社会に出てからは「実績」がすべて|人がやりたがらない仕事を積極的に取りに行き、希少価値のある人材になろう

ランサーズ 執行役員兼マーケットプレイス事業本部長 上野 諒一さん

Ryoichi Ueno・2014年に新卒一期生としてランサーズに入社。エンジニアとしてプロダクト企画、機能開発、新規事業の立ち上げ等に従事。2017年からはプロダクト責任者としてLancersTOP(現ランサーズエージェンシー)の立ち上げに携わる。2018年より仕事マッチングプラットフォーム「Lancers」(ランサーズ)の事業責任者としてオンラインマッチング事業部長を務め、2020年5月より現職

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社会の不条理を解決できる仕組みをつくりたい。友人や知人の姿を見て芽生えた思い 

キャリアにおける最初のターニングポイントは、小学校から大学までの間に「どんなことでも、本気でやればなんとかやれる」というマインドを培えたことです

現在のビジネスでは誰もやったことがないことに挑戦する機会が多くありますが、未知のことでも「なんとかなるでしょう、本気でやればできるはず」と思えるポジティブなマインドは、過去の経験のなかから培われてきたように思います。

たとえば小学生の頃の区の野球大会では、それほど強くないチームながら強豪を次々と倒し、まさかの優勝ができました。人生で初めて嬉し泣きをしたのもこのときで、「チームのムードをうまく作れば、このような結果も出せるのだな」と感じたことを覚えています。

中学生時代には、著名なカードゲームの公式大会に何度も出場。中学生ながら日本の上位に入り、カードゲームを通じて大人たちと対等に勝負をすることができました。中学生の時に「努力して日本の上位に入った経験」、そして「世界大会に出場している大人たちとの真剣勝負をした経験」をできたことは私の中で大きな財産になりましたね。

また、大学へ進学する際は1年間の浪人生活を経験しました。

高校時代に偏差値が大きく下がってしまいましたが、高校卒業後の1年間は勉強に没頭し、なんと東京大学を狙えるレベルまで到達しました。最終的に東京大学には落ちてしまい北海道の大学に進みましたが、「本気で頑張れば、日本でも上のほうに行くことができる」と思えたことは大きな自信になりました

次なるターニングポイントは大学院時代。キャリアをかけて「何をやりたいか」を見出したタイミングです

大学院に在学中、学卒で就職活動をしていた友人・知人たちが希望の仕事に就けなくて悩んでいたり、就職後も身体に不自由があることで活躍の機会を得られなかったり、といった話を数多く見聞きしました。「世の中には、能力や才能とは別の足切りがあるのだな」と社会の不条理をリアルに感じた時期でした

小中学校時代ずっと一緒に遊んでた親友もその一人です。小学校時代に不登校になってしまい、中学はほぼ出席できず、定時制高校に通って卒業はしたものの、長らく正社員に就けずにいました。今では家庭も持って幸せそうにしていますが、その後正社員に就くことができたのは、31歳になってからでした。

正社員じゃない働き方も選択肢の一つとして提示し、彼らのような人たちの助けとなり「人生を前進させるためのサポート」を何かできないだろうか。北海道から都会に出て行かざるを得ない人も多くいて「もっとうまいこと社会の仕組みを作れないものかな」とも感じていました。

そうして黎明期のクラウドソーシング業界の存在を知り、「この仕組みが広まれば、社会の不条理を解決できるのでは!? 」と強く興味を持ったのです。そうして当社ランサーズに出会い、新卒一期生としても重要な役割を担わせてもらえると感じて大学院を辞める決断をしました。

キャリアのターニングポイントでは「本当にやり切れるか」を何度も自問してみよう

大学院を卒業してから入社する道を選ばなかったのは、「今動かなければ、私が理想としない方向に行きかねない」という業界の状況が見えてきたからです

先行しているアメリカや中国のサービスでは、既に「稼げる人は稼げる」「でもお小遣い程度にしか稼げないタスクワーカーがたくさんいる」という状況が生まれていました。そのように二極化してしまえば、クラウドソーシング業界は結局、新しい仕事の選択肢として社会的に意義ある存在にならず、自分が思い描く「自分らしく生活できる社会にする」ための解決にはつながらないと思いました。

幸いにも日本の趨勢はまだ決まっていない時期で、「今この世界に飛び込まなければ、多くの人がご飯を食べられるようなクラウドソーシング業界にすることはできない」と感じたのです

大学院中退の決心を周囲に伝えていく過程は、それなりに大変でした。親には頭を下げて説明すると「どうせもう決めたんでしょ」と理解をしてもらえましたが、友人や教授にはかなり引き留められました。自分でも何度も「すべてのステークホルダーに説明しきれるだけの、覚悟と情熱とロジックを持っているのか? 」と自問しましたね。

