意思決定の最後は「心の命じるまま」に従う|学生時代の遊びの経験こそがキャリアを作る
日本ベッド製造 代表取締役社長 宇佐見壽治さん
Toshiharu Usami・慶応義塾大学法学部卒業後、日本ベッド製造に入社し茨城工場で生産、品質管理業務に従事。JIS規格を担当し1979年の認定取得を牽引。その後、企画部商品開発室室長、開発部部長、取締役開発部長などとして企画・開発部門に10年間携わる。1991年常務取締役営業本部長を経て2000年1月より現職
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ときには「宿命」と受け入れることも重要。まずは飛び込んでみよう
振り返ってみると、大学卒業後家業の日本ベッド製造に入社したことが、人生の中で大きなターニングポイントとなりました。
幼少期のころから家業を継ぐことになるとなんとなく思っていたものの、小中学校では美術部と生物部に所属し、将来は海洋生物学者になる夢を抱いていました。
しかし高校受験で慶応高校に入学。そのまま大学に進学することが一般的で、大学には海洋学部も生物学部もないことはわかっていました。今振り返ればその時点で海洋生物学者の道はどこか断念する気持ちがあったのだと思います。
やはり日本ベッド製造の創業家に生まれた宿命を受け入れて、家業を継ぐのが使命であるという意識が時間をかけて刷り込まれ、自分でも納得していたのでしょう。
職業選択の自由はないのかと、少しも疑問に思わなかったと言えば噓になりますが、大学を卒業する頃には当社に入社すること自体に抵抗はありませんでした。とはいえ、ベッド製造の仕事自体にはそれほど興味を持っていたわけではないので、やる気満々だったかと問われれば、そうでもなかったというのが正直なところです。
最初は品質管理業務を担当するため工場に配属されました。当時の工場長には「学歴なんかあったって、もの作りには何の役にも立たないぞ」と厳しく指導され、3年間かけてベッド製造の全工程を頭に叩き込まれました。
その後、当時はベッド分野にも進出していたトヨタと取り引きがあった関係で、トヨタグループ子会社の工場に出向。寮生活をしながら品質管理に当たりました。
そうやって一生懸命になって目の前の仕事に取り組んでいくうちに仕事の面白さも理解できるようになり、次第に仕事への興味は高まっていきましたね。その背中をさらに押したのが、本社に戻ってから任されたJIS(日本工業規格)の取得でした。
日本のベッド作りの基盤となる重要な仕事、JIS取得をイチから全部担当しやり遂げたことで、仕事に対する自信やそこから得る喜びが一段階グレードアップしたと感じました。またこの経験はのちに企画・開発部門に10年間携わっていくモチベーションにもつながったと思っています。
もしもファーストキャリアを選ぶ際に流れに従った判断をせず別の会社を選んでいたら、こんな自分に出会うことはできなかったでしょう。結果論かもしれませんが、宿命や運命だと感じたものであるなら、ことさらあらがうのではなく、いったん受け入れてみる姿勢も必要だと感じます。
たとえば第一志望の業界から内定をもらえず、ほかの業界の企業から内定をもらえたとしたら、それはきっと何かの縁です。先入観や固定概念で自ら選択肢を狭めてしまうくらいなら、無理やり軸を探すより流れに従ってみるのも良いのではないでしょうか。そこから広がっていく可能性もあるし、思わぬ展開になっていくこともありますよ。
ましてや転職のハードルが低くなりキャリアが多様化している現在は、やり直しもききやすいでしょう。軸を持つことは大事ですが、あまりにも1つのことに固執する必要はないと思いますよ。
企業選びでは「色眼鏡を外すこと」「多くの情報を集めること」が大事
あまり就活らしい経験をしていない私ですが、経営者としては20年以上の経験を重ね、企業や仕事というものについて多くを知ることになりました。その立場からいえば、就職先を選ぶ際には会社の規模や知名度ばかりを気にすることなく、いったんそういうモノサシから離れて企業のありのままの姿を見つめる努力もしてほしいと強く思います。
当社もそうですが、中小企業のなかには規模や知名度はそれほどではなくても、若手が伸び伸びと活躍できる環境や条件が揃っている会社が少なからずあるはずです。そんな会社と出会うチャンスを自分から閉ざして欲しくありません。
先輩や知り合いの勧誘で就職先を決めるケースも少なくないと思います。初めて就職活動をするなかでは知人からの紹介やアドバイスは確かに信頼できるかも知れませんが、一方で選択肢を狭めてしまうリスクも否定できません。
また当社では現在特に理系学生の採用に力を入れているのですが、理系学生はゼミの担当教授や大学の推薦を利用して就職先を探す学生も多いのではないでしょうか。もちろん紹介を受けるのは悪いことではありません。ただ、世の中にはさまざまな企業があるので、特定の企業しか見ないのではなく、ぜひ一度広い世界を見てから就職先を決めてほしいなと思います。
