旅に出よ。人生は実験だ|「自分だからできること」に力を注ぐ、使命感のあるキャリアを

メディカルトピア草加病院 院長/外科顧問、上尾中央総合医科グループ 内視鏡外科アカデミー代表 金平永二さん

メディカルトピア草加病院 院長/外科顧問 上尾中央総合医科グループ 内視鏡外科アカデミー代表 金平永二さん

Eiji Kanehira・1991年ドイツTuebingen(テュービンゲン)大学医学部外科においてGerhard Buess(ゲルハルト・ブエス)教授の指導のもと、内視鏡外科手術を学ぶ。1992年金沢大学医学部附属病院心肺総合外科講師を経て、2002年フリーランスの外科医に。全国60カ所以上およびシンガポール、ニュージーランド、香港、台湾、韓国で執刀。2005年四谷メディカルキューブきずの小さな手術センターを経て、2008年上尾中央総合医科グループ、内視鏡外科アカデミー代表、上尾中央総合病院 外科診療顧問長、2012年より現職

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写真家志望から医師へ転身。出会ったのは人体という宇宙

学生の頃は自然を撮る写真家になりたいと思っていました。田淵行男という昆虫研究家・写真家に憧れていて、弟子入りの手紙を送ろうとしていたくらいなんです。しかし両親や担任教師は大反対。写真家として大成するのは難しく、職業としては成り立たないだろうと諭されました。昆虫や動物が好きなら、広い意味で人間も動物だと捉えて、医師になれば良い、と。確かに写真は趣味でもできると考え、道を方向転換し、医師を目指すことにしました。当時テレビドラマの「白い巨塔」や「ブラックジャック」の漫画を見て、医師になるなら外科医だ、と決めましたね。

親や担任の言葉で生きる道を変えるなんて、そして妥協で医師を目指すなんて、褒められたものではないかもしれません。しかし今振り返ると、自分にとって医師は天職で、その道を勧めてくれた周りの人には感謝の念を覚えます。自分のことを真剣に思っての客観的なアドバイスは、本当に貴重なものです。意地を張りそうなときほど、大切な人の言葉に耳を傾けても良いのかもしれません。

その後、私は内視鏡と出会ってキャリアが大きく変わるのですが、内視鏡がまるでカメラのように思えて、運命を感じました。ファインダーを覗き込んでシャッターで世界を切り取るように、レンズ越しに人体という宇宙のような世界を見つめる──。まるで写真家になったように興奮しましたね。人生はどこでどんな要素が絡み合うのか、わからないものです。

アドバイスと偶然で導かれた天職

「自分だからできる」を信じて力を注ぐ

その後、黎明期の内視鏡手術に出会います。まだ新しい技術であった内視鏡手術は所属する大学病院ではメインストリームとはならず、所属外の病院に出向いては内視鏡手術をする日々でした。患者さんの体に負担の少ない内視鏡手術は良いものであるのは間違いないのに、実施できないジレンマ。必要とされるところで、できる限り執刀したいという焦り。負担の少ない内視鏡手術を選択肢として出せず、患者さんが開腹手術を余儀なくされていることに罪悪感に近い感情を覚えていました。

そこで大学病院をやめ、フリーランスの外科医になることにしました。以前私を取材してくれたテレビ局が調べたところでは、それまでの日本にフリーランスの外科医は存在しなかったようです。誰もやったことがないのですから、もちろん不安はありました。患者さんに出会える保証もないし、拠点も何もない。設備も、ベッドも。それでもフリーランス外科医として力を発揮し始めると、“自分でなければできない”という使命感を満たすことができて、幸せな働き方だと感じました。どんな小さなことでも「自分だからできる」と思うことを信じて力を注げたら、そのキャリアは意義深いものになるのではないでしょうか

無謀な挑戦ではありましたが、フリーランスが立ち行かなくなったとしても、いざとなったら医師免許があるからどこかで食っていける、という打算というか、すがれるものはありましたね(笑)。挑戦のための基盤も大切です。

働き方を変えてより大きな意義を感じる仕事に

同じ方向を向いて歩める人こそ大切に

フリーランスは一匹狼。孤独なように思われがちですが、寂しさを感じたことはないんです。それは仲間がいたから。毎回手術のたびにチームが組まれ、術前に入念に打ち合わせをして、手術中は患者さんのために全力を尽くします。皆で同じ目的を共有しているので、一緒にいる時間は短くても仲間だと感じていました

フリーランスの自分が病院のオープンベッド(病床の一部をかかりつけ医などにむけて開放すること)を使用するために、力添えしてくださった先輩医師もいました。使用のために医師会の許可が必要だったのですが、医師会に入るには開業が条件です。フリーランスとしてはどう手を打てばいいのか悩みましたが、インターネットでの開業を認めてもらい、無事ベッドを利用することができました。そのときにインターネット開業を医師としての開業だと認めて許可をくれた医師会会長には頭が上がりません。仲間と呼ぶにはおこがましいですが、彼もまた自分を認めてくれた大切な先輩だと思っています。

そのインターネット開業として開設したのが、「ELK」です。患者の窓口としてスタートしたHPでしたが、内視鏡手術のスキルを高め、世の中に広げていくという理念に共感した医師が集うようになり、情報共有・交換、切磋琢磨の窓口にもなりました。志を同じくする仲間がいることに勇気づけられましたね。

本当の仲間とは

思い返すと、一人で全国を飛び回っていたフリーランスの時期より、内視鏡手術に理解者や賛同者がほとんどいなかった大学病院時代の方が、孤独を感じていたように思います。目的や志を共に掲げられる人こそが、あなたの仲間です。同じ組織なのか、利害はどうなのかなんて関係ありません。同じ方向を見て歩める人を大切にして欲しいと心から思いますね。

旅に出よ!枠組みから飛び出して視野を広げよう

メディカルトピア草加病院 院長/外科顧問 上尾中央総合医科グループ 内視鏡外科アカデミー代表 金平永二さん

「フリーランスで医師になるなんて、チャレンジ精神にあふれているね」と何度も言われたのですが、自分はどちらかといえば心配性で不安が多いタイプだと思っています。そんな自分がリスクをかえりみず、誰もやったことのないやり方で医師としての使命を果たすようになったのは、学生時代の経験が背景にあるのかもしれません。

24歳の時、1年間学校を休んでバックパッカーとして海外へ旅に出ました。さまざまな国のさまざまな場所に行き、いろいろな人とふれあい、体験を重ねました。お金がなくて、知り合った友達の大学学生寮にお邪魔したことも記憶に色濃く残っています。また、内視鏡手術に出会ったドイツへの留学も貴重な経験でしたね。海外に出ることで、言葉を超えた感覚で世界を体感することができます。国際感覚が磨かれるのはもちろん、自分の考え方の枠組みが外れて、自由で幅広い見方ができるようになるのです。今思い返すと海外で開かれた感覚、そして広がった視点があったからこそ、日本の常識では無謀と思われるようなチャレンジができたのかもしれません。

これからはどんな分野であっても、ますますグローバリゼーションが進んでいきます。海外から学ぶことや視野が広がることはもちろん、外から見ることで初めて日本の良さや強みを認識することもできます。ぜひ一度は今いる世界の一歩外に出てみてはどうでしょうか。

不安だからこそ「ポジティブ思考」を心掛ける

その後、内視鏡手術は広まっていき、自分がフリーランスという立場でやる意義も小さくなっていきました。一方で名前が知られるようになり、今日は北海道、明日は九州というような、日本中を駆け回るスケジュールが続いていたんです。移動の時間も手術や治療に充てられたら良いのに、と考えるようになり、術後の患者さんをきちんとフォローしたいという思いも大きくなっていました。そんなタイミングでちょうどお声がけいただき、都内の新規クリニックの院長に就任することになりました。

それまで組織の中でマネジメントをしたことが一切なかったので、本当に未熟なリーダーだったと今振り返っても思います。患者の命、健康を考えるだけでなく、スタッフの生活や意欲についても心を配らないといけないということが、わかっていなかったんです。しかしスタッフはよく付いてきてくれました。違う文化を背負った人々が集う1つの共同体を、使命に向けて進めていくマネジメントや経営という仕事は、まだまだ自分にとっても課題が多く、今も常に勉強中です。

慣れない組織運営の中で、不安になることも多々ありました。でも自分は不安が強い人間だと知っているからこそ、意識的にポジティブなことを多く考えようと思っています。リスクの高い手術であっても、「もし成功したら患者さんの人生がより良く変わる、そして自分もハッピーな気持ちになり、達成感が得られる」と考えて、良い結果をたくさん思い浮かべるようにしています。もちろんリスクについては慎重すぎるほど入念に検討を重ねますが、その先の成功や改善をいつでもたくさん想像して、課題を乗り越えてきました。そもそもリスクを最優先する人間だったら、難手術を引き受けたりしないでしょう。リスクや不安との折り合いの中で生まれた、自分なりの処世術です。

金平さんからのメッセージ

自らの人生を通して思うのは、「人生は実験だ」ということです。やってみないとわからないし、どんな結果からも学ぶことができる、そして一歩ずつ成長できる実験の繰り返しです。私もまだまだ成長していかなければなりません。これからも考えうる限りの良いイメージを心に描いて、前に進んでいきたいと思います。

金平さんが贈るキャリア指針

取材・執筆:鈴木満優子

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