情熱と冷静さを掛け合わせた視点を持つことでチャンスをものに|自分のやり方を信じて突き進もう
ヘッドウォータース 代表取締役 篠田庸介さん
Shinoda Yosuke・1968年生まれ、東京都出身。輸入卸業、Eラーニング事業などの起業を経て、2005年スマートビジョンテクノロジーを設立、後にヘッドウォーターズに改称。2007年、2008年、2009年と3年連続で「ベストベンチャー100」に選出。2020年9月、東証マザーズに上場を果たす
正攻法ではない道で成功を掴むこともできる
成功を手に入れるには、心折れずに、自分に正直に進んでいくことが何よりも大切ではないでしょうか。
受験勉強に熱が入らず、入学した大学も当然面白くなく、自分は“正解の道”を歩めていないという気持ちがありました。一方、学生時代に始めたビジネスはすごく面白かったんですよね。最初にブランド品を輸入する卸売業を手伝いましたが、何もわからないなりにワクワク充実していましたし、結果が出るのも面白いと思いました。
結局仕事の方が面白くなって、大学はやめてしまいました。良い大学を出て、良い企業に勤めることが王道の時代、完全に正解から外れてしまったなと実感しましたが、同時に正解ではなくても成功はできると信じていました。
携帯電話の路上販売からビジネスを大きくしたり、水道工事の職人から会社を立ち上げたり、スタートは王道ではないけれど、努力を重ねた友人たちがいます。どちらも上場企業を率いる立場ですから、成功したと言って差し支えないでしょう。
現時点で正解とは思えない選択でも、やり方によっては成功を手にすることができることは心に留めておいてほしいです。
自分のやり方を信じて貫けば仲間はできる
その後も誘われた会社で営業をして、トップセールスになったり、仲間とコンピューターグラフィックスの会社を立ち上げたり。ビジネスの知識や経験を積みながら、自分が面白いと感じた事業を手がけてきました。景気もよかったですし、だいぶ儲かることもあって、生活も豊かになっていきました。
しかし金銭面が潤うと、度を超えた浪費をする人も現れるんです。一緒に会社を支えていた仲間が経営に回って、車や飲み会に大金を注ぎ込むのを横目で見ていました。仲間であっても私生活は個人のものですし、自分が何か忠告をする立場にもないと思いましたが、公私の区別なく散財しているのを見過ごすことはできませんでした。
会社には従業員がいて、彼らの生活を支える基盤でもある。経営者個人の持ち物ではないんです。そこで「社長を代わってくれ」と直接社長に申し出ました。すると逆に会社を追い出されてしまったんです。どうしようもないなと、見切りをつけて退社すると、なんと何人もの同僚や後輩、先輩までもが自分についてきてくれました。
人が動くのは損得だけではないと感じましたね。真っ当な考え、やり方を貫けば、必ず仲間はできます。この仲間こそ、大切にすべきです。自分の考えは間違っていなかったと感じられた、うれしい経験でした。
世の中にはどうしても分かり合えない人もいる
生きていく中で、「この人とは折り合えない」という人に出会うこともあるでしょう。その場合は潔く、袂を分かった方が双方にとって幸いでしょう。
孫正義さんのセミナーなどを聞いて、これからはインターネットの時代だと考えていたので、その後手掛けたのは、Eラーニングの事業でした。会社は比較的順調に成長しましたが、通信速度が高速化したあたりから、既存のビジネスは使い物にならないと感じるようになりました。
ビジネスのスタイルも、モノを売る営業から、サービスを投下するマーケティングへと転換が必須でした。社会インフラが変わり、収益構造が変わったのですから、それに見合ったビジネスへと変えていかなければならないのは自明です。
しかし、ある程度安定した組織では、大きな変革は好まれませんでした。それまでの利権やしがらみだってありますよね。全く違うことにチャレンジすることも、リスクとしか捉えてもらえなかったのです。事業の方向性を変えたいと、経営層と毎日曜に話し合いました。プレゼンというより、説得に近かったです。2年間、毎週です!でも一向に話し合いは進みませんでした。
そこで初めて気づいたんです。これは絶対に折り合えない、と。遅いですか(笑)。これだけ善意を尽くしても、自分が全てをかけて訴えても、通じないことはあると学んだ経験でした。
正面からやり遂げると意外な面白さもある
さまざまな事業を立ち上げ、育てては手放し、最後にたどり着いたのが現在の「ヘッドウォータース」です。36歳の時に、今度は一生をかけて取り組める会社を作りたいと思い当社を創業しました。オフショア開発、ソーシャルゲーム運営、ヒューマノイドのアプリケーション開発など、他社に先駆けて新しいテクノロジーの社会実装に挑戦してきました。
新規事業は上手く行くことの方が稀ですが、AIやロボットを活用したソリューション開発では世界でも類をみない事例を生み出し、業界からの注目を集めましたね。
こうした成功に後押しされて、株式上場をしたいという構想を描き始めます。実際、上場に向けて動き出すと、さまざまなことをしっかりと煮詰める必要を感じました。一つの事業に没頭し、精度を高め、成果を出す。全てを投入して、仕上げていく。実はそれまでのキャリアで、ここまで強い執着心を持ってやり遂げたのは初めてかもしれません。それまでは新しいアイデアを形にしたり、未来を構想したりすることに力を割いていましたから。
自分には向いていないスタイルの仕事や、これまで経験がなく避けていたことに、正面から取り組んでみると、意外とおもろしろさを感じ、向いていると感じられることもあるものだなと痛感しました。50歳近くなっても新鮮な気持ちでビジネスに向き合えるというのも、うれしい発見でした。人生で一度は、何かにとことんまでこだわって極めてみるのも良いと思います。
小さな努力の習慣化こそが成功への本当の近道
嫌なことや努力しなければいけないことに向き合うのは、しんどいことです。誰だって逃げたくなります。その時、モチベーションをあげようとしても無理だし、効率が悪いとさえ思ってしまいます。必要なのは、頑張らなくてもやれるシステムづくりです。習慣、仕組み、やり方を定めて、意欲とは関係なく取り組めるようにしてしまえば良いのです。
日系企業の中では結構早い時期に、ベトナムに進出したことも思い出されます。海外で事業をおこなうには、最低限の英語が話せた方がいいですよね。通訳をその都度雇っていては、コストもかさみます。でも私はあいにく英語が苦手、大嫌い。どうにか話せるようにならなければと、毎日2時間の勉強を3年間続けました。そうしたら、話せるようになりました。
筋トレも続けていることの一つです。でも全く好きではありません。やりたくないのに続けられているのは、「ジムに行く」ことを習慣化してスケジュールインしているから。やる気があるない、とか感情とは関係なく歯を磨く様に無意識で行う様にしていくのが大事ですね。
これは、いろんなことに応用できる方法論だと思います。気持ちの問題になりそうな場面で、システムや仕組みの問題で解決方法を探してみる。全てが解決できるわけではありませんが、有効なシチュエーションは多いでしょう。
キャリアの中では困難に直面することもありました。上場前に億単位の赤字を計上したこともありましたね。犯人探しやお互いへの不信感で、社内のムードは荒廃していきました。でも、私は絶対に黒字にできると確信していました。
優秀なエンジニアが質の高い仕事をしている当社で、やるべき人がやるべき仕事を全うすれば、絶対に赤字に転落し続けるはずがないと分かっていました。
そうであるならば話は簡単で、赤字という事実を直視して、黒字にするためにやるべきことを実行するだけです。
人はピンチに陥るとパニックになります。必要以上に心配したり、心が折れてしまったりします。でもピンチは本当にピンチなのか。不要な感情を取り払って、事実を事実としてしっかり認識しましょう。心が折れてしまわなければ、どうにでもなることがほとんどです。会社が潰れても、死ぬわけではありません。焦ったり、恐れたりせず、まずは落ち着いて事実を認識すればいいんです。
ちなみに赤字黒字は心電図みたいなものだと、社員に話しています。凸凹がなくなったらご臨終だと(笑)。これはブラックジョークですが、そのくらいの気持ちで一歩引いた視線で見るのが必要な時もありますよね。
これからの時代は個人の力が重要
これからの時代は、新しい個人主義になっていくんじゃないかと思っています。チーム全体を意識しながら、個人プレーを決められる人が求められるのではないかと。野球的なチームワークから、サッカー的なチームワークに変わると思います。チームの勝利を意識した個人プレーは賞賛される時代になると思います。
そうした個人主義を有効に活かせるのは、フラットな組織でしょう。ヒエラルキーではなく、役割分担が機能する組織です。全員がプレーヤーであり、全員が経営者的な視点も持つ組織が最高ですね。そんな組織が作れるように、制度や方法を試行錯誤している最中です。
デジタル化やグローバル化は不可逆ですから、語学やITのスキルは必須になってくるでしょう。それからいつも思うのは、若い人は必ず正しい。今を一番理解しているのが若い人で、老人がその足を引っ張る権利はないということです。自分もいつまでも若くありたいし、チャレンジャーであり続けたいと思っています。
取材・執筆:鈴木満優子