「企業の人格」に注目し、価値観の一致を確かめよう|誰かの役に立つことならなんでもやる、という姿勢がキャリアを拓く
ブロードエンタープライズ 代表取締役社長 中西良祐さん
Ryosuke Nakanishi・大学時代からイベントサークル運営や友人とのバー経営に従事したのち、英語教材の販売会社に入社。通信会社での経験を経て、2000年12月にブロードエンタープライズを起業し、現職。自社製品「B-CUBIC」やIoTインターフォンシステム「BRO-ROCK」事業を軌道に乗せ、2021年12月に東証マザーズに上場
学生時代からビジネスに近い経験をし、1社目で営業力をとことん磨いた
私の最初のターニングポイントは小学校5年生の頃、親が事業に失敗して一家離散を経験したことです。年金生活をしている祖父母に引き取られ、金銭的に苦労する生活に変わりましたが、「〜してはダメ」とは一切言わない懐の広い祖父母のもとで育ったことには良い面もありました。
この家庭環境のおかげで、その後のキャリアにつながる「自分で考えて行動し、自分で責任を取る」という習慣が身に付いたように思います。
学生時代にはイベントサークルを立ち上げ、1000人規模のイベントなども主催していました。後援企業を募るため、法人向けの営業活動なども盛んにしていましたね。当時はインターネットが普及しておらず、今思えば完全なるテレアポの仕事でしたが、「稼ごう」というよりは面白くてやっていた、という感覚でした。
大学3年生以降は友人に誘われてバーの運営なども経験しましたが、仕事の広がりや展開が見えないと感じたことから、一般企業で働いてみようと決意。「営業なら通用するだろう」と考え、教材販売会社への入社を決めました。
しかしいざ飛び込んでみると、そこは年末年始の2日間しか休めないような超激務の会社でした。おかげで営業のノウハウは叩き込むことができましたが、2年間で10年分くらい働いた感覚です(笑)。同僚がどんどん離脱していくので、「こうすれば社員は辞める」という反面教師としての学びもたくさん得られました。
とはいえ、売った分だけインセンティブがあり、数字の分だけ昇進させてくれる明快な評価制度だったので、モチベーションは維持しやすかったです。常にトップ10以内に入ることができ、入社2年弱で平社員から係長まで一気に昇格させてもらいました。
入社前に読んだ就職情報誌には「英語もPCも学びながら働ける」「年3回海外への褒賞旅行あり」なんて謳い文句が並んでいたのですが、それらは成績トップ3%程度の営業マンだけが受けられる待遇で、私もハワイやプーケット島への褒賞旅行など、その恩恵に預かることもできました。
仕事自体も面白く、辞めるつもりはなかったのですが、課長職以上のポジションが埋まっていたので、入社2年目の終わりには、それ以上のキャリアアップが頭打ちの状態になってしまいました。がむしゃらにやっていた分、課長になるにはあと6〜10年かかると言われた瞬間「ここではこれ以上頑張れないな」と感じ、次の会社に移ることにしました。
転職は結果論。ファーストキャリアの就職活動には真剣に臨もう
2社目に選んだのはNTTの代理店です。知人の紹介で入ったのですが、1社目で扱っていた教材に比べると非常に売りやすい商材で、入社1ヵ月目にはトップの成績に。3ヵ月目には名古屋支店長にならないかと打診をいただいたのですが、社風も含め、自分にとっては「長くいる場所ではない」と感じて退社を決めました。
「17時に退社でき、かつ土日休み」という勤務体制だったので、激務だった1社目とのギャップがあまりに大きく、逆にすることがない! と感じてしまったほどです(笑)。
このように、1社目の経験は「それが世の中のすべて」と思ってしまうくらいに影響を受けます。その点で、ファーストキャリアはとても大切だと思います。良い影響を受けられる会社に入ることができれば、ずっとそこにいても満足のいく社会人生活を送ることができる可能性が高いです。
この考えから、まずは「一生働いてもいい」と思えるくらいの会社を探してみることをおすすめします。
最初から転職前提で会社を探すと、あまり企業のことを深く掘り下げられなかったり、慎重な判断ができなかったりするリスクも考えられます。「合わなければ他へ移ればいい」と考えていたとしても、転職はあくまで結果論として、できるだけこだわって1社目を検討してみてください。
退社後はいくつかの会社からお誘いをいただいていたのですが、自分で「面白そうだな」と感じた人材会社の面接を受けてみることに。しかしまさかの不合格となり、この結果をいただいたことが、3つ目のターニングポイントになりました。
自分で断った会社に「やっぱり入れてほしい」とお願いするのは違うなと思い、資本金50万円しかないものの、とりあえず独立してみよう! と26歳での起業を決意。大学時代から起業してみたい気持ちはありましたし、「ダメならまた働きに行けばいい」と考えていました。
