キャリア選択は柔軟に。50歳、60歳で生きる「これからの社会」を想像することから始めよう
フェズ 代表取締役 伊丹 順平さん
Jumpei Itami・東京理科大学工学部卒業後、2009年、P&Gジャパンに入社。営業担当として大手流通会社を担当。2012年グーグルに入社。消費財メーカーや小売流通業界へのデジタルマーケティングの企画立案や広告営業、またオムニチャネル戦略に従事。「現場に革新を、購買ユーザーには新しい買い物体験を」という想いから2015年12月にフェズを創業し、現職
キャリアは柔軟に考えよう!今やりたい仕事がわからなくても大丈夫
新卒の就職活動を始める段階で「どんな仕事をしたいか?」と聞かれても、明確に答えられる人の方が少ないのは当たり前だと思っています。今やりたい仕事がわからないのは、むしろ普通のこと。
新卒でP&G(プロクター・アンド・ギャンブル・ジャパン)に入社しましたが、消費財メーカーに行きたいから選んだわけではありません。就職試験を受けた理由は、一番選考が早くて最難関の会社だったから、それだけです。当時は「こんな仕事がしたい」と思い描くことなど全くできていませんでした。
P&Gでも、その後転職したGoogleでも営業を経験しました。「こんな仕事がしたい!」と憧れた仕事でもなければ、「Googleで働きたい!」と熱望して転職したわけでもありません。
経営者として生きる道へ進んだのもある経営者の方から言われた、「伊丹くん、社長が向いているんじゃない?」という一言が始まりです。起業するなんて、それまで自分では全く考えもしなかったし、想像したこともありませんでした。
そもそもやりたいことってどんどん変わっていくもの。
就職活動を目前に、今「どんな仕事がしたいか?」がわからないからといって、悲観する必要は一切ないと思います。
それより、「どんな人でいたいのか」「どういう生活を送っていきたいのか」という自分軸をもつことが大切です。
自分がどうありたいかの軸さえあれば、どの会社に所属しようが、どんな職種につこうが関係ないものです。P&Gでなければできない仕事、Googleじゃないとできない仕事などというものも実は全くありません。
さらに、働いている中でやりたいことが見えてくることも大いにあります。キャリアは柔軟に考えて大丈夫。
誰かの何気ない一言から、キャリアが思いがけず大きく変わることもあるのです。
過去の経験がすべて糧になる。自分を意識して振り返り自分を理解しよう
自分自身のキャリアを振り返ってみると、学生時代から「所属してきたところに一貫性がない」ことに気づきます。でもそのおかげで、今現在、幅広い人間関係を築けるようになったと強く感じています。
高校までは野球一筋の体育会人間でした。小学4年から野球をはじめ練習漬けの毎日。チームメンバーと切磋琢磨し、高校3年のときには甲子園出場を達成しました。
野球部が特別扱いされるわけでもなく、毎日の練習時間も数時間だけと限られる中、「甲子園に出場するにはどういう練習をすればよいのか」「何が足りないのか」をひたすら考えました。
高校生ながらもPDCAに回しながら練習に励み、自分たちに足りないものを補うことを考えながら練習を重ねました。
努力の甲斐あって、甲子園出場という長年の夢を達成。
野球を引退した後は、燃え尽き症候群とでもいうのか、次の目標を自分でなかなか定められないでいましたが、「東京の大学に行くなら理系学部を選ぶべし」という親の方針から、理系大学を目指して勉強することとなりました。
入学したのは東京理科大学の工学部機械学科で、周りは筋金入りの理系人間ばかり。最初は馴染むのが難しかったのですが、体育会系出身の自分とは異なる個性を持った同級生と関わるなかで、人としての幅が広がる経験となりました。
新卒で入社したP&Gでは、消費財の営業をし、転職したGoogleでも同じ営業職に就きましたが、ものを売る営業から今度はGoogleのサービスを売る仕事になりました。
そして、Googleに移って1年ほどたったある日、一人の経営者から、起業へのきっかけとなる「伊丹くん、社長が向いているんじゃない?」という一言をいただくこととなったのです。
