複数の専門性を磨き、自分のなかにダイバーシティを持てる人材になろう|「夢中度」を上げることが、キャリアを拓く

Sun Asterisk(サン アスタリスク)UnitManager  井上 一鷹さん

Kazutaka Inoue・大学卒業後、2007年に戦略コンサルティングファームのアーサー・D・リトルに入社し、大手製造業を中心とした事業戦略、技術経営戦略、人事組織戦略の立案に従事。2012年、JINS(ジンズ)に入社後は商品企画、R&D室JINS MEME事業部マネジャーを務める。2019年にはThink Lab(シンクラボ)取締役・JINS経営企画部門 執行役員を兼任。2021年にSun Asterisk(サン アスタリスク)に入社し、現職

この記事をシェアする

「ビジネスの戦略を考える」という1つ目の職能を磨いたファーストキャリア

苦手なことは人に任せて頼ればいい」「得意なことに集中しなさい」そう言ってくれる両親のもとで育ったことが、私のキャリア観の根幹にある気がします。

幼少期には算数オリンピックでアジア4位になった経歴もあり、数学が大好きな子どもでした。大学進学時には医学部を検討したのですが、英語が苦手で断念したくらいには得意・不得意が偏っていましたね。

そしてキャリアにおける最初のターニングポイントは、「自分で答えを探すのが好き」という本質的な欲求を自覚したタイミングです

学部時代は化学を専攻し、卒業先として大学院進学を選択する人が多い中で「自分は何をしたいのか」を熟考しました。正しい答えが一つに決まっていることに対しては興味がないことを自覚し、神様の作った答えを探す自然科学の世界よりも、人によって答えが違う社会科学のほうが面白そうだ……そんな結論に至りました。

そこから「自ら思考しアウトプットする仕事」として注目したのが、コンサルティング業界です。自分がモノを考えた結果のみで評価され、それがお金になるかならないかが決まる。「誰もが出せる答え」ではなく「井上の答え」を導き出せる仕事は楽しそうだなと思い、戦略系コンサルティングファームへの入社を決めました。

この会社には4年と9カ月間在籍したのですが、「ビジネスの戦略を考える」という領域で職人的な自信を持つことができたのは、ファーストキャリアで得られたひとつの財産です。

ひとつの職域を突き詰めたことによって、自分の専門ではない分野や自信がない領域を、明確に切り分けた上で他の人に躊躇なく頼ることができるようになりました。

「考え切る、考え抜く」というのは、実はスタミナの世界。顧客が悩みきった課題について、そのもう一歩先まで考えるためには課題に向き合い続ける必要があります。上司はよく「(スパッと切れる)ナイフではなく、(粘り強く切り続ける)ノコギリ的に向き合っていかないと結果は出ないよ」と言っていましたね。

併せてこの時期、週に10時間しか睡眠を取らないような生活をしていたことは、その後の働き方の基準になりました。多少しんどくても「あの頃よりはラクだな」と思えてしまうんですよね(笑)。

若手社員にも大きな裁量をくれる会社でしたし、「毎週、20歳以上離れた経営者や役員クラスの顧客に対峙し、切れ味のある提案をもとめられる」といういい意味で負荷のかかる環境だったと思います。

複数の専門性を掛け合わせることで「他にいない人材」として活躍できる

これからキャリアを歩み始める学生の方にアドバイスをするとしたら、「複数の専門性を磨き、自分のなかにダイバーシティを持とう」と伝えたいです。

近年あらゆるものが自動化されつつあり、ビジネスにおいて新しい価値を創造することがもとめられるようになってきています。ゼネラリストとスペシャリストのどちらが良い・悪い、という話ではありませんが、今後は特定の職域を突き詰めたほうが、社会で活躍できると思います。

複数の専門的な能力を磨き、それらを掛け算できると、さらに強い人材になれると思います

1つの職能で「10000人に1人」の人材になるのは難しくても、10年あれば「100人に1人」にはなれる。そのような職能を30年かけて3種類持てるようになれば、100の3乗分の1、つまり「100万分の1」の人材になることができる、という考え方がこれからの時代にはフィットしていると考えます。

私の友人である法政大学の永山先生から興味深い話を聞いたことがあります。オリコンチャートでミリオンヒットを出せた人・出せない人の違いを研究したところ、「作曲、作詞、俳優、ダンスなど複数のスキルを掛け合わせているアーティストだけが100万枚以上売っている」という結果が出たそうです。

この分野に強い人は他にもいるけれど、それを掛け合わせたところには自分しかいなくない? 」なんて状況をつくれたら、唯一無二の人材になれるはず。そんな視点を持ってキャリア設計をしてみるのはオススメです。

