キャリアとは自発的な選択だけで築くものではない|偶然の選択から探索と学習を続けた結果がキャリアとなる

GROOVE X(グルーヴエックス) 代表取締役社長 林 要さん

Kaname Hayashi・1973年生まれ。1998年に大学院を修了後、トヨタ自動車入社。量産車開発のほかF1プロジェクト等にも参加。孫正義氏の私塾「ソフトバンクアカデミア」を経て2012年ソフトバンクに招聘され、パーソナルロボット「Pepper」(ペッパー)のプロジェクトメンバーを務める。2015年にロボット・ベンチャーのGROOVE X(グルーヴエックス)を創業、現職

この記事をシェアする

就活の軸が見つからなくても興味を持てる分野があるなら大丈夫

自分の就活を振り返ると、大学卒業を前にしても就活の軸が見つからず大学院に進もうか迷いがありました。そんな私を見かねた父親が「せっかく仕事をするなら新しいことを学べる環境が良いし、時代を切り拓いているトップの下で学べる会社が良いのでは」との理由でソフトバンクを勧めてくれました。

それでソフトバンクの採用試験を受けたのですが不合格。コンピューター系のエンジニア枠で応募したのですが、大学で専攻していたのは流体力学。コンピューターに関しては専門的な知識があるわけでもなく、この募集枠での挑戦にそもそも無理がありましたね。

それでも学部卒の就活に失敗して迷いがなくなり、そこから大学院の受験勉強に励み奨学金を得て院に進学。大学院を修了するまでの2年間で就活の軸も見つけられればという期待もありました。

実際には大学院の修了を前にしても確たる軸は見つからないままでしたが、学部の卒業時と同様に何か新しいものを創造するエンジニアになりたいという漠然とした思いは変わらずありました。ただ具体的にどんなエンジニアになりたいのかは漠然としたまま。

それで子供の頃から大好きだった自動車にかかわるエンジニアを目指そうと考えトヨタ自動車に入社しました。自分が好きで興味を持てる分野で活躍したい気持ちを優先したわけです。自動車なら大学と大学院で学んだ流体力学を仕事に生かせるのも選択理由のひとつでした。

林さんおキャリアにおけるターニングポイント

「出る杭」だったからチャンスを得た。記憶に残る人材になろう

トヨタ自動車では会社組織のなかで大変多くを学ばせてもらいました。スーパーカーのエアロダイナミクス担当を経て、当時トヨタ自動車が参入していたモーターレースの最高峰であるF1のプロジェクトメンバーの社内公募に手を上げました。

しかし社内公募では選考に落ちています。英語に堪能なことが条件だったのに私は英語が苦手。それでも諦め切れず関係者に相談すると「希望し続けてチャンスを待つしかないね」と。そこで希望しつつ、足元の別の仕事に全力投球していたら、念願がかないました。

その時に私を推してくれたのは、その別の仕事に全力投球中に叱られたことのある役員でした。私が開発の提案をプレゼンした相手がその役員で、結果は玉砕。提案はあっさり却下されたのですが、まわりの多くの人たちを巻き込み、心血を注いで自分のアイデアをまとめた内容だけに、若気の至りもあって、簡単に引き下がれませんでした。

それで粘りに粘った挙句に最後は役員に叱られてしまうのですが、その出来事が自分を印象付ける結果につながったのかもしれません。役員が「イキのいいタイプのエンジニアがほしいならこういうやつがいる」とF1担当者に勧めてくれたようです。役員に叱られた失敗体験が、結果的にチャンスを引き寄せてくれたのですから分からないものです。

「出る杭は打たれる」と良く言いますが、大企業の組織のなかでも、決められた枠を出ようとする理由が、お客様が喜ぶものをつくるためであれば「出る杭だから引き抜かれる」との側面もある気がします。「出る杭」は「記憶に残る人材」と言い換えることもできます。

林さんからのメッセージ

大企業で幅広い視野に立つ仕事を任されて学べることは多い

F1プロジェクトの一員としてドイツにあったToyota Motorsports GmbHで4年間ほど車体開発の仕事をした後に帰国し、製品企画部で量産車開発マネジメントの仕事を担当するようになりました。

