困難を乗り越えていこうという「決意」はあるか|「貢献できるか、成長できるか」を物差しに道を切り開いていけ

エール少額短期保険 代表取締役社長 榛沢 知司さん

エール少額短期保険 代表取締役社長 榛沢 知司さん

Tomoji Hanzawa・ 東京大学理学部数学科卒業後、1984年に住友生命保険相互会社に入社。主計部・運用企画部・保険数理業務・法人向け商品開発業務および資産運用の企画・リスク管理業務などを担当。2004年に退職し、2007年12月、合同会社エースブレインを設立し、少額短期保険業者等向けのコンサルティング業務および保険業法上の保険計理人業務などを実施。2015年10月、日本初の弁護士保険を取り扱う、日本法務補償(現:エール少額短期保険)を設立

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20年間の大企業勤務後、経営スキルを身に付けるためゼロからのスタート

新卒で入社した住友生命で約20年間働いた後に退職を決めました。独立を考え始めたのは、当時バブルが崩壊し、このままサラリーマンを続けても仕事でワクワクしたり給料が大きく上がっていく未来が描けなくなっていたからです

外資系の保険会社へ転職するという選択肢もありましたが、「自分の力で自分の人生をコントロールできるようにしたい」、「自分で事業を立ち上げて大きく成功したい」という想いが日に日に強くなってきたので、独立の道を決断しました。

ただ、サラリーマンを20年間やってきた私に、自分で会社を立ち上げそれを軌道に乗せるだけの経営スキルが十分あるはずがありません。退職後は、まったくの異業種となる学習塾チェーンに加盟し、会社経営やビジネスのノウハウをゼロから学ぶ覚悟で挑みました。その傍ら、前職の経験を生かして保険数理のコンサルティング業務を引き受けて収入を確保していました。

学習塾の運営では教室長を1人、講師数名を採用したものの、販促や総務・経理など、生徒への学習指導以外のすべての実務を自分でやらなければいけません。当然知識は十分ではなかったので、学習塾チェーン本部のアドバイザーに質問したり専門書を読んでは考えたりを繰り返しながら、試行錯誤するうちに段々とやり方がわかるようになり、経営の手順やノウハウが理解できるようになっていきました。今思うと、経営スキルを身に着けてゆく過程でサラリーマン時代の知識や経験もかなり役に立ったと思っています。

学習塾チェーンの経営を一通り経験したことで、起業に対して以前描いていたものよりももっと大きな夢を描けるようになっていきました。経営する側の立場になってはっきりとわかったことがあります。それは、自分一人の力では限界がありますが、仕組みを考えて多くの人の力を借りれば、自分一人の力の何倍も大きなことができるということです

一人に与えられている時間は、誰でも平等に24時間です。自分一人の24時間をお金に変えるだけでは限界がありますが、大勢の力を使ってやれば大きな仕事ができるんだなということを現実に体感したことで、「経営者になる」ということに対してしっかりとしたイメージをもてるようになりました。そのおかげで、次のステップに自信をもって挑戦できたなと思っています。

サラリーマンをやっていれば、解雇されない限り毎月お給料が入ってくるので安定して生活していけます。しかし、独立するということは、生活するために自分一人で何とかしなくてはいけないということ。サラリーマンを辞めて独立したことは、私のキャリアにとって1つ目の大きなターニングポイントとなりました。

簡単にできないことに挑戦する。日本で初となる弁護士保険事業で独立

エール少額短期保険 代表取締役社長 榛沢 知司さん

2つ目のターニングポイントとなったのは、それまで日本になかった「弁護士保険」という保険商品を一からつくり、日本で初となる弁護士保険会社を立ち上げたことです。勇気のいるチャレンジでしたが、多くの人が挑戦しないこと、簡単にできないことだからこそやるべきだと考えました

長く勤めた会社を退職し独立して以降、いつも考えてきたことが2つあります。1つは、自分の力をどうやったら生かせるかということ。もう1つは、人が簡単にできないことに挑戦するということです。それを自分がやれば、相手には喜んでもらえますし、対価としてお金をいただくことができるからです。

退職後の榛沢さんが大切にしてきたキャリア形成の視点

  • 自分の力をどうすれば生かせるか

  • 人が簡単にできないことに挑戦にする

自分の力を生かし、誰もこれまで取り組んでこなかった弁護士保険をはじめてつくって金融庁の認可を得たとき、これまで感じたことのないワクワク感や大きな達成感を感じました。それだけでなく「弁護士保険を日本でつくってくれてありがとう」と喜ばれ、人の役に立てた充実感を感じることができました。この仕事を事業としてやっていくことができれば、より充実したキャリアを積んでいけるのではないかと確信できたことで、起業を決断したわけです

私自身、これだと確信できる仕事に出会うまでには長い時間がかかりました。私に限らず多くの人にとって、そういう仕事は簡単に見つかるものではないと思いますが、皆さんもぜひ、自分の得意なことを生かして、自分自身がワクワクできるような仕事を見つけていってもらえるといいなと思っています。

