流れに任せるキャリア選択があっていい|好きなことに打ち込む経験が役に立つ
日販テクシード 代表取締役社長 藤澤徹さん
Toru Fujisawa・新卒で外資系IT企業入社。システムエンジニア、マネージャ職を経て米国に赴任、グローバル本社の副社長補佐を担当し、帰国後は理事として通信・メディア・公益・流通業界のシステム開発事業を統括、2013年10月に副社長として日販テクシードに加わり、2014年4月より現職
ファーストキャリアの選び方はさまざまでいい
大学では理学部数学科で学んでいました。正直なところ自分は社会人として何がしたいか、何ができるのか何も見えていませんでした。
しかし私のことをよく知る大学の先生や先輩たちから、新しいことに対する好奇心が強いことに加え、数学で鍛えた論理的思考力や物事を構造的に分析する力は、コンピュータの世界で活かせると助言を受けて進路を決めました。
幸運だったのは、数学科出身者に対する人材需要が高く、IT系はもちろん銀行、保険などの求人も多く売り手市場だったことです。
私は志望を外資系IT企業1社に定め、担当教授やOBによる推薦のおかげもあって、順調に採用選考をパスすることができました。
しかし入社してからが大変で、新人研修で顔を合わせた同期は工学部・大学院出身の専門系人材や、法・経・商学部系でビジネスを学んだ人材ばかり。
実用的な知識がない数学科出身の自分がやっていけるのか、不安が先に立ちました。ようやく「何とかやっていけそうだ」と自信を持てたのは入社後3年目からでした。
そんなスタートでしたが、結果的に私はエンジニアからマネージャとなり、米国赴任経験を経てビジネス責任者になるまで、充実したキャリアを積み重ねることができました。
ですから、私のファーストキャリアの選択は間違いなく正解だったと思います。
私はファーストキャリアの選び方は人それぞれ、さまざまな形があっていいと思います。もちろん最初から明確な将来設計や目標があって、社会人の第1歩を踏み出すのは素晴らしいことです。
しかし私のように、自分が何をしたいのかも明確ではないままに就活し、仕事に対する自信もなく不安だらけで始まるファーストキャリアもあります。
目の前の仕事に向き合っていくなかでキャリアを充実させ、新たな目標を見出し挑戦していくことはできるのです。
そんな私がさらに大きな挑戦に選んだのが「経営者として会社を動かす仕事」であり、自分が理想とする経営思想を実現すべく日販テクシードに移ることを決断しました。
必要なのは自分の仕事にしっかり向き合うこと
新卒入社後、仕事の自信をつかめるまでの3年間は、目の前の仕事に集中しました。
自分が何をやりたいか、何を目指したいかではなく、ひたすら目の前の仕事をこなす。苦労も多かったし精一杯の日々でしたが、むしろ不安を糧にして頑張りました。
最初の仕事はシステムエンジニア(SE)として顧客の課題を技術的に解決したり、新しいシステムの提案や導入を行ったりする内容でした。
顧客から相談されて分からないことがあれば自分で徹底的に調べましたが、それでも足りない部分は先輩や詳しい人に教えを乞いました。
それでも顧客の質問に的確な回答ができなかったり、提案ソリューションの選択を間違えてしまうこともありました。
そんな時、自分以外の責任にしないことを常に肝に銘じ、顧客に対して「誰それが、こう言っていた」「こう教えられたから」とは絶対に言いませんでした。
なぜならアドバイスを受けたり教えを乞うたりした場合も、その内容を自分の責任において判断し、顧客に伝えるのですから、すべては自分の責任なのです。
逆に言えば自分で責任を持てるくらいにまで、人から教わったことを昇華できていなければ、自分に顧客価値がないからです。
そうやって知識やスキルを一つひとつ自分のものにしていくことが大切です。最初のうちは自分のものにできた知識やスキルは全体から見れば点でしかありませんが、その点が増えていくと次第に線としてつながります。
そうなれば仕事の内容について、過去に起きた問題の本質を推測したり、次に起きる出来事を予測したりできるようになります。そのような線としての力が増せば、それがさらに面として仕事を支える力になっていきます。
そこまでくると、一つひとつを網羅的に確認しなくても仕事の全体像を把握できるようになり、仕事をうまく運ぶための重要なポイントも自然に把握できるようになるわけです。
「本流」ではない「傍流」の仕事にもチャンスはある
入社後の初仕事は国内第1号出荷の新製品導入を担当することでした。上司からは「日本初の新製品だから先輩達も知らない。新人がやるのと同じ」と言われました。
まずは製品マニュアルを徹底的に読みましたが、いかんせん基礎知識が乏しいのでわからないことだらけ。先輩に聞いても知らないと言われる。尋ねるとすればその製品の研究開発担当者だけ。
初心者がオリンピック選手に教えを乞うようなものですが、先方の迷惑を承知で何度も質問し、自らも様々な資料を調べて試行錯誤しながら無事に1号機の導入を完了させることができました。
その後も10台以上の導入を担当しましたが、その新製品だけでなく関係する様々なIT製品の導入も経験し、ITシステムを構成する技術を幅広く身につけることができました。
ただ、正直なところ最初にその担当を命じられた際には悔しい気持ちになりました。その新製品は、会社の主力製品のラインナップではなく、小規模市場向けに実験的に開発されたもの。
要するに本流の仕事ではなかったのです。
豊富な情報と支援が得られる主力製品を担当してスマートに成長していく仲間を見ていて、うらやましく感じました。
その後に本流の仕事も経験するようになりました。しかし間もなく本流の製品では顧客ニーズに対応できない市場環境へと変化が進んでいき、新しい技術や多様な製品を駆使してソリューションを創り上げる仕事が増えていきました。
そうなってくると、本流以外の多様な製品を導入した経験が活きてきました。
