仕事の報酬は仕事|就“社”活動ではなく就“職”活動でプロフェッショナルを目指そう
ファンドクリエーショングループ 代表取締役社長 田島 克洋さん
Katsuhiro Tashima・大学卒業後、大手証券会社に入社。支店営業を経てジョージタウン大学法律大学院に企業派遣され、ニューヨーク州弁護士資格を取得。帰国後は経営企画部門勤務を経て再びニューヨークに渡り、ヘッジファンドの開発・運用を統括。2000年にブティック型証券会社に転職し、その後、急成長の不動産ディベロッパー企業のグループ会社社長に就任。2002年12月にファンドクリエーションを設立し、以降現職
配属先に落胆した新人時代。成果を出すことで社会人留学のチャンスを掴んだ
キャリアにおける最初のターニングポイントは、高校時代に1年間留学をしてアメリカ社会に触れたことです。
アメリカは自分で物事を考えて行動に移すことを大事にしている社会で、見ず知らずのホストファミリーのもとで暮らしたことを含め、その後のキャリアにつながる「積極的に行動する姿勢」「教科書どおりではない発想力」を養うきっかけとなりました。帰国して大学に進んでからも、経験値を高めようと積極的に行動をしたことを覚えています。
私が社会に出た1988年は「24時間戦えますか? 」というCMのキャッチコピーが話題になった、日本経済の絶頂期でした。就職活動では「せっかく働くなら、自分で能動的に動いて付加価値が生み出せるような仕事がしたい」という目線で業種を検討。活躍したい! 羽ばたきたい! という思いもあったので、ヒエラルキーがはっきりしている業界ではなく、実力次第で若くてもチャンスが巡ってきそうだと思えた証券業界に進もうと決めました。
景気が良かったこともあり、当時は多くの大手証券会社がMBA取得などの名目で、海外の大学院に社員を送り出していました。私が入った会社も毎年10人以上の社員を企業派遣留学生に出しており、私もその枠に入りたいという目標を持って入社。2年目に留学生試験にチャレンジし、最短で留学を果たすことができました。
ただ、すべてが順調だったわけではありません。入社直後に熊本支店への配属が決まったときには少し落胆を覚えたのも事実です。英語が多少得意な自覚があったので、本社の国際部門へ行けるかなと期待していたからです。入社前の話と違うという思いもありましたが、「ここで頑張っていればまたチャンスがやってくるかな」と気持ちを切り替えました。与えられた場所で腐らずしっかりと成績を出したからこそ、留学のチャンスを掴めたのだと思います。
これは一例ですが、キャリアは得てして思い通りにはなりません。しかし思いどおりにならないときにどういう生き方をするかが、その後のキャリアを大きく分けます。良いキャリアを歩むためには、気持ちを立て直す力、切り替える力が何より重要であることは、学生の人にも伝えたいメッセージです。
アメリカの金融業界に刺激を受け、意義あるファンド商品を作ろうと決意
晴れて留学生試験に受かったあとは、与えられた機会を最大限有効活用しようと考え、既に社内に沢山いるMBAの資格取得ではなく、あえてロースクールを選択し、ニューヨーク州の弁護士資格取得にチャレンジすることに。米国法を必死に勉強した結果、無事に社内第一号でニューヨーク州弁護士資格を取得することができました。
その成果を認めていただけたのか、帰国後は本部の経営企画部門という会社の中枢に行けることとなりました。3年ほど社長・副社長といった経営の中枢となる方々のもとで仕事をし、30歳前後という若い時期に大企業の経営の在り方や実態に触れる機会を得ることができましたね。
その後金融商品を開発する部門に異動。そのころ注目を集めていたヘッジファンド事業の立ち上げをニューヨークのウォール・ストリートでおこなうこととなり、最先端の金融手法を用いた運用チームを統括することとなりました。
アメリカでは多くの学びが得ることができました。日本で支店営業をしていた新人時代、どこの会社もあまり違いのない投資信託商品を販売していることや、良いパフォーマンスが出せている商品が少ないことが気になっていました。しかしアメリカに渡ってみると、心から「こういうものが扱いたい」と思えるような最先端の金融商品がたくさんあったのです。
ウォール・ストリートは世界の頭脳が集まって切磋琢磨しあっている場所で、良いファンドは生き残り、パフォーマンスが出ないものは淘汰されるという競争原理がしっかり働いている。日本のファンドビジネスは何十年も遅れているという危機感を覚えました。
そうして「投資家に喜ばれるおもしろいファンドを作りたい。お客様にお願いして買ってもらうファンドではなく、お客さまが並んでも買いたくなるような、営業の人が自信を持っておすすめしたくなるような商品を扱いたい」という志を持つようになったのです。
「感謝」と「謙虚さ」。人間の基本こそが人脈をつくる