「卒業後に入社した場合と今入社した場合、どちらがどうなるのか」について、ロジカルな分析もしてみました。そうして「やはり自分の理想とは違う方向に進んでから、この業界に入ったのでは意味がない」という結論に達し、今この会社に入る意味をロジカルに説明できる! と思えたことで、決心ができました。

私がこの話をすると「自分も大学を辞めて入りたい」と言ってくれる学生さんもいるのですが、「私は大学院だったからいいけど、大学は辞めないほうがいいよ」と一旦は伝えます。そして同じように「本当にやり切れるのか? 」という自問自答をしてみることを促します。それでも「この道でやっていこう! 」と決心できるなら、その選択肢を正解にしていくことは不可能ではないと思います。

今振り返っても、あのとき大学院を辞めてこちらの道を選んで良かったと思えています。2017年にはずっと念願だった「Open Talent Platform(オープン・タレント・プラットフォーム)」構想の実現にも携わることができました。こうした取り組みを通じて、微力ながら、クラウドソーシングのサービスを活用して生計を立てられる人を増やす一助となれたのではないかと自負しています

有用なデータや材料を集めて「判断」をするか、直感で「意思決定」をするか

キャリアの意思決定においては、「判断と意思決定は違う」ということを踏まえておくといいかもしれません。

「100人中の70人が賛成ならGOする」のが判断だとしたら、賛否がわからない状況で「自分はこちらを選ぼう」と決めるのが意思決定、という感じでしょうか

何かを決める際は、まず情報やリソースなどできるだけの材料を集めて、データに基づいてこちらが正しいだろうという「判断」で済むようにしています。

しかし判断をするための材料が揃わないときは、直感や意思で決めるほかありません。「自分が思いきりやれそうなのはどちらか? メンバーが熱中できそうな選択肢はどちらか? 」「今がどうで、半年後はどうなりそうで、その期待値はどれくらい高いのか? 」といったことをいろいろと考えたうえで、最後は直感的に意思決定をします。

就職活動で悩んだときにも応用できる考え方だと思うので、よければ参考にしてみてください

仕事においては、判断材料を集めて客観的に判断できるに越したことはないので、意思決定はできるだけしなくて済むよう努めています

私が社会人になってから明確に意思決定をしたのは、部長や役員になるタイミングくらいでしょうか。能力は明らかに足りていない、でも自分がそのポジションに就くことには数字では計算できない意味があるのはわかっている……と思うに至り、身分不相応な自覚はあるもののやってみよう! と直感的に判断しました。

そもそも私を要職に就けることにリスクを取っているのは、私ではなく社長なんだよな、ということも思いましたね。会社の決定のすべてに責任を持っている社長がした意思決定ならば、それに応えてみよう、という気持ちもありました。

ちなみに社長の存在は、ランサーズに入社を決めた理由のひとつです。社長は「時間と場所にとらわれない働き方が本当にできる! 」というワクワク感、働き方を変えたいという熱量でこの事業を立ち上げた人物です。私は「社会のマイナスの側面をなんとかしたい」という思いでこの事業に取り組んでいるので、思想的にはまったく違いますが(笑)、その意志の強さ、懐の深さは大いにリスペクトしています。

「学歴」は新卒でしか使えない武器。卒業後は「実績と行動」しか通用しない

ファーストキャリアを検討する際のアドバイスとしては、2つあります。

まず1つ目に「新卒とそれ以外の就職では、土俵が大きく変わる」ということです

新卒採用のタイミングに限ってですが、学歴やスポーツの経験などを武器にできる人は、それを最大限活用すればいいと思います。20年間培ってきたものを武器として使えるのは、この1回きりだからです。

勉強やスポーツ、芸術関係など特定領域のことをずっとやってきました! などとイキイキ話している方を見ると、私も「ハマれば頑張れる人なのだろうな」と好感を持ちます。しかし卒業後1〜2年経った人が面接に来たら、学生時代の話は聞きません。「仕事でどのような成果を挙げましたか? 」と社会での実績を見るようになります。

理系の研究室で本気の研究をしていた人に関しては、企業のようなPDCAを回す経験をたくさんしているので、例外的に学生時代の話を聞くことはありますが、これはほんのひと握りです。「一旦社会に出てしまうと、学生時代のことは武器にできなくなる」ということは心しておくといいと思います。

2つ目に「長くやり続けられる会社を探す」という視点を持つことを勧めたいです

AIなど社会に淘汰されない領域の仕事で10年間頑張れば、誰かが追いつこうと思っても追いつけない「貴重な10年分の経験を持つ人」になることができます。そして、一つのことを10年間やり続けられる人は、案外少ないです。10年間やれたということはその仕事に打ち込んだり、楽しんでスキルを身に付けてきたりしてきた証になるでしょう

自分がやり抜く力を発揮できる領域を探すには、「自分が根本的に、何に熱狂できる人間なのか」「何に感情が動くか」に注目してみるのがオススメです。スキルなどは、やっていればなんとかやれるようになるものなので、得意・不得意などの表層ではない自己分析をおこなってみてください。

