人生に対するエネルギー量を高めよ|なりたい自分との“差”と向き合うことが企業選びの近道

インタースペース 代表取締役社長 河端伸一郎さん

Shinnichiro Kawabata・1970年生まれ。大学卒業後、大和証券入社。その後、インターネット産業の可能性に着目し、98年にインターネット関連ビジネスの世界に転身。ベンチャー企業2社を経て1999年11月にインタースペースを設立、代表取締役社長に就任。2006年東証マザーズ上場

バブル崩壊に直面し「やってやるぞ」と奮い立つ

大学時代に留学から戻り、就職をする時期になったら日本は就職氷河期。世の中は混沌とし日本社会が転換点を迎えた雰囲気で、周りには行く末に不安を感じている人たちが沢山いました。

それなのに自分が感じたのはむしろ、何かを変えられるチャンスだという期待とワクワク感でした

バブル崩壊前の日本経済の絶頂期と、バブル崩壊後の日本経済の下り坂の両方を身近に感じたのが自分の世代です。私がアメリカの大学に留学した当時は日本経済の絶頂期で、留学先での授業も日本型ビジネスの研究が多かった印象があります。

ところが留学から日本へ戻った頃はバブルがはじけ、日本は右肩下がりに沈んでいく時代の始まりでした。

就職環境も、留学前は学生の売り手市場でしたが、帰国して自分が卒業する頃は一転して就職氷河期となっていました。就職した証券会社でも、2期前の採用が600人だったのに対し自分の頃は150人。4分の1に急減していました。

それでも「留学せずに早く就職しておけば良かった」とか「卒業がバブル崩壊に重なり不運だった」とはまったく思いませんでした。 

むしろ良かったと感じたのが当時の本音です。中学・高校時代から歴史が好きで幕末史など世の中の変わり目や節目に心が動かされ、安定し安全な時代より不安定な混乱期の方が人生の意味を見出しやすいと考えていたくらいです

学生時代は好景気に浮かれた世の中でしたが、バブル崩壊でむしろ「よっしゃ!これで面白くなる。やってやるぞ」と高ぶりました。 

あえて逆風下の証券業界からキャリアをスタート 

就職活動で最初に考えたのは、自分をどのような環境に置けばビジネスパーソンとして成長できるかでした

考えた結論は、マクロ的には金融の知識を身につける必要があり、ミクロ的にはビジネスの実践能力ゼロから出発して実力をつけねばならないという2点。

金融知識習得の意味では銀行か証券会社が候補でしたが、融資してほしい顧客が頭を下げて来てくれる銀行より、自分で営業して頭を下げ顧客を獲得する証券の方が自分の成長につながると判断しました。 

さらに当時の証券はバブル崩壊で株価が暴落して苦境にあり、証券不祥事も重なり世間から叩かれていましたが、そういった逆境の方がむしろ自分を鍛えるには良い環境だという思いがありました。

証券業界は社会に不可欠でありながら課題を抱え、これから変わっていかねばならない業界だからこそ自分が求める環境がある。そういう発想でした。

河端さんがファーストキャリアに証券会社を選んだ理由

  • 金融の知識を得ながらビジネスの実力も身に付けるため

  • 顧客から頼まれる銀行より、自分が頭を下げて営業する証券のほうが営業力が上がると考えたため

  • 株価暴落・証券不祥事など逆境の業界で自分を鍛えるため

そう考え飛び込んでみた証券業界でしたが、入社してすぐに業界の課題を感じました

現在はともかく、少なくとも当時の証券会社は顧客の資産管理・運用より証券会社としての手数料稼ぎが最優先で、かつそれを改善しようにも収益が落ちてしまっては自分たちの給与を賄えない。

だれもがそんな環境のなかで半分あきらめながら、あるいは折り合いをつけながら働いていました。

一方で面白い部署の人たちもいました。当時外国株式を扱う部署がまとめるレポートは貴重で、当時Windowsを発売し伸び盛りだったマイクロソフトやシスコ、オラクル、そしてインターネット企業初のIPOであるネットスケープや米Yahoo! といった当時の成長企業の海外情報をいち早く目にすることができました

自分の学生時代には日本型ビジネスをせっせと研究していたアメリカと、バブルに浮かれていた日本の立場がいつの間にか逆転。

アメリカからは世界を席巻しそうな企業がどんどん生まれていることを外国株式の動向から知り、「日本もこういう企業を生んでいかなければ駄目だ」と痛感せざるを得ませんでした。 