それまではエンジニアとしての仕事が主でしたが、開発マネジメントでは製品企画から収支計算、法務まで、自動車作りにかかわるあらゆることを視野に入れつつプロダクトマネジメントしていくことがもとめられ大変勉強になりました。

そんな風にトヨタ自動車での仕事をしながら、さまざまな学びを経験しキャリアを積み重ねてきたのですが、私にとってキャリアの大きなターニングポイントとなったのが「ソフトバンクアカデミア」でした

「ソフトバンクアカデミア」は次世代リーダー育成のために孫正義さんが立ち上げた私塾で、私はその外部第一期生として入塾しました。入塾動機は、30代中盤ですこし仕事ができるようになった時に「成長速度が落ちているのでは? 」という危機感を感じたことにあります。そこで学部の時の就職活動の時に父親からもらったアドバイスを思い出し、入社試験に落ちたリベンジの気持ちもでてきて、「ソフトバンクアカデミア」に応募しました。

孫さんからの教えを貰えるとおもっていたその塾は、希少種の動物園のような場所でした。会社の中では自分も変わり者でしたが、自分が平凡に感じられるほど、まわりには規格外の生命力に溢れた、怪しげな魅力を放つ人達がいて、それだけで相当な刺激を受けました。

加えて孫正義という孤高の挑戦者を間近に見ること、それ自体が大きな学びになりました。あれほどの成功を収めながら、それでもさらなる高みを目指して更に大きなリスクをとり続ける孫さんは、やはり桁違いの勇者。リスクへの向き合い方の次元が異なりました。

さまざまな刺激に触発されながら、プレゼンなどやったことのない私ですが、この塾で頑張ったおかげか孫さんから転職のお誘いをいただき、ソフトバンクに入社することになりました。それで市販を前提とした人型ロボット「Pepper」(ペッパー)の開発に携わることになりました。

そして2015年の「Pepper」の一般発売を見届けてから独立し、GROOVE Xを設立。3年後の2018年に家族型ロボットの「LOVOT(らぼっと)」を発表しました。「LOVOT」は人の代わりに仕事をするのではなく、ペットと同じように人の心を癒す存在を目指しています。

林さんのキャリアステップ

キャリア形成で重要なのは自発的選択よりも「偶然の選択を生かす姿勢」

学部卒の際には就活に失敗し、大学院を経て大企業に就職、組織の中で多くの仕事を経験し、転職して未知の領域だった人型ロボット開発に携わり、独立起業するという経験を積んだうえで自分のキャリアを振り返ってみると、大事なことが見えてきます。

それはキャリアというものが偶然の要素に左右されることが多く、どういうキャリア選択をするかということよりも、偶然の選択がもたらす結果をポジティブに受け入れて生かすことの方が重要で、それがキャリアのステップアップにもつながるという点です

これはスタンフォード大学のクランボルツ教授が提唱するプランドハップンスタンス理論にも通じるものです。同教授が成功者について調べたところ、彼らのうちで子供時代の夢にかかわる仕事で成功を収めている割合は数パーセント。ほとんどは偶発的な出来事の結果として選択したキャリアに適合することを繰り返すことで成長し、成功できたケースだと言っています。

この理論が示す内容は私の実感とも一致します。ある年齢における想像力には各年齢での限界があり、その限界に対して世界はあまりにも広く答えも数多く存在します。ですから「自分はどういう人」という思い込みは可能性を狭めるだけ。そうならず可能性を狭めなくするためには、偶発的に起きる出来事に対して計画的に対処できなければなりません。

その対処法が探索学習です。偶発的な出来事がもたらすものを探索し、それを最大化すれば学習も最大化できます。重要なのは偶然に起きる出来事に全力で対処することです。

ともすれば人はキャリア形成の過程で不安を最小化しつつ得るものを最大化したくなりがちです。しかし不安を最小化しようと思えば、勝手知ったる仕事の範囲を出られなくなります。これではすでに分かっている範囲内で同じことの繰り返しを続けることになり、十分な学習もできないまま終わってしまい、新たな学びや成長は望めませんし、良い未来にもたどり着けません。