「事業を作り切る楽しさ」を知った2社目。誰もが楽しんで価値創造ができる社会をつくりたい

私が2つ目の専門性を取りに行った場所が、2社目となるJINSです。ここでは事業開発(ビジネスディベロップメント)の領域をとことん学ぶことができました。

事業開発ができる企業を選んだのは、コンサルタント時代の経験も関係しています。コンサルタントは最終報告書を出した後の実行フェーズを、すべて顧客にバトンタッチする立場です。誰よりも熱量高く「この戦略なら行ける! 」と思っている自分が手を離さなければならない状況がもどかしく、「描いた絵をどう実現するか」のフェーズに関わってみたいと思ったのが理由です。

JINS時代で一番感動的だったのは、研究を始めてから発表まで実に5年を要した「JINS MEME」の発売日、お客さんがプロダクトを楽しんで使ってくださっている姿を見た瞬間です。アイデアを実際に形にすることの大事さを感じるとともに、自分は何かを作り切り、作ったものを届けるところまでが好きだな、と実感できました

3社目となる現在の会社、Sun Asterisk(サン アスタリスク)では、1社目と2社目の領域を合わせたような仕事ができています。Sun Asteriskの特徴として、戦略を描く、ということのすぐ隣に、実際にプロダクトを作る、ということについてのプロフェッショナルがいます。自分自身は戦略を描くことに特化しながら、チームとして事業を作ることにも取り組むことができる、というのがとても面白いなと感じています。

もう一つ、Sun Asteriskは9年間で300社とともに400近いプロダクトを作り上げてきた会社ですが、それぞれがどのような考えで生まれ、どのような考えに基づく事業が成功したのか、ということを体系化し、そのノウハウを書籍化する取り組みも行っています。

価値創造は天才でなければできないわけではありません。誰もが価値創造に取り組むようになったら、社会はもっとイノベーティブで面白くなると思っています。

書籍の執筆もその一環ですが、今後はより多くの人が価値創造にチャレンジしやすくなるように、方法論など必要なものを揃え、発信していきたいと思っており、社内の若手社員にも価値創造のプロセスの面白さを意識して伝えるようにしています。

努力は夢中にかなわない。自己暗示をかけながら夢中度を上げていこう

また私が社会に出てから知ったことのひとつに、「できること」と「夢中になれること・やり続けられること」は違う、ということがあります。

自分の中から湧き出てくるモチベーションがなければ「できること」でも頑張れない。それに気づいたのはJINSの役員になり、コロナ禍が訪れたタイミングです。

それまでずっと事業開発という「0から1を作る」仕事をしていたのですが、これが楽しくて仕方がなく、「一生ここにいてもいい」くらいに思っていました。

しかし、会社が「100を150に持っていく」というフェーズに移行したタイミングで役員に昇格し、全体の調整や管理を担う立場になると、どこかしっくりこないと感じるようになりました。

コンサルタントの経験があるので、課題を整理することはできるのですが、物事が進んでいくスピード感も含めて、面白さを感じなくなってしまいました。

同じ時期にコロナが流行し、オンラインミーティングの機会が増えたことも大きかったと思います。画面を通じてミーティングに参加している自分の姿が見えるようになったことで、腰が入っていない自分や”役割”を演じている自分を突き付けられるようになりました。「井上、ファシリテーションやってんな〜」と客観視してしまった瞬間も。ありたい自分と現実の自分にギャップがある状態は、とても苦しかったです。

自分が夢中になれないことを頑張り続けるのは、想像以上にしんどいです。この点を無視して、条件や待遇だけで会社を選んでしまうと後がきつくなるよ、ということは経験から伝えられることです。

努力は夢中に勝てない」という男子元陸上競技選手の為末大さんの言葉は有名ですが、これはビジネスでも同じだと思います。

JINS MEMEの開発中、「人が集中するのはどんなときか」についても深く研究したのですが、「べき論」で行動している人よりも、自分はこれが楽しいんだ、誰にも文句を言わせない! と、ある意味独善的に突っ走っている人のほうが、より集中しているということがわかりました。

夢中になっている人は集中力が高いので、自然にアウトプットの質が高くなる。これは科学的にも裏付けられていることです。

学生の皆さんも「自分が夢中になれるもの・コト」について、ぜひ考えてみてください。自分が夢中になれることがわからない人は、まずは今やっていることを言語化してみるのがオススメです。

