もとめられる人材になるには時代の変化に敏感になろう|専門誌の記者にこだわり続けた理由

航空新聞社 編集統括 石原 義郎さん

Yoshiro Ishihara・1954年生まれ。大学卒業後、1980年に航空新聞社入社。航空宇宙専門週刊紙「WING」(ウイング)記者。防衛・宇宙開発・民間航空会社・航空行政などの担当や副編集長を経て1991年に編集長。1997年からは旅行業界専門週刊紙「ウイングトラベル」と「日刊旅行通信」の編集長。2007年、航空新聞社執行役員(編集担当)兼編集長。2009年、取締役編集長。2021年より現職

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モノを書いて生計を立てたい! 特定分野を突き詰める専門誌を目指す

モノを書きたい。専門性のある仕事をしたい。航空・宇宙の専門誌をあつかう航空新聞社に就職した理由は、大学の授業で「取材の魅力」に気付いたことでした。

大学卒業後に専門誌に職をもとめたのは、もともと記者志望というか、モノを書いて生計を立てていきたいという思いがあったからです。地理が好きで大学では地理学を専攻し、フィールドワークのための取材もしていたので、何となく取材という仕事に馴染みがあるように感じていたことも記者を志望した動機の一つです。

専門誌を選んだのは、一般紙よりも特定分野を専門的に突き詰める仕事に興味があったからです。

とはいえ、とくに観光分野への関心が高かったわけではなく、建設や医薬品、エネルギーなど複数分野の専門誌の門を叩きました。航空・宇宙系の専門誌を発行していた航空新聞社はその一つでしたが、結局、好奇心が一番刺激された航空・宇宙分野を扱うこの会社に入社することにしました。

現在はSNSの台頭により誰でも気軽に情報発信できるようになりました。情報発信のハードルが低くなっているものの、「情報の信頼性」も下がっているでしょう。そのため、情報に重みのある、紙媒体のメディアの存在が逆に重要性を増している面もあります

キャリアを通じて、専門誌という紙媒体のメディアの仕事にかかわれたことには大いに満足しています。

石原さんが専門誌を選択した理由

  • 学生時代から抱いていた書く仕事への思い

  • 取材という作業への興味

  • 特定の分野を突き詰める醍醐味

編集記者と管理者の両立に苦労

1980年に入社してから12年ほどは航空・宇宙・防衛といった分野を扱う専門メディア「WING」(ウイング)の記者として働きました。一番初めに担当したのは防衛庁(現:防衛省)で、その後、航空機を扱う商社や宇宙開発企業、運輸省(現:国土交通省)、民間航空会社などの担当記者を務めました。

記者として日々情報を集めたり人間関係を築き、取材の技術や取材相手とのコミュニケーション方法を学ぶことができるというのは、記者ならではの仕事の魅力の一つですね

そうして記者の仕事を身につけると次のステップとして、記事を選んだり原稿を整えたりする、いわゆる編集の仕事も手掛けるようになるのは一般的なことです。私もキャリアを重ねる中で編集管理の仕事にも携わるようになりました。

そして、一時期は航空系の週刊紙「WING」と観光系の週刊紙「ウイングトラベル」、それにEメール配信の日刊メディア「WING DAILY」(ウイング デイリー)と「旅行通信」という4媒体の編集長を兼務していました。さらに、2007年に会社の執行役員、2009年に取締役となり、複数の業務を日々こなす忙しい毎日を送りました。

会社の役員となったことで、編集長としての業務に加え、経営面を見なくてはならない責任は、それまで以上に重いものでしたね。

記者・編集長として良い記事を書き、優れた紙面作りに力を注がなくてはならない一方で、媒体の収支と利益を毎日、毎週、毎月、3カ月ごと、1年ごとにチェックする。その2つの仕事の両立には大変苦労しました。

元々記者志望だった自分ですから管理職の仕事は自ら望んだものではありませんでした。それでも会社や媒体があってこその記者だということは理解していましたから、両立に苦労しながらも、自分なりにやりがいをもって仕事に臨むことができました。

キャリアへの目標を大切にしよう! 時代が変わっても「モノ書き」にこだわり続けた

一般紙と違って専門誌は対象分野を特化するので、取材先と記者の立場も違ってきます。一番大きな違いは、一般紙の記者は早ければ半年、長くても2年で取材対象の持ち場が変わるのに対して、専門誌はずっと同じ分野で同じ取材対象を相手にすることです

取材先との関係が長く続くという意味では、人間関係の構築コミュニケーション能力をより鍛えられるのは専門誌記者の方かも知れませんね。

またこれは専門誌も一般紙も同じかと思いますが、良い記事が書けたり良いコラムを仕上げたりした後の達成感は何物にも代えがたく、ある種の中毒的な魅力があります。私の場合は、その魅力につなぎ止められて長くこの仕事を続けてきました。

メディア業界の環境も今や大きく変化し始めています。SNSの発展で新聞や雑誌、テレビといった既存メディアを持たなくても、個人で広く情報を発信できる時代になったからです

逆に私たちのような既存メディアも発信ツールとしてSNSを利用するようになり、航空新聞社もTwitter(ツイッター)、facebook(フェイスブック)、Instagram(インスタグラム)、YouTube(ユーチューブ)などを使った情報発信にも取り組んでいます。

