大切なのは「体半分」を組織の外に出しておくこと|悩んでも迷っても歩みを止めないことがキャリアにつながる
トリプルアイズ 代表取締役 山田 雄一郎さん
Yuichiro Yamada・大学卒業後の2005年、EY新日本有限責任監査法人へ入所。監査国際部を経て、2011年3月からは社内のコンサルティング部門に移り、アドバイザリー業務に従事。2020年にAIベンチャーであるトリプルアイズへ。11月に取締役、2021年3月には代表取締役に就任し、現職
挫折続きだった学生時代。大学2年で公認会計士という目標を見つけた
現在のキャリアにつながる最初のターニングポイントは、小学生時代に転校生活を過ごしたことが挙げられるかと思います。親が転勤族だったので、北海道から関東や関西まで、あちこちに移り住んでいました。毎年のように「はじめまして」「さようなら」を繰り返していましたが、どの学校でも馴染めるよう努力をするなかで、状況対応力や変化し続ける姿勢が養われたように思います。
高校から大学にかけては、いくつかの挫折も経験しました。私はサッカーが得意だったのですが、強豪校に進学したことで特別「サッカーが上手な人」ではなくなり、それまでのアイデンティティを喪失。その頃から「どう生きていったらいいかな」とぼんやり将来を考えるようになりました。
現役で大学受験に合格できなかった際には、最大の挫折感を味わいました。浪人生活を経てなんとか大学には入ったのですが、必死で勉強して入った学生生活は「こんなものか」という感じで、思っていたよりも楽しむことができず。目指したい進路も見つからないし、このまま就職活動をしてもどうなのだろう……と思い始めていた頃に見つけたのが「公認会計士を目指す」という選択肢でした。
公認会計士は“資本市場の番人”と呼ばれており、経済界の警察のような仕事ができると聞き、「これを目指してみたい」と直感的にひらめきました。大学2年生になる頃でしたが、資格スクールにも通い始め、浪人生時代以上の猛勉強をスタート。学校の授業は最低限にとどめ、1日約12時間×週6日は試験勉強に充てる、という2年間を過ごしました。高校時代のサッカー部の友人たちからは「あいつ狂ったな」と言われたほどです(笑)。
そうして大学4年時に、公認会計士試験に合格。この出来事はキャリアにおける2つ目のターニングポイントです。合格率10%弱という難関試験でしたが、「諦めず、徹底的にやれば成果を出せる」という手応えを得られました。
合格後は勉強しすぎた反動からか、バックパッカーに転身。東南アジアを中心に世界各地を旅して回るなかでは、世界にはいろいろな人がいることを肌で感じられる体験となりました。外から見た日本についても考えるようになり、視野を広げることにも役立ちましたね。
より実力を磨くためコンサルタントにキャリアチェンジし、多様なプロジェクトを経験
公認会計士は資格があれば監査法人から内定をいただけるので、一般的な就職活動はしていません。EY新日本有限責任監査法人を選んだのは先輩職員の雰囲気が良かったこと、国際部があって「グローバル案件をやってみたい」と思ったことが理由です。
結果的にこのEYグループでは約15年間を過ごしましたが、グローバルな組織でファーストキャリアの選択をしたこと自体には満足しています。見学時にもっとも重視していたのは、言葉に表せない雰囲気の部分。「自由で風通しが良さそう、自分に合いそうだ」と思えたからこそ、入職後も大きな違和感なく、居心地よく過ごせたと感じています。
入社の決め手にはいろいろな要素があるとは思いますが、「ご飯を一緒に食べたいと思わないような相手と一緒に働くのは難しいのでは?」というのが私の持論です。就職活動中に迷ったら、そんな基準で判断してみてもいいと思いますね。ただこのあたりの感覚的な部分はWeb上や資料からはわからない部分なので、いろいろな会社に足を運んでみて確認する作業は必要です。
入職2年目には急遽、難度の高いプロジェクトに入ることになり、この時期は相当にしんどかったです。まだまだ実力が付いていない時期だったのでやればやるほど自信も失いがちでしたが、「今できないことは気にしなくていい。思いがあれば力は付いてくるだろう」などと考え、ポジティブにいられるよう努めてなんとか乗り切りました。
このときもそうでしたが、「壁にぶつかったときは、とにかく動いてみるしかない」ということは意識しています。バックパッカーとして知らない国に行って道が分からなくなったときに「怖くてもまず一歩を踏み出して、その道を進んでみるしかない」というのと同じ感覚ですね。
原因を考えて思い悩むよりも「こうやれば道がひらけるかも」と考えながら、とにかく動き続けていれば、何かしらの突破口は見つかってくると思います。
