人生のどこかで輝く「大器晩成」のキャリアもある|興味の幅を広げてさまざまなスキルを身に付けよう

大高製作所 代表取締役 大高 晃洋さん

Akihiro Otaka・高校3年生のとき、先代である父が脳梗塞で倒れたことをきっかけに、大高製作所での修行を開始。情報工学部に進学して学業・仕事の二足のわらじを履くも、大学を中退。同社の仕事に専念し、2005年に正式に2代目社長となり以降、現職

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順調ならざるキャリアのスタート。窮地の際はいつも周囲の友人に救われた

キャリアのなかで悩んだり、壁にぶつかったりしたときには、助けとなる手を差し出してくれる誰かが必ず現れてくれます。そうした救いの手をちゃんと見つけてつかめるかどうかで、その後のキャリアは大きく分かれていく気がします。

私は人生において、二度ほど「大きな窮地に陥り、周りの人に救われる」という経験をしています。一度目は、父の会社をやむをえず継ぐことになった20代前半の頃。金型製作の職人であり、経営者でもあった父が倒れて以降、私は「日中は先輩職人の方に技術を教わり、夜間は大学に通う」という毎日を過ごしていました。

ただ技術力が物を言う仕事なので「こんな生活をしていたら、どちらも中途半端になってしまう」とジレンマを感じるようになりました。悩んだ挙句「家業を継ごう! 」と心を決めて大学を中退。しかしその直後に、300kg近い金型を倒して指を粉砕骨折し、半年間まともに仕事ができない状況に陥ってしまいました。

医師の先生のおかげでなんとか手を動かせるようにはなりましたが、覚悟を決めて進路を決めた途端、出鼻をくじかれた格好になり、「何のために働くのか」という目的や働くモチベーションをすっかり失っていました。

その時期に救いの手を差し伸べてくれたのが、インターネット上の友人たちと地元の友だちです

私の父は先見の明があり、紙の設計書が主流の時代にCADソフトで設計をしたり、マシニングセンターというコンピュータ制御の機械をかなり早い時期に導入したりしていました。幼い頃から家にパソコンがある環境で育ったことで、私もその分野に将来性を見出すようになり、大学でも情報工学部を選んでいました。

そうした経緯もあり、ケガをして意気消沈していたときも、今でいうチャットのようなパソコン通信のサービスは利用していました。

そこから日本中に友達ができ、彼らが「リアルで飲み会をやろう」と誘い出してくれたのです。そして痛々しく固定された私の腕の包帯を見て「白鳥みたいだな〜」と可愛い目を描いて、皆で笑い飛ばしてくれました。「世の中悪いことばかりじゃない」「見方を変えれば、大変な状況でもおもしろくできるのだな」と思ったことを覚えています

地元の友人たちも、バスケットボールやバスケットボールに誘い出してくれました。怪我から1年後にはスポーツができるくらいにまで快復し、「よく復帰できたな」「仕事、頑張れよ」と温かく声をかけてくれ、多くの友人たちに力をもらって立ち直っていくことができました。

人との出会いに恵まれる秘訣は広い心で人の本質を見ること

人に恵まれてキャリアを歩んでこられたとも感じていますが、人付き合いのうえでは、できるだけ広い心を持って、その人の本質を見ることを意識しています

そのような自分の意識を実感できたのが、二度目の救いの手をいただいた、正式に当社を継いだ32歳の頃です

先述したように、職人の世界は技術力勝負の実力社会。30代前半の私などひよっこもいいところで、私が代表になったことで「大高製作所はもう終わりだね」と囁く人もいました。

しかしそのような状況でも、実績がほとんどない私を信じて、初めての仕事を任せてくれた大恩人がいます。大企業から独立され、いろいろな学会にも所属されている研究肌の方でした。

あちこちに顔が広く、また新しいモノにも目を向ける方だったので、パソコンが得意な私に何かしらの将来性を見出してくれたのかもしれません。あるいは、やむにやまれず会社を継ぐことになり、必死でやっている私を見て「応援したい」と思ってくれたのかもしれません。

真意は分かりませんが、ともあれ惜しみなく技術を教えてくださり、難しい技術の場合は「〇〇さんのところへ一緒に行って、教えてもらおうよ! 」などと他社との仲介までしてくださいました。そうして外部や業界内の横のつながりをどんどん広げてくれ、そのときのご縁が、今の当社を支える礎になっています。

大恩人とも言えるその先輩はすでに引退をされていますが、その方にいただいた恩を次世代に返していくことが今の目標であり、モチベーションとなっています

私は見栄を張ったり、今でいう「映え」を気にしたりしない、という人生観を割と早くから確立していました。「質実剛健」という言葉が、一番私の考えに近いかもしれません。

仕事に関しても表面的な関係ではなく、人として向き合うことができ、自分と近しいベクトルを向いて取り組めるような人と一緒にやりたいと考えています。人や会社をいじめるような人にはまったく興味がないですし、そういうマインドの人とはできるだけかかわらないようにしています。

一方で、「そういう人も実はストレスが溜まっているだけで、ストレスが癒されたら良い人かもしれない」ということも、必ず心に留めています。

「人には必ず良いところがある」と信じているので、自分が疲弊しないように距離は置いたとしても、あからさまに嫌ったり、縁を切ったりすることはしません。そのように「悪い人だ」といったレッテルを貼って決めつけることが、いじめを生む最大の原因だと考えているからです。

「何年か後には、その人も変わっているかも」くらいに理解しておき、しばらくしてコンタクトがあれば、自分から壁は作らずかかわってみるようにしています。

「聞き上手なコミュニケーション力」は万人のキャリアに役立つ

パソコンを触り始めた小学生の頃には、まさかオンラインで会話やミーティングができる時代になるとは思っていませんでした。日進月歩でテクノロジーが進む今の時代を生き抜くには、いろいろな武器を身に付けておくことが重要かと思います。

時代が変わるとは、今ある仕事がなくなり、今存在していない仕事に就くことになるということです

切符を切る駅員は全国的にほぼいなくなりつつありますし、コンビニエンスストアのレジなども無人化し始めています。「AIやロボットに奪われにくい領域はどこか」「50年後も人類に必要になりそうな仕事かどうか」といった観点を持って、職種やスキルを検討してみるのもオススメです。

また知識や技術というと、わかりやすく専門性の高いものを想像する方も多いかもしれませんが、どのような職種の人でも絶対に身につけておいて損がないのは「聞き上手なコミュニケーションができるスキル」だと思います。

暗記するだけの知識はAIやビッグデータに取って代わられますが、ゼロからイチを生み出す「ひらめき」は人間にしかできない行為です。そしてひらめきの多くは「人との会話」のなかから生まれます。

前向きに人と接して、相手の言っていることを認めつつ貪欲に吸収していける人は、ひらめきも得やすく、また人に可愛がられるのでキャリアのチャンスも広がりやすいと思いますね

パーソナルトレーニングジムなどでも「筋肉の知識は後から身に付けられるけれど、コミュニケーション力は簡単に身に付かないので、そちらを重視して採用している」といった話を聞いたことがあります。

聞き上手なコミュニケーションというのは一朝一夕に養えるものではないので、普段の生活のなかから意識しておくと、社会に出てから必ず役に立つと思います

仕事に活かせそうな技術やスキルに限らず、「いろいろな特技や趣味を持っている人」を目指してみるのもオススメです。

「1つだけだと潰しが効かない」ということもありますが、2つ以上の得意分野を持っていると、それらを掛け合わせることで活躍の幅を広げられる可能性もありますし、発想力が豊かになるメリットもあります

たとえば私は長年パソコンを趣味としてきましたが、SNSやインターネットの世界に抵抗感がないことで、本業の幅を広げられています。当社は「ダイカスト金型の製造」を生業としていますが、コロナ禍においてはフェイスシールドの開発・製作をおこない、特にテレビや放送業界の方から多くの需要をいただきました。

小さな会社が大手の放送局各社から注目をいただくことができたのは、SNSで目を引く形の発信ができたこと、そしてECサイト経由でスムーズに販売を促せたことが功を奏したのだろうと理解しています。

それ以外にも、日本中の3000m級の山を制覇してみたり、自分で改造したクルマで本州を走破してみたり、スキーモーグルの大会に出てみたり、バレーボールや柔道などのスポーツをやったりもしています。

そうした趣味の縁から地元のアイスホッケーのチームにもフェイスシールドを提供しており、自分の好きなことから、さまざまなつながりを生めている実感があります。

若いときには時間や行動力もたくさんあると思うので、ぜひ広くいろいろなモノに興味を持って、変化の激しい社会を生き抜くための技術や特技を増やしていってください

技術習得には時間がかかる。若いうちはスキルアップできる環境を重視しよう

上記の観点から、企業選びにおいても「キャリアをコアとなる技術を身につけられる会社かどうか」をしっかり見て検討することを勧めたいです。

特にファーストキャリアでは、「自分の技術を身に付けること」を最優先に考えたほうがいいと思います。コミュニケーション力もそうですが、どんな技術も習得するまでには時間がかかるからです。技術を身に付けて、誰かに価値を提供できる人間になれば、休日数や給料などの条件面は後からどうにでもなります

