも大切にしてください。自分の気の合う人とだけ付き合うのは楽しいしラクなのですが、できるだけ自分と違う人たちと触れ合ったほうが、時間軸や特定の考えにとらわれない柔軟な思考力や想像力が培われていきます。

仕事をするには効率も大切ですが、コスパや損得を気にしすぎると得られないものもあります。「効率も大事だけど、効率以外の部分にも学び取れるものはたくさんある」とバランスよく考えられている人は素晴らしいなと思います。 

松井さんが贈るキャリアの指針

取材・執筆:外山ゆひら

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