ものすごく感動する、ムカつく、悔しいなど、正も負も含めて自分の感情が動くものには、やりたい仕事、長くやれる仕事のヒントが隠れていると私は考えています

すでに学校を卒業している人は「とにかく実績をアピールする姿勢」を意識してみるのがオススメです。

たとえばデザイナー採用の場面で、「御社のサービスには設計上でこんな課題があると感じました、ざっくりとアウトプットを作って持ってきました! 」なんてアピールをしてくれる人がいたら、うちに本気で入りたいと思ってくれているのだなと感じますし、すぐにでも活躍できそうだな、とイメージが湧きます。

こういうことをやってみたいと思っています」では説得力に欠けますが、「やってみました」という行動や実績は、説明不要で伝わります。そうして実績や行動を提示していけば、企業側も必ず見てくれると思います。

人がやりたがらない仕事をやっていると「経験値」「希少性」が手に入る

これからのキャリアは、2つの方向性に分かれていくと予想しています。

ひとつは、副業も含めた幅広い仕事の経験をして「いろんなことを知っている人」になる道。ただしこちらの場合、特定の領域の経験を深めることはできづらいかもしれません。

もうひとつは、「特定のことを深くやっている人」になる道です。これまで企業はこちらのタイプの人材ばかりを社内で育ててきましたが、それだけだと組織を活性化しづらくなってきて、前者のような人材も必要とし始めている印象を受けます。

前者と後者の人材をどのくらいの割合でミックスしていくかは、今後多くの企業が真剣に考えなければならない課題だと思いますね。

前者にしても後者にしても、活躍する人材になりたいならば「人がやりたがらないことを拾いまくってみる」のは一案です。なぜならそれによって希少性の高い経験ができ、それによって自分自身にも希少性が出てくるからです。

一例ですが、お店のレジ打ちを経験したことがある人はたくさんいますよね。レジ打ちは需要も高く、大切な仕事ではありますが、多くの人が経験したことがあるということから「希少性の高い経験かどうか」という点においては低いといえるでしょう。

その点、皆がやりたがらないタイプの仕事を引き受けられる人には、それだけで価値が出てきます。社内でも率先してそうした役割を買って出ていると、存在感が出てくるはずです。

誰も拾わないボール”は案外たくさん転がっていますし、選り好みをせずどんどん経験してみて、「また貴重な経験を得たな、後から伸びちゃうな」「面倒な仕事、汚れ仕事を楽しくできたら勝ちだな! 」などと考えて行動してみるといいように思います。

創業期のベンチャーにいた人の成長度合いが高いのも、結局はこれが理由だと思います。創業期は実務だけでなく、経理から法律まであらゆることを自分たちでやらなければならないので幅広い力が磨かれます。「経験値を増やして成長したい」という気持ちがある人は、ファーストキャリアにベンチャーを選ぶのも良い選択肢だと思います

成長実感を植え付けて前を向く。一生懸命になれた実感を追い求めていきたい

私自身の話に戻りますが、役員になってからはハードな局面をたくさん経験しています。だからこそ物事を深く考えすぎて落ち込まないよう、意識的に「鈍感力」を心がけています。

あとは「ここを乗り越えて生き残った先に、見える世界があるはずだ」という見方を心がけていますね。先輩役員の方々に相談してみると、ハードなことは皆さん経験していますし、「ここで諦める人はいるだろうけど、諦めなければ生き残れるんじゃないかな? 乗り越えてみるか! 」とそんなふうに気持ちを切り替えます。

あとは習慣として、成長実感を自分に植え付けることも実践していますね。定期的に過去のアウトプットを見返してみると、「当時あんなにも悩んでいたことができるようになっているな」「今は人に教えるところまでやれるようになっている」などと自分の成長に気づけるからです。

四半期、半期、1年、3年といったスパンでかなり細かく見返しますが、「まだこの頃から1年しか経っていないのか! 」と思えることは多いです。「この1年の間にも、いろいろなことができるようになった」と自覚することで、ポジティブなマインドセットを作ることに役立てています。

エンジニア時代は仕事にどっぷり浸かっているライフスタイルでしたが、当時エンジニアとしてサービスに主体的に関われたからこそ、今の立場になってからも解像度高く、現場の苦労を想像できています。

当時に比べれば、今はだいぶオンオフを切り替えられるようになりましたが、まだまだ満足はできていません。いずれ自分で自分に対して「頑張ったな、お疲れさん」「走り抜けたな」と思える日が来たら、キャリアの充実感を得られるのだろうなと想像しています

学生時代は役員になるとは想像もしていませんでしたし、先々の将来設計は昔からあまり考えないタイプです。「一生懸命になれたな」という手応えを感じられる瞬間をもとめて、これからもキャリアを積み重ねていくのだろうと思います。

取材・執筆:外山ゆひら

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