何のために生き、何に役立ちたいのか|まずは自分の「在り方」を定めることがキャリアのヒントになる
八天堂 代表取締役 森光 孝雅さん
Takamasa Morimitsu・大学時代に食の道に進むことを決め、パン・洋菓子店など複数店舗で修行。1991年に祖父の代から続く和菓子・洋菓子店を継ぎ、1997年より現職。自身で立ち上げた「たかちゃんのぱん屋」を広島県内に13店舗広げるも、2008年より一品専門店の業態に転換を図る。冷やして食べる「くりーむパン」が大ヒット看板商品となり、スイーツパンの手土産市場を確立。現在はくりーむパンをはじめとした様々な商品を開発・展開、海外市場へも進出を図っている。農福連携や観光事業での社会貢献にも取り組む。
試行錯誤を続けたからこそ「この道だ」という直感が降ってきた
キャリアについて最初に考えたのは、高校時代。「自分は何に向いているのか、将来何をしたらいいのか」がわからず、周りに置いていかれるような気持ちになった時期がありました。友人たちは皆大学に行くと言うものの、自分は勉強が特段好きなわけでもなく、進学のモチベーションが湧いてこなかったのです。
それでも「大学に行っておけば良かった」と後悔したくない、何のために働くのかを探すためにも、大学に身を置きながらいろいろなアルバイトをして探してみようと考え、進学を決意。ここが最初のターニングポイントと言えるかと思います。地元・広島から出て関東の大学に入学することにしました。
入学後は早速いろいろな世界を見てみようと行動を始め、10数種類のアルバイトを経験。その過程で、気づけば食の仕事を選んでいる自分に気づきました。祖父の代から続く和洋菓子屋を営む家庭で育ち、家業を継ぐかどうかは決めていなかったのですが、自分の興味がちゃんと食の方向に向いていることを確認できたのですね。
「やるなら本気で手に職を付けなければ」と考え、修行先として飛び込んだのが、神戸で100年近い歴史を誇る名店・FREUNDLIEB(フロインドリーブ)です。
同店は小麦を扱うあらゆる製品の製造販売を手掛けていたので、ここで修行させてもらいながら、何がやりたいかを探すのがベストだと考えたのです。フロインドリーブには、マイスター制度の仕組みがあり、パンやスイーツ、焼き菓子という、それぞれのジャンルの課題が与えられて、その課題をクリアしないと次のステージに行けない。様々なジャンルに取り組む中で、パンに惹かれる自分がいました。
大学を中退して神戸に向かったので、両親には叱責されたものの「食を扱う仕事をしたい」という気持ちが芽生えたこと自体は内心喜んでくれていたように思います。
そうして神戸で徹底的に仕事をさせてもらった結果、パンのお店を作ろうという道が定まりました。焼き立てパンのブームが来る直前で、当時の広島県三原市にそうしたお店がなかったことも決め手になりました。
自分の道を見つけることができたのは、たくさんのアルバイトをして、修行をして経験と試行錯誤を重ねたからこそ。悶々としつつも、がむしゃらに探した結果、理屈抜きで「これだ」という直感や啓示が降ってきてくれたように思います。手と体を動かしながら、どんどん自分の志望が固まっていった感覚ですね。
納得のいくファーストキャリアを選びたいならば、就職活動が始まるまでにそうした試行錯誤をしておくことが大切だと思います。大学3〜4年生になってから真剣に考え始めるのでは、道が見つからないまま「とりあえず就職」という流れになってしまうかもしれません。
また、採用面接をしてよく思うことですが、学生時代の経験も立派なキャリアとして考えてほしいです。サークルや部活、アルバイトの話をしてくださる人が多いですが、「たいした経験ではない」と思わず自信を持ってアピールしてください。
アルバイトやサークルなどの選択にも自分なりの考えがあり、それによって身に付いたものが必ずあるはず。「今までのキャリアを捨てて別の方面の仕事がしたい」という人もいるとは思いますが、できるなら20歳前後まで積み重ねてきたことを活かせる仕事を選んだほうがベターだと私は思いますね。ファーストキャリアを選ぶ際には、「自分がこれまで選んできた道にヒントがあるはず」とまずは考えてみるのがおすすめです。
経営危機に陥って「志」を見つけた。利他的な公の志を持つことが大切
地元で開業するなら、FREUNDLIEB(フロインドリーブ)で教わった重厚なドイツパン以外のパンを学ぶ必要もあると考え、その後は東京のPAUL BOCUSE BAKERY(ポール・ボキューズ)へ。菓子パンを学ぶため、また別の店舗でも修行させてもらいました。