専門誌の世界でも業界内のBtoB(企業間取引)ビジネスだけでは将来性を見出しにくい面があり、BtoC(企業が一般消費者を対象とする取引)あるいはBtoBtoC(企業がBtoCをおこなっている企業を対象とした取引)のビジネスにどうかかわっていくかが課題となっています。その解決方法としてSNSの活用を模索している段階です。

ただし情報発信の重みと責任を知る既存メディアとして、無責任な情報発信には賛成できません

たとえ気軽に情報発信できるSNSであっても発信者は覚悟を持って情報を取り扱う必要があります。これは既存メディアもSNSも同じですし、生じる責任の重さはいまも昔も変らないはずです。

航空新聞社はメディアでの活躍を目指す若者を対象に記者養成講座をYouTube上に開設しています。受講者の若者たちと話をすると、情報発信に対する強い関心を感じます。その関心はメディア業界に就職するための原動力となるものですから大切にしてほしいと感じます

社会人として、一記者としてメディアでのキャリアをスタートし、媒体の編集長や複数媒体の編集統括を務めてきました。自分が「モノを書きたい」という思いを変えることなく、一貫して活字媒体に携わることができたことに、今は満足しています

今後、会社を退いた後の夢は、完全なフリーランスとして記事を書き、また一介の記者あるいは1人のモノ書きになることです。私の場合は結局、キャリアの出発点と終着点が同じだった、ということになるわけです。

これからは専門性がカギとなる! 観光産業でもとめられるスペシャリスト

日本の観光産業は、20年以上にわたってこの産業を見続けてきた立場からすると、大きな転換期にあります。70年代後半から90年代初めまでの観光産業は、旅行会社のパッケージツアーが全盛期でしたが、その後、団体旅行から個人旅行化へのシフトと、インターネットの普及に伴うオンライントラベルエージェント(OTA)の台頭で、既存の旅行会社が大きくシェアを減らしています。

ただし旅行会社の業態がこのまま廃れ、OTA一色になっていくかと言えば、そうは思えません。

デジタル技術と旅行を掛け合わせた旅行ビジネスはOTAの専売ではなく、いま新たな旅行ビジネスのアイデアとデジタルを掛け合わせ、既存のOTAとは違った旅行ビジネスを展開するベンチャーが活況を呈する兆しがあります。

こうした時代の観光産業でもとめられるのは、スペシャリストとしての人材です。たとえば海外では以前から、スペシャリストがスペシャリストとして業種・業界を跨いで活躍するのが当たり前です。

実際に海外取材で企業の広報担当者と話をすると、彼らは広報のスペシャリストとして幅広い業種・業界を渡りながらキャリアアップしていることが分かります。航空会社から飲料メーカーへ、そして自動車メーカーへ、といった移籍がごく普通です。「ずっと同じ業界」ではなく「ずっと同じ広報の仕事」なのです。

もう一つもとめられる人材について付け加えれば、やはり何のスペシャリストを目指すにしても、ITスキルは必須だということ。大手旅行会社を含む多くの旅行関連企業が、デジタルトランスフォーメーション(DX)の必要性に迫られ、どんな仕事に携わるにしてもITスキルについての一定の理解がなければ、これからは満足に仕事ができないでしょう。

これからは、ITスキルを当然の能力として身に付けたうえで何か一つスペシャルな能力を磨くことが、観光産業でキャリアをステップアップしていくために必要なことだとアドバイスしたいと思います

観光産業でもとめられる人材像

  • 変革の原動力となるベンチャー志向

  • スペシャリストとしての専門能力

  • 必須となるITスキルの理解

時間が解決してくれることもある! 課題に直面した際は時間の使い方を意識しよう

自分が勤める会社と合わなかった場合、どう乗り越えるか。たとえば1年間勤めてみて駄目だと感じたら、その会社を辞めるという選択肢もありでしょう

3年は我慢すべき」といった意見もありますが、私は1年以上の時間を無駄にする必要はないと思います。その場所にいて時を重ねても成長できないと判断したときは、次に進む決断をしたほうが良いと思います。

逆に時間をかけて対処し乗り越えるべき問題もあります。長い間メディアの仕事に携わり、しかも媒体の責任者を務めていると、多くのトラブルに遭遇します。記事の内容に対するクレームや取材先との見解の相違、内容証明付きの抗議文が送られてくることもあります。

そうした問題に対処する際に、いつも思い起こすのは「時間が解決してくれる」ということ。

時間が必ず解決してくれるという点は、自分の経験に裏付けられています。専門誌の仕事をしていると、トラブルになった相手と永久に顔を合わせずに済ますことはできません。しかし、これまでに時間を経ても交流を復活できなかった相手はいませんでした。人間同士のわだかまりは時間が解決してくれるものだと思います。

そう考えれば、いま目の前にしている状況だけを考えすぎたり、気にしすぎて思い悩むことも無用なのだと割り切れます。後ろを向きすぎることなく前向きの姿勢を保つことは、仕事への積極性を産み出し、困難に打ち勝ってキャリアを積み上げていくうえで大切なポイントです

取材・執筆:高岸洋行

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