ちっぽけなプライドは心身を壊すこともある|謙虚かつ貪欲に向き合って仕事を楽しもう
山本海苔店 代表取締役社長 山本 貴大さん
Takahiro Yamamoto・1983年1月7日生、東京都出身。2005年慶應義塾大学法学部卒、同年東京三菱銀行(現三菱UFJ銀行)入行、2008年山本海苔店に入社、仕入部配属。翌年より丸梅商貿(上海)有限公司勤務、上海環球金融中心におむすび屋「Omusubi Maruume」出店に携わる。2011年帰国後Singapore髙島屋、三越台北駅前店出店など海外事業に従事。2016年専務取締役営業本部長、2017年専務取締役営業本部長兼管理本部長、2021年7月19日代表取締役社長就任
危機を察知できる経営者になるために
私は1849年創業の海苔専門店を営む家庭に生まれました。そのため物心ついたときには、自分がいつか店を継ぐのだと理解していたように思います。
幼い頃から自然にそう教えられていたせいか反発もなく、むしろ積極的にリーダー経験を積んで会社を率いる準備をしていました。
大学卒業後は、新卒ですぐに山本海苔店に加わるのかほかの企業に勤めて世間を知るべきか迷いましたが、銀行に就職することに。相談に乗ってくれた大学OBのアドバイスを参考にしました。
先輩いわく、「商売は商売上手を雇えば良い、経営すらも経営上手を雇えば良い。でも『これは何か怪しいぞ? 』と危機を察知する能力は身につけておかないといけない。危機を察知できるようになりたいなら、金融の世界。しかし、金融の仕事は顧客の歩く道の落とし穴やぬかるみを踏み固めながら数%の利益をいただく仕事。経営者は多少ぬかるんでいてもジャンプしなければならないタイミングがあるから、金融の世界に10年もいたら経営者になれないよ」と将来経営者になることを見越してアドバイスをもらいました。
加えて、金融の中でも証券は秒のビジネス、信託は10年を超えるスパンのビジネスだと教えてもらいました。いつか卒業して家業に戻ることを考えると、どちらも短すぎ、長すぎです。ちょうどよいスパンでお客様のビジネスにぴったりと伴走できることを魅力に感じ、銀行に就職しました。
「いつか必ず経営者になる」というビジョンのもと、就職先を決めた自分は特殊な例だと思います。しかしビジネスの本質を捉え、そこに自分がマッチするか、学ぶべきものがあるかを考えるのは有益なことだと思いますよ。
信頼できる人への相談でメンタルを守る
銀行での最初の仕事は営業。がっつり「攻め」の仕事です。時代にもお客様にも恵まれ、すぐに業績を上げることができて鼻高々でした。実際、「活躍していた」といっても良いくらいの成績を残して、次の支店へ異動になったんです。
ところが異動先では仕事の内容が変わり、債権の取り立てなど「守り」の仕事に。ここで一気に劣等生になりました。折しもリーマンショックが起こる直前で、銀行はもちろん日本社会全体がシビアな状況。「突き落とされるかもしれないから、駅のホームは真ん中を歩け」と指示されるほど、追い詰められていました。
今思い返せば、うつ状態だったと思います。本当に辛く、感情をなくして過ごす日々でした。それでもプライドが邪魔をしていたのでしょうか、誰にも相談できなかったんです。ここで弱音を吐いたら世間知らずのおぼっちゃんだと叩かれる、失敗を続けたら家業の看板に傷をつけると思うと、ノイローゼのようになりながらも誰にも打ち明けられない日々でした。
そして、もうこれ以上は無理という段階になって、メンターに相談をしました。するとすぐに長期休暇を取るようすすめられ、なぜもっと早く相談しなかったのかと責められました。一方、父親から「最低3年は勤めるように」と言われていたことに加えて、大学OBからの「経営者になるには銀行には長く勤めすぎない方が良い」というアドバイスに従い、退職の道を選びました。
実際、退職後2週間、何の予定も立てず何もせずにいたら、心身は徐々に回復しました。家業を頑張ろうという前向きな気持ちにもなれたのです。
やはり信頼できる人への相談は大切です。もっと早く相談していたら心身がボロボロになることはなかっただろうし、適切なタイミングで休職のアドバイスももらえたのです。周りが見えなくなっているときほど、まずは頼れる人に相談しましょう。人に頼ることも社会人としての重要なスキルです。
目的やビジョンを理解すれば、違う世界の常識でも受け入れられる
