どんな環境に身を置くかで、仕事の価値観は大きく変わる|与えてもらうことばかり考えず、人や社会に与えられる人間になろう
てっぺん 代表取締役 和田 裕直さん
Hironao Wada・エコール辻調理師専門学校卒業後、渡仏。三ツ星のフレンチレストランRegis et Jacques Marcon(レジス・エ・ジャック・マルコン)で修行を積んだ後、都内の一ツ星レストラン Le jeu de l‘assiette (ルジュー・ド・ラシエット)(現 à nu, retrouvez-vous(ア・ニュ・ルトゥルヴェ・ヴー))に務める。1年半の経験を積んだのち、てっぺんに入社。総料理長や店長兼任を経て、2015年に代表に就任し、現職
「社長になりたい」と志した中学時代。最短ルートだと感じた飲食業界へ
仕事における価値観が形成された最初の出来事は、小学生の頃に新聞配達のアルバイトをしてお金を稼いだことです。
小学生からアルバイト? と驚く人も多いかもしれませんが、祖父が農家だったこともあり、仕事を手伝ったらお金をもらうということが当たり前の感覚としてある環境でした。ある時、お小遣いがもっと欲しいと父に伝えたところ「なら働けば良い」と言われ、始めたのがきっかけです。
小学生ながら2万円を稼いでおり、お小遣い稼ぎが日々の生きがいになるほど。貯めたお小遣いで福袋を買い占め、個々の商品をバラして同級生たちに分けて売る、なんてこともしていましたし、1000円札を眺めながら「これを1万円札にするにはどうしたら良いのだろう? 」などと考えるくらい、お金が好きな子どもでした(笑)。
中学生になってからは、バスケットボールに没頭。ある日の大会の帰り、父から「将来どうなりたい? 」と聞かれたことがありました。「俺は社長になりたかったが、夢を諦めた人間だから。お前は夢を追って好きなことをやったらいい」と言われ、漠然と「社長になりたい」と思ったことを覚えています。
「自分が社長になれば、父の夢も叶えられるのだな」と思い、高校生になる頃には、社長になることが将来の夢になっていました。この夢を持ったことが、2つ目のターニングポイントです。
その後、東海大学附属高校にトライアウトで進学し、バスケットボール漬けの毎日を過ごしていました。全国大会にも出る強豪部だったので、大学進学もエスカレーターで約束されていたのですが、「社長を目指すなら時間がもったいない、専門学校でスキルを身に付けよう」と決意して、学校を飛び出すことに。
手っ取り早く社長になれる業界として目を付けたのが、飲食業界です。モノづくりも好きだったので、「料理人になれば飲食店の経営者になれる」と思い、調理師の専門学校に進みました。
いきいきと働けなかった新人シェフ時代。当社に出会い、その場で転職を決意
卒業後はフランスに渡り、三ツ星料理店などで1年半の修行をしました。帰国後は都内の一ツ星レストランに就職しましたが、当時の私は死んだ魚のような目をしていました。
フレンチの世界に飛び込んでしばらくして「自分はフランス料理もワインも特別好きではない」ということに気づいてしまって。でも「いずれ独立して、オーナーシェフになって金持ちになれるはず」と自分を納得させながら日々を過ごし、週1日の休みのために働いているような毎日でした。
そうして1年半が経った頃、独立する先輩からお誘いを受けました。付いていくか、会社に残るか、自分で独立するかという3択で悩んだ挙句、付いていこうと決意。私は良くも悪くも誘いに弱い性格で、「和田と一緒に働きたい」と言ってもらったことに心を動かされたからです。
そうして、3カ月後に店を移るという話になっていた頃、人生を大きく変える出来事がありました。当社、てっぺんとの出会いです。
渋谷にある居酒屋店舗に友人が連れて行ってくれたのですが、お店の雰囲気やスタッフの仕事姿勢を目にして、大きな衝撃を受けたのです。私はフランス料理店でいつもシェフの顔色を見ながら仕事をしていたのですが、てっぺんのお店では、スタッフ皆がお客様の顔を見ながら仕事をしている。同じ飲食でもまったく違う世界があるのだと知り、同時に強い憧れの念を抱きました。
修行中はフレンチのレストランにばかり通っていたので、居酒屋に足を踏み入れたのも人生で初めてのことでした。「自分はかしこまった食事をする人間ではない、ジョッキ片手に夢を語れるような居酒屋の空気感のほうが合っている」と強く思ったことを覚えています。
いきいきと楽しそうに働いているスタッフの姿にもすっかり魅せられてしまい、「ここに入りたい! 」とその場で決心しました。22歳の頃でしたが、ここがキャリアにおける3番目のターニングポイントです。
念願だった社長に就任。しかし人間性の未熟さからスタッフの心が離れ、お店が窮地に
同じ飲食の世界とはいえ、あらゆる常識が異なっていたので、入社後はゼロからスタートする感覚で必死に取り組みました。おいしいものを提供することは大前提として、世の中の働く人たちが、ここに来れば「明日もまた頑張ろう」と思える、目に見えない活気のようなものを提供したい、そんな思いでひたすら店づくりに励みましたね。その甲斐あって、すぐに総料理長という立場を任せていただきました。
