「頭・体・気のどれをつかいたいか」で適した企業が見えてくる|最後までやり遂げた経験・人を巻き込んだ経験を積み上げていけ

EDGEMATRIX(エッジマトリックス) 代表取締役副社長 本橋 信也さん

EDGEMATRIX(エッジマトリックス) 代表取締役副社長 本橋 信也さん

Shinya Motohashi・国際電信電話(KDD:KDDIの前身となる企業)に新卒入社。17年を経てボーダフォン・ジャパンに移り、グローバル戦略チームの一員として、国内の経営戦略開発の責任者や再建プロジェクトのリーダーを務める。同社がソフトバンクモバイルに合併されてからは事業開発を担当。その後、米国シリコンバレーに本社を置くCloudian(クラウディアン)で約10年を過ごしたのち、同社からAI 事業をスピンオフし、2019年4月にEDGEMATRIX(エッジマトリックス)を設立後、現職

この記事をシェアする

キャリアは50年続く。ファーストキャリアこそ「成長が期待できる業界」に飛び込もう

キャリアにおける最初のターニングポイントは、国際電信電話に入社を決めたことです。2年後に規制緩和(通信自由化)が決まっており、「おもしろそうな業界になりそうだ」という予感をもって入社を決めました。

通信業界は今でこそ活気あるイメージになりましたが、当時はNTTとKDDの独占状態で、まだまだ保守的なイメージでした。出身大学の校風もあり、周囲は商社や金融業界を選ぶ人が多数派で、通信業界に興味を持つ人は少数派だったと思います。そのようななかで、周りに流されずに通信業界に飛び込めたことは、「成長業界を選べた」という点でとても良い選択ができたと感じています

この経験から、皆さんにも「今後の成長が期待できる業界の企業」を選ぶことをおすすめしたいです。今は大きくなくても伸びている業界は仕事の手応えを感じやすいので、シンプルに楽しいと思います。人材を欲している分、業界内の転職やステップアップもしやすいです。

新卒入社から70歳頃まで働くと仮定すると、約50年間。これほど長い期間があると、今は安定している業界や企業が衰退に向かっていくリスクは十分にあります。完全にダメになることはないとしても、右肩下がりを続けていることを肌で感じながら働くのは楽しいものではなく、不安になる瞬間も増えることでしょう。

どの業界が伸びるかの予想がつかない、成長業界の企業に興味を持てるところがないという人は、せめて「衰退しなさそうな業界」を選んだほうが、さきざき良いキャリアが待っている気がします

加えて、今の日本は急激な人口減のフェーズにあるので、国内ビジネスにしか目を向けていない企業は50年間を持ち堪えられないかもしれません。グローバル市場は確実に大きくなっていますし、海外展開も考えながらビジネスをしている会社のほうがより有望なのではないかと見ています。

その文脈で言えば、語学力はあって損はないと思いますね。私の場合は、社会人になってから必要に駆られて英語の勉強をしました。入社3年目頃から英会話学校に通い、アメリカのビジネススクールにも1年半ほど留学して、同時にMBAも取得。スラングが混じる映画の英会話などが十分に理解できるレベルではありませんが、ビジネスなら問題ないレベルにはなれています。若いうちにビジネス英会話を学んでおいたことは、その後のキャリアでも大いに役立ちましたね。

入社後に思いきり頑張るためにも「縁」や「人の相性」は軽視しないほうがいい

もう1つ、就職の観点として重要だと思うのは「人の縁」です。

ファーストキャリアの業界選びは将来のためにもよく考えたほうがいいと思いますが、「合わなければ転職すれば良い」という前提に立つのであれば、企業自体は自分の五感で感じた縁で1社目を決めてもいいように思います

「縁あって入社できる会社が1番! 」と考えていると肩の力を抜いて自然体で就職活動に臨めるでしょうし、むしろ「絶対に〇〇社に入る」などと1社に固執しすぎないほうが健全な気がします。どんな企業に入っても、結局のところ重要になるのは「入社してからどう過ごすか」。どんなに憧れの会社に入れても、社風に溶け込めなければ苦労や悩みが増えてしまうので、入社後に頑張るためにも、人の相性は軽視しないほうがいいと思います。

