「面白い」を見落とさない目が世界を面白くする|進むべき道のヒントになるのは「苦もなくできること」

SCRAP 代表取締役社長 加藤隆生さん

SCRAP 代表取締役社長 加藤 隆生さん

Takao Kato・同志社大学卒業後、印刷会社に就職するも1年半で退職。音楽活動に専念。2004年フリーペーパー「SCRAP」を創刊。2007年、京都で開催したリアル脱出ゲームが好評を博し、その後イベント制作を手がける。2008年SCRAPを設立

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望んだわけではない会社員経験が大切な財産になった

学生時代から音楽活動をしていて、当時はミュージシャンになりたいと思っていたのですが、将来を心配した親の説得もあり、とりあえず就職活動をして会社員になりました。しばらくは印刷会社の営業マンとして一生懸命働いていたのですが、結局1年半で辞めてしまいました。

結果的には短期間で辞めてしまいましたし、その後も印刷とはまったく関係のないキャリアを歩んでいくわけですが、それでも会社員を経験して本当に良かったと感じています。お金のこと、契約のこと、時間のこと、法律のこと……。どんな社会活動をおこなうにも必要な「社会人としての常識」が身についたこの期間は、得難い財産になっています

「そんなの当たり前すぎる」と思うかもしれませんが、実はそうでもなくて。自分の周りには、就職して働いたことのないミュージシャンやクリエイター仲間がたくさんいたのですが、赤字という概念がないとか、許可を取らなければならないことを知らないとか、もうとにかくちょっとしたイベントをするだけでも大変でした。自分がフォローしてなんとか実現したものも多かったです。

大学生でアルバイトを経験しているから、社会のことは十分わかっていると思う人もいるかもしれませんが、バイトだけでは正社員に比べて得られる学びも少ないですし、見える景色も狭いです。責任のある立場で、社会のルールを体感して初めて大人になれる。そう思います。

就職はせず、起業やアーティスト活動、学問などをやりたいと思っている人こそ、一度は会社員という立ち位置で社会の仕組みに触れてみてほしいです。いずれにしろ、やりたいことを形にするときだって社会のルールから完全に外れるわけにはいかないですからね。

加藤さんの人生ストーリー

ラッキーを引き寄せるのは、地道な活動、そしてかけがえのない仲間

会社を辞めた後は、それまで以上に音楽活動に専念。当時世に出始めたばかりのサービスであったブログを毎日更新し、週1ペースで新曲を作り、月1回はライブをおこないました。さらにいえばバンド活動の傍でライターをしたり、お客さんを集めるためにイベントをしたりと、とにかく自分で何でもやる「DIY精神」で、がむしゃらに音楽活動を充実させるための行動をしていましたね。

リアル脱出ゲーム」もそうした活動の一つでした。バンド活動を広めるフリーペーパーを作ろうとしたのですが、元手となるお金がなく、印刷費の20万円がどうしても捻出できない。そこでイベントをして資金を作ろうと考えたいくつかの案のうちの一つが、リアル脱出ゲームでした。仲間の発案で企画したのですが、当初の予想を超えるほどの参加があり、瞬く間に話題になりました。

リアル脱出ゲームを企画した後は、毎日のように新しいことが降ってきてすごかったですよ。世界的企業からCMのオファーが来たり、東京ドームでイベントをおこなうことになったり。そうこうしているうちにテレビ局との案件も決まり、そのタイミングで法人化の必要が生じたので会社化しました。また、このときちょうどバンドメンバーの一人が妊娠し、音楽活動を一旦休もうと考えていたタイミングでもあったんです。

振り返ると、ひたすらラッキーが重なって「リアル脱出ゲーム」が有名になり、法人として仕事を受けられる状態になり、現在に至ります。ただ正直なところ、とにかく成功させてやるぞと意気込んでいたわけではなく、目の前の面白いことを毎日楽しんでいただけです。

でも、このラッキーを引き寄せられたのは、地道な活動をしっかりと続けてきたからというのもありますが、かけがえのない仲間たちと歩みを進めていくことができたから、というのも大きいです

売れないミュージシャンではありましたが、毎日活動し、仲間を増やし、動き続けていました。ミュージシャンだと名乗りながら、作品もライブもないような中途半端な活動では、リアル脱出ゲームも生まれなかっただろうし、1人だったらイベントや企画もやらなかったかもしれません。ラッキーは、みんなで動き続けてつかむもの。心からそう思います。