そんな発想の人ばかりだったら結果的に皆が同じ発想になってしまい、皆がレッドオーシャンに漕ぎ出してしまうという戦略的な失敗に陥るからです。

不安があっても常に積極的に新たな探索に出かけ、そこで学びを得ることで成長する。そういう発想が何より大切だし、不安の最小化ではなく、常に学びの最大化を選択し続けること。それがキャリアを成功に導いてくれる発想法だと信じています。

プランドハップンスタンス理論とは

  • 意図しない出来事や出会いを積極的に受け入れ、その価値を認識する

  • リスクを恐れず、柔軟性や好奇心を持って積極的に新しいことにチャレンジする

  • 自分のキャリアや人生の目標に固執せず、さまざまな可能性に目を向けることで人生の選択肢を広げる

立ちはだかる「壁」は、探索と学習の機会をもたらしてくれる存在

この思考法を身に付ければ、何かの壁にぶつかった際にもあらゆる体験を探索と学習による成長につなげることができます。そこではキャリアへの影響とか貢献とかを考える必要もありません。自分はいまこんな仕事をしていて良いのか、いったい自分は何をしているのだろうといった悩みもなくなります。

ただし壁にぶつかった際に疲れすぎないことだけには気をつけるべき。疲れたと感じたらまずは寝ることです。寝られない場合は適度な運動によって精神の疲労度に身体の疲労度が追いつくようになると、比較的眠れるようになります。そうしてまずは生き延びることです。

壁にぶつかったり人間関係で悩んだりすると、ダメージを引きずることもあります。半年間蓄積したダメージからの回復が2、3年も尾を引くことがあります。それでも後から振り返れば多くのことを良い経験だったと振り返られるのが人間の不思議なところです。

止まない雨はありませんし、出口のないトンネルもありません。出口のないトンネルに入ってしまったと感じたときには出口の存在を信じること。寝られる環境をつくり、必要に応じて休み、歩めるようになったら歩む。そうすれば出口を見つけた瞬間の喜びを得ることができるはずです。

フィードバックの能力を身につけてもとめられる人材になろう

私が人材にもとめるのはまず、先ほどから説明している探索と学習ができること

たとえば最近ではChatGPT(チャットジーピーティー)のような革新的なものが生み出される時代ですが、それを触らないで不安がるのではなく、「一体これは何なのか」を探索し、学習し、自分なりの仮説をつくる。そういう姿勢が大切です。馬車が自動車に取って代わったときのような大変革が、今は知性の面で起きている時代なので、探索はより重要になります。

基準、すなわちスタンダードを高く持つことも重要です。自分がどこで満足するかのスタンダードが低ければ、深掘りできず、そのような広くて浅い仕事は、AIが担う時代になります。ただしスタンダードが高いとは、完璧主義なことではなく、妥協点が高いという意味です。重要ではない問題を完璧にこなすことではありません。重要な問題のために、いかに緊急性の高い他の問題を妥協するのか、効率化するのか、そこが重要です。

それからフィードバックできる能力があること。とくに会社のような組織として学習を深めていく場合には、組織の構成員として必須の能力となります。相手に適切なフィードバックを提供し、自尊心をあげながら、成長の助けになる耳の痛いこともいえるのかが、相手からよいフィードバックをもらえることにつながります。フィードバックのループを作るにはギブアンドテイクが必要だからです。

日本人は文化的にこれが苦手で、適切なフィードバックができる人は少数派です。つい当たり障りのない話だけして、ゆるい感謝を伝えて、不十分なフィードバックに終わってしまう。あるいは感情的になり、感情と切り離した事実をフィードバックできない。そんな人が多く、適切なフィードバックのループができない悪循環にはまってしまいます。

逆に言えば高いスタンダードを掲げて探索と学習を繰り返し、成果や課題を適切にフィードバックできれば、どんな会社や組織にももとめられる人材になれるのではないでしょうか。

林さんが贈るキャリアの指針

取材・執筆:高岸洋行

この記事をシェアする