しかし1997年、四大証券の一角と称された大手証券会社の山一證券が倒産するという大事件がありました。同年、アジア通貨危機の影響により平成不況に突入。私が取り組んでいたファンドも撤退を余儀なくされ、帰国することになりました。
帰国してからはその後のキャリアを考えました。当時35歳でしたが、社内を見渡すと最短でも45歳前後で部長になるのが同社で考えうるキャリアビジョンだったので、「若く貴重な10年をなんとなく過ごすより、外に飛び出してみよう」と決意。小規模なブティック型の証券会社に移ることにしました。
そこで2年ほど経験を積んでから、不動産ディベロッパーの企業へ。ここでも自ら企画書を出して毎月分配型のファンドを立ち上げ、大きなチャレンジをさせてもらえることに。目標には届かなかったものの、自分としては70点の成果を出せたと思っていましたが、会社側からはその評価をもらえず、退職を余儀なくされました。
いろいろと思うところはありましたが、会社の悪口はひと言も口にしていません。チャンスをくれたこと自体には感謝していましたし、素直に自分の努力不足だと反省し、「この出来事も、ある意味チャンスなのではないか? 」と捉え直したのです。
自分の力でやるだけやってみようと思い立ち、2カ月後には当社ファンドクリエーションを起業することにしました。
起業後は11カ月で新たな不動産ファンドを立ち上げ、今度は目標を達成。起業から4年後には、最短に近いスピードで上場も果たすことができました。もし不動産ディベロッパー企業でファンドが成功していたらその会社に留まっていたでしょうし、当社を起業することもなかったでしょう。
起きたことを後ろ向きに捉えず、感謝の気持ちを持ちながら行動していれば、新たな支援者が現れて、また新たなチャンスをもらえる。新人時代もそうでしたが、起業前後もこのことを強く実感しました。
人として基本的なことを忘れなければ、マイナスなことが起きても不思議なくらい助けに来てくれる人がいるよ、ということは経験からお伝えできるメッセージです。
これから社会に出る学生の人にも「悪口を言わない」「謙虚であること」「感謝をする」など、人としての基本姿勢を大切にすることをアドバイスしたいです。私も完璧にできているわけではありませんが、意外とできている人は多くないという印象もあります。
リスクを恐れる必要はないことも、若い人たちに伝えたいことです。今の時代、チャレンジしたことによるアップサイド(成功する可能性)はあったとしても、ダウンサイドリスク(人生が破綻する可能性)はほぼないからです。
先日歴史ドラマを見ているときにも思ったことですが、戦国時代であれば事業が失敗すると私は切腹させられていたかもしれません(苦笑)。しかし今の時代、たとえ仕事で失敗をしたところでハラキリをさせられることもなければ、飢え死にするような事態にもなりません。
チャレンジをして必死でもがいていれば、誰かが必ず見ていてくれますし、人生を頑張って生きようとしている若者に手を差し伸べてくれる大人は必ずいます。私自身、30代半ばで起業したときに助けてくださったのは、60〜70代の大先輩の方々でした。
企業規模によって得られるものの違いとは? 自分の「プロ意識」を磨くことが大事
少し前まで、日本の就職活動はいわば「就社活動」でした。終身雇用を前提に、自分が骨を埋める1社を探す活動だったからです。
しかし今はようやく「職に就く」、つまりその職のプロフェッショナルになるための活動ができる時代になりました。私の学生時代に比べれば、はるかにベンチャー企業の数も増えていますし、キャリアの選択肢が広がり、本来あるべき就職活動の姿に近づいてきていると感じています。
大企業と中堅企業、両方を経験してきた立場としては、それぞれにプラスとマイナスがあります。たとえば大企業は安定感があって制度面もしっかりしていますが、一方で、下積み時代が長くなりやすく、チャンスがなかなか巡ってこないことも。中堅企業やベンチャー企業は、その逆です。制度等は整っていないものの、若いうちから大きなチャンスが巡ってきます。
「自分のプロ意識を磨いていく」「20代の大事な10年間をどう使うか」という視点に立ったとき、私が今学生ならば、最初から中堅企業やベンチャー企業のなかから、たくさん経験を積める会社をターゲットに就職活動をすると思います。世の中が変化するスピードは非常に速くなっているので、「下積み時代に身に付けたスキルを発揮しようと思ったときには、すでに世の中が変わっていて活かせなかった」なんてこともありえる気がするからです。
また、大企業は名刺1枚ですぐに信用を得て人脈を広げられますが、「〇〇会社の人」として認識されるので、その会社を辞めてしまうと人脈が続かないケースが少なくありません。
一方、中堅企業やベンチャー企業は会社の威光が使えない分、自分の力で人脈を広げていく必要があります。社名が知られていない分、自分自身を売り込むことが最初に必要となり、能力や人間性など人としての信頼をベースに仕事をするので、会社を辞めても人脈が続きやすいです。会社の人脈ではなく自分の人脈を持てることは、厳しい社会を生き抜くうえでの最大のリスクヘッジになるでしょう。