より多くの情報を集め、幅広い選択肢の中から自分に合った企業を選ぶ努力をすることが、納得いく就活につながるのではないでしょうか。そのためにも企業に関する情報を幅広く提供してくれる就活メディアを参考にしたり、OB・OG訪問に参加するなど、なるべくニュートラルな情報を集めて判断材料にすることをおすすめします。
また企業を選ぶ際は働く環境もぜひチェックしてほしいです。社員が働きやすい環境かどうかは、経営者の方針でも見極めることができると思いますよ。
たとえば私はずっと携わってきた品質管理や企画・開発といった技術面に精通しているつもりですが、経営者の心得として現場への口出しは控えるようにしています。
もちろん、社長として方向性を示したり調整を図ることはしますが、具体的な指示はしません。経営者が現場のやり方についてあれこれ口出しをすることで、現場に気を遣わせたり委縮させては良いものは作れないと考えているからです。従業員あっての企業だと思うので、働きやすい環境づくりをすることは経営者の役目なのではないでしょうか。
世の中を経営者目線で見ていると、そういう経営ができている会社ばかりでないこともわかります。だからこそ、働きやすい環境選びは就活の重要な判断材料の1つだと思います。
失敗は悪いことではない。「報告」と「意見」が成長につながる
これから社会に出る学生には、ぜひ「事実を事実としてきちんと報告できる人間」になってほしいなと思います。事実を自分で報告したうえで、自分の意見も言えること。それができる人ならばどんな仕事もうまくできるでしょう。
ところが実際には、事実ではなく自分の「意見」を事実として伝えてしまう人が多くいます。あるいは事実だけを伝える人も多い。つまり責任が生じるのを嫌い、自分の意見は言わない人が少なくないのです。だからこそ、事実を報告できてなおかつ意見も言える人材は魅力的に感じますね。
また新入社員に対しては常に「失敗しても構わない」と伝えています。意味のある失敗は、むしろ早い段階でしてもらった方が会社としてもありがたいくらいです。
ところが社員は失敗したがらないし、怒られるのを恐れて失敗の報告さえしない人もいる。もちろん失敗すれば指摘はしますが、失敗したことを責めているわけではありません。また原因となった人を問うのは、誰かを責めたいからではなく、原因の究明に必要だからです。
たとえば航空機事故の際には、責任追及より原因究明が優先され、免責範囲を確保します。それと同様に、個人を責めることより失敗の正確な原因を究明することの方が大局的な利益に結びつくのです。
人の命がかかわる航空機事故ですらそうなので、まして人命に係わることもない単なる仕事上のミスや失敗は、「むしろ次の成長につながる」くらいに前向きに捉えてもらったほうが会社としてはプラスなのだと理解してほしいですね。
意思決定の最後は直感に従うこと。学生時代の「遊び」の経験が判断材料になる
ファーストキャリアは人生において少なからず影響を与えるので、そこでどういう判断をすべきか迷う方は多いと思います。すべての人に当てはまる正解などないからこそ、どうすればいいのかわからないですよね。
私はその判断を支えるのが学生時代の経験だと思います。大学の4年間は自分がどうありたいのか、何をしたいのかを見出すための時間。言わば自分を確立するための期間であり、そのためには遊ぶ経験も重要です。
遊びの重要さは、創業以来500年続く京都の老舗の経営者たちもテレビのインタビュー番組で語っていました。彼らいわく「遊びは人脈作りであり、文化創りでもある」からです。
付け加えれば、遊びは自分の素直な心の内側を、より深く知る機会を与えてくれます。
なぜそうなるかと言えば、遊びは欲得ではないから。お金を儲けたり損得勘定で考えて遊ぶわけではありません。だからこそ遊びの経験が貴重になる。「真剣にやれよ! 仕事じゃねぇんだぞ!」と若手を叱ったというタモリさんの逸話が好きですね。
学生の皆さんも遊ぶときにはちゃんと遊んでみてください。そして自分の心の奥にあるもの、本心と向き合ってみてください。きっとそれが就活にも生きてくると思います。
そして日々決断を迫られる経営者を続けていてわかったのは、最後は「心の命じるままに従う」ということ。理詰めだけで判断できるのなら、もっと前の段階で結論は出ているはずなので、最後は自分の感情に従うしかないと思います。
就活の判断も同じでしょう。最後は思い切って心の命じるまま判断を下すしかない。ただし、そこに「利」がからんではいけません。小さな利益や欲得に影響を受けてしまえば、自分の心に純粋な気持ちで好きか嫌いか、右か左かを判断できなくなるからです。
いずれにせよ就活生の皆さんが、それぞれの覚悟と信念を持って就職活動をやり遂げ、ファーストキャリア選びに関して納得いく判断ができることを願っています。
取材・執筆:高岸洋行