就職活動をする際のアドバイス
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行くべき道がわからなくても、とにかく「行動」を続ける
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今の自分に自信が持てなくても「想いがあればいずれ力は付いてくる」と信じる
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「一緒にご飯を食べたいと思える先輩がいる会社かどうか」を考えてみる
入職6年目には、コンサルタントにキャリアチェンジをしました。ここが3つ目のターニングポイントです。この職種に興味を持ったのは、バックバッカーとしてバングラデシュに出かけた際に知り合った方から「監査法人にも面白い人がいるよ」と紹介してもらったことがきっかけです。
公認会計士は基本的に“守り”の仕事。たとえるなら、警察官や健康診断をする医者といった立ち位置になります。有資格者であることが必須ですが、逆に言えば、資格さえあれば任せてもらえる仕事です。
一方、コンサルタントは外科手術をガンガンしている医者、というイメージです。資格の有無を問わず、企業側に「この人に相談したい」と思っていたただければ、いかようにも仕事の幅を広げることができる。人としての価値に単価が付く仕事なので、この職種に就いて、ひとまわり上の実力を付けたいと思いました。
とはいえ、再び新人になったようなものなので、キャリアチェンジしてから一人前のプロジェクトマネージャーになるまでには、それなりの苦労がありました。情熱をもって国家的なプロジェクトに向き合っているお客様も多かった分、求められるレベルは高く、かなりシビアな状況も経験しました。会議室で私の資料が宙に舞うような、ドラマのようなシーンも実際にあったほどです。
以前は守りの思考でしたが、この9年間で攻めの思考が身に付き、今の仕事にも役立つマネジメント力やコミュニケーション力が鍛えられたように思います。
常に「体半分」は組織の外に出しておく。次なるワクワクを求めて転職を決意
そして4つ目のターニングポイントは、当社トリプルアイズに移ってきたことです。前職でもやりがいを持って仕事はしていましたが、より良いものや変化を求める気持ちは常にあり、コンサルタントになってからも転職情報にはアンテナを張り続けていました。
「体半分はいつも組織の外に出しておく」というのが、私のモットーです。自分の体の1/2〜1/3くらいは、会社の外に出す感覚でいたほうがいいよ、と社員たちにもよく話していますね。体全部でその会社に浸かりきってしまうと客観的に自分を見られなくなり、井の中の蛙になってしまいやすいからです。
海外に出てみて初めて「やっぱり日本は良いな」と思えるのと同じことです。1つの会社に長くいるつもりだとしても、社外に目を向ける意識は持っておくべきだと思います。
私が今とは違う環境に意識を向けているのは、根本的に「いろいろな人に出会ってみたい」という気持ちが強いからかもしれません。冒頭で挙げた転校生活、海外のバックパッカー、転職のいずれにも通じる要素です。
そんなふうに”外”を見続けていた私がトリプルアイズに入ろうと決めたのは、ひとえに「ピンときた」からです。10年間いろいろな会社を見ていましたが、どこか噛み合っていないような感覚があり、転職の決断にまで至ることはありませんでした。
しかし当社に出会ったときには「ここだ!」という直感が働きました。創業社長に出会い、ITテクノロジーの力で日本の社会課題解決にチャレンジしていこう、と意気投合したことがきっかけですが、出会って1ヶ月ほどでスパッと決心することができました。
私がキャリアにおいて充実を感じるのは「気持ちが乗っているとき」。給与などはあまりモチベーションにならないタイプで、大事なキャリアの転換点では、常に「ワクワク感」で決めてきました。気持ちが乗っているときほど高いパフォーマンスを出せる、という自覚もありますね。
ひとりでは決してできないような大きなことを皆で成し遂げていくチームプレイも好きなので、チームで結果を出していく過程にもワクワクします。
また遠い先の話ですが、シニア世代になったら、自分の経験値や知見を教示できる立場にも興味があります。大学で教えるなど、若い人たちに伝える伝道者の側にいきたいという考えも持ちながら、今の仕事をしています。
就活で見るべきは業界の「将来性」。成長をもとめて飛び込もう
5つ目にして最大のターニングポイントは、入社後すぐに訪れました。6ヶ月ほど経った頃に、創業社長の福原が急逝してしまったのです。