可能性を感じてもほとんどの人は動かない

証券会社を4年ほどで飛び出し1998年にインターネット関連のベンチャー企業に転職したのは、インターネットに巨大な可能性を感じたからでした

当時すでにインターネットが世の中を変えることはニュースや新聞でも大きく報道され、インターネットという着眼点は珍しくありませんでした。 

それでも実際のところ本気で人生や社運をかけてインターネットビジネスに取り組む者や企業は少なく、20代の若者や一部のベンチャー企業だけが例外でした。

次はインターネットの時代だと頭では分かっていても、やらない者や動かない企業が大半だったわけです。 

当時の日本にはインターネット系企業がまだヤフーが存在したくらいで、アマゾンやグーグルさえ日本に未進出の時代。インターネットビジネスといってもホームページ制作の仕事くらいしかなく、私が転職したのもウェブ制作会社でした。

それでもインターネットビジネスに関わること自体が心より楽しく、日々新しいものが生まれ圧倒的に面白い毎日。失敗も数多く経験しましたが、日々新たなチャレンジができる喜びが勝りました。

自分のビジネスはホームページを制作して納品することでしたが、それでもインターネットビジネスの世界を実感できました。

アメリカの最先端の情報を集め次のチャレンジ案を皆で検討するなど、自分もいちプレーヤーとしてインターネットの世界に関与している感覚も得られました。

同時に、自分もインターネットビジネスを通じて未来を良い方向に変えることができるのだと、そんな根拠なき万能感を得ることもできました

河端さんがインターネットビジネスに感じた3つの魅力

  • みんなが有望だと言いながら本気で取り組む企業も人も少なかった

  • インターネットビジネスを通じ世界を変えられると信じられた

  • 失敗も成功も含めて日々新たに挑戦できる喜び

失うものがない強さが背中を押して起業へ 

所属したベンチャー2社は、いずれも資金繰りが苦しくなり自分も会社を去ることになりました。こうなると次は起業だと考えるのが自分の中では自然な流れで、インタースペースの創業に至りました。

起業にはリスクが伴うと言われますが、自分には失うものは何もなかったので躊躇することもありませんでした。 

そもそも転職するたびに、企業の規模が従業員1万人から100人、4人と小さくなりました。ベンチャー企業時代も給料が少なかったので休日に肉体労働で生活費を稼いだこともありました。

そのことを何とも思いませんでしたし、辛いとも感じませんでした。ですから起業に際しても失うものはなく怖くありません。自分は「持たざる者」。チャレンジして失敗した場合は、またサラリーマンに戻るだけで何のリスクもないわけです

何も恐れずに起業に踏み切ったとはいえ、インターネットビジネスをやることを決めただけで具体的なビジネスアイデアもなく起業してしまったため最初のうちは焦りました。

当初はEコマースの企画を考えましたが、もっと革命的なことをやろうと仲間と一緒に知恵を絞りアイデアを磨いたのがアフィリエイト広告でした。

それまでは難しいとされてきた広告効果の可視化を可能にしたのがアフィリエイト広告で、会社設立の翌年にこの手法をベースとしたビジネスモデルを立ち上げたことが現在の会社の基盤になっています。 

アフィリエイト広告を始めて5年後に東証マザーズ上場を果たしました。確かな手応えを感じたのは上場の2年ほど前からで、ほぼ毎月の様に前月比10%~20%の成長を続けました。

これは会社の実力というより、明らかに世の中のニーズを捉えたからこその数字です

今の言葉でいえばPMF(プロダクトマーケットフィット)したということでしょう。アフィリエイト広告が世の中に受け入れられ喜んでもらえていると実感でき、上場も間違いなく実現できると確信したのもこの頃です。

内と外から見た河端さんのキャリアストーリー

自分が何をしたいか本気でぶつかれば道は拓ける 

就活する若者の企業選びについて一律なアドバイスはできません。価値観は多様でいいし答えは一つではない

いまの時代は出来るだけ働かないことを善とする考えもあり「ウチの会社はこんなにも働かなくていい」とアピールする企業があるし、それを否定するつもりもありません。本当にそれを求めるならそれでいい。

また、より多く稼ぎたい人はそこにフォーカスして企業を選べばいいし、人から感謝をもらいたい人はそのような企業やNPOを選択すればいいわけです。本当に望むのは何なのか、自分の中にある本音こそが重要です。 

