希少性の高い人材は2つのスキル領域を突き詰めている|「経験に勝るスキルはない」
インキュデータ 代表取締役社長 兼 CEO 町田 紘一さん
Koichi Machida・2002年日本テレコム(現:ソフトバンク)に入社。データセンターやデジタルマーケなど通信以外の新規領域において戦略策定や経営管理、M&A、投資先支援などに従事する。2007年にジョイントベンチャーに出向し、デジタルサイネージ事業の立ち上げに参画。2012年にソフトバンクテレコム(現:ソフトバンク)に戻ったのち、2019年インキュデータに取締役としてジョイン。創業に参画するとともに事業拡大や経営戦略の推進を担う。2023年より現職
一社目は成長できる環境をもとめて「事業領域の広さ・若手にもチャンスがある」ことを注視した
最初にキャリアについて考えたのは、就職活動のタイミングです。「将来的に経営に近い仕事がしたい」という思いを持って、ITやコンサル業界の企業を中心に見ていました。
経営の仕事に興味を持ったのは大学時代、学園祭の実行委員を務めたことが関係しています。学生にしてはかなりシステム化された組織でビジネスに近い経験ができ、リーダーポジションを担うなかで、マネジメントの役割におもしろさや適性を感じました。
また、私が学生時代を過ごしたのは、ちょうどITバブルが盛り上がり、そして弾けた時期。世の中がまたここから大きく変わっていく、そんなムードがありました。いろいろな企業を見た結果、最初の就職先となる通信会社に決めた理由は2つあります。
1つ目は、事業領域の幅広さに魅力を感じたこと。「通信だけでなく、コンテンツレイヤーまでかかわることができれば、かなりおもしろいことができるのではないか」と感じました。
2つ目は「若手にも結構チャンスがあると思うよ」と先輩社員から聞いたこと。日本テレコムは私が入社した年に社名変更・会社分割が行われるなど、内定者時代から社内では変革が始まっていました。そうした状況ゆえに、いろいろとチャンスがあるという話だったのです。
実際、入社してからの数年間はかなりの変化に揉まれました。会社の資本構成が変わるたびにマネジメントも変わるので、短期間に多くの学びを得られました。安定感のある環境ではなく、刻々と変化する状況の中に身を置いたことは、のちのキャリア選択にも少なからず影響があったように思います。
ジョイントベンチャーで新規事業の立ち上げに挑戦。今につながる多くの学びを得た
日本テレコムに入社して2年後には管理会計の部門に入り、運が良かったのか経営層と近いところで事業部の予算を決める仕事にかかわるチャンスをいただきました。
会社全体を見渡せる非常にやりがいのある仕事だったのですが、4年ほど経ち、「若いうちにもう少しビジネスの手触り感がある仕事をした方がいいのでは」と考えるように。何十億、何百億といった数字を管理しているものの、事業の”実態”をリアルに感じられないことが気になっていたのです。
するとまもなく、子会社であるジョイントベンチャー(複数の企業・組織が出資して立ち上げた新会社のこと、以下JV)に出向しないかという話が舞い込んできたのです。その会社のビジネスプランの作成にもかかわっていましたし、「実行フェーズを経験できるならやってみたい」と自分から手を挙げ、20〜30人くらいの会社に出向することに。28歳のタイミングでしたが、ここがキャリアにおける大きなターニングポイントと言えるかと思います。
出向先では、デジタルサイネージ事業の立ち上げに奔走しました。4〜5年ほど七転八倒しながら取り組んだのですが、ちょうどリーマンショックや東日本大震災とも重なってしまい、残念ながら撤退することに。最後まで事業の整理にかかわった後、次のキャリアを考えることとなりました。この時期がキャリアのなかで一番壁にぶつかっていた時期かもしれません。
一方で、この数年間の経験から得たものは非常に大きかったです。
「新しい事業を立ち上げるときには、利益を得られる確実な事業や十分な資本を確保しておかないと、経営は行き詰まってしまう」ということを痛感したので、インキュデータでは、最初から複数の事業の立ち上げと一定規模の資本金の確保を重視しました。その結果、安定したキャッシュフローで推移できています。
加えて、異なる意見を持つ複数の株主やステークホルダーとの調整を図りながら意思決定することに苦労している上司の姿を間近で見るなかで、やりたいことを実現させるためのコミュニケーションの取り方なども大いに学ばせてもらいました。
「メンバーを活かす」リーダーとして、会社を成長させていきたい
JVを畳んで自社に戻ってからの6〜7年間はいろいろなプロジェクトに入り、アライアンスや出資、また別のJV設立に従事していました。その中の1社がインキュデータだったのですが、「事業の立ち上げ経験も活かせるし、自分が直接入っていったほうが上手くいきそうだ」と感じたことから、2019年にインキュデータへ参画しました。
すでに175名(出向、プロパー社員含む)が在籍しており、この会社に可能性を感じてくれているメンバーが集ってくれている状況なので、メンバーの思いを含めてこの会社を成功させていくことが、目下の目標です。今年からは代表にも就任したので、しっかりと事業を成長させていきたいですね。
事業の規模が育っていくほど、社会に貢献できているという手応えも大きくなります。ただ、私は「メンバーと一緒に、事業を大きくしていく」というプロセスそのものに、何よりも自身のキャリアの充実感を覚える人間なのではないかとも思います。このあたりの感覚は、学生時代の学園祭ともつながっているようです。
