キャリアは幅広くアプローチを|芯を持ち続ければやりたいことに近づく

インプレスホールディングス 取締役副社長 塚本由紀さん

Yuki Tsukamoto・1980年生まれ。大学卒業後に一般社団法人で1年間のアルバイトを経て2004年にソシオメディア入社。在宅介護のため2009年に退職。介護が必要となった実父・塚本慶一郎氏の資産管理会社T&Co.にて2011年取締役就任。慶一郎氏が創設したメディアグループ、インプレスホールディングスの取締役に2017年就任。2020年6月より現職

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ドロップアウトの連続だったビジネスキャリア 

現在、インプレスホールディングスの副社長という責任ある立場で、面白い人たちと共に価値の創造に携われているのはとてもありがたい状況です。

しかし、これまでの自分を振り返ると「キャリアの歩み方としては思うようにいかなかった」というのが本音です。歩み始めたキャリアをまっとうできずに、途中でドロップアウトすることが多かったからです。 

そこにはさまざまな事情があり、その都度やむを得ない判断はありました。自分としては正面から向き合わなかったつもりはないので後悔はしていませんが、キャリア形成という意味では試行錯誤の繰り返しだったように思います

今から考えれば、岐路に立った際の判断を狭く追い込んでしまったのが良くなかったですね。結果的にキャリアが中断し途切れてしまいました。

それでもいま満足していられるのは、自分の中に一貫して保ち続けた芯があったのと、それに気づいた方々に導いていただけたからだと思います

鮮明で明確な芯ではなく、むしろアバウトで曖昧な芯なのですが、最終的にはこれでよかったと、自分の思いに近づく形でキャリアを絞ることができつつあります。 

若い頃に、物事を狭く見てしまっていたのは失敗で、もっと広く見て決めることができたら……。と反省もしていますが、それ自体が通るべき成長の過程だったと言えます。 

一度離れて再認識できた「インターフェース」という軸

子供の頃から一つの物事に集中する傾向があり、小学生の時はピアノやレゴに熱中していました。振り返ってみると、昔から「作る」というクリエイティブなことが好きでした

中学時代はロールプレイングゲームで遊び、そこからコンピューターグラフィックスや、コンピューターと人との接点にあるインターフェースのデザインに関心が移っていきました。

そこで、当時はその分野を学べる数少ない大学だった東京造形大学に進学して「メディア造形」を専攻しました。

新卒で選んだ就職先はもともと自分が志向していた、いわゆるSIPS(Strategic Internet Professional Service)と呼ばれる、Webサイトの制作だけでなく上流工程の戦略コンサルティングから通貫した業務を行う会社でしたが、入社前の試用期間において終日コンピューター画面と向き合う中でだんだんと疑問が生じてしまったのです。

自分の関心はコンピューターとの接点にあるのではなく、むしろ人とのインターフェースやインタラクション、コミュニケーション支援そのものにあるのでは? と

疑問を抱いてからは、どうしても気持ちが向かなくなってしまいました。わずか2週間での退職にはもちろん逡巡がありましたが、そのまま無理して続けてもよくないと考え、試用期間の内であれば最小限の迷惑に留められるとの勝手な考えで謝罪して退職しました。

その後、全日本ピアノ指導者協会で事務のアルバイトを見つけました。幼い頃からピアノを通して対話をすることが人や物とのインタラクションそのものだと感じていましたし、人と人とのつながりを作る世界で働けると考えたからです

ところが、ここでも思わぬ展開が待っていました。

仕事は楽しかったのですが、その一環として、会員情報の入力や曲のデータベース登録などコンピューターでの作業を伴う内容も多く、なまじっかコンピューターに詳しいこともあってWebサイト制作系の仕事を任されることが増えました。そうなると適当には済ませられない性格なのです。 

ある時、協会の代表が「あなたのようにコンピューター上のファイルや書類の一つひとつの見え方にまで興味がある人は少ないのだから、その専門を活かす仕事をしなさい」と背中を押してくださいました。

それでアルバイトを1年間で切り上げ、コンピューターと人のインターフェースに関わる仕事に就く決心をしました。  

強引に引き寄せた念願の職場とターニングポイントになった父の介護

選んだ会社はソシオメディアでした。実質的に同社が私のファーストキャリアで、ここで成長させてもらうことができ、いまでも感謝しています

同社は人とシステムの間に介在するヒューマン・インターフェースをデザインする日本の草分け的企業。

共同創業者の上野学氏は、アップルジャパンのWebサイトも手掛けるなどこの分野の第一人者ですが、以前からコラムなどを読んでいたこともあって、「この世界で働くなら上野氏の下で」と勝手に決めていました。 

ところが当時のソシオメディアは設立4年目で募集がある年ばかりではなく、あっても経験者の中途採用のみ。私のような第2新卒は応募の余地すらなさそうでした。

そこで採用試験を受けさせてほしいと直談判し、何とか採用していただきました。 

自分のやりたい仕事と憧れていた職場で充実した日々を送っていましたが、2007年に父が倒れ重度障害で介護が必要な状態となりました

当初は介護休業制度などを利用して働き続けていましたが、仕事と介護との両立は困難で、疲れ果ててしまい退職を決意。2009年に退職願を提出した際は悔しい思いでした。

それからは母と2人で介護の毎日でしたが、社会との接点を持つことは重要だという周囲のアドバイスもあって、大学院へ通い介護経験をメディア化する研究もおこないました

しかしやはり介護と研究の二重生活に限界を感じ、1年間で断念しました。

その後は、父が倒れる前に設立だけしてあった資産管理会社「T&Co.」を機能させるために、取締役に就き金融や財務の知識を学びつつ、父が創設したインプレスグループの子会社であるインプレスR&Dから電子書籍などデジタル出版の仕事を受けるようになりました。