技術力を磨くには、焦らないことも肝心。「大器晩成のキャリア設計もあるよ」ということも、若い人にぜひ伝えたいことです

大きな成功は時(タイミング)・場所・人など、すべての条件に恵まれたときに成し遂げられるもの、と考えれば、20代〜30代のうちから成功や結果を得ようと焦る必要はまったくありません。

若いうちはキャリアのコアとなる「本物の技術や知識」を身に付ける時期だと心得て、いろいろなことに興味を持って行動を惜しまないでいれば、自然にいろいろな武器が身に付いていくと思います。

無論、今の時代はベンチャー企業やインフルエンサーなど、若くして大きなお金を動かしてキラキラして見える人たちもいるので、うらやましく思ったり、焦ったりする気持ちもよくわかります。ただそういう人たちも、見えないところで必死に苦労をして輝きを放っているのかもしれませんし、それが一時的な虚構の輝きであれば、決して長続きはしないでしょう。

急いで輝きを求めるばかりが選択肢ではなく、「死ぬまでのキャリアのどこかで、輝けたらいい」というのが私の考えです。「将来、大きな山に登れる人間になろう」と考え、一段ずつ成長を目指していくキャリアの歩み方もあるよ、ということはぜひ知っておいてほしいですね。

併せて、就職活動においては「誰かに評価されるため」の決断ではなく、「自分の将来のためにその会社を選ぼう」という主体的な決断ができるとベストだと思います

自分の意思で「やるぞ」と決めて飛び込み、自分なりの理想を持って取り組めるならば、当社のようなモノづくりの世界も楽しいと思いますよ。「我ながら、こんなに良いものが作れた! 」という瞬間には、とても大きな喜びや達成感があります。

モノづくりの仕事のなかでも、農業・工業・養殖漁業・観光などは、日本において将来性が見込まれる産業かと思います

いずれも品質を追求する過程に長い年数を要し、簡単に外国にも持っていかれない「人の技術」を強みとできる業界です。観光なども「どうやって顧客に喜んでもらうか」という、日本人ならではのおもてなしの技術を発揮できる業界だと思います。

また、ベンチャーや中小企業への就職を検討している人の場合は、「社長と合うかどうか」という点も、入社前に確認しておくといいと思います。相当な大企業は別として、「企業風土には、かなりの割合で社長の色が反映されている」というのが私の見立てです。

外部に発信しているメッセージだけだと本質までは見えてきにくいので、できれば採用段階で社長と接点を持たせてもらい、自分の考え方や価値観との相性を確認してから入社するのがベストでしょう。

周囲へのやさしさを持って仕事に取り組むと「成長スピード」も速くなる

最後に、当社は創業38年目を迎える小さな町工場ですが、業界全体では後継者不足など、将来に向けた課題が山積みです。

そうした課題を少しでも打破するために、私利私欲を捨てて協力しあい、日本が世界に誇る金型技術を次世代につなげていく活動をしていくことが、キャリアを通じての私の大きなビジョンです。

20歳の頃に見失っていた「働く目的」が見つかった、とも言えるかと思いますが、仕事の目的や目標は、若いうちに見つからないこともあるかと思います

方向性は未定だけれども「良いキャリアを歩みたい」という人は、相手の気持ちを思って動く姿勢を意識してみるのがオススメです。私は「やさしさ」と呼んでいますが、「目の前の相手が何を欲しているか」を先読みして動く姿勢は、すべての仕事において有効に働くと思います。

たとえば、新人時代は先輩の仕事を手伝う場面が多いですが、「自分がどう動けば先輩が助かるか」を考え、「これもやっておくといいかも? 」と思うことを先回りして準備しておく。そうした姿勢を持てると仕事は単調でなくなり、成長スピードが速くなり、視野がどんどん広くなって見える世界が変わってくると思います。

製品やサービス開発においても、欠かせない視点です。先述したフェイスシールドの開発においても「放送関係のユーザーさんがどうしたら使いやすいか」を研究して製品に落とし込んでおり、それが撮影現場で喜ばれている理由だと自負しています。

ひとりよがりや自己中心的にならず、周りの企業や人のことを考えて動いていれば、自分を評価してくれる人たちに出会うことができ、そうした人と一緒に仕事ができる限り、極端に悪い人生になることはないと思います。

人より時間がかかっても、キラキラしていなくても、正々堂々と、かつやさしさを持って自分の道を歩んでいれば、誰かが必ず見てくれています。これは私の経験から、皆さんにお伝えできるメッセージです。

取材・執筆:外山ゆひら

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