当時のてっぺんは「独立道場」というメッセージを掲げていたので、独立志向のメンバーが多く集まっていました。幹部社員が一気に独立していくタイミングで、私も独立を考えたのですが、「皆が抜けたらお店をやる人がいなくなる、自分は残ろう」と決意。するとしばらくして、前代表から「私の後任をやってみないか」と打診をいただいたのです。
これも一種の独立だと思えたことから、28歳のタイミングで代表職を拝命。思いがけないタイミングで、幼少期からの夢だった社長になることができました。
とはいえ、それからの日々は順風満帆ではありませんでした。特に社長になって2年目は、キャリアのなかで一番しんどかった時期です。売上を上げることにしか意識を向けていなかったので、会社の理念や仲間のことに思いが及ばず、理不尽な指示ばかりしていました。人として極めて未熟だったのですが、そのことにすら気付けていなかったのです。
しかしスタッフに「社長が怖くて意見を言えない」と泣きながら言われたり、会社のNo.2が辞めたいと言ってきたりしたことで、ようやく「自分が変わらなきゃいけないんだ」と目を覚ますことができました。
心を入れ替え、「何があっても不機嫌にならない」「感情で当たらない」「スタッフの前では明るく元気に振る舞う」という3カ条を自分に固く誓い、そこからはお店の状況が好転していきました。仕事姿勢を大きく変えるきっかけとなったこの出来事は、キャリアにおける最大のターニングポイントと言えるかと思います。
環境次第で人は大きく変わる。「自分が身を置きたいと思える環境」を探し出そう
このような経験をしてきた私から一番伝えたいのは、「環境次第で人は大きく変わる」ということです。
「類は友を呼ぶ」ということわざどおり、夢や目標を語ることができる仲間たちのところに身を置けば、自分もそうした人間になれる確率が高まります。逆もしかりで、仕事や会社の愚痴ばかり言っているような人たちのところにいれば、いつの間にか自分も染まってしまう可能性が大きいのです。
また「心から熱中できる職業にどれだけ早く巡り会えるか」によって、キャリアの充実感は大きく変わります。1日でも早くここだと思う場所を見つけて、そこでキャリアを積み上げていけるのがベストだと思います。
就職活動においては「どんな環境に身を置きたいか」を熟考してみることが大切。飛び込んでみた場所で、もし「ここは違うな」「この環境にいる自分が好きじゃない」と気づいたら、あくまで私の考えですが、その場所で長く耐えるよりも、転職をして環境を変えることも必要な気がします。
現状に満足できないとき、それを解消するには「自分がいる環境自体を自分が変えるか」もしくは「居場所を変えるか」の二択しかない、というのが私の持論です。若いうちは自分の力で環境自体を変えるのはなかなか難しいので、居場所を変えるほうが近道だと思いますよ。
ただ語弊が生じてしまったら申し訳ないですが、転職を進めているのではなく、「自分の環境を俯瞰して見る」ことが1番大切です。夢や目標に向かって頑張れる環境なのか否かを考えると、転職して環境を変えることも悪くないと捉えてほしいです。
ここだ! と思える場所や熱中できる仕事を見つけたら、逆に今度は簡単に辞めないでほしいですね。
つらいと思うときは、最初の気持ちを思い出してください。人は日常生活を送っていると、夢や人生目標のようなものをつい忘れてしまいがちですが、「そもそもなぜこの仕事を選んだのか? 」「なぜこの会社に入ったのか? 」という原点を振り返ると、頑張る力が湧いてくると思います。
また、うまくいかないときは「自分の力でこの状況を変えるんだ」と決心することも大切です。決心ができれば、そこからは「どうすれば状況を変えられるか」を具体的に考える目線になっていき、行動を続けるなかで壁は必ずクリアしていくことができます。
社員たちにも常々「ゆくゆくは池の色を変えられる人間になれ」と伝えていますが、ここだと思える熱中できる仕事や会社を見つけたら、根気強く取り組み、ぜひ自分の手で環境を変えられる人間に成長していってください。
会社の良いところばかりを見ないこと。「大変でもそこで頑張りたいか? 」を自分に問うてみよう
「どういう環境に身を置きたいか」は、言い換えれば「どういう人と働きたいか」ということでもあります。世間の評価や他人の意見ではなく、自分が「この人(たち)と働きたい」と思えるような出会いがあれば、会社の規模が大きかろうと小さかろうと、その出会いは大切にしたほうが良いと私は思いますね。
目が覚めるような出会いではなくとも、「自分は本当にこの人たちと一緒に働けるだろうか? 」という目線で、面接官を判断してみるのもおすすめです。話す内容はもちろん、言葉遣いや態度、振る舞い、靴や身だしなみなどから、何かしら感じ取れるものがあるはずです。「ありがとう、ごめんなさいを言える」といった人としての基本姿勢があるかどうかでも、面接官や先輩社員の印象は大きく変わると思います。
どんな人材教育をしているのか、会社が出しているメッセージにも注目してみるのもおすすめです。育成や仕事の指示をする際に、なぜその目標を追うのか、なぜその仕事をやるのか、それによってどんな自己成長が待っているのかをきちんと合理的に示してくれる会社であれば、納得して仕事に取り組みやすいと思います。