私自身、KDDに入ろうと決心できたのは「一緒に働きたい」と思える同期や先輩たちがいたことが大きかったです。皆気持ちのいい人たちでしたし、優秀な人も多かったので「この人たちと一緒なら、食いっぱぐれないだろう」とも思いました(笑)。

ちなみに現在の会社EDGEMATRIXでも、今年初めて新卒社員を迎えました。彼は他社をほとんど見ず、自分で当社のWebサイトを見つけて、カルチャーに相性を感じてアプローチしてくれたそうです。そんなルートで飛び込んできてくれること自体が、とても興味深かったですね。

ベンチャー企業やスタートアップ企業の場合、こうした直接交渉の方法でも話は聞いてくれると思います。今はSNSでいかようにも人脈を広げられる時代なので、学生のうちから積極的に人のつながりを作っていく姿勢を身に付けておくと、就職活動でも良い縁を見つけやすくなるかもしれません。自分のブランディングだと考えて上手にSNSを使える人は、積極的に活用してみるといいと思います。

本橋さんが考える、就職活動で大切な2つのポイント

2社目で本当の実力を痛感。同じ会社にいると「その会社でしか通用しない人」になる可能性も

就職活動中の予想どおり、通信業界には多くの会社が参入してきて、賑やかな業界になっていきました。KDDも勢いよく成長していた時期で、入社後は企業向け情報通信システムのサービス企画、米国MBA留学、経営計画、総務、社長秘書など多くの経験をさせてもらいました。

2000年には3社が合併し、現在のKDDIの形に。「思い入れのあった会社が変わってしまうなら」と入社17年目にして会社を飛び出すことを決め、当時、日本最大の外資系企業となったイギリスのVodafone(ボーダフォン)が買収したJ-Phone(ジェイフォン)に移る決断をしました。

それまでは品の良い国内企業にいたのに、いきなり世界一の規模を誇るワイルドな新興企業のなかに飛び込んだ、そんな感覚でした。

この転職は、キャリアにおける2つ目のターニングポイント。「会社の外では全然通用しない自分」を痛感させられたからです

KDDでは順調にキャリアを歩んでいたつもりでしたが、単に「社内のどの部門に行けば、重要な情報をもらえるか」など、その会社の中でうまく生きていく方法を身に付けていただけでした。プレゼンの仕方や文章表現ひとつをとっても、その会社ならではのやり方があり、「企業には明文化されていないさまざまなルールがあるのだな」と実感。世の中のどこででも通用するスキルが身に付いていたわけではなかった、ということを突きつけられました。

長らく業界の本流にいたことで、自分の実力を過信していたのです。MBAなどの汎用的なスキルもありましたが、明らかに足りないスキルがあったという感じです。40歳前後のタイミングで自分の力不足を痛感させられ、かなり悔しい思いはしましたが、ゼロからスタートする気持ちで自分を鍛え直すことを決めました

 ボーダフォンは多様な人材が集っている資本力のある会社で「グローバルに通用する社員を育てよう」という気風だったこともあり、多くの経験をさせてもらい、転職から3年ほどで同グループ内でも通用する人間になれたように思います。

本橋さんのキャリアにおけるターニングポイント

特定の会社だけにいると「その会社でしか通用しない人」になってしまう可能性がある、ということは頭の片隅に置いておくといいかもしれません。

もちろんやりがいある仕事ができていて、待遇にも満足していて悠々自適ということならば無理に転職をする必要はないかと思いますが、環境を変えることは、高い確率で自分の糧になります。「もしも1社目を飛び出さなかったら、のちのちのキャリアが相当つまらなくなっていただろうな」と自分のキャリアを振り返っても思いますね。

AI領域の事業で独立。情報感度を高くしていたことで、同じ感性を持った仲間と集えた

ボーダフォンは2006年にソフトバンクモバイルに変わり、私も事業開発担当として当時のe-mobile(イー・モバイル)との合弁会社を設立したり、WiMAX(ワイマックス)の免許申請活動を担ったりと、やりがいある仕事をさせてもらっていました。

