小さな仕事のなかにも「WILL」を見つけよう|成長の一番の糧は「夢中になれること」にある
バトンズ 代表取締役 CEO 神瀬 悠一さん
Yuichi Kamise・大学卒業後、2000年にITエンジニアとして日本ユニシスに入社。コンサルティングファームでコンサルタント職を経験後、リクルートに入社。リクルートマーケティングパートナーズなどグループの事業会社3社で役員を歴任したのち、2019年4月にバトンズに参画。取締役CMOとしてマーケティングやプロダクト企画開発の部門を管掌し、創業期よりバトンズの成長を牽引。2022年4月に代表取締役に就任後、現職
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今につながる「WILL」は議事録作成という小さな任務から生まれた
就職活動をしたのは、就職氷河期の終わり頃。新卒採用を中止していた企業も多かったのですが、Sler(システムインテグレーター=情報システムの構築における企画立案から設計、開発、運用・保守・管理までを一括請負する情報通信企業)だけが唯一、大量採用をしていた時代でした。情報系の学部出身だったこともあり、IT系の仕事に興味を持っていたので、自宅に送られてきた企業のDMのなかからIT企業を5社ほどピックアップして選考に進みました。結果として、大手企業で社会人としての基礎力を培うことができそうだということに加えて、最初に内定をもらうことができた企業に就職することを決めました。
それがファーストキャリアとなる日本ユニシスです。新人時代は毎週、重要な定例会議があり、私は議事録作成を担当していました。上司が厳しい方で、議事録のレビューも毎回修正だらけで戻ってきていたのですが、おかげで思考を整理する方法論のようなものを叩き込んでもらえたので、今ではとても感謝しています。
その頃、エンジニアとして開発を担当していた通信企業のお客様のなかに、人としてもビジネスパーソンとしても憧れの部長がいました。ある日、その方から「議事録があって助かったよ」とお褒めの言葉をいただいたのです。憧れの部長に褒めてもらえたことで「もっとわかりやすく、もっと良い議事録を作りたい!」と、初めてWILLのようなもの(意志)が心に生まれました。
社会人3年目、初めて仕事に魂が入るきっかけになった出来事で、ここが最初のターニングポイントだったと記憶しています。
それまでは「お客様は議事録を大して見ていないだろう」と軽視し、効率良くスピーディーに仕上げることばかりを考えていました。担当業務に無意識に優先度をつけてしまっていたのです。しかし、小さな仕事でも意味を見出してくれる人がいるのだと知ってからは、業務に対する見方が大きく変わりました。
以降は、会議で飛び出す発言が事実・状態・現象・意見のどれに当てはまるのかを咀嚼しながら議事録を構造化し、次にどこに向かうべきかのアクションまで掘り下げて反映するように。最終的には、印刷にまでこだわって仕上げるようになりました。
そのように成果物を突き詰めれば突き詰めるほど、仕事はどんどんおもしろくなります。「良いものを作りたい」という思いは成長につながり、ほどなくしてプロジェクトリーダーの立場も任せてもらえるようになりました。
これから社会に出る皆さんにも、どんなことでも良いので「こうしたい」というWILL(意志)を見つけてほしいですね。誰かに指示されてやる仕事(MUST)と、意志(WILL)を持って取り組む仕事とでは、成長度合いがまったく違います。
私にとっての議事録がそれであったように、大それた立派なWILLである必要はありません。「お客様とのトークがとにかく上手になりたい」などでも良いので、自分が思いを込められるテーマを、目の前の仕事のなかから見つけること。それが自己成長につながり、その後のキャリアを拓いていく鍵になっていくでしょう。
WILLさえ見つかればどんな人でも成長できる、というのが私の考えです。入社時点でそれが見つかっていなくても、前向きでポジティブなエネルギーを放っている人は仕事をしながら見つけていけると思います。