会社選びは「探す」のではなく「出会い」だと思って挑んでほしい

高校時代から、世の中で生きていくためには人の役に立たなくてはいけない、ということは不思議と理解していたように思います。今振り返っても、仕事をするからには人生をかけて取り組めるようなもの、世の中と深くかかわって価値のある存在になりたい、という意識は昔から根底にありました。

中高時代から人より数学が得意だったことから、東京大学の数学科に進み、当初は大学に残って数学者になる道をイメージしていました。ただ、東大の数学科には超がつくほどの天才がいます。次第に純粋数学の道で勝負することは厳しいとわかってきたことから、数学という学問以外での可能性を広げたいと考えるようになりました。

就職活動をはじめるとき、最初に興味をもったのはコンサルティング業界です。外資系コンサルティング会社を中心に見て回りましたが、コンサルタントとして実力を発揮するには、まずは実務経験を積む必要があると感じました。それからは、「幅広い仕事ができる会社」という軸で就職先を考え始めました。

住友生命との出会いは、大学の数学科のOBから何度もお誘いを受けていたというのもありますが、生命保険会社であれば幅広い経験を積めるだろうと考えたからです。当時、今ほど高層ビルが多くなかったせいか、新宿本社の三角ビルという立地が何とも魅力的で、面接を受けた役員室の景色を見て「ここ、すごいな」と感動したのが最終的に入社を決めた動機でもあります。

榛沢さんが就職先を決めるまで

自分に合った会社と出会うにはどうすれば良いかと皆さん悩んでいると思いますが、会社選びは「出会い」だと思います。正解があると思ってその正解を探し始めると、いつまで経っても見つからない。正解を探すのではなくて「出会い」と考えるしかないと思います。どこかにあるかも知れない正解を求めている限り、迷っても迷っても、自分に合う会社の答えは出ないはずです。

強いていうなら、自分に与えられた選択肢の中からどういう物差しをもって1社に決めていくかだけです。今振り返ってみると、私の場合は、それが「幅広い仕事ができること」と「素敵なビルにオフィスがあった」ことだったのだと思います。裏返していえば、その程度の理由だったこともあり、正解を選んだぞというような感慨は全くありませんでした。

「この会社に貢献できる要素はあるか」「成長をイメージできるか」を物差しに

与えられた選択肢の中からどのような物差しで企業を選んでいけばよいのかについては、当時の私自身がそうであったように、20代前半の時点で自分に合った会社を的確に判断できる力は誰も持ち合わせていないと思います。そして、今日の正解が明日の不正解になることは普通に起こるのです。まずは、そこを自覚しておくことがとても大事です。

そのうえで、2つの視点を伝授したいと思います。

1つ目は、「この会社に入って貢献できる要素がありそうか」という視点です。ガンガン営業するのがどうしても苦手だと思っている人が、営業系の会社に入ってもうまくいくはずがありません。私がやってきたような数理的な処理が苦手な人は、そのような能力を求められる仕事についても楽しくないはずですし、長くは続かないはずです。まずは、自分がその会社に何かしら貢献できる要素があるか、という視点で考えてみましょう。

2つ目は、「この会社で成長していく自分の姿をイメージできるか」という視点です。会社に入社するということは組織の中で働くことを意味しますが、皆さんの多くは学生の間に組織で働く経験をしたことがないはずですから、どのような会社が自分に合っているか的確に判断するのはなかなか難しい。それでも、「成長していくイメージをもてるか」という検証は可能です。今仕事ができるかできないかではなく、できるようになっていく自分が想像できるかで考えるとよいと思います。

そこで注意してほしいのは、他人の評価で決めてしまわないことです。友達が有名な会社に就職したと聞けば気になってしまう人、親の意見に惑わされる人もいるかと思いますが、自分自身が成長をイメージできる会社を選ぶことが大事です。

企業を選ぶ際におすすめの2つの物差し

常に意識しているのは、困難にぶつかったときこそ勝負だということ。困難を乗り越えれば自ずと道は開けていきます。

就職も、入社してからがすべてで、入社後に困難をどう乗り越えていくかが一番大事なことです。壁を乗り越えて前に進んでいけるイメージがもてる会社、そういう意欲が沸いてくる会社をぜひ選んでほしいと願っています。それさえあれば、極論をいえばどんな会社を選んでも大丈夫だろうなとも思っています。

バイアスにとらわれない「第三者の目」で見つめ直す習慣をもとう

サラリーマンを辞めてからは新たな仕事に次々とチャレンジしていったので、周囲からは一見、無謀に見えることもあったかもしれません。しかし、自身としては想定されるリスクはすべて洗い出し、大きな穴がないかを何度もチェックし、よくよく考えたうえで飛び込むことを決断してきました。