2017年にインプレスホールディングスの取締役に就任したのは、その流れがあったからです。当初は父の方針とも異なるだろうと思い断っていました。

最終的に覚悟を決めてお受けしたのは、自分なりに経験を積み会社を通じて社会に還元できるものがあると考えたことと、インプレスグループの資本政策的な部分には創業家としていずれにせよ関与していかざるを得ない立場であると理解したからです

塚本さんの人生ストーリー

キャリアのターゲットは絞りすぎず、幅広いアプローチを

若い頃はターゲットを絞りたくなる気持ちもよく分かりますが、キャリアに幅広くアプローチするのも悪くありません。

自分の関心が強かったり得意な分野につながる業種や業界を志向するのは自然なことですが、考え方が偏ったり視野が狭くなりすぎないよう意識することも大切でしょう

より長いスパンでおぼろげに、何となくターゲットを思い描き、進むに連れて絞り込んでいく。それでもいいはずです。 人生は計画通りにいかないことが多いですから、振れ幅を持つ方が吸収できます。

何となくで前に進んでいたとしても、チャンスが来たときに外から見ても準備が整ったと見なされれば、自ずとキャリアの選択肢も与えられる。そういうものだと思います。

準備を整えていくためにも、学んだ知識やスキルを活かせるようになると良いですね。そのための思考回路や手順を考え、試し、解決策を見出す過程を繰り返すことで、頭と心の準備を進めておく。

ある時点での正解は一つしかないと思いがちですが、実際にはいくつもの選択肢があり、後から振り返れば選択の幅が意外と広かったと気づくこともあります。ですから、ゆとりをもって広く構えて前進していけばいいと思います

ファーストキャリアの選び方にはいろいろな考え方があっていいでしょう。最初の会社は3年だけ勤めて、その後のキャリアの踏み台にする。それはそれで明快な考え方です。きちんと自己分析して自分に合った会社を選べばいい。

しかし複数の会社で選択に迷った際には「」で判断することを勧めます。経営者に憧れたり考え方・哲学に共感できたりする。経営者でなくてもいい。人事担当でも営業職でも「尊敬できる人物」がいる会社を選ぶことが大切です

塚本さんから企業選びのアドバイス

  • 考え方の偏りや視野の狭さに注意する

  • 選択肢が一つだけとは考えない

  • 迷ったら「人」で選ぶのもあり

複数のドロップアウトを経験して思うこと 

自分自身のキャリアは曲がったり行き止まったりの繰り返しで直線的な進み方はしてきませんでした。

それでも学生時代に漠然と興味を持ったコンピューターと人とのインターフェースという分野は、現在かかわっているデジタルメディア・ビジネスと深くつながっています。

塚本さんの非直線的キャリア

父の介護という予期せぬ事態がきっかけで、かかわった資産管理会社では小さいながらも会社の管理部門という仕事の全体像を学ぶことができました。

曲がりくねったり立ち止まったりしてきましたが、長いスパンで見れば芯から外れないキャリアを歩めてきたとも言えます

ですから夢に近づこうと思うなら、そのことばかりにとらわれないことも必要だと思います。夢への道が真っすぐつながらなくても、いったんドロップアウトしても、より広い視野で考えてみれば目指す方向からそれほど逸れていないこともあります

私は短期的には集中しますが、長期的には大雑把な面が強く、こだわりすぎると続かないので、頑張りすぎない夢の実現の仕方があると感じています。

塚本さん流 夢への3つのアプローチ方法

  • 頑張りすぎては続かないと理解する

  • 広く構えて思いつめないように心がける

  • 準備を怠らなければ選択肢が与えられる

「専門外は分かりません」では通用しない

これから求められる人材は、専門性と総合性の両方を兼ね備えた人材です。特定分野の知識やスキルに関するエキスパート、プロフェッショナルが求められるのは当然ですが、考え方は専門性と総合性の両方を持っていてほしいです。

「それは専門分野でないから分かりません」「自分は数字に疎くお金のことは苦手です」では、人材としての幅が狭くなってしまいます。 

専門的な事柄であっても概略は理解しておいたほうが良いですし、そういう心構えや感性は意識して磨きたいですね。「自分だったらこう考える」と常に備えておきましょう。

これから求められる人材像

  • 「専門外はわからない」とは言わない

  • 専門外の事柄も概略の理解に努める

  • 「自分ならこう考える」を常に用意する

  • 実践の機会を逃さず自分の幅を広げておく

知識や考え方の幅を広げるには、本を読んだり人から話を聞くだけでは十分ではありません。実践が伴ってこそ自分のものになります。

ですから、実践の必要に迫られたり、実践の機会が訪れた場合には、不安に思わず正面から取り組んでみることをおすすめします。そうした積み重ねが新たなチャンスを呼び込み、自分の幅を広げるきっかけになるはずです。

塚本さんが贈るキャリアの指針

取材・執筆:高岸洋行

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