そうして26歳のタイミングで、家業を継ぐことに。すぐにパン屋「たかちゃんのぱん屋」を立ち上げたのですが、世間のトレンドにうまく乗ることができ、広島県内に13店舗まで広げることができました。しかし急激に事業を広げすぎてしまい、競合他社の進出、外部環境の変化から経営危機に陥りました。
そして、このタイミングで再び「何のために働くのか」を見つめ直すことに。大勢の社員との別れもあり、会社として掲げる理念の大切さも痛感しました。経営者が掲げる夢やロマンは、ひとつ間違えば利己的なものになる。公な利他的な夢こそが「志」なのだと、遅ればせながら気付くことができたのです。
それまでは規模の大小や損得、つまり「いかに事業を大きくしていくか」といったことばかりに目を向けていました。自分に矢印が向いた利己的な夢だったのですね。
この経験を経て、当社の信条である 「八天堂は社員のために、お品はお客様のために、利益は未来のために」という文言と、「良い品 良い人 良い会社つくり」という経営理念を定めました。この理念を確立してからステージが一段階変わったと感じており、キャリアにおける3つ目のターニングポイントと言えるかと思います。
意思決定のしかたも大きく変わり、以降、現在に至るまで事業にかかわる相手や第三者の利益・満足の実現も目指し、自社・他社・社会の役に立つかという「三方よし」の視点を大切にしています。
そこから100種類あったパンを1種類に絞り、当社の看板商品である「くりーむパン」を開発。この商品を生み出せたことが、再起と飛躍のきっかけになりました。
利他的な公の志を掲げていると、外部環境がたとえ悪くなっても、応援してくれる人たちに恵まれますし、自分のモチベーションが高止まりで安定します。30代後半でようやく「社員やお客様に喜んでほしいから仕事をする」というステージに達することができました。
とはいえ、もっと若いうちに利他の視点を持っておけたらという反省はあります。少しでも早くこのステージに達すると、周りの応援を得ていろいろなことを実現させていけるので、これから社会に出る人には、ぜひ学生のうちから意識してみてください。
与えられた仕事を一生懸命やった先に「自分の在り方」が見つかってくる
自分は何のために生きるのか、何のために働くのか、どんなことに役立ちたいのか。キャリアを歩み出すうえでは、そうした自分の目指す「在り方」を見つけることが大切です。
在り方(目的)が定まったら、次は「どんな仕事でそれを実現していくのか」というやり方(手段や戦略)を考える。在り方のくさびをしっかり心に打ち込んでおけば、やり方のほうは、社会で揉まれながらいくらでも見つけていけると思います。
自分の在り方を探す過程では、与えられた仕事に自ら価値を見出し、信じてやり抜く姿勢が鍵になると思います。なぜなら、そうした姿勢がある人には周りがどんどんとチャンスを持ってきてくれて、いろいろな経験に導いてくれるから。テニスでたとえるなら、玉拾いを全力でやる心構えを持てるかどうかといったイメージでしょうか。そういう姿勢がある人が、社会で「能力のある人」と見なされます。
一方、やりたくないことを嫌々やっている人には、なかなかチャンスが巡ってきません。「隣の芝生は青く見える」状態になり、あちこちを転々とするような状況にもなりやすい気がします。転職をするならば、せめて「短い間でも精一杯やってみたかどうか」は自問自答してから決めること。精一杯やってもその会社で先が見えないと思うならば、見切りをつければ良いと思います。
若いうちに自分の在り方をバシッと定めて行動を始める人もいますが、とはいえ、20歳そこそこで自分の在り方を決められる人は少数だと思います。「悩まずに志が見つかった」という人の話は聞いたことはありません。私自身も紆余曲折の20〜30代を過ごしましたが、若い人にも「大いに悩め」という言葉を贈りたいですね。
企業選びにおいても、「在り方」と「やり方」という2つの観点から会社を見てみるのがおすすめです。
自分の在り方(目的)が、その企業の理念や社風にマッチしているかどうか。そして会社は理念をかなえるために、どんなやり方(手段)を採用しているのか。自分はどんなやり方(手段)が身に付けられるのか。これまで学んだやり方(スキルや経験)が活かせるかどうか。ぜひそんな観点から検討してみてください。
私自身、学生時代はたいした取り柄もない中途半端な人間でしたが、「心構えひとつで変えられるキャリアもあるのだな」と実感しているので、心構えだけは作ってから社会に出ていくと良いと思います。
明確なことが見つかっていないならば、急いで決めつける必要はありませんし、キャリアが計画どおりに進まなくても、落ち込む必要はありません。世の成功者たちにしても、100%思ったとおりにキャリアを歩んできた人はほとんどいないはず。