当時は29歳。部下を持った経験もありませんでしたが、その一言を聞いた日から、経営者を自分事として意識するようになりました。何気なくおっしゃったことだと思うのですが、不思議と違和感を感じず、「なるほど、たしかに」と思ったのを覚えています。
目の前のことにがむしゃらに取り組み、常に結果を出してきた自負はあります。
「営業力さえあれば食ってはいける」。営業という仕事を通して得たこの自信が、実はとても大きかったんだろうなと思います。
起業し、130名の部下をもつ経営者となった今、「これまでの自分のすべての経験が糧になっている」と心底思います。
今、自分のキャリアに悩んでいる、迷っているという人は、「意識して自分を振り返ってみる」ことをおすすめします。
就職活動では、必ずといってよいほど自己PRの文章を考えますよね。これまでの自分の棚卸しのようなものをすると思いますが、どんどんやってみてください。
すべての経験に意味がある。過去の一つひとつの経験を振り返ることで、自分の強みや弱み、好きなことや得意なこと、苦手なことが少しずつわかるようになるはずです。
やりたい仕事はなくても、スタートダッシュで就職活動を有利に
私自身、就職活動を目前にしても「どんな仕事がしたいか?」の明確な答えは見つからずにいました。
そこで、就職活動はとにかく「初動を早く」をモットーにスタートすることに。
当時、最も難関と言われ、他社に先駆けて選考が始まったのが、日本テレビとP&Gでした。そこで、この2社をターゲットにいち早く活動開始したところ、P&Gから早々に内定をいただくことができ、そのまま入社を決めました。
結果的に、この戦略は良かったと思っています。「初動を早く」活動することも、就職活動を有利に進める一つのポイントではないかと考えます。
伊丹さんの就職活動の勝ちポイントは「スタートダッシュ」
-
選考がいち早くスタートする会社を狙う
-
業界や職種にはこだわらない
-
難関と言われる企業に積極的にチャレンジ
さすが難関就職先と言われるだけあって、P&Gの同期、先輩は本当に優秀な方が多く、向上心もあり、自分自身の成長を実感できる会社であったと思います。
入社後数年は、結果を出すために、自分の目の前のことで精一杯。
P&Gには、「P&Gが」ではなく「P&Gの伊丹が」として価値を提供をしていくのだというマインドが根付いています。営業として毎日取引先の店舗を周るのですが「伊丹が何をすれば良いのか」「伊丹にできることは何か」を常に考えました。
ですから、転職しようなどと全く思ってもいませんでした。ところが27歳のタイミングで、思いもよらずGoogleから転職のお誘いを受けることとなりました。
今後の社会を見据えてベストなキャリアを選択する
結果、すぐにGoogleへの転職を決めたのですが、自分自身は「転職」というより「業界チェンジ」という感覚に近かったです。
当時考えたのは、「P&Gで働き続けてメーカー営業としてキャリアを積むのも良いけれど、この先社会や市場環境はどう変化していくか」です。
インターネット広告の市場が伸びていくのは明らかだったので、「せっかくのチャンス。成長性のある新たな業界に移ってみよう」。
こう考え、迷うことなく決断しました。
Googleに移ってしばらくは、P&G時代の営業と同じようにやっていて、売れない日々を過ごしました。どうすればいいか悩んでいたときに、ある先輩から「決算書をしっかりと読み込んで提案してみたら?」とアドバイスをもらいました。
担当企業の決算書を隅から隅まで読み込み、その企業の課題を解決するような提案に大きく変えてみたところ、売上が一気に伸びていきました。
業界選びから入るな。まずは50、60歳になったときの社会とそこで生きる自分を想像する
さまざまな業界を研究し、自分にはどの業界が合っているかわからず悩んでいる人も多いかもしれません。そこで、あえて言わせていただくと、就職活動で「○○業」から入っていくことに私は反対派です。
「銀行で○○の仕事をしたい」「メーカーで○○の開発に携わりたい」のように、はっきりと決まっている人は別として、ほとんどの人にとって業界探しから入るのは、無茶苦茶難しいと思うからです。
業界について本を読んだり話を聞いたりしたからといって、業界の中のことってなかなかわからないものです。インターンなどに参加した場合でも、業界について完全に理解できるわけではありません。