その製品で何ができるのか、すべてを網羅的に調べたり検証したりしなくても、基本的な設計構造を把握するだけである程度推測できるレベルになり、それがSEとしてシステムを設計・構築をする際の自分の強みになったのです。
いろいろな企業を見ると、本流で行き詰まってしまった課題を、傍流の出身者が解決し、キャリアアップしていく人が多いことも後から気付きました。
ですから本流ではなく傍流を歩んだことも、いまとなっては貴重な経験だったと考えています。
「傍流」の仕事を通じて感じたこと
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本流を任されなかったもどかしさ
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新製品を学ぶことで能力が鍛えられた
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傍流を歩んだことは良い経験だった
自分の興味や関心事は変化していくもの
学生時代からリーダー役は苦手で経験もなかったので、管理職には関心がなく、ましてや役員や社長を目指すとか、1ミリも考えていませんでした。
自分は将来、スペシャリストのSEとして生きていくつもりでした。それが変わったのは、信頼していた上司からマネージャをやってみてはとオファーされたのがきっかけです。
上司達をみていて自分が務まるとも思えず最初は断りましたが、「やってみて嫌ならSEに戻ればいい」と説得され、いずれはSEに戻るつもりで引き受けました。
それが36歳の時。経営者になるには遅咲きだと思います。最初は部下十数名の組織を担当しました。
マネジメントを体系的に学びつつ、自分の個性を活かしてリーダーシップを発揮できるようになってくると、部下との関係も深まり組織も大きくなり、やりがいを強く感じるように。
こんな風に自身の興味や関心事が変わっていくのは、自分のことながらも意外でした。成長に応じて視野が広がっていくからこそ、仕事観や世界観だって変わっていきます。
就活生の皆さんは仕事を始める前の段階ですから、業界や職種といった仕事の内容を、最初からあまり決めつけすぎないことも大切なのではないかと思います。
なので、最初から道を決めつけるのではなく、自分のことを良く知る上司や友人、信頼できる知人のアドバイスには耳を傾けてみることです。自分の希望とは違う道でも得られるものはきっとあります。
私自身を振り返っても、キャリアにおいて自分の意志を起点として決めたことは経営者への転身だけ。それ以前は先輩や上司のオファーを受け入れて歩んできたわけです。
もし当時のマネージャからのオファーを断っていれば、視野を広げる機会だってありませんでした。
運が良かったこともあるでしょうが、結果的に自分がやりがいを持てる仕事に就くことができたのは周りのおかげです。
過去と他人は変えられないが、未来と自分は変えられる
私が大切にしている考え、座右の銘は「過去と他人は変えられないが、未来と自分は変えられる」です。
困難や問題が発生したときに「なぜこうなってしまった」と怒ったり、「誰のせいだ」と犯人捜しをしたところで、過去に起きた事実は変わりませんし、問題は解決しません。
それがビジネスであれば、まずは顧客に迷惑がかからないよう速やかに影響を抑止または最小化することに万全を期す。
そのうえで、未来において同じ問題を繰り返さないようにするにはどうするか。そのために自分はこれから何をすべきか。自分の意志で変えられる自分と未来について考える方がいいと思います。
求められるのは課題を見つけられる人
私が考えるビジネスパーソンのミッションは、つまるところ課題解決です。課題解決を分解すると、課題を①発見し②解決する、2つの段階があります。
スキルや知識に依存しやすい人は、「解決」に偏りがちですが、実際のビジネスの現場でより求められるのは、顕在化していない潜在的な課題の「発見」です。
課題の解決は、自分でできなくても、過去事例を参考にする、解決できる人を探す等の手段がありますが、そもそも的確に課題が定義できていなければ意味がありません。
特に潜在的な課題を発見するのは、より難しく価値がある能力です。物事がどうあるべきかを明確化し、現状とのギャップを見つけられれば潜在的課題を発見できます。
まずは「どうあるべきかという軸」を自分の中に持つこと。そのうえで現状をその軸に照らし合わせて客観的に判断し、ギャップを浮き彫りに出来れば自ずと課題が見えてきます。
「どうあるべきかという軸」を自分の中に育てていくために社会人になる前からできるのは、好きなことに、とことんのめり込むことでしょう。
好きな領域でならば、自分の頭を使い時間も費やして「どうあるべきか」を考察する努力ができます。
私は学生時代にバンド活動を始め、社会人になってからも続けました。音楽活動にのめり込んで分かったことは、音楽の目的は楽曲を通じて人を感動させること、楽しませることだという核心です。
楽器をうまく弾くとか上手に歌うのはあくまで手段であって目的ではない。
そういう軸が自分のなかに定まれば、より高い次元に到達できますし、何がどうあるべきかを理解でき、次に自分が努力すべき方向も見えてきます。相手に感動を与えるためには技術よりも大事なことがあります。
そのようにして自分のなかに軸、すなわち” ビジョン”を育て上げる体験は、社会人になってから、きっと役に立ちます。ですから今のうちから好きな領域にのめり込んでみてください。
理想を言えば、社会人になったら仕事を好きになってほしいと思います。
まずはプライベートの充実が前提ですが、仕事をしている時間も充実できれば、とても豊かな人生になりますし、プライベートでは得にくい新しい気づきもきっとあります。
スポーツや芸術と同様、ある程度努力も必要ですが、その苦労を十分に補ってくれるものになるはずです。
取材・執筆:高岸洋行