ラッキーを連れてくるもの

「面白い」は目の前にあることからでも生み出せる

とにかく面白いことを考え、実行し、さらにもっと面白いものを探す。仕事につながる作業とはいえ、その繰り返しを本当に楽しく感じています。だからこそ、コロナ禍になるまでピンチだと感じたことはありませんでしたね。

そのコロナ禍も、ピンチとはいうものの、今までとやること、やれることは同じだと思って乗り越えてきました。リアルでのイベントが難しいなら、デジタルで何かやってみたり、オリジナルのグッズを販売してみたり。取り巻く環境は変われども、思いついた面白いことを世に出していく営みは、それまでとなんら変わらなかったと思います。

アイデアを形にするときに気をつけるべきことは、今できることに集中すること。10年後を見据えるのではなく、まずは今この瞬間にあるアイデア・技術・ニーズで考え抜いてみてください。10年後や20年後の世界には新しい面白さがあるかもしれませんが、今目の前にあるもので十分面白いものが生み出せると思うんです。

無理に新しいことを選ぶ必要はなくて、これまでにあったものでもいいんです。大切なのは、目の前にあるのに見落とされている面白さを見つけて、ブラッシュアップすること。ぜひ意識してみてください。

加藤さんの考える企画力について

人にはアウトプットでしか学べないものがあり、さらにいえばアウトプットでしか成長できないとさえ思います。企画を紙の上に書いた数ではなく、実現した数を競ってほしい。

アウトプットしている最中には、必ず計画段階では予想できないトラブルが起こります。そういった予想外の課題に向き合い、解決するときに、ノウハウや知識は大きく蓄えられます。またアウトプットすることで、初めて外部のリアクションや評価が得られます。自らの実力も知ることができるのです。

好きなものが発想の源泉に! 学生こそ自分の「好き」を増やして

SCRAP 代表取締役社長 加藤隆生さん

面白いものを考え続けるのは大変ではないか、と聞かれることがあります。私の発想の源泉には好きなものがあって、この「好きなもの」というのがとても大切なのです。

学生時代は好きなものを増やす、興味関心を広げる最高の時期ですよ。たとえば、世の中では好かれて受け入れられているけれど、自分はあまり興味を持てないものがあれば、とにかく触れてみましょう

大金を注ぎ込む必要はありませんが、自分の身銭を切って、気になるものに触れてみる。エンタメでも、アートでも、スポーツでも、社会活動でも、投資でも。その経験が興味関心を広げてくれるし、新たに好きなものと出会わせてくれるはず。そして、それが仕事の源泉になってくれます。

音楽が好きでやっていたら、いつのまにかこんなところまで来てしまった、そんなキャリアですが、「好きなことを仕事にする」という言葉には正直違和感を覚えます。「好き」とか「やりたい」とかよりも、「苦もなくできてしまうこと」を仕事にしたほうが良いのではないでしょうか

ゲームを何十時間も続けられるとか、毎日3食いろんな料理を作り続けられるとか、どこまでも歩いていけるとか。思うに、それこそが才能です。みんなが苦労してやっているのに自分は頑張らずにできてしまうことは、メシのタネになります。

ライフスタイルが多様化したとはいえ、仕事は人生の大きな部分を占めます。だとしたら、ストレスなくできること、なぜかうまくできてしまうことを、仕事にしてみてはどうでしょうか。

加藤さんからのメッセージ

大丈夫! 社会は楽しいし、大人は面白い

学生時代は会社員になるなんて嫌だと思っていたし、社会の歯車になりたくないとうそぶいていました。でも、一度会社員になってみると思ったよりずっと面白かった。社会の歯車だと思っていた会社員の先輩たちは、みんなすごくかっこよかったんです。

真面目に働き、結果を出すすごさ。信念や哲学をも感じさせる、働きぶり。「大人ってかっこいい!」と素直に思いました。働くのは辛いから嫌だとも思っていましたが、意外に抜け道もあります。楽しみもやりがいもあります。社会って、働くって、辛いだけではないんですよ

それと経営者になってからは、手の届く場所の面白さも実感するようになりました。社長になったからモテるわけでもないと知ったし、毎日パーティーをしておかしくなっていく人を見たし(笑)、夢みたいな生活はないと知り、欲しくもないと思いました。家族と過ごす時間の方がよっぽど面白いです。

社会は怖いところではありません。かっこいい人がたくさんいて、面白いことがいっぱいある場所です。就活生の皆さんには、いろんな人に会って、いろんな経験をして、思う存分に人生を味わってほしいですね。

加藤さんが贈るキャリア指針

取材・執筆:鈴木満優子

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