事故を経たことで見つけたキャリア観|自分のアイデアを気に入ってくれる人は世界のどこかに必ずいる
ワントゥーテン 代表取締役社長CEO 澤邊 芳明さん
Yoshiaki Sawabe・学生時代にバイク事故に遭い、手足が一切動かない状態となる。大学卒業後の1997年、ワントゥーテンを設立し現職。個人として東京オリンピック・パランピック競技大会組織委員会アドバイザー、日本財団パラリンピックサポートセンター顧問なども務める
人生計画が狂う大事故に遭い、本当に自分のやりたいことを見つめ直せた
「やっぱりクリエイティブな仕事がしたい」。18歳の折、大事故を経て、私は初めて正直に自分の気持ちに向き合うことができました。将来を選べない立場になったことが逆に人生を見つめ直すきっかけとなり、キャリアにおける最初のターニングポイントと言えるかと思います。
それまでは「自分の偏差値に合っていて、就職活動に有利な通いやすい大学に入って就職先を考えればいい」という安直な考えで、たいして好きでもない化学系の学部に進学していました。しかし手足が動かない状態になり、人生計画が大きく狂ってしまったのです。
30年以上前のことなので、体が動かない状態で一般的な企業への就職は考えられませんでした。研究者も体力が必要なので「この体ではできないな」と思いましたし、よくよく考えれば、顕微鏡を覗く仕事がしたかったわけでもない。そうして自分と向き合うなかで、幼少期から絵を描くのが大好きで、美術大学への進学も考えた時期があったことを思い出したのです。
「名前が通っているから」「将来安泰そうだから」といった要素で進学先やキャリアを選んでいる学生の人は、今でも少なくない気がします。私も昔はそうでしたが、自分がやりたいクリエイティブな仕事をしようと決心したことで、今のキャリアを築いてこられたので、これから社会に出る人にも「自分の心に素直に生きたほうがいいよ」というアドバイスを贈りたいですね。
「三つ子の魂百まで」ということわざもあるように、人は子どもの頃、好きになったものはそうそう変わりません。やりたいことに素直に向き合うこと、そしてやりたくないことはやらないと決めることも、キャリアを選ぶうえで同じくらい大切だと思います。
PCとの出会い。独学でWeb制作を続けるなかで起業を決意
事故後のリハビリがきっかけで、手足が動かなくてもクリエイティブなことができるPCというツールに出会ったのは、2つ目のターニングポイントと言えるかと思います。1990年代はPCやインターネットの黎明期で、これ以前に事故に遭っていたら今のキャリアはなかったと思うので、かなり運が良かったです。
大学復学を果たしてからは、すぐにMacを購入。22歳になると今のようなマウスとアイコンで操作できるPCが登場し、圧倒的なユーザビリティの高さに驚いたことを覚えています。まるで水を得た魚のように寝る間を惜しんでPCを触っていたので、学校の勉強が負担になり、「卒業制作では専門とは違うテーマを扱わせてほしい」と先生にもお願いしました。今でいうeコマースのシステムを制作し、無事に卒業することができました。
卒業後は知人の依頼でポスターやサイト作成を続けているうち、評判が評判を呼んで仕事が舞い込むように。ハナから普通の就職活動は考えていなかったので、そのまま24歳で当社ワントゥーテンを起業。起業という選択肢を選んだことは、3つ目のターニングポイントです。
当時のインターネットはまだまだ最先端で、今でいうビットコインやブロックチェーンのような存在でしたが、海外ではシリコンバレーやIT長者がもてはやされるようになり、私が住んでいた京都でも少しずつスタートアップ企業が生まれ始めている時期でした。
「朝日デジタル広告賞」で2年連続ファイナリストに選ばれたことも、起業の決心の後押しにはなりましたが、大学の同級生のなかで起業という道を選んだのは、片手で数えるほどしかいません。誰もが大企業に入ることを目標にしているような時代だったので、かなりアウトローなキャリア選択だったと思います。
仲良し集団から組織としての会社に成長。コロナ禍の危機を乗り越えるまで
起業後は順風満帆に事業を拡大。IT業界の勢いもあり、社員の数も増えていきましたが、創業8年目頃、社内で派閥争いが勃発して社員の大多数が辞めてしまう、という出来事が起こったのです。かなり属人的に仕事をしていたので「〇〇さんが辞めたら仕上げられない」という案件が多数残り、しばらくはその対応に奔走しました。
それまでは仲良しグループやサークルのノリを引きずったような集団でしたが、社員が出たり入ったりしてもビジネスを安定させられる状態を作らなければ、お客様の信頼は得られないと痛感。「一人ひとりのスキルに頼るのではなく、1つのスキームとしてしっかり組織化させなければいけない」と気づきました。経営や仕事の責任について真剣に考えるきっかけになったという点で、この出来事は4つ目のターニングポイントと言えるかと思います。