仲間と協働しながら価値創造をするおもしろさを知った3社目
1社目の企業は、約5年で卒業する選択をしました。「システム開発の醍醐味もわかったし、経営課題からオーダーが下りてきたシステムを作る仕事はひと通り見られた」と感じ、次は経営のレイヤーもわかるようになりたいと思ったことが理由です。
その観点から、2社目にはコンサルティングファームを選びました。転職後は常に20件前後のプロジェクトを抱えるなどハードワークではありましたが、期待した通り、多くの企業の経営課題を見ることができました。
コンサルタントはクライアントの経営課題を解決するために、情報分析をして解決策を提案することを仕事にしますが、仕事の最終成果物はクライアントに提出する報告書で、あくまで第三者として他社の事業にアドバイスする役割です。コンサルタントとして事業を伸ばす役割を担うのも楽しかったのですが、次第に「次は事業の最前線に行ってみたい」と思うようになり、また5年間ほどで転職先を探すことにしました。
3社目にリクルートに入社したことは、キャリアにおける2つ目のターニングポイントです。同社には合理性とパッションの両方をあわせ持った人たちが集まっていて、社会人として非常に刺激を受けました。そして何より、個を尊重し、個の成長を支援する同社の企業文化のおかげで、新たな成長を図れたと感じています。
長所にフォーカスしてくれる上司に出会えたことも大きかったですね。粘り強くコミットする“やりきり力”のようなものにはそれなりに自信がありましたが、上司は「神瀬くんは新しいことを吸収する力やラーニングアビリティが高いよね」と自分では気づけなかった強みも見出してくれました。
ちなみにリクルートに入ろうと思ったのは、ちょうど同社が上場を目指して分社化を続けている時期で「おもしろそうだな」と思ったのが理由です。実際にいろいろとチャンスが多い時期で、上司が推薦してくれたおかげではありますが、30代半ばにはグループ会社の執行役員を任せてもらえることになりました。
約5年間にわたり、役員としてウエディング事業の経営に従事しましたが、なかでもビジョンの再定義にかかわれたことは貴重な経験でした。少子化という社会課題に向けて「結婚式をする人を増やす」ではなく「幸せな結婚を増やす」と定義し直し、多様な人材との協働によって、新たな価値を持たせたサービスの創出にかかわることができました。
原体験となるテーマを掲げる企業に出会い転職を決意
その後は、ライフスタイルや住まい領域のグループ企業の役員を兼任。40代は同社に育ててもらった恩返しをしようと考えていました。いろいろな企業から転職のスカウトをいただいていたのですが、すべて断っていましたね。
しかし、この思いを超えるようなテーマを持った企業に出会います。それが当社バトンズです。「誰でも、何処でも、簡単に、自由に、M&Aができる社会の実現」を目指しており、この企業は社会にとって重要な企業になるのではという直感が働きました。
私の父が個人で設計事務所を営んでいたこともあり、事業承継は幼い頃から身近に見てきた原体験のようなテーマでした。20〜30年前までは子孫が2代目、3代目と継いで企業存続させていくファミリービジネスが中心でしたが、現在はそうした風潮が薄れ、国内127万社の企業のうち、1/3の後継者が未定というデータもあるほど、社会課題にもなってきています。
自分の原体験となるようなテーマに取り組んでいる当社に参画し、一緒にこのビジョンを実現したいと思ったことから転職を決意しました。辞める気のなかったリクルート社を去るまでには1年以上かかりましたが、現在はこのビジョンの実現と仲間への共感をエンジンに、事業の成長に注力しています。
視座が上がることでキャリアの始点が「自分」から「周囲」に変わった
若い頃はとにかく「もっともっとデキる人間になりたい!」という思いが強かったのですが(笑)、役員の立場になった頃から、キャリアにおいて重視するものが少しずつ変わってきた実感があります。成長意欲よりも、業界やお客様、そして一緒に働くメンバーに貢献したいという思いが勝るようになってきました。今は社会やお客様への貢献ができるものや、未来の当たり前を創造したいというモチベーションで仕事をしており、仕事でも「提供価値」のようなものを最重要視していますね。
代表を任されたばかりではありますが、「別の人間がトップをやったほうが良いな」と思ったときには、潔くこのポジションを譲るつもりです。当社のことは大好きですが、50年後も生き残っている企業にするためには、常に最強で最適な経営チームに編成し直す必要があると考えているためです。
この考えにいたったのは、リクルートの影響も大きいですね。同社は外から新しい血をどんどん入れてきて、固定概念が蔓延する前に人を入れ替えています。変化対応力こそが同社の強さの源泉だと理解しており、いち早く世代交代をし、意思決定基準を新しくしていくことによって、時代を半歩先取りできる企業であり続けることができているのだと思います。
この企業で何かしら社会に感動を届けられるような仕事をしていくこと、そして社員たちがワクワクしながら仕事ができて、成長を実感できるような組織づくりにも寄与していくことが現在の目標です。そしてトップを譲った後は、10代の子どもたちなど未来を担う人材に貢献できたら、なんてことも考えています。次の日本や世界を担う人材が羽ばたけるよう、何かしら支援をしていきたいと思っていますし、常に何かしらの「WILL」を持ちながらキャリアを歩んでいきたいということが、私のキャリアビジョンです。
日常の小さな問いを大切に、“多動”を続けよう
これから社会に出て活躍したいと思っている人は、「常に自問する目線を持つこと」「“多動”であること」「しつこく取り組むこと」「人を巻き込む力を持つこと」を心掛けると良いと思います。
これは活躍している人材の共通点です。次の時代を作っていくのは、自分より上の世代が作ったものに対して「これって変じゃない?」と言える人たち。学生のうちから日常生活のなかで自問する習慣を身に付け、課題を探す目線を鍛えてみてください。キャリアを振り返ると、私も問いに突き動かされて打ち込めていた場面は多かったように思います。
“多動”というのは、すぐ動く・たくさん動く人ということです。多動な人は、失敗しても止まりません。何度失敗してもより良いものの追求をあきらめず、しつこく動き続けることができる人だけが、目指すものを実現しています。「失敗は当たり前」と考えられるよう、学生のうちからいろいろな失敗を経験して、失敗に慣れておくと良い気がしますね。
また、物事を実現するためには「人を巻き込む力」が欠かせません。1人より5人でやったほうが確実にパフォーマンスは上がります。組織という目線で見ても、「個の成長」と「多様な人材とコラボレーションできる環境」が合わさったときに、ものすごい爆発力が生まれてくる印象です。
人を巻き込む力というのは、単に人と仲良くする力ということではありません。ビジョンを提示し、ストーリーを構築して背中を見せて皆を引っ張っていける、そんな力を指します。自分がしつこく、よく動きつつ、リーダーシップを持って人を巻き込んでいく。独りよがりでもなく、馴れ合いになるのでもなく「目的を持ってチームとして集まり、それぞれの強みを活かす」という意識が、物事を成し遂げていく力につながっていくのだと思います。
私もトップになってから見よう見まねでやっている最中ですが、学生時代、サークルでオリジナル曲を作ってバンド活動をしていたときも、似たような体験をしたなと思いを馳せているところです。どんな小さなことでも、チームで何かしらの価値を“共創造”できた経験は、将来の力になるはず。仲間と何かに打ち込む経験はアルバイトでもサークルでも十分できることなので、学生時代のうちからガンガンやっておくと良いと思います。
「ヒト」より「コト」にフォーカスすることが壁に前向きに向き合うコツ
かくいう私もこれまでたくさんの失敗をしてきましたし、今でもしょっちゅう壁にぶつかっています。新人時代はブラインドタッチすらできず、同僚に学歴を疑われることもありましたし(笑)、コンサルティング時代は思考の浅さを痛感させられました。リクルート時代には何百人もの人を動かして物事を成していくことの難しさを知りましたし、今は新事業を創り出すときの産みの苦しみを痛感しているところです。