しかし会社の母体が変わったことで、再び「自分の会社ではない」という感覚を覚えるように。雇われのサラリーマンをやっている以上、永遠に自分の会社だとは思えないのかも……という結論に至りました

「次はここが自分の家だと思えるところにいこう」「そのためには大きな会社よりも小さな会社のほうが近道だろう」と考え、ボーダフォン時代の同僚が共同代表を務めていたスタートアップ企業に移ることにしました。

同社の事業は国内より海外のほうが先にうまくいったので、途中から事業を海外に持っていく形でシリコンバレーを本社にしたCloudian Inc.(クラウディアン)の日本法人における取締役も務めました。

そして2019年、その同僚と独立して新しい会社にするという機会が与えられて、日本のAIプロジェクトチームをスピンオフする形で設立したのが、当社EDGEMATRIXです。「過去にとらわれず、自分たちが望ましいと思う環境で仕事ができるようになった」という点で、3つ目のターニングポイントと言えるかと思います

NTTドコモや清水建設、日本郵政キャピタルなど名だたる大手から資金調達ができたのは、「AI」という可能性に満ちた領域であることも大きかったと思います。

AIの可能性にはかなり早い時期から着目していました。2012年頃に、カメラ映像から人や物を認識するAI技術が一気に身近になり、「これはすごいぞ」と興奮したのを覚えています。「類は友を呼ぶ」ということわざ通り、同じように「すごいよね」と言い合える仲間たちと出会い、今の会社につながっています。

同じ情報に触れていても、その価値を感じ取る力がなければスルーしてしまうもの。 普段から好奇心旺盛に情報感度を高くしていることは 、キャリアを広げていくためにも有用だと思います

本橋さんからのメッセージ

「頭を使う」「身体を使う」「気を遣う」のどれが得意かを考えると自分に合う業界が見えてくる

EDGEMATRIX(エッジマトリックス) 代表取締役副社長 本橋 信也さん

現在の会社では自分の好きな仕事を思いきりできている実感があります。これから社会に出る人たちにも、ぜひそうした仕事を見つけてほしいですね。

とはいえ、どんな仕事を選んでいいかわからない、という声はよく聞きます。その際には、「①頭を使う」「②身体を使う」「③気を遣う」の3つのうち、どれが1番得意かどうかを考えてみよう、とアドバイスしています。

およそあらゆる業界・企業・職務は、この3つのいずれかに分類できます。そして、あくまで私の印象ではありますが、①〜③のなかでどれを得意とする人が集まっているかの割合が、その業界や企業の風土を形作っています

たとえば、人を納得させることがもとめられるコンサルタントや官僚は「頭を使う仕事」といえるかと思います。商社や物流系の仕事は頭も使いますが、フットワーク命。全国や海外にもガンガン出張するので「身体を使える人」でなければしんどい気がします。

金融機関の営業職などは頭も体も使いますが、ルールを重んじる業界なので、何よりも「気を遣えること」が重要になる気がします。気を遣える人はコミュニケーション力が高い人が多く、人とのつながりを巧みに活かしてキャリアを切り開いている印象もありますね。メーカーやサービス業に関しては、扱う商材によって①②③が決まってくると思います。

①②③のすべてが得意だといえるような人は、どんな会社でも活躍できる可能性があるので、「給料が高いから」「社会に与える影響力が高いから」「人気業界だから」といった基準で選んでもいいと思います。

また、①②③いずれかが極端に苦手な場合、それが得意な人たちの集団で働くとなると、かなりストレスが溜まるでしょう。たとえば気を遣うのが苦手な人は、気を遣えなければ成り立たない職種や業界は避けたほうがベターです。

ちなみに私の場合は「頭を使う仕事がしたい」という考えがありました。学生時代はヨット部に所属していましたが、風の動きを読んだり船のチューニングをしたり、頭を使うスポーツである点におもしろさを感じていて「自分はこういうことが好きなんだよな」と自己分析をしていました。