社員を尊重し社会貢献を実現しているか。企業を見極める重要ポイント
多くの企業を見てきた立場から企業選びのアドバイスをするならば、まずひとつは「社員が生き生きと働いているか」を見てみるのがおすすめです。
どの会社も経営層にはそれなりに優秀な人たちがいますが、社内の方針や社員の様子は会社によって結構違います。
たとえば、社員の締め付けを強くすることで目標を達成し、事業を成長させている会社もありますが、「持続可能か」という観点で見ると、そういったやり方では長く成長し続けることが難しいのではないか? というのが私の見立てです。社員一人ひとりのキャリアプランを尊重してくれる会社のほうが、長い目で見れば、成長し続けていく会社になる気がします。
もうひとつ見るべきポイントだと思うのは、「世の中のため、社会のため、地球のためになる」という前提のビジネスをしているかどうか。これも長い目で見て、生き残る会社の条件だと思います。
「儲かっているけれど、社会性に乏しい事業をやっている会社」と「社会的に良い事業をやっているけれど、まだ儲かっていない会社」があるとしたら、長い目で見て後者を選ぶべきと考えます。社会的に必要とされることをやっていれば、お金は自然に付いてくると考えているからです。
就職活動やキャリア選択においても、お金に揺らいで意思決定をすると高い確率で間違った選択になりやすい気がします。初任給が数万円高いかどうかより、自分が想いを込められる仕事や自分らしい生き方ができる会社を選んだほうが、結果的に成功する可能性が高まると思いますね。お金はもちろん、地位や名誉も後から付いてきます。
上述したとおり、「こういう事業がしたい、社会にはこういうことが必要だ」という強い想いや情熱を持って取り組んでいれば、資金面を含め応援してくれる人に出会えます。若い人たちには自分が選んだ人生を一生懸命に頑張ることができる、そんな仕事や会社をぜひ見つけてほしいですね。
仕事の報酬イコールお金と考えがちですが、「仕事の報酬は仕事だよ」と私は社員たちによく話しています。良い仕事をすれば、よりおもしろい仕事のチャンスをもらえますし、さらに高度で裁量のある仕事を任せてもらえます。それが評価につながり、結果的に待遇も上がっていく……という流れです。
教育や研修についても、学校と会社では前提がまったく違うことは知っておくと良いと思います。
学生がどんな姿勢でいても大学は教育を与えてくれますが、それは学生が授業料を払っているから。会社はそうはいきません。新入社員については将来、成果を出してくれるだろうという期待のもと、給料を支払って社員教育をしているという前提を理解していれば、自ずと積極性をもって仕事に取り組むはずです。これは社会に出る際には頭の隅に置いておくと良いと思います。
投資を通じて良き社会の実現を。お客様に喜んでもらえるようなファンドづくりを追求していきたい!
ファンドクリエーションと社名に付けたように、私がキャリアにおいてもっとも充実感を感じるのは、ほかにないファンドを作り上げられたとき。ファンドの設計や開発にも、モノづくりと同様の喜びがあります。
法律・会計・税務など社外のプロフェッショナルたちからアドバイスをもらいながら、投資家のニーズを見極めつつ、自分たちのアイデアを込めた商品を創造する過程には、いつもワクワクします。たとえて言うなら、テスラの設計者が「世界最速のEV車を開発した! 」と感じる喜びと同じ種類のものだと思いますね。
そうして自分たちが自信を持って作り上げた商品をローンチし、ファンドが即座に売り切れたとき、つまり投資家の方々に受け入れてもらえたときや営業の人が喜んでくれたときに一番のやりがいを感じますね。受け入れていただいてはじめて真の喜びに変わります。
「社会的に重要な役目を担っている」と感じられることも、ファンドの仕事の魅力です。お金は経済の血液と言われます。血液が滞留すると命が絶えてしまうので、循環させ続ける必要がある。経済も同じで、この仕組みのベースは、これまで銀行や証券会社がつくってきましたが、これからは「ファンド」が主役となる場面がますます多くなると思われます。
投資はリスクマネーと呼ばれますが、世の中に必要なサービスやインフラは、リスクマネーによって生まれてきます。リスクマネーが社会のなかで上手に回っていると、良いアイデア、良い志を持ったスタートアップが育ち、GAFAと肩を並べる企業にまで成長する可能性もあります。
日本はなかなかリスクマネーが回りにくい状況が続いていますが、今後も良いファンドを作り続けていくことが、私のキャリアビジョンです。 ファンドを通じて、必要なところに必要な資金を回していき、日本そして世界の発展に寄与する、その一助を担っていきたいですね。
取材・執筆:外山ゆひら