学業でもアルバイトでも趣味の活動でも構わないので、自分が今取り組んでいることやなぜそれをやっているのか、誰かに説明してみてください。

言葉にすることによって、自分がどの部分に夢中になれるか、どの部分がしっくりこないのか、「夢中」と「違和感」を切り分けること、そして、自分が夢中になれる要素を抽出していくことが重要です。

それが分かれば、「夢中になるために、どんなことで専門性を伸ばすといいのか」といったことも見えてくると思います。

ただし、100点満点の選択肢はありえないので、夢中になれることを探す、と言うことに加えて、いま自分がやっていることに夢中になる、ということも重要です。「自分はこんなことをやっている」と言葉にしてアウトプットし続けることで、プラセボ効果のように、より夢中度を上げていけると思います。

自分の本音に素直に向き合わなければ「夢中」と「違和感」を切り分けていくのは難しいので、話す相手は、利害関係のない古くからの友人などがベストな気がします。

常に新しい人に出会い、知的好奇心を満たし続けることがキャリアの目標

これからの時代に伸びていく会社は、芸能事務所のように社員一人一人が尖ったタレントとして自立しており、会社がそのタレントをどれだけ活かせるかということに主眼を置いているところだと思います。

異なる職能の人が、それぞれの専門性を最大限発揮し、意志を持って動いているような会社にはぜひ注目してみてください

良いサービスをつくっている企業やおもしろいことを仕掛けている組織は、そういう人材が自由に発想し、自分の意志で動けることを重要視していると思います。あえてダイバーシティなどと称するまでもなく、多彩な人材が揃っている印象です。

そういう会社をどう見極めるかという話で言えば、その会社で働いている複数名の先輩社員に話を聞いてみるといいと思います。

根底にあるビジョンやパーパスについては一貫している一方、「なぜこの会社にいるのか」「この会社を使って何がしたいのか」というレイヤーでは人それぞれ違っていれば、意志を持っている社員たちが揃った強い会社である可能性が高いです。

逆に誰に聞いても同じようなことを言っている会社は、自立性・自律性があまり高くない組織である可能性を感じます。

この観点で言えば、Sun Asteriskはまさに意志を持ったスペシャリストの集団です。新規事業開発をおこなうにあたってはB(ビジネスデザインやディベロップメント)T(テック)C(クリエイティブ)という3つの軸が密に結合することが必要ですが、Sun Asteriskではそれぞれの軸で尖った職能を持った社員が集まっています。

私はビジネスの人間なので、違う脳みそを持っているテクノロジーやクリエイティブの人たちから得られるものは、非常に多いですね。自分自身のバイアスを外すためにも、学生のみなさんにも自分と異なる脳みそを持っている人と積極的に話すとともに、「こういう尖り方は面白いな」と思える人とたくさん出会って欲しいと思います。

自分のキャリアについて振り返ってみても、この「自分とは異なる脳みそを持った人との出会い」が大きなターニングポイントになってきたと思います。

Sun Asteriskへの転職を決めたのは、代表である小林泰平氏との出会いがきっかけです。JINSに入ろうと決めたのも、社長である田中仁氏と出会い、「自分とは真逆の脳みそを持った人間だ! 」と魅力を感じたことが理由ですが、小林氏に会ったときも、「また違うタイプの脳みそを持った人だ! 」と感銘を受けましたね。

「それぞれのタレントに特化したスペシャリストが自分の意志をもって働く」ということを重要視しており、「次の時代の経営者はこうあるべきだ」と感じています

魅力的な出会いがあったときに、私はキャリアを動かしてきましたが、これは「新しい人に会って、新しいことを考えたい」という、私の根源的な欲求とも関係している気がします。

「良くコミュニケーションを取っている”上から150人”が1年前とあまり変わっていないのは、良くない兆候だよね」なんて敬愛する石川善樹氏(予防医学研究者)とよく話しているのですが、その感覚です。要するに「知的好奇心を保てないとつまらない」ということなのだと思います。

JINSにいた頃にコミュニケーションを取っていた相手も、9割以上が社外の人間でした。自分が開発したモノを持って、ベンチャー系の集まりにもよく参加していましたね。コロナ禍でそうした機会が減り、コミュニティが固定化してきてしまったことも、2021年に転職したいと思ったことと関係している気がします。

これまで3社を経験してきましたが「キャリアを積み上げている」意識はまったくなく、どちらかというと転職のたびにREBORN(生まれ直し)をしている感覚です。

ありたい自分でいられる場所に、そして予測が付かないことが起きそうな場所にいたい。今後もそんな根源的欲求を軸に、自分の居場所やキャリアを選んでいきたいと考えています。

取材・執筆:外山ゆひら

この記事をシェアする