ちなみに今好きなスポーツはゴルフですが、どうプレイするかに頭を使うほうが楽しく、やはり考えることが好きな性分だな、という自覚があります。

本橋さんが提唱する「適職」を見つけるポイント

まずは「人の頭」も借りて考えてみる。やり切る気持ちや周囲の力を借りる姿勢も大切に

頭を使う仕事は好きですが、決して自分は特別に頭が良いというわけではなく、常に「自分の知っていることは少ない」という前提に立つことは意識しています。人は自分の経験から学んだことは絶対に正しいと思いがちですが、違う角度から見れば案外そうとは限らないからです。

意思決定をする際も、この前提に立ちます。まずは自分よりその分野に詳しい専門家の話を聞いて「人の頭も借りて考えてみる」ことを繰り返し、多くの情報を得てからパズルを組み合わせていきます。そのような過程を経て意思決定したことはブレにくい、という実感がありますね。

決定事項に対しても、頑固にならないよう心がけています。間違いに気が付いたときは「朝礼暮改はみっともない」と思わず、意地を張らず、プライドも持たず、すぐに間違いを正して方針を変えます。一度決めたことを中止するのは意外と勇気がいることですが、優秀なトップや経営陣にはそれができる人が多い気がします。

就職活動も大きな意思決定なので、まずは人の意見を聞いてみることをおすすめします。しんどい場面もあると思いますが、自分に向き合うことから逃げ出したり、必要以上に賢くふるまったりしないことが、のちのちのキャリアにおいて大事になってくる気がします。

これからの時代に活躍すると思うのは、タスクを最後までやり切ろう! とする気持ちを持っている人です。大それた夢や目標である必要はなく、小さなことでもちゃんとやり切ろうとするマインドセットがあるかどうか。学生時代に何かをやり切った、乗り越えた、と語れるようなエピソードを持っていると、就職活動でも役立つと思います。

また社会に出ると、自分ひとりで解決できることはほとんどありません。「人を巻き込んで解決する」という類のリーダーシップは、普段の生活のなかで身に付けておいて損はないように思いますね。自分の求めに応じて自然に周囲が動いてくれるような人間関係を築ける人は、社会でも活躍しているケースが多い気がします。

本橋さんからのアドバイス

キャリアは山登りに似ている。頂上での景色を想像しながら頑張っていこう

キャリアのなかで充実感を覚えるのは「苦労を乗り越えた!」と感じられるとき。「これを乗り越えたら充実感が待っている」とわかっていれば耐えられますし、逆に苦境すら楽しめる気がします。

KDD時代もいろいろな苦労がありましたが、最終的には社長秘書として、経営のダイナミズムを身近に感じられる状況になりました。転職後には再び大きな壁が待っていましたが、できることに全力を尽くしたことで、また違う景色を見ることができました。

こういったことを繰り返していると、大変なことに直面しても「またか〜」という感じで受け止められます(笑)。この大変さもいつか終わる、乗り越えたらすべてがラクになる、とわかっているからだと思います。

キャリアは山登りに似ています。どんな坂道の先にも必ず頂上はあり、「美しい頂上の景色が待っている」と思いながら必死で登って、また下り道があって上り道があって……という繰り返しです。

40年以上のキャリアを歩んできましたが、残念ながら「何かを極めた」と心から思えたことはいまだありません。明確に社会に影響を及ぼせたときなのか、会社を上場させられたときなのかはわかりませんが、その感覚にまで至ってみたい思いはあります。

一方で、最後までそうは思えないのかもな、とも思っています。ゴルフのような趣味を相当長く続けていますが、いまだ「満足した」という納得感が得られていないからです(笑)。永遠に答えを探し続けるのが私の人生なのかもしれません。頂上を見られるかはさておき、「最善は尽くせた」と思えるところまでは頑張りたい、というのが今現在のキャリアビジョンです。

本橋さんが贈るキャリアの指針

取材・執筆:外山ゆひら

この記事をシェアする