皆さんに伝えたいのは、メタ認知力を養なってほしいということです。メタ認知力とは、自分自身がおこなっている行動や思考そのものを認知の対象として、自分自身を客観的に認知する力です。人間は、自分の思いが強ければ強いほどプラスのバイアスがかかるものだと思います。リスクを過小評価してしまう危険があることを知っておきましょう。

そこで大切となってくるのが、他人の目第三者の目で自分を見るという習慣です。メタ認知力が高ければ、自分がやろうとしていることが果たして本当に正しいのか、自分に欠けていることやまだ足りないことも気づくことができます

メタ認知力を高め、第三者的な視点で客観的に自分を捉えてみることを意識してキャリアを築いていってほしいと思っています。

社会人としての自分、プライベートとしての自分を客観的に捉えることも大切

先ほどもお話した通り、営業が苦手なのであれば営業の仕事は選ばない方がいいですし、数字が苦手ならば細かい数字を扱う仕事を続けても成長イメージは湧いてこないと思います。外国人向けの記事に紹介されていた内容ですが、日本語でいう「やりがい」が成立する条件は、「好きか」「得意か」「役に立っているか」「稼げるか」の4つだそうです。これを読んで私もなるほどと納得しました。

一方で、社会人になりお金を稼ぐということは、好きじゃないから、得意じゃないからと言って避けて通る訳にはいかない場面も出てきます。

たとえば、人前で話すのが得意じゃない人にとっても、営業の仕事でなくてもコミュニケーションが求められる場面は多々出てきます。学生時代であれば「シャイな性格だから」といって口数が少ないことが特に問題とならなくても、仕事上でかかわる人と意思疎通する能力は必須です。

得意でないこと、嫌だなと思うことも、社会人となればそれを「不得意だから」といって避けていてよいのか、それとも自分を少し変えていった方がよいのかは、よく考える必要があるかと思います

そして、ここでもまたメタ認知力が必要になります。自分はこのままでよいのか、どうあるべきなのかと第三者の目で客観的に見ることを繰り返すことで、学生から社会人へと成長を遂げていってほしいと思います。

逃げずに困難に立ち向かっていく力を養って、自分自身の人生を生きてほしい

「これからの時代には〇〇な人が伸びる」と言われたりしますが、正直にいえば先のことなど誰にもわからないし、「こういう需要が増える」と予測されていてもその通りにいかないことも多々あるものです。ある時代の正解は、次の時代の不正解となります。変化していくものについて、当たらぬ予想に振り回されてあれこれ思い悩むより、変わらないものが何かを考えるべきだと思います

これから皆さんがキャリアを築いていくうえでもっとも大事なことは、困難にぶつかったときの向き合い方です。一度失敗したらそこで終わりではありません。仮に選択を間違ってもまた別の選択肢に気づくことができれば、その先に価値ある目標が見つかるものです。困難を乗り越えていこうという「決意」があるかどうか。私は、これがすべてだと考えています。この点だけは、時代が遷っても変わらないのではないでしょうか。

壁にぶつかったときに、逃げたい気持ちは誰にでもあるものです。それはよくわかります。実際、逃げてしまうこともあるでしょう。ただ、「自分は今逃げたな」と逃げたことを意識することが大切だと思います。また次の壁がやってきたときに再び逃げたのなら「また逃げたな」と意識する。

3回目になったときに「今回で3回目だな」と意識していると、「こんな自分でいいんだろうか」と思うときがくるはずです。そのときに「次は逃げずにやってみよう」と思えて、逃げずに壁を乗り越えていくことができるか。逃げずに乗り越えれば、開けてくる世界が必ずあります。

キャリアを築くうえでもっとも大切なこと

  • 困難にぶつかったときに乗り越える力があるか

  • 困難から逃げても「逃げた」と自覚することが大切

  • 「次は逃げずにやってみよう」と考えて乗り越えられるか

最後まで逃げ続けていたら、キャリアはもちろんですが、きっとあなたの人生がうまくいかないと思います。逃げないで立ち向かうことは、主体的に生きることにもつながっていきますから。主体的に自分の人生を生きていく人は、その進む道こそが自ずと正しい道になっていきます。

「今の時代の正解は何だろうか?」と探している人も多いかもしれません。あるいは、「どの会社が最も自分を幸せにしてくれるだろうか?」と。しかし、どこかに落ちているかもしれない正解を拾おうとするのではなくて、自分が選んだ道を正解にしてゆくという意志と覚悟こそが大切です。選んだ道を一生懸命に進み、困難に立ち向かっていくことで、道が開けるのです。道が開け、人生が拓けてゆきます。

会社が自分を幸せにしてくれるのではない。自分で自分の人生を切り拓いてゆくことで、幸せになれるのだと思います。会社選びは、皆さんの人生にとって大事な一歩ではありますが、ただの一歩に過ぎないとも言えるのです。大事なことはその先にあります。

最初の選択そのものに、正解も不正解もない。どうか気楽にその一歩を踏み出してください。

榛沢さんの贈るキャリア指針

取材・執筆:小内三奈

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