ファーストキャリアは「その先の人生が発展するかどうか」を左右する場所とも言えるので、良いところも大変なところもちゃんと見ておくことが大切です。良いところばかりを見て会社を選んでしまうと、入社後、高い確率でギャップを感じると思いますよ。
会社選びで確かめておきたいポイント
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その環境や周りの人たちと本当に一緒に働きたいか
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その会社や仕事の良いところだけでなく、大変さもちゃんと理解できているか
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人材教育の方針はどんなもので、合理的な説明や丁寧な説明をしてくれるか
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若手でもチャレンジができて、仕事のやりがいや自分の存在意義を感じられるか
当社の採用や育成においては「あなたを変えることはできないけど、あなたが大きく変わることができる環境は用意しているよ」というスタンスを伝えています。
そして面接時間の大半を使って「この仕事のどんなところが大変なのか」を正直に話したうえで、最後の10分間で「だけど、こういう環境があって、こんなふうに成長できるよ、それでもよければぜひ来てください」と伝えています。
こちらから合否はつけません。自分で「この環境で頑張れるかどうか」を判断し、決心をしてもらったほうが、入ってから能動的に頑張ることができるからです。
子どもの頃、親にやらされた習い事を頑張れなかった人は少なくないはず。それとまったく同じことです。「やらされる」という姿勢で仕事をする人間にならないためにも、スタート地点から自分の意思でキャリアを決める、ということは大切だと思います。
また、最近は「やりがいや存在意義を感じられるか」にキャリアの価値を見出す人が増えている実感があるので、若手にチャレンジの機会を与えてくれる会社かどうか、という点も確かめておくといいかもしれません。当社の若手社員たちも、新しいチャレンジの機会を任せると目の色がみるみる変わっていくので、見ていてとても嬉しく、頼もしく感じています。
社会で活躍する人材になりたいなら、先に与えられる人間になること
社長になってから8年ほどが経ちますが、今が一番楽しく、充実しています。
最近わかってきたのは、私は絶対に個人事業主はできない、ということ。ひとりで事業をやっている人はすごいなと尊敬しますね。目標達成をしても一緒に喜べる仲間がいなければ楽しくないですし、仲間たちと皆で喜んで、悲しんで、チームで仕事をできることに一番の充実感を感じます。中学や高校で熱中していたチームスポーツの楽しさと近い感覚なのかもしれません。
前代表や今の仲間など、人との出会いに恵まれてきました。時には人間不信になるような出来事もなかったわけではありませんが、「人間は完璧ではない」とある種の諦観を持つようになり、人の持つ弱さを含めて、誰かと一緒に働くことを心から楽しんでいます。
自分がこういう人間だと腹落ちしたのは、経営塾にて自分のキャリアを振り返ったのがきっかけです。年齢を重ねるうちに見えてくるものもありますが、自分の理解を深めないことにはキャリアを自分で決めていくことは難しいと思うので、若い頃から「自分はどんな人間なのだろう? 」という目線は常に持っておくことをおすすめします。
自分の志向を知りたければ、何かに取り組む際に「本当にそれをやりたいの? 」という自問自答を続けていると、なんとなく見えてくるかもしれません。
私のこれからのビジョンは、今いるメンバーたち一人ひとりを成長させ、それぞれの夢や目標を後押しすること。最近は新しくサウナ事業を立ち上げており、飲食業界に限らず、志ある多くの経営者を創出できる会社に成長させていきたいです。国や会社に守ってもらおうという姿勢では生き抜けない時代になっているので、自分の力でサバイブできるたくましい生命力を、当社で身に付けて卒業していってほしいと思っています。
ただし、そのためには「与えてもらう人間ではなく、与える人間になる」という意識を持つことが必要です。人生がうまくいかない人の共通点は、与える前にもとめること。価値ある人間になりたいならば、誰も自分を褒めてくれない、認めてくれないと悩むより、目の前のゴミを拾う習慣を身に付けたほうが、近道になるのではないでしょうか。
誰に褒められるためでもない、そうした善意の行動の積み重ねは、ふとしたときに現れるものです。誰も見ていないところで、ゴミを当たり前に拾ってさっと捨てられる人がいたら「この人は将来有望だな」と私は感じます。
人や社会に何かを与えることができる人間にならない限り、人や社会から与えてもらう人間にはなれない。このことを心に留めておくと良いと思います。
取材・執筆:外山ゆひら