就職活動はともすれば化かし合いになってしまいがちです。就活生側には企業にこう見られたいという思いがあり、企業側には就活生にこう見てほしいとの期待があり、その意図を叶えるためには互いにテクニックが必要な点は認めますが、本質的に言えば無駄な作業でしょう。

それよりも、就職活動の前に自分としっかり向き合い、自分は何をしたくて何がしたくないのか、何のためなら頑張れるのか。自分を知るために心の本音ときちんと対話することが重要でしょう。そして、自分自身を企業に伝える努力をしましょう。

自分が何を望み何をしたいのか分かれば候補企業は複数見つかります。その候補企業に対して自分の本当の思いや人生観をぶつければ、企業と就活生の間でお互いにピンと来る組み合わせがきっとあるはずです。 なければ自分で作っても良い時代ですし。

河端さんからの就職活動におけるメッセージ

  • 採用の場を企業と就活生の化かしあいにしない

  • 就活生は本当の思いを企業にぶつけるべき

  • 互いがピンとくる組み合わせがきっと見つかる

学生時代は明確でなかったキャリア観や人生観も、就職して社会人としての経験を積み20代半ばになれば考えが固まって来るはずです

そこから改めて次のステップを考えてみても良いと思います。そういうキャリアの基盤ができる20代半ばまではどういう環境に身を置くべきなのか。 

実は答えは各人がすでに持っており、自分にきちんと向き合えば自ずと分かることです。あるいは信頼できる人生の先輩や、尊敬できる人物に尋ねてみてください。

答えはおそらく「君はどう考えているの」という逆質問として返ってきます。答えは各自が持っていることを優れた人物は知っているからです

エネルギー量の高さが成長を促す

就活生や若者たちに言いたいのは、自分が生きたい人生を生きればいいということ。ただし若いうちから自分が生きたい人生を明確に意識するのは難しく、学生時代はぼんやりとしか思い浮かばないのは普通のことです。 

自分を振り返ってみても、社会に対して自分が生きた意味を見出せる人生を歩みたいという漠然とした思いはありましたが、経験が浅く実力もない若い自分には何もできないことも分かっていました。

「ありたい自分」と「できる内容」のギャップをどう埋めていくのか。埋めるツールは何なのか。カギは何か。常に考えていました。

そして就活時に出した答えが「成長するためにとにかく厳しい環境に自分を置くこと」と「ビジネスを自分で発見すること」でした。

それで証券会社に入り、そこから新しい産業を探す日々を送る中でインターネットの世界を見つけ、そこからはインターネットビジネスを理解しようと技術面を含めて一生懸命に学びました。そういうエネルギーさえ持っていれば、正直に言って何でもできるはずです。

やりたいことと現状のギャップをきちんと認識すること。そのギャップを埋めようとする思いこそが自分の行動を生み出すのだと思います。 

世の中で活躍する人物は多様で一つには括れませんが、私が共通する特徴として感じるのは、持っているエネルギー量が高い人。それが前提です。エネルギーを持つ理由はさまざまです。

向上心や自己実現意欲といったプラスの欲求もあれば、コンプレックスを感じたり悔しさを味わった経験といったマイナスの要素が原動力になることもあります。

素晴らしかったあの体験をもう一度したいという願いが、自分を引き上げたり前へ進ませてくれたりする場合もあるでしょう。

そうした思いが強ければ強いほどエネルギー量は高まり、ありたい自分の姿を明確に意識できます。その上で自分の現状を客観的に見れば、ありたい姿と現状のギャップを強く意識することになり、その差を埋めたくなるはずです。

これが日々を頑張るエネルギーとなり、活躍の原動力につながるはずです。

河端さんが考える人が持つエネルギー量とは

かつてこんな学生がいました。まだ当社が新卒を採用していない時代に、ホームページを見て自らインターンとして働きたいと願い出てやって来ました。

インターン期間を終えると、自分の働きは内定に値するはずだと主張し、「自分、内定でいいですよね」と言って自分で自分に内定を出してしまったのです。

面白い若者で当社でも活躍してくれた後に、現在は起業して頑張っています。そんな若者らしい人生に対する熱量、エネルギー量の高さが素晴らしいと感じます。

河端さんが贈るキャリアの指針

取材・執筆:高岸洋行