子どもの頃から見聞きしていたとはいえ、山本海苔店に足を踏み入れると驚きの連続でしたね。まずは仕入れを覚えることになったのですが、銀行員時代の常識がまったく通用しなかったんです。それどころか、完全に反対といえるほどでした。
たとえば世の中一般のビジネスは、売り手が買い手を接待するのが普通ですよね。ところが当社では、我々が海苔漁師さんをもてなすのです。また、世の中一般の仕入れはなるべく安く買うことがもとめられますが、当社の海苔の仕入れにおいては、より高く買うことに意味があります。貴重な若芽の海苔を来年も再来年も作ってくれるよう、より高額でもとめるのです。
これらは全て、海苔漁師を守り、おいしく品質の高い海苔を守るため。業界全体を維持するために、当社がリーディングカンパニーの一角として、海苔産業を支えていくことが大切なのです。
私も最初は業界の常識になじむのに苦労しましたが、その意義や目的、ビジョンが理解できれば受け入れることができました。どんなビジネスでもキャリアでも、自分の常識とはまったく違う価値観に出会うことがあります。そんなときこそ、大きな懐で受け止められるマインドを持ちたいですよね。それが次の成長へのステップになります。
1人ではなく、仲間がいるからこそ挑戦できる
海外拠点での営業や百貨店への営業などさらなる修行時代を経て、より深く経営にかかわるようになると、現在の会社の状況は決して楽観できるものではないと分かりました。銀行に就職したときに目標とした「危機を察知できる」能力が、早速活かされたのかもしれません。しかし、当時社内にその気持ちを共有してもらえる人はいませんでした。
危機感を持って変わっていかないと、会社を続けることができない。その認識を共有したいと思い、初めて会社の状況を従業員に公開しました。ショックを受けて辞めてしまう人がいるのではないか、逆にモチベーションやロイヤリティが下がってしまうのではないかと父親は心配していましたが、社員はしっかりと理解してくれて、むしろ結束が強まったのです。
もし伝えたいことが伝わっていないなら、伝えた方が悪いと思っています。だからこそ、伝わるまでもっと工夫しなければといつも考えています。
自分を支えてくれて、状況を理解して同じ方向へ向かってくれる従業員という仲間を得たから、さまざまなことに挑戦できています。一人で決算書類を見て震えていたことが嘘のよう。やはり挑戦には、後ろ盾となる仲間が必要です。自分一人で切り抜けようとしないでください。志を分かち合える仲間を作りましょう!
謙虚で貪欲かつ楽しくあれ
社会人としてもとめられるのは、謙虚な姿勢、貪欲な好奇心・向上心、そして楽しくやれるマインドだと思います。これはどんな業界であっても変わらないでしょう。
中国の思想家 孔子の言葉をまとめた『論語』の「知好楽」という言葉があります。孔子の意図するところとは少し異なりますが、私は知ることで好きになるし、好きならもっと楽しめる! と思っているので、「知→好→楽」だと思っています。
学ぼうとしているときこそ、謙虚な姿勢が問われます。さらに学びを深め、先へ行くには、貪欲さも必要です。当社が採用のスローガンとして掲げている「謙虚で貪欲」な人材は、それゆえに楽しくキャリアを積み重ねていけると思います。
理想を体現するイメージを胸に
私の現在の夢は「山本海苔店の保育所の所長」です。これは半分冗談で、半分本気です(笑)。保育所の所長という言葉の裏にあるビジョンが、会社のあるべき姿を指しているからです。
まず、保育所があるということは、女性や子育て世代が働きやすい環境だということ。多様な人材がのびのび働けるように整えていくことは急務です。さらに保育所を作るだけの、経済的・人的余裕があるということも会社の理想の姿です。
また、経営者である自分が一歩引いた“保育所の所長”の位置にあっても、会社が回るようになっているとしたら、それは非常に自律的な組織だといえるのではないでしょうか。今私は、自分自身の成長はもちろん、人を教え育てるためのリーダーを育成しようとしています。人の育て方を教えられる人がいれば、会社は永遠に成長できると思っているからです。会社にとって人材は何より大切ですからね。
全ての理想的なビジョンを象徴的に表せるのが「保育所の所長」という言葉、ということです。理想をしっかりと描いて、それを象徴する言葉やイメージを持つ。これがビジョン達成を支える力になると信じています。
取材・執筆:鈴木満優子