事業分野としては「通信事業」を手掛けることにしました。ちょうど携帯電話やインターネットが普及している時期で業界全体が活況でしたし、2社目の経験から「通信機器商材ならば、どんなメンバーが入ってきても売りやすいだろう」と考えたのが理由です。
自宅マンションをオフィスとして起業しましたが、1社目のときの部下が一緒にやりたいと申し出てくれ、さらにその友人のツテで2名のメンバーも加わってくれ、4名体制でスタート。この2名が、今の執行役員となっています。
以降は経験者採用をしながら、事業を広げていきました。ただ「前の会社はこうだった」ということを引きずってしまうメンバーが少なからずいて、健全ではないと感じるように。会社の理念を言語化し、「専門職以外は新卒採用だけで会社を作っていこう」と決めたことが、次なるターニングポイントになりました。
2022年度で新卒13期生になりますが、健全な階層ができてきたことで、組織基盤の安定につながっています。
会社にも人格がある。企業選びでは「価値観が合うかどうか」が最重要
新卒採用を続けてきた立場から、企業選びについて学生の方にアドバイスするならば「最初は事業内容への興味、そして最後は会社の人格に注目してみるといい」ということです。
就職活動の入り口としては、「事業内容に少しでも興味が持てるかどうか」で絞るのがベストだと思います。興味をまったく持てない仕事だと、入社後に苦労する可能性が高いからです。
興味を持てる会社の説明会に参加し、そこから絞っていく過程では「会社の人格」にぜひ注目してみてください。法人格という言葉もあるくらいですから、会社にも人格があり、それは理念やビジョンなどに表れています。
「自分の価値観と会社の価値観がマッチしているかどうか」は、就職先を決めるうえで一番重要なポイントだと私は思います。
結婚でたとえるなら、「相手の外見=事業内容」「相手の中身=会社の理念」というイメージでしょうか。事前に何のリサーチもせずお見合いをする(事業内容も調べないで会社に行く)のは非効率ですし、かといって、中身が合わない相手(理念や価値観がマッチしない企業)とは関係を長続きさせることが難しいです。
事業内容にある程度の興味を持つことができ、価値観が一致している企業であれば、楽しくやりがいをもって働ける可能性が高いです。
直感的に「社風と合わない」と感じた場合、説明会や面接等で「印象が良くない」「担当者の対応が悪い」などと一瞬でも感じた場合は、候補から外したほうがいいかもしれません。一時が万事、そうした印象が後から好転する可能性はかなり低い気がします。
「誰かの役に立つ」意識は、回り回って自分の将来につながっていく
企業理念に関して、当社では【CS(顧客満足)】【ES(社員満足)】【社会貢献】の3つを理念に掲げています。お客様の笑顔をトコトン追求する、社員の笑顔をトコトン追求する、優しさと思いやりを持ち、地域・社会に貢献する……というメッセージを打ち出しています。
3つの理念には、いずれも「誰かのお役に立つ」という考え方が根本にありますが、理由はシンプル。役立たずと言われるのは悲しいし、誰かの役に立てることは自分の喜びになるからです。
営業職は売上を立てることで、会社に貢献します。内勤の社員は社内環境を整えたり、事務作業を担ったりすることで社員たちに貢献します。そのように自分が役に立っている相手を意識しながらできる人は、仕事でも活躍できる可能性が高いと思います。
役立てる相手を意識しながら「なんでもやります」と言える人は必ず重宝されますし、自然と仕事が降ってきます。降ってきた仕事をこなしているうちに想像以上に成長できますし、そうなれば周りも「引き上げてあげよう」となり、活躍の場が広がっていきます。
つまり誰かの役に立とうという姿勢は、かけがえのない自分の将来に変わっていく、ということです。
「人の役に立つことは、相手や社会のためだけでなく自分のためにもなる」と理解しているかどうかで、キャリアの広がりは大きく変わってくると思うので、ぜひ意識してみてください。
ちなみに私の意思決定のプロセスも、この考えが基準です。理念どおりに「お客さんのためになるか? 社員のためになるか? 会社のためになるか? 社会のためになるか?」という軸のいずれかに当てはまれば、GOサインを出します。
「自分のため」という理由で意思決定をしてしまうと、後で必ずおかしくなってくる実感があるので、社員たちにもよく「それはFor youか? For meか?」と尋ねていますね。この判断軸に立ち返ると、正しい決断ができると感じています。
当社の理念は、私自身のこれまでの経験にも由来しています。家族が一家離散になり寂しい思いをしたこと。26歳で起業した際、何もない自分に付いてきてくれたメンバーがいたこと。「自分に賭けてくれたメンバーは家族のような存在で、彼らに恩返しをしたい」という思いが強くあり、この思いを起点に、お客様の役に立ち、それによって社会に貢献していこう、という順番です。