Web制作の会社からスタートしましたが、2010年代になりスマートフォンが登場。これにより、IT業界はWeb制作からアプリ開発が主戦場になっていきました。ただ当社はその流れに乗らず、「狭いスマートフォンの画面のなかよりも、もっとクリエイティビティを自由に表現できる広い空間はないか」と探した結果、VR(仮想現実)やプロジェクションマッピングに注目。体験型のコンテンツづくりに舵を切りました。ここが5つ目のターニングポイントです。
しかし2020年、コロナ禍が直撃。パビリオンや展示会などでの体験コンテンツ制作に事業を振っていたことが、一時的にマイナスに作用してしまったのです。それまで動いていた案件がほぼ全滅となり、今後の事業の方向性についての難しい選択に迫られました。
このとき、私は「ハイプ・サイクル」を参考に考えました。ハイプ・サイクルを簡単に説明するならば、注目のテクノロジーは一気に期待感を持たれて大きなトレンドになるものの、その後一旦衰退し、そこから残るものは安定期に向かっていく……というサイクルのことです。
今年はChatGPT(チャットジーピーティー)がトレンドを席巻していますが、来年はもう別のものに注目が移っているかもしれません。「速いサイクルで回り続けている世界だからこそ、会社を安定させるには普遍的な事業をやる必要がある」という結論に至り、2つの決定を下しました。
ひとつは、リアル世界でのデジタル体験プロデュース事業を継続すること。コロナ禍が落ち着けば、世の中の人の動きは活発になり、インバウンドも確実に戻ってくる。学びや知育、スポーツの分野などでも、体験ベースのデジタル技術は今後も必要とされると考えます。
もうひとつは、オンラインだけで完結する体験をサービス化すること。以前はリアルな世界にこだわり続けていましたが、そのこだわりをなくし、プラットフォームのビジネスを立ち上げました。
そうして2023年3月現在は、2つの事業のどちらもが花開いています。一時期落ち込んだ反動もあってか、最近は特にリアルなXRのニーズが一気に戻ってきています。
曖昧に話すのは保険をかける行為。自分の意見をはっきり言える人になろう
私がこれからの時代に活躍すると思うのは、間違っていてもいいから「こうしたい、こうありたい」と自分の意見をはっきり口に出して説明ができる人です。
相手に何かを伝える場面で、ぼかしたまま説明してしまう人は思いのほか少なくありません。「自分の言っていることが間違っていたら嫌だな、反対されたらどうしよう」といった不安があるからだと思います。
しかし間違っていても一旦、自分の考えを伝えきってみてください。「自分の絵を描き切ってみる」という習慣を身に付けるには、学生時代のうちから、企画書を書いてみる、プレゼンをする、といった経験を積み重ねておくと良いと思います。
ただし「思いついたアイデアを10個上げました」といった企画書では意味がありません。アイデアは1つか2つに絞って、それを深掘りしてみてください。10個もアイデアを出すと保険をかけてしまい、「読み手側がどれか良いアイデアを選んでくれるだろう」と相手任せになってしまうからです。
自分が自信を持って進めたいことはなんなのか。間違っていてもいいから、それを一度とことん突き詰めてみて、人にきちんと伝えてみてください。当社の社員たちにも、「解像度を上げて、輪郭をしっかりさせた意見を聞かせてほしい」とよく伝えています。
自分で突き詰めてみたアイデアが、プレゼンした相手にピンと来ないこともあるでしょうが、「失敗した」と受け取る必要はありません。人はそれぞれ価値観が大きく違うので、正解とするものも違います。自分の意見やアイデアが目の前の相手には響かなかったとしても、他の誰かしらには響く可能性があるということは知っておいてほしいですね。
就職活動を始めるにあたって明確なものが見つかっていない場合は、アルバイトでもインターンでも構わないので、まずは「世の中にどんな仕事があるのか」について知ることに努めてみてください。
ファーストキャリアは特にいろいろな選択肢があるところに入ってみて、いろいろなことを経験させてもらえる会社に入ってみるのがベスト。いろいろな経験をさせてもらうなかで「ここだ」という領域を見つけたら、2社目、3社目に移っていけばいいと思います。
ただし、一度進む方向性を決めたらコロコロ変えないことが大切です。ビジネスにおいて「継続」の力は大きく、コツコツやってきた人が勝つ世界だからです。
20代でいろいろな世界をひととおり見て方向を決めたら、30代は20代で決めたことを熟成させる期間にする。30代をどう過ごしたかによって、40代が決まってきます。人脈も経験も知識も得て、専門性を持って社会で活躍しているビジネスパーソンを目指すならば、遅くとも30代のうちには専門領域を見つけて、自分の強みを持っている状態で40代を迎えられるよう意識してみるのがおすすめです。
あくまで私の意見ですが、40代になってからも迷い続けている状態だと、そこから確固たる道を見つけるのは至難の業だと思います。
知ったかぶりには注意! 「わかったつもり」は成長を止めてしまう