当時は上場の申請中だったので、急いで次期社長を決めるための会議をおこなったのですが、前社長は代行順位として私を次に選んでいました。
私の祖父は経営者で、昔から経営に携わってみたい気持ちは少なからず持ってはいましたが、「入社してまもない私が引き受けていいものか」という点については悩みました。それでも前社長の思いを継ごうと決心をし、役員皆で一致団結し2021年3月から社長業を担っています。
この立場になってからは、より会社全体が見えるようになり、視点がかなり広がった感覚があります。意思決定をする機会も増えましたが、もともとひとりで考え込むことはしないタイプ。迷いがあるときはあれこれと具体的に行動をしてみて、いろいろな人に話を聞いたり、聞いていただいたりして壁打ちしながら、ベストだと思える方向性を絞り出していきます。
2022年5月には、無事に上場を果たすこともできましたが、上場はあくまでスタートでしかありません。この業界でナンバーワンに成長していくことが、これからのビジョンです。
IT業界、なかでも先端技術を扱っている当社のような会社で働く良さは、やはり将来性に満ちていることだと思います。未来に向かって伸びていく業界は市場や仕事の環境がどんどん変わっていくので、その中で自己成長も促されやすいです。
私がジョインした当時はまだまだベンチャー気質の会社でしたが、上場企業という看板を得て、たった半年でもかなり会社の雰囲気が変わってきました。これから大きくなろうというタイミングなので、今後も社内のいろいろな部分が変わっていくでしょう。その変化を経験できることも楽しみです。
採用では「文系でも手に職をつけて一人前のエンジニアになれるよ」ということを打ち出していますが、就職にあたってはぜひ「業界の将来性」に着目してみることをおすすめします。
活躍している人の共通点は3つ。「成長意欲があって」「真面目で」「負けず嫌い」
キャリアの方向性に迷っていた学生時代から今に至るまで、いまだに「やりたいこと」を探し続けているような感覚もあります。しかしながら常に「今はこれをやってみよう」ということは最大限考えながら、自己成長に取り組んできた自負はあります。
やりたいことが見つからないという学生の方もいると思いますが、常に「とりあえず今はこれを頑張ってみよう」というものを持ちながら、キャリアを歩んでいくのがおすすめです。その意識で行動を続けてさえいれば、社会のどこかしらで、必ず自分が活躍できるフィールドを見つけられると思います。
またこれまで多くの社会人を見てきましたが、社会で活躍する人の共通点は「成長の意欲がある」「真面目さや誠実さがある」「負けず嫌いなところがある」の3点だと思います。
真面目さや誠実さの重要性は、大変な局面でより気づかされます。「人徳」という言葉にも言い換えられると思いますが、これは日々の中でコツコツと積み上げていくしかありません。普段のおこないは思わぬときに自分に返ってくるので、真面目さや誠実さを忘れずにいられる人は、キャリアの時々で現れてくる大きな壁も乗り越えやすいと思います。
社長が急逝してから代表に就くまでの大変な時期、過去のつながりで助けていただいた方々がたくさんいました。とても基本的なことですが、今後も誠実さは大切にしなくてはと改めて思わされましたね。
また負けず嫌いなところがある人は、小さな部分にこだわりを持っていたり、仕事を粘り強くやり切る気持ちが強かったりします。他人と競うというよりは、自分のアウトプットに対してプライドを持って取り組む、というイメージです。
採用活動では学生の方にもよくお会いしますが、もっとガンガン手を挙げて発言していいよ、ということは伝えたいです。こちらから発言機会を与えると、たくさん意見を言ってくださるのですが、自分から発言の機会を取りに行くような姿勢があっても、企業側が煙たがることはないので、ぜひ意識してみて欲しいですね。
海外で仕事をするといつも思うのですが、海外の人は驚くほどガンガン発言します。発言内容がたいしたことなくても、です(笑)。日本人は奥ゆかしいので自分から前に出ない人が多く、恥ずかしいという気持ちもあるのかもしれませんが、周りへの配慮さえ忘れないでいれば、そこまで謙虚になりすぎなくてもいいようには思います。
最後に「人生に焦りすぎる必要はない」ということも伝えたいです。挫折をしても、思ったような結果にならなくてカラ元気に過ごす時期があっても、その課題はいつか必ず解消されていきます。
次なるきっかけや出会いがない限り、そうそうすぐに気持ちを切り替えられるものではないので、「時間の流れに任せつつ、乗り越えていこう」くらいの感覚で、焦らずゆっくりキャリアについて考えていけばいいと思います。
取材・執筆:外山ゆひら