社員たちはみんな自分の子供くらい大切に思っていますし、皆で集まって何かをするのが好きなタイプの社員が集まっているので、仕事とプライベートの線引きはあまりしない会社です。家族的な経営や風土にこだわっているので、プライベートは完全に切り分けたいというタイプの人とは合わないかもしれません。
私自身も経営者の友人より、社員と遊ぶことが圧倒的に多いです。猫よりも犬にキャラクターが近いということで、自分たちで「ワンワン経営」と称することもあるほどです(笑)。
この経営理念のもと、一方で、社員は家族だと思うからこそ、医療費負担制度などは非常に手厚くしたのですが、あるとき「自分は若くてこの制度の恩恵を受けられないから不利益だ」と発言した社員がいました。彼は数年後、別の理由で退社していきました。「価値観がマッチしない会社では長く続かない」という持論は、こうした経験からも見出したものです。
正直に思いをぶつければ、理解を示してくれる人は必ずいる
今年で創業22年目になりますが、経営はやればやるほど難しいなと思う毎日です。経営者になること自体は簡単ですが、「経営を続ける」ということは簡単ではありません。
ただし、失敗してもやりたいことは必ずやる、という姿勢は貫いてきました。部下からはよく「社長は紐なしバンジーを飛ぶ」と言われますが、飛び立ってから着地先や落ちない方法を考えている感覚です。何度かは着地できなかったこともあります。
危機的な状況に陥ったことも何度かありますが、取引先の中には、こちらの事情を理解してくださり、条件緩和を快諾してくださったところもありました。その社長とは、今でもとても仲が良いです。
この方に限りませんが、誠意をもって本気でぶつかってみると、理解を示してくれる人は意外と多いという実感があります。
普段は「51%の思いや情熱と、49%のテクニックがあれば営業はうまくいく」と考えており、この割合が逆転すると、相手の目には自分本意に映り、心を掴むことが難しいです。
しかし重要な局面では、思い100%でぶつかるしか方法はありません。テクニックを使う余裕がないとも言えますが(笑)、究極的な場面では気持ちでぶつかってみる、という選択肢は間違っていないと思えています。
会社が大変なときは、社員たちにも正直に話します。「会社の船の底には穴が空いていて、このままだと沈むのは時間の問題だ」と。退社していく社員もいますが、中には「自分にできることはないか」と考えながら頑張ってくれる社員もいて、そうした社員との絆は当然、強くなります。
正直に話す理由は、「支えてくれる仲間がいる」と思えることで、私自身も気力を奮い立たせることができるからです。
困りごとを自分のなかだけで溜め込んでいても跳ね返す力は湧いてこないので、困ったときは、素直に皆の力を借りて乗り越えるようにしています。皆さんも就職活動などで悩んだときは、ぜひ「周りに相談する」という姿勢を心がけてみてください。
また悩みがあるときは「ネガティブに悩んでいるか?ポジティブに悩んでいるか?」を自問自答してみるのもおすすめです。プラス方向に向かうために悩んでいるのであれば建設的な時間になりますが、ただひたすら「ダメだ、嫌だ」と精神的に落ちていくようなネガティブな悩み方をするならば、悩まないほうがマシです。
時間がもったいないので「現実を受け入れて即行動をする」という姿勢を習慣付けることをおすすめします。
大変な局面も経験してきましたが、社員たちが大切だと思うからこそ、今後も現状維持は目指したくありません。2021年には東証グロース市場に上場しましたが、次なる高みとしてプライム市場やアメリカ進出なども見据えています。
社員を守るためにも会社は成長するに越したことはないですし、その時々で目指す壁やゴールがあったほうが、仕事のやりがいにもつながると考えています。「一緒に高みを目指して、一緒に次の景色を見ようよ」という気持ちですね。
仕事以外では、学校に行けない子どもたちの支援などもおこなっており、引退後は社会貢献につながる事業に携わりたいと考えています。
「日本を衰退させないためには」というテーマもよく考えますが、少子高齢化は特に大きな社会課題だと感じています。世の中的にはもう手遅れだというムードもありますが、2019年に合計特殊出生率2.95を実現した岡山県名議町などの自治体も存在します。
地域ぐるみで予算を割いていることが背景にあるようですが、実現できている町があるならば、どこの自治体でも実現可能なはず。私自身も何かできることをやっていきたいですね。繰り返しになりますが、そのように誰かや社会に役立てることこそが、自分のキャリアの充実感につながっていくと考えています。
取材・執筆:外山ゆひら