最近の若い世代の人と話していると、頭が良い人が増えていると感じます。多くの情報に触れている分、知識量はものすごく持っている。ただその反面、何でもすぐジャッジしてしまう傾向があるようにも感じています。
成長したいならば「わかったような気にならないようにしよう、決めつけないようにしよう」ということは意識しておくと良いかと思います。無知の知という言葉もあるように、「自分はよくわかっていない」と思いながら物事を見たほうがスポンジのような状態になり、知識をたくさん吸収できます。年齢を重ねれば重ねるほど、わからないことが多くなる、と私などは思っています。
併せて、意外と軽んじられがちですが、「マナーや振る舞いは自分を守ってくれるよ」ということも強く伝えたいメッセージです。丁寧に接し、この人はちゃんとビジネスマナーがあると思われることは、翻って自分のためになります。
これは私も起業してから学んだことです。若くして創業したので一人前に扱ってもらえないことは多々ありましたが、「失礼に失礼で返すのはガキのすることだ」と思い、よりいっそう大人の態度を心掛けていました。大抵の相手は、高い確率でこれで態度を改めてくれます。
集団のなかでの振る舞いも、おろそかにしないことが大切です。仕事は人と一緒にやっていくものなので、どんなに優秀でもエゴイスティックになってチームで浮いてしまう人は、キャリアのなかで壁にぶつかりがちです。
上記は本の一部ですが、私が事故に遭ってから20代で感じたことについては、2022年8月発売の拙著「ポジティブスイッチ 絶望からの思考革命」にも詳しくつづっているので、興味がある方はぜひ読んでみてください。
澤邊さんが若い世代の人に伝えたいこと
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物事をわかって気でいると、それ以上の学びは得られない
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マナーや振る舞いは、自分自身を守ってくれる
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どんな仕事にも「人とうまくやっていく力」は不可欠
皆の目が輝き、プロジェクトの熱が帯びる瞬間にたくさん出会っていきたい
日々の仕事のなかで私が一番充実を感じるのは、プロジェクトが一体感を持っている瞬間。メンバー全員が目を輝かせているような、エネルギーが集中した状態になっているときです。この状態に達するのは簡単ではないですが、年に1〜2回はそのような瞬間に出会えますね。
プロジェクトが熱を帯びた状態を作るためには、最初にしっかり合意形成ができていることが重要だと考えています。メンバー全員が「何のためにこれをやっているのか」を理解し、意味があることをやっていると納得できていないと、真に団結することは難しいです。その観点でも「当社のビジョンに共感してくださる方と一緒に働きたい」という思いが強いですね。
経営者として壁にぶつかることも多々ありますが、悩みは早い時点で切り分けてしまい、ストレスを溜めないことは意識しています。「その悩みが解決できるものなのか、解決できないものなのか」を早々にジャッジし、解決できる可能性があると感じる悩みは、どんどん人に相談して解決のヒントを集めます。
一方、解決できない類の悩みであれば「悩むのは時間の無駄」と考え、大好きな海に出かけます。波や夕陽を見ていると瞑想状態になり、大自然のスケール感との対比もあって「たいした悩みじゃない、忘れてしまおう」と思考の彼方に飛ばしてしまいます。
パンデミック、災害、戦争など未曾有の出来事が起こるなかで改めて感じているのは、「人間は多くの問題を抱えながら、多様性のなかで生きているのだな」ということ。人々のリアルな行動が制限されるなんてことが、本当にありえるのだなと身をもって知りました。
将来性のある業界については、冷静に見れば宇宙ビジネスなどは隆盛になるでしょうし、日本に住みながらグローバルに戦いたいならゲーム業界なども有望かもしれません。ただ「健康で若々しくありたい」といった普遍的な人間の欲求もまだまだ満たされてはいないので、今後もニーズがあり続けるだろうと思う業界はたくさんあります。エネルギー関連も伝統ある業界ですが、根本的な課題解決は為されていないので、ブレイクスルーが起こる瞬間はある気がします。
私自身は18歳の頃から相変わらず、デジタル技術の世界に魅了されています。体が動かなくなったとき、初めてインターネットを触って「自由だ」と思ったあの感覚を、世界中の人に届けたい。これが今後のキャリアでかなえたい最大のビジョンです。
オンラインのなかにも空間や都市が生まれ、そこに接続できる新しいツールもどんどん登場してくるでしょう。自分たちのツールやソフトウェアで、世界中のコミュニケーションを潤滑にすることに貢献していきたいですし、デジタルツインの世界を生み出してみたいです。
デジタルツインが浸透した未来を展望しながら仕事がしたい人、当社の事業に興味がある人には、ぜひ仲間に加わってもらえたら嬉しいです。
取材・執筆:外山ゆひら