それよりも、「自分が50歳、60歳になったときの社会を想像することからはじめるべき」。これが私自身の持論です。
業界がどうこうより、まずは日本の置かれている状況を自分なりに考えるのがスタートだと考えています。
たとえば、日本は経済第3位の国ですが、G20の中で生産性が一番低い国だと言われている現実があります。これが意味するのは、無駄な労働を沢山しているということ、つまり一人ひとりの価値が低いと言われているのと同じなわけです。
一方で、DX化は進み国内の人口は減少していきます。人間がやるべき価値ある仕事だけにフォーカスしていくとなったときに、「社会のこれから」を想像することが大事です。
20代、30代の過ごし方を考える人がほとんどだと思います。でも将来的に75歳でも働かなくてはいけない時代になる可能性も高い。もっともっと先を見るべきです。
一生懸命考え、想像してみると、「自分はどう社会と関わっていたいか?」「その社会に対してどう貢献したいのか?」を考えることに自然とつながっていきます。
今やるべきことは、業界を絞ることよりも、先を見越して、「自分はこうありたい」という自分軸をもつこと。その自分軸さえあれば、自ずと道が開けてくると思います。
「本質的」な就職活動が主流に。自分の「好き」を企業選びの決め手にしよう
ここ数年接した学生の皆さんから感じることは、「自分はこうありたい」という自分軸で企業選びをしている人が増えているということです。
5年ほど前であれば、たとえば面接のときに、「大企業に入った場合」「ベンチャーに入った場合」と区別して話をする人がほとんどだったのが、最近は「『この会社』で自分はどう活躍できるでしょうか?」という視点で質問したり考えている人がどんどん増えている印象です。
今現在の業界の括りや、大手・ベンチャーの区別の中で考えるのではなく、ずっと先の社会まで見通して「自分がこの会社で何を習得できるのか」という着眼点で考えていて、なるほど、こんな人が出てきたのかと驚かされるようなこともよくあります。
これはとても本質的な就職活動であって、すばらしい流れです。
それでも最終的に、どうやって企業を見極めれば良いのかとなったときには、直感的に好きかどうかがポイントかなと思います。
仕事を通して社会に貢献していくには、やはり好きであるかどうかは大きな要素。リクルーターなど先輩に徹底的に話を聞いて、好きな会社かどうかとことん深掘りしてみることをおすすめします。
もう一つは、人をよく見ること。入ってみたら「こんな仕事だと思わなかった」というミスマッチは結構起こりがちですが、仕事のミスマッチは意外にリカバーできるもの。一方、人と合わないとやはりつらいです。
会社のビジョン、ミッションをよく見て、接した人たちの雰囲気や様子からよくよく判断してもらいたいと思います。
今後求められる人材は「社会にどう貢献できるか?」を常に考えられる人
今後は、生産性を考えて仕事ができる人が重要となってくると考えているので、この先活躍できる人材は、「自分が社会にどう貢献できるか?」「どういう価値を提供できるか?」を常に考えられる人だと考えます。
その上で、飛躍的に伸びていくなと思う人には3つの共通点があると思っています。
1つ目は、成長意欲の説明がつく人です。ただ「成長したいです!」だけでなく、具体的に何をなぜ成長させたいのか、が明確になっている人は自然と活躍していきます。
2つ目は、問題解決能力がある人です。今後はこれまで以上に、未知の問いを解決していかなくてはならない時代。簡単には答えを導けない難問に対して、思考のプロセスを説明でき、何とか考え出そうと粘る力がある人は伸びていきます。
3つ目は、手数を打つ人。頭で考えているだけでなく、やはり実行力がなければ成長にはつながっていかないと思うので、ひたすらどんどん手を打っていく人がどんどん上に上がっていくなという印象があります。
今すぐに取り組めることとしては、やはり意識的に自分を振り返ってみること。これまでのさまざまな体験を振り返り、自分自身のことを言語化してみたら、自分の強みや少し足りないところ、興味のあることなどが意外にもよくわかってくるものです。
自分自身をよく理解することが、今後活躍できる人材に近づく第一歩だと思います。
取材・執筆:小内三奈