例外はあるでしょうが、大半の人はいろいろな挑戦をして、失敗や反省を積み重ね、力をつけながら、やり方を変えながら「志」を見出し、その実現に力を注いだ結果として、成功に辿り着いている。そのことは、ぜひ心に留めておいてほしいですね。
「コミュニケーション力=饒舌なトーク力」ではない。思いを伝える力を磨こう
社会で活躍しようと思ったら、ベースとして「向上心(成長欲)」は絶対に必要です。これさえあれば、チャレンジ精神も自然に養われていきます。
今の若い世代は、利他的な目線を心根に持っているやさしい人が多く、これはとてもすごいことだと感じています。そのことに自信を持っていてほしいです。ただし「誰かや社会の役に立ちたい」という利他的な思いを実現させるには、実力を付けることも必要です。利他の志は、自分がスキルアップや成長をしないと実現できない、ということは知っておいてほしいですね。
「心が変われば行動が変わる。行動が変われば習慣が変わる。習慣が変われば人格が変わる。人格が変われば運命が変わる」という有名なフレーズがありますが、私が特に重要だと思うのは「行動が変われば習慣が変わる」の部分。周りにどう思われても、失敗したとしても、まずは行動してみる。そうしたチャレンジ精神は、まずは行動してみることで習慣化してくるはずです。
2歩進んで3歩下がる状況になったとしても、前を向いて「また一歩踏み出そう」と思っていれば後退にはなりませんし、次の一歩が大きくプラスに転じる可能性もあります。失敗や遠回りをした経験が無駄になるかどうかは自分次第。「この経験を無駄にしない」と決め、反省すべきところは反省し、次に向けての教訓にできれば、失敗も力にすることができます。
成功確率を上げるためにも、若手に挑戦させてくれ、挑戦につきものの失敗を認めてもらえる会社や職場を選ぶことをおすすめします。
また「人とかかわる力」「人に伝える力」も、これからの時代には重要な要素だと思います。デジタル化や効率化の流れで、アナログなコミュニケーションを取る機会が減っていますが、こういう時代になったからこそ、要所要所では、以前にも増して“人と人とのふれあい”が重視されるようになっている実感があります。そしてこういう時代だからこそ、リアルで人とかかわりながら経験を積み、それに基づく知見を養っている人は、価値が出てくると思います。
「コミュニケーション力が高い」というと、イコール「饒舌に話せること」を想像しがちですが、口下手でも、自分の思いを相手に伝える力を持っている人はいます。そしてそういう人のほうが、相手の心を動かします。残りの学生生活は、ぜひ人とかかわる力・人に伝える力を意識しながら過ごしてみてください。
そして、利他の志が見つかったときには、それを自分の内に留めておかないこと。積極的に発信していれば、手を差し伸べてくれる人がきっと現れてきます。
挑戦しなければ進化はできない。心構えひとつでキャリアは変わると知ろう
「食のイノベーションにおけるトップカンパニーになり、人づくりの会社になろう」「老舗のベンチャー企業になろう」「社内外のスタートアップ企業をバックアップしていこう」。この3点が、私がこれからのキャリアで実現したいことです。
当社は創業90周年を迎えた老舗企業ですが、これまでも「伝統を守る」のではなく、次々と食のイノベーションを起こすことによって成長してきました。たとえば看板商品のくりーむパンは「冷やして食べる」「手土産にパンを持っていく」という、それまでになかった食し方のイノベーションを起こせたことにより、ヒット商品となりました。
今あるスタンダードなもの同士を掛け合わせると、新しいものが生まれる。その観点からの研究開発も続けています。
企業には現状維持の道はなく、進化か退化しかないと私は思います。あらゆる歴史を見ても「挑戦・成長・変化をし続けなければ生き残れない」ということは自明の理。当社も現在、将来に向けたさまざまな新しい種まきをおこなっており、海外進出もそのひとつです。
人口減の国内マーケットが縮小することを見込み、小さな規模で着実に海外ファンを増やしていこうと考えています。シンガポールからスタートし、現在は香港やカナダにも店舗を広げ、マレーシアでの展開やハラール認証を受けたくりーむパンの製造も実現しています。
また2016年からは体験型のカフェ「八天堂カフェリエ」をかわきりに、体験型食のテーマパーク「八天堂ビレッジ」などの新業態にもチャレンジ中です。農福連携の事業も行っており、今後も利他の精神で食文化を変えていくことが、私の夢です。
取材・執筆:外山ゆひら