ただし、それらを「壁」だと思ったことはあまりなかったかもしれません。壁を壁と思わなくて済むようになりたければ、メタ認知力(自分自身を客観的に認識する能力)を高め、先人の知恵に学んでみるのがおすすめです。
先人たちの生き方には多くのヒントがあり、試験や資格などのためではなく、物事の本質をつかむために学んでみると良いでしょう。私も30代の頃にリベラルアーツ(自由な思考を持って生きるための手段や、総合的な人間力を養うための基礎学問のこと。一般教養とも呼ばれる)の研修を受けて「仕事の判断や決断にも非常に役に立つ」と感じてからは、それまで以上に、広いジャンルの書籍を読むようになりました。
たとえば世界の歴史に視野を広げてみると、今の時代の日本に生まれたことがどれだけ幸せなことか、という思いになります。そう気づくだけでも、目の前にあるすべての壁は大した壁に見えなくなり、前向きに取り組めるようになるかもしれません。日常の出来事を俯瞰して「これこそ諸行無常だよな」などと客観的に見られるようになると、過度に一喜一憂しなくなりますよ(笑)。
必要以上に悩みを抱えないためには、「ヒト」に目を向けすぎないことも大切かと思います。以前、DeNAの南場智子さんが「人や自分ではなく、コトに向かうことが大切」というお話をされていたのですが、私はこの考えに非常に共感しました。新しい価値創造をするためにも重要な姿勢だと思います。
人はついつい人に意識を向け、人の話ばかりしてしまいがちですが、企業内のチームやプロジェクトはあくまで「コト」を成すためのもの。目的は一つしかありません。なかには他人のせいにして足を引っ張るような人もいるものですが、せめて自分はそうならないよう「コト」に目を向けて働く意識を持つことをおすすめします。
まずは縁があった企業で「自己成長」に夢中になろう
最後に、企業選びの観点についてお話しします。私のように学生時代にWILLが見つかっていない状態で就職活動をする人は、ファーストキャリアでは大企業を選ぶこともぜひ考えてみてください。
大企業の良いところは教育研修の枠組みがしっかりあること。私も4カ月間の新人研修を受けさせてもらい、配属後もしっかり面倒を見てくれる存在がいたことで、社会人の基礎を作ることができました。
一方、学生のうちから意識高く活動をしていてWILLが見つかっているならば、いきなりスタートアップ企業に入ってもきっとやっていけるでしょう。性格にもよりますが、若手のうちからガンガン権限を与えて挑戦させてくれる環境にいたほうが羽ばたける人もいると思います。
業界や業種はあまり気にしなくて良いと思いますね。見るべきは、その企業のカルチャーにフィットする感覚があり、自身が熱中しコミットできそうなことがあるか。それさえ見つかれば、あとはどうにでもなると思います。
しいて挙げるならば、大きな社会のトレンドや流れを見て業界を選択するのは有効かもしれません。今であれば、AI(人工知能)やテクノロジー関連は第四次産業革命とも言われていますが、社会基盤に貢献できるインフラ産業なども、仕事の意義は感じやすいように思いますね。「この事業は、これからの社会にきっと重要な存在になる」と思えるところに飛び込んでみるのも一案です。
私にとっては、現在の企業がまさにそういう企業です。事業承継というのは学生の人から見るとわかりづらい事業かと思いますが、社会的意義があるということを伝えたい思いがあります。そのためインターンシップでも2日間かけて、M&Aが経営者の考え方を追体験できるようなおもしろい仕事であると理解してもらうためのプログラムを用意しています。経営を目指したい人には意義ある時間になると思いますし、私が体感している「企業の成長を支援する醍醐味」を広く伝えていきたいですね。
後悔しないよう就活にも本気で取り組むと良いと思いますが、就活以上にはるかに重要なのは、企業に入ってからどう考えてどう行動するかです。どの業界や企業と縁が生まれたとしても、まずはその環境のなかで自己成長に夢中になってほしいなと思います。
取材・執筆:外山ゆひら