「好きだから頑張れる」ではなく「頑張るから好きになる」|失敗を恐れないシステムを自らの中に確立しよう

アップルツリーファクトリー 代表取締役社長 李 濟旭(イ チェウク)さん

アップルツリーファクトリー 代表取締役社長 李 濟旭(イ チェウク)さん

Lee Jewook・大学卒業後、韓国でフォトスタジオを起業。2004年以降は日本でもフォトアルバムのデザインや販売営業、写真サービス事業に着手。「日本の写真文化を変える!」という目標を掲げ、2006年5月にアップルツリーファクトリーを創業。コミュニティーサイトやブログ、口コミ等で人気のハウス型フォトスタジオ『ライフスタジオ』を全国30店舗展開

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3度のターニングポイントの共通点は、強い決心や確信があったこと

これまでのキャリアにおけるターニングポイントは、3度あります。

1度目は大学時代、学生会の選挙に立候補したことです。当時の韓国は政治的な規制が強く、学生たちは自由な発言がしづらい状況でした。「社会を良くしたい」というエネルギーを持った若い学生がたくさんいるのにそれを発信できない状況を憂い、「自分たちの発言や思いを上に通すぞ!」という決心を持って立候補しました。

そして選挙に当選し、学生会をまとめる立場になったことが、今のキャリアにつながるリーダーシップや人間性を成長させるための良い経験となりました。それまで自分の影響力が及ぶ範囲は友達数人程度でしたが、一気に2千人、3千人の学生に対して考えを発信して影響を与えられる立場になったためです。それによって自分を取り巻く状況も大きく変わりましたが、非常にやりがいのある経験でした。

そして2度目のターニングポイントは大学卒業後に写真ビジネスを始め、写真業界に影響を与える仕事ができたことです。

私は写真の学校に行った経験も、写真館でアルバイトをした経験もありません。最初に名刺を作り、それをお客様に配ってからカメラを買ったほど。技術的な下地も実績もないなかで、なぜ写真業界に狙いを定めたのかというと、自分なりに現状を分析し「この業界なら新しい価値観を生み出せるはずだ」という確信が芽生えたからです。

「自分が良いと思う」という基準で、インテリア、照明、レンズ、接客などすべての要素を決めていく。そうすることで、既存のものとは異なる世界観を生み出せると感じて、この業界に飛び込むことを決めました

ウェディングフォトからスタートしましたが、まもなく子ども向けの写真館を立ち上げると評判が評判を呼び、他の写真館から優秀なカメラマンがどんどん入ってきてくれる状況に。順調に事業を成長させることができました。

李さんのキャリアにおけるターニングポイント

3つ目のターニングポイントは、日本市場に参入したことです。

韓国で起業したときと同様、日本の写真館の現状を見たときに「この市場で自分にできることがある」と確信を持てたことがチャレンジを決めた理由です。当時の日本にハウススタジオ型の写真館はほぼなかったのでブルーオーシャンだと感じましたし、自分なりに細かく日本の写真業界を分析し、定義付けたレポートを持って参入しました。

予想や計画と違う動きが出てくることもありましたが、自分のなかの原理原則と照らし合わせながら着実に事業を推進していった結果、この20年弱で30店舗にまで拡大させることができました。 

やらなければならないことをやる。「好き」にこだわらなくていい

「なぜ写真のビジネスに注目できたのか」。非常に多くの方からこの質問を受けてきました。私はいつも「たまたまカメラと出会ったから」と答えています。起業を志した時期に違うものに出会っていたら、違う仕事をしていたと思いますね。

学生の人にも伝えたいことですが、良いキャリアを歩んでいくために「何をするか」は実はそれほど重要ではありません。それよりも「偶然出会ったものをどうやっていくか」のほうが、はるかに重要です

そしてよく勘違いされることですが、人は好きな仕事、やりたい仕事だから頑張ることができるわけではありません。趣味であれば不得手でも好きなことはあるでしょうが、仕事やキャリアの場合は「やらなければならないことを頑張って、壁を超えられたものを好きになる」という順番だと思います。

たとえば「英語が好きで得意だから、英語を使う仕事がしたい」という人は、しんどくても必死で勉強した時期があったからこそ、英語が得意になれたわけですよね。出発点での小さな興味はあったでしょうが、その先に立ちはだかる長く面倒な「やらなければならないこと」の壁を乗り越えて初めて、人はその対象を「好き」になれるのではないでしょうか。人の成長も、やらなければならないことをやる過程で生まれると私は考えています。

こうした考えなので、私は採用面接においてもその人の好きなことや特技に関する質問はあまりしません。それよりも、社会人としての基本的な姿勢を身に付けていて、一緒に働く仲間たちと同じ方向にエネルギーを向けていけるか、といったことを重視しますね

チームを巻き込める力や「これをやるぞ」と決める力、そのための具体的な方法を考える力がある人は、どんな仕事を選んでも成功するだろうと思うからです。

仕事を早々に辞めてしまう人の多くは、やらなければならないことの壁を超えていません。「これは自分がやりたいこと、好きなことではない」と言い訳をして逃げてしまうと、永遠に「これじゃない、あれじゃない」とさまよい続けてしまう可能性もあるでしょう。

そういったキャリアを歩みたくないと思うならば、「世の中に100%自分に合う仕事はない」「一番好きなことが仕事になるわけではない」という世の真理を理解しておくことが大切かと思います。

李さんからのメッセージ

また会社に入るにあたって一番気をつけてほしいのは、現状で規定されているものを無条件に受け入れる受動的なスタンスになってしまうことです。

この姿勢になっている人は、会社や上司から言われたままを受け止め続け、それを整理する余裕もないまま自分のなかに累積していき、最後はキャパシティオーバーになって不平不満を発して会社を辞める……といった悪循環に陥りやすいです。

そうならないためには、会社に入った最初の1〜2カ月間はその業態やその会社をよく観察して、自分のなかで定義づけてみることです。自分がその会社のコンサルタントに就任し、社長にコンサルティングのレポートを提出するくらいのつもりで、その会社や業界の課題を探し、自分の目で客観的に特徴や課題を定義づけてみましょう。

さらにそれを周りの同僚にどんどん話していけば、有意義な意見交換になるはずです。会社を定義づけることができれば、それに対して自分の武器を使ってどう貢献できるか、といったことも考えられるようになると思います。

経験があれば怖くない。学生時代にしておくべきは「たくさんの失敗」

私はこれまで学生会、韓国での起業、日本進出という3度の“目に見える成功”をつかんできたつもりです。しかしその裏では、1300回くらいの失敗をしています(笑)。

失敗に対する恐れや不安は、まったくありません。なぜなら何度もチャレンジを繰り返した結果、「失敗したときはどうすればいいか」を心得ているからです。

たとえばの話ですが、家が急に停電になったときにパニックになるのは、直し方を知らないからですよね。電気の専門家であれば「こう直せばいい」ということを知っているので、無用に焦ることはありません。それと同じで、人生も経験を積めば積むほど簡単には慌てない、失敗に強い人間になることができます

逆に言えば、「経験を積む」以外に、不安や恐れにとらわれない人間になる方法はないのだろうと思います。学生時代に一番学ばなければならないのは、この部分ではないでしょうか。

学生時代はとにかく失敗を含めたいろいろな経験をして、その結果、臆せずチャレンジできる人間になることができていれば、社会に出た後はひたすら成長するだけです。その状態になっていれば、必ず伸び続けていくことができます。

社内の若いスタッフたちに私の大学時代の経験や海外でのエピソードを話すと、よく「それはすごいですね! まるで映画のフィクションみたいです」と言われますが、そんなに今の若い人たちは挑戦や経験をしていないのかなと心配になります。世の中のことを知らない状態のまま社会に出ているから、失敗を怖がる安定思考になってしまうのではないか――。老婆心ながら、そんなことが少々気になっています。

学生時代にやっておきたい「失敗」のススメ

当社はフランチャイズ展開をしており、毎月必ず韓国と日本の両方のオーナーたちと話します。 韓国の人たちは、よく「日本は退屈な天国、韓国は楽しい地獄」なんてことを自虐的に言いますが、この比喩表現はあながち間違っていないと感じますね。

あくまで個人的な見立てですが、韓国のオーナーは結構リスクを取るので、お店のことでも緊急事態やトラブルがちょくちょく起こります。波瀾万丈で退屈する暇がない、そんなイメージです。一方、日本のオーナーはリスク管理をしっかりしている分、穏やかに仕事をしていますが、お店の変化も起こりにくい。共通の施策を打っても、この姿勢の違いによって双方で真逆の結果が出ることもあります。

お互いに学び合える部分はあると思いますし、どちらの環境を好むかは、人それぞれ違いがあると思います。

ただどんな環境を選ぶにしても、自分のなかに「失敗を恐れないシステム」を確立してから社会人になることを強くおすすめします。このシステムがないと「問題を起こしたくない、文句を言われたくない」という気持ちが先に立ってしまい、身動きが取れなくなるからです。

「どれだけ客観的に自分を見つめられるか」「失敗をどう新しく定義づけて、自分なりの意味を見出せるか」。仕事の原理原則とも言えるこのシステムを自分のなかに確立させることが、幸せなキャリアを歩むための最初の出発点です。ファーストキャリアとなる会社には、このシステムを試す場所だと思って入っていけば良いと思います。

守られた狭い世界に閉じこもらず、世の中に飛び込んでみてください。自分を世の中に押し出してあげてください。早めにそれをやっておけば、仕事でチャレンジすることは怖くなくなりますよ。

李さんからのアドバイス

「わからない」を日常化させず、問題を整理できる人になろう

アップルツリーファクトリー 代表取締役社長 李 濟旭(イ	チェウク)さん

就職活動の時期には、いろいろと悩みが生じると思います。悩みや問題が発生したときにおすすめしたいのは、「まず全体を見る→全体を見たらひっくり返してみる→それを自分の意見として表現してみる」という3つのステップです。

問題に直面したときに実践したい3ステップ

  • まず全体を見る

  • 全体を見たらひっくり返してみる

  • それを自分の意見として表現してみる

この問題の全体像は何か、自分の目線からはどのような意味づけができるか、少し引いたところから問題を観察してみてください

悩みから抜け出せない人の多くは「現象」を見がちで、目の前に起こることに反応するだけの状態になっています。現象だけに集中していると、悩みがちな人間のまま10年、20年と経ってしまうケースも珍しくありません。そうならないためには、物事の本質を見る習慣を付けることが大切です。

問題や悩みを整理するコツ

また「問題が絡まったまま整理されていない」ということも、悩みが解決しない人の共通点です。私はスタッフからよく相談を受けるのですが、急に「わからないんです」と言いながら涙を流し始める人が少なくありません。わからないという状態が、いわば日常化してしまっているわけですね。

わからないと言い続けてしまうのは、問題が整理されていないから。「何をどうしたらいいか」がわからない、と訴えているのだと理解しています。たとえるなら、髪の毛が絡まって解けなくなっているような状態といえるでしょう。

「今こんな状況で困っているんです、こんな出来事があったんです」とスタッフが訴えてきたとき、私が必ずするのは、その問題を細かくほどいてあげること。ほどいたものを1本1本、机の上に並べて見せてあげると、頭のなかが整理されるのか、スタッフたちは「どうすればいいかが見えてきました!」と明るい表情に変わる。そんな場面を幾度となく見てきました。

誰かに相談するのも良いですが、この作業を自分でできるようになると、問題を解決できる道筋を立てられる人になれるはずです。まずは、自分のなかで絡まっているものを文章にして書き出してみるのがおすすめです。少し客観的に整理して、目の前に置いてあげると、「どうすれば良いのか」の具体的な方法論が見えてきやすくなると思います。

会社で何かあると「報告書やレポートを出して」と上司が言うのも、これとまったく同じ目的だと思います。問題を自分の外にアウトプットして、書き出して整理する。「ここから次に何をすべきか」を考えるために必要な作業なのだなと理解しておくと、ちゃんと意味のある、自分にとって有意義な報告書を書けると思います。

周りを巻き込む「変化の起点」であり続けることが人生のビジョン

私の人生を通じたテーマは「変化発展」です。自分が積極的に変化し、それによって周りの人も変化し、成長する姿を見られるときに一番の充実感を覚えます。良い風を自分から起こせる”台風の目”な存在になり、周りにも良い影響を及ぼしていくことができる、そんなイメージですね。今の会社でも、スタッフたちと一緒に”変化”を感じられる瞬間に「この会社をやっていて良かったな」と心からうれしくなります

キャリアにおいて「こうなりたい」と考えたことは一度もありません。人間は自分の意志で生まれたわけではなく、望むと望まざるにかかわらず、世界に押し出された存在です。大きな問題なくここまで来られただけでもすごいことだと思っているので、これからも変わらず与えられた仕事で最善を尽くしていくことが、私のキャリアビジョンです。

李さんが贈るキャリアの指針

取材・執筆:外山ゆひら

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