代表として意思決定の際に何より大事にしているのは、公正であること。メンバーから信頼を得るためになにより一番大切なことだと思うからです。
また、私は「メンバーを活かす」というタイプのリーダーだという自覚があります。社内にエッジの立ったスキルを持っているメンバーが集ってくれているので、彼ら一人一人が活躍できる環境を作ることが私の役割だと考えており、そうすることが、会社の成長につながっていくと見込んでいます。
百人いれば百通りのリーダー像の正解があってしかりですが、ここ数年はリーダーシップの形が、昔とは少し変わってきているような印象もありますね。具体的には、メンバーの多様性を重視する傾聴型のリーダーがもとめられている気がします。
もちろん、今でも社会の常識をひっくり返すようなものすごい経営者はいますし、強いトップダウンで世の中を動かしていくカリスマ系のリーダーも多くいます。ただ「圧倒的なビジネスセンスがないとリーダーは務まらないと思う必要はないよ」ということは、私から伝えられるメッセージです。
10回シミュレーションをするより、まずは最初の一歩を踏み出すほうが学べるものは多い
これからの時代に活躍すると思うのは、よく言われることではありますが、2つ以上のスペシャリティ領域を持っている人です。
たとえば「営業×ファイナンス」「テクノロジー×クリエイティブ」など、スキルの掛け算ができると希少価値を出せると思います。1つの領域だけできる人はたくさんいますが、2つ以上の領域が分かっていると、できる仕事の幅もかなり広がるはずです。
とはいえ、スキル偏重になりすぎないことも大事です。ビジネスで結果を出すための力としては、経験に勝るものはないと私は思います。要は、どれだけ本番のバッターボックスに立てるかどうか。
シミュレーションばかりしていても、実践的な学びは身に付いてきません。経営の勉強をしてみたり、資格を取ってみたりすることも無意味ではないと思いますが、「任された仕事の中で、全力でやり切ってみる」という経験値から得られるもののほうが、はるかに大きいと思います。私自身、今の会社で経営ができているのは20代後半のタイミングで一度、経営を経験できたからだと思っています。
「変化の時代を生き抜く」という観点では、転職や私と同じような子会社出向経験も含め、いろいろな環境に身を置くことも心掛けてみてください。1つの会社のなかでも同じ環境に長く身を置きすぎず、積極的に環境を変える意識を持っておくと、時代の変化に柔軟に対応できる力が磨かれると思います。
自分にとっての“良い会社”を探そう。「人を大事にする経営者がいるか」にも注目を
仕事のモチベーションは、キャリアが進むに従って変わってきた実感もあります。私も若いうちは「早くマネージャになりたい、裁量を持ちたい」といったことがモチベーションでしたが、今はより純粋に「仕事を通して世の中にインパクトのある貢献をしたい」という気持ちが強くなってきています。
ともあれ、出発点としては「成長意欲があること」が最重要です。最初にそのモチベーションを持てるかどうかで、キャリアの幅や広がりは大きく変わってくるように思いますね。ビジネスマンとしての価値観は、社会人になって最初の3年間でかなりの部分が決まってくる、ということは知っておいてください。
貴重な3年間を無駄にしないためにも、就職活動では、自分がやりたいこととしっかりマッチするところを選ぶのがおすすめです。社会に出る前から事業内容を完璧に理解するのはなかなか難しいと思うので、それよりも「ワークスタイル、ライフスタイルを含めて自分がどうしたいのか」を考えたほうが、マッチ度の高い会社を探せると思います。
一点だけ普遍的に言えることがあるとすれば、「人を大事にする会社」は基本的に良い会社だと思います。教育、給料や報酬、福利厚生制度など、大事にする方法はさまざまありますが、社員を大事にする気持ちがある経営者がいる会社ならば、就職先として選んで間違いないと思います。就職活動では、そのあたりを注意して見てみると良いかもしれません。
どの産業を選ぶかについても、いろいろな答えがあるとは思いますが、やはり成長産業を選んだほうがプラスは多いとは思います。選んだ産業によって、ある程度、生涯年収も決まってくるので、そのあたりが気になる人は、まず業界別の収入を比較検討してみてはどうでしょうか。
「自分がもし今の時代に学生だったら」と想像すると、成長余力があるスタートアップ企業を選ぶと思います。若いときのエネルギーを存分に発揮して、早回しで成長できると思うからです。今はスタートアップ企業も就職先として市民権を得ているので、新卒からでも飛び込みやすいはず。「興味はあるけれど、小さすぎる会社は心配」という人は、100名くらいのスタートアップ企業を検討してみてはいかがでしょうか。そういった意味でインキュデータはおすすめの会社かもしれません(笑)
会社を選ぶ基準は人それぞれ異なる正解があるはずで、たとえば「ハードワークで成長をしたい、高い給与をもらいたい」という人にとっては、たくさんの仕事を振ってくれる会社が良い会社ですし、ワークライフバランスを重視したい人にとってはその逆、ということになりますよね。他人の意見に惑わされず、”自分にとっての良い会社”を探してみてください。
取材・執筆:外山ゆひら