価値を徹底して考え抜け|知りたい世界とは常にゼロ距離で
キチナングループ 代表取締役社長 井本 健さん
Takeshi Imoto・大学1年生の頃からインターンシップで企画、営業、開発を経験。2009年に新卒で東京の営業会社に入社し、優秀社員賞等を獲得。3年目で総務課長として業務改善に尽力する。その後吉南運輸に入社、倉庫課長、営業課長を経て退職。物流ITベンチャー 創業。2017年にキチナングループに再入社し、2020年5月、代表取締役社長に就任
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逆張りファーストキャリア。その経験が経営者としての個性に
新卒の企業選び。一見逆張りともいえる選択が、今の経営者としての個性になっていると考えています。
約10年前の当時、起業や経営を志す学生が新卒として選ぶ企業は、リクルートやサイバーエージェントなどベンチャースピリッツにあふれる企業でした。一方、父の経営する山口県の物流会社を継ぐことを視野に入れる私が基準としていたのは「潰れない会社」。最終的に選んだのが、コンサルティングや環境衛生事業などを展開する中小企業でした。
こうした選択をするにいたった価値観は大学生のときに培われたものです。「経営のイロハやマインドを少しでも得なければいけない」。大学時代はとにかく焦りを感じ、がむしゃらに行動していました。
当時は学生起業家ブームで、そうした人と比較的近い距離感だった時勢も追い風となり、ひたすらアポをとり、勢いのあったIT企業を中心にインターンを経験しました。
経営者のすぐ近くで仕事ができ、その人が考えていること、哲学を体感できたのは得難い経験でした。IT企業の経営者が大切にしているマインドは、「社会にどのように役に立てるのか」「今の事業は社会にどのような価値を提供できるのか」「社員にとって価値ある会社とは」といったこと。つまり、会社の存在する意味や、事業のそもそもの「価値」は何かということを突き詰めて考えていました。
足元の利益を追うことはもちろん大切です。ただ、それだけでは持続的な経営は成り立たない。今振り返ると、座学では得られないそうした経験的な学びはインターンで社長のまさに横で仕事をしてきたからこそ得られた結果だったと思います。
もちろんITスキルも得ることができ、今の経営にも十分に活かせています。ただそれよりも大きな学びとして得たのは今につながるマインドです。後になってもそのマインドは、仕事のやり方や父から継いだ会社経営でも自分の軸となり、個性となりました。
「成長」よりもまずは「安定」が企業の価値と見定めて
とにかく経営者に会いまくる。経営マインドを学びまくる。そうした大学生活を過ごし、就活が始まる際、改めて自分が家業を継ぐことを想像しながら「ファーストキャリアのベストは何か?」と考えてみました。
都会で良しとされている価値は、田舎には通用しないものもあります。業種によっても業界によっても価値はまったく変わります。これから継ぐことになる会社は、アナログかつ労働環境も良いイメージが持たれていない物流企業。それも田舎の中小企業。これまで学んだ都会のIT企業の経営をそのまま当てはめたところでうまくいくはずがありません。
そうした中でも大学生活で確かに学んだことは、状況や事情が変わっても、その背景にある価値に立ち戻ってそれを起点に行動することです。
そこで考えました。「自分が継ぐ企業の価値や、そこで働く人にとっての価値とは何だろう?」。
行き着いた答えは、安定というキーワードです。地元に根付いた企業にとって目新しい新規事業の創出や、スタートアップのような急角度の成長は強くもとめられているでしょうか。おそらく優先順位として高くありません。
サービスや雇用創出を通じ、その地域に息長く貢献していくことそのものが企業の価値なのではないか、という思いにいたったのです。
だとしたら、自分に課せられた経営ミッションはとにかく会社を潰さないことです。そんなときに出会ったのが、ファーストキャリアで入社を決めた企業でした。自分にうってつけの企業だと思いました。そこの社長は「潰れない会社」を目指して経営をしている人でしたから。自分が理想とする会社の経営者としての視座を学ぶなら、この人だ。そう思いました。
衛生用商材の営業で売り込んだのはその先の価値
そうして選んだ会社は、経営コンサルティングや環境衛生サービス事業を展開している会社の営業職でした。
まず意識したのは誰にも負けない行動の量です。誰よりも早く出社して、誰よりも遅く帰る。とにかく動き、量をこなす働き方をしていました。特に若いうちに量をこなすことは非常に大切です。
それと同時に意識していたのは、営業の売り込み方の工夫。ここで活きたのも、価値というキーワード。つまり、その商材の価値は何かを考えたのです。
商材は衛生用品や家電でしたが、一般的な営業の売り込み方は、商材の魅力や使い勝手の良さを押し出して顧客に伝える方法ですよね。もちろん、そうした側面を顧客に知ってもらうことは大切です。
それよりもさらに大切にしたのは、その商材を使うことで得られるものはお客様にとっての価値になり得るか、ということです。顧客がもとめているのは快適な空間で、清掃用品や家電ではありません。自社商品を通していかに快適な空間を得られるかという顧客の体験部分にスポットをあてて、とにかくその価値を売り込みました。
一見、回りくどいアプローチに見えますよね。「実利的な側面を押し出して売った方が営業成績を稼げるんじゃない」と考える人もいるかもしれません。
しかし、その方が短期的にも成果が出るのです。そうして3年で課長に昇進し、評価をいただくことができました。遠回りなようでも価値を正しく理解し、そこにアプローチを続けていれば確実に結果はついてくるのです。
心から価値を信じられるモノ・ヒトにゼロ距離でかかわりを
ファーストキャリアを築く会社は非常に重要です。そこで、これから初めての就職を経験する皆さんにどんな視点で若者時代を過ごす会社を選ぶのが良いか、指標の一つをお伝えします。
それは、価値を信じられるモノ、ヒトがあるかということ。
この人だけは信頼できる、共感できる、このサービスは本物だ。そう思えるモノがある会社を見つけてください。経営者やベストセラー商品など簡単にはなくならず、変わらずにそこにあるモノが良いですね。
大手企業かどうかで選ぶのも間違いではありません。そこには長い歴史を紡ぐことができるだけの魅力が詰まっているということですから。一緒に働く人も、優秀で尊敬できる人が多いと思います。
経営を継いで約3年間。いまでも大学で学んだこと、企業で学んだことは自分の個性として経営に活かせています。デジタルトランスフォーメーション(DX)化、情報のオープン化を推進し、ミッション・ビジョン・バリューを強く打ち出した地方の企業はそれほど多くはないのではないでしょうか。コロナ前を大きく越える売上高となり、好調に推移しています。
悩んだ時、まずは考えてみてください。あなたにとっての信じられる「ヒト」や「モノ」、そして「価値」は何か。それを自分自身で探求し、見つめ続けてください。価値あるモノとゼロ距離で働いた経験は、必ずあなた自身の視座を一つ押し上げてくれるはずです。
取材:團祥太郎
執筆:瀧ヶ平史織