ゼロバイアス人材になれ|人とのつながりで描くキャリア
一般財団法人塩尻市振興公社 理事 兼 塩尻市先端産業振興室室長 太田幸一さん
Koichi Ota・2000年に新卒で塩尻市役所に入庁。2005年に経済産業省への1年の派遣を経て、帰庁後にICTインキュベーション施設である「SIP」を設立。2009年より塩尻市振興公社に派遣となり、2013年まで従事。一時帰庁するも2016年に2度目の塩尻市振興公社へ派遣となり、2019年に帰庁。その後も塩尻市の振興に貢献し、現職
仕事は挑戦であり実験。型破りなキャリアのなかで繰り返したトライ&エラー
これまで、仕事は実験と同じようなものだと思って取り組んできました。就労支援事業のKADO(カドー)や起業家たちが集うコミュニティ施設であるスナバの立ち上げ、塩尻市内の交通網をDX(デジタルトランスフォーメーション)化したMaaSプロジェクトなど、これまでさまざまな分野で挑戦と実験を繰り返しています。
20年ほど前の市役所は、失敗を恐れる側面が大きい組織でした。厳格な年功序列の体制と、ミスに対する厳しいマイナス評価。何かチャレンジをしてもそれ自体が褒められることはあまりなく、むしろそれで失敗をすればネガティブな評価につながってしまうのです。そのような環境下で、誰も挑戦しようとは思えませんよね。
そんな体制を少しずつ変えていき、失敗を恐れなくなった市役所がどこまでできるのかを実験しています。正にトライ&エラーの繰り返しです。うまくいってもいかなくても、そこで生まれた結果をもとにさらなる挑戦を続けてきました。
当時の市役所職員としては、異例ともとれるキャリアを積んできたと思います。そもそも市役所では30代後半や、下手すれば50代になるまで大きな仕事を任せてもらえる機会はありませんでしたから。自らプロジェクトを立ち上げて仕事をしていくというよりは、国から受けた仕事を遂行する側面が大きい機関だったのです。そのような環境にもかかわらず早いうちからプロジェクトを推進する経験を積めたのは、今の仕事への価値観を形成するうえでの大きな個性になりましたね。
とは言っても、新卒で市役所に入庁した当時からこのような価値観を持っていたわけではありません。むしろ公務員になろうと思ったのも、真逆の発想からでした。求めていたのは安定。勉強も就活も好きにはなれなかった自分が、間違いのない道を進むとしたらここだろうというくらいの気持ちで市役所職員になったのです。
誰かにトリガーを引かれながら築いたキャリア
当時の自分の価値観を大きく変えたのは、出向先である経済産業省でのメンターとの出会いでした。
市役所には定期的に部署異動をするジョブローテーション制度があり、異動した先の部署で経済産業省に1年間出向する機会があったのです。20代後半の若さでこういった仕事を任されるのは、当時はかなり異例のことでした。
市役所では、パソコンはほとんどワープロの延長でしかありません。つまり、ワードで完結するような仕事しか任されてこなかったのです。パワーポイントの使い方さえわからないのに経産省でまともに仕事ができるはずもなく、そんな自分を当時のメンターは根気強く鍛え上げてくれました。たった1年間の出向で何を教え、何を持って帰らせるか。それを常に考えながら接してくれる人でしたね。
とはいえ手厚いレクチャーを受けることができたわけではありません。今何をするべきか、目の前の仕事をこなすためには何を身に付けなければならないのか、それを自分自身で考えて行動しなければなりませんでした。慣れない環境で仕事をするにはあまりにも厳しい条件でしたが、その苦しい時期を乗り越えた経験とメンターからの教えがあったからこそ、市役所入庁当時の自分からはずいぶん変わることができました。
出向先から市役所に戻ってきてからも、人とのかかわりがあってこそできた仕事がたくさんあります。そのうちの1つが、インキュベーション施設であるSIP(塩尻インキュベーションプラザ)の施設管理です。
当時の上司が経産省から戻った自分の変化に気づき、仕事を任せてくれました。市役所では珍しい民間感覚を持って自分から事業を仕掛けてきた人で、その上司の采配によってマネージャーであり自分のパートナーとなったのが民間企業の社長経験がある人でした。これまで公務員の上司しか持たなかったので、そういった民間目線を持っている人と接するのは新鮮でしたね。
マネージャーの手引きもあって、市役所という組織の外の人と連携することも増えました。行政には行政にしかできないことがあり、民間企業には民間企業にしかできないことがある。双方が手を組むことでできることが一気に増え、互いに刺激を与え合う関係を構築することができるのです。特に組織のDX化に関しては組織外の人々に支えてもらうことが多く、彼らの手助けなしにはできなかったことだと思っています。
今思えば、これまでのキャリアのターニングポイントにはいつだって「人」の存在がありました。もちろん自分の努力抜きに成し得たことはありませんが、その努力の糧になったり、自分のなかのトリガーを引いてくれたのは第三者の存在だったのです。それはときにメンターであったり、一緒に働く同僚であったり、上司であったり、はたまた自分が携わった事業を利用する市民でした。自分の周りを取り囲む人々との出会いに突き動かされながら歩んできた結果が、今のキャリアにあります。
人に支えられ、人とつながり、人を巻き込む
これからの時代に活きるのは、多くの人の価値観を受け入れ、ともに新たな価値を生み出すことができる人材。つまり、「ゼロバイアス人材」だと思っています。性別、年齢、立場、価値観。自分とはまったく違うものを持った相手へ感じがちなバイアスを取っ払い、誰とでも並走して多くの人を巻き込み、ともに1つのものを作り上げていくことでしか成し遂げられないものがあるのです。
そこで意識したいのが、コミュニケーションの取り方です。一対一ではうまくいくことも、一対多数になると何かと難しいことがありますよね。これを円滑に進めるために必要なのは、「自分自身をさらけ出す」というかかわり方だと思っています。
大きな物事を進めたり、意思決定をするには、双方の気持ちが同じところを向いた状態で手を組んでいかなければなりません。そのためには意見交換が必要です。そのようなときに、いかにして相手の本音を引き出すのか。これには自己開示が一番です。
けれど、ただ思っていることを垂れ流すのでは意味がありません。相手が求めるものや必要としているものを考え、それを受け止めることも重要です。一方通行に思いを伝えるのではなく、対峙する相手の思いも汲んだうえで自分の情熱を持った思いを伝えてください。表面上での付き合いではなく本音を伝え、相手からも同じ熱量のものを受け取り、それを受け入れること。この繰り返しが関係の構築につながっていきます。
失敗をも形にする。「やりきる」ことにこだわる働き方
何よりも自分自身が壁を作らずに多くの人と接することを大切にしてきましたが、働き方におけることだわりはそれだけではありません。もう1つ貫いてきたのが、何事もやりきるということです。成功も失敗も、必ず何らかの結果を生み、自分の力になる。そう強く信じながら、投げ出さずに物事と向き合ってきました。
この仕事のしかたは、経産省時代のメンターや出向から戻って来てからのマネージャーの背中を見て学びました。かっこいい生き方だなと、素直に思ったのです。
また現実問題として投げ出すことができないという責任感もありました。それを如実に感じたのが、KADO立ち上げ時です。もともとKADOは一人親支援として立ち上げた事業でした。実際の一人親の様子を見たときにこれから自分が抱えることになるユーザーの存在や、彼らがどのような現状と戦っているのかを知り、投げ出すわけにはいかないと強く思ったのです。
そのうえ事業立ち上げのために巻き込んだ人への責任もあります。自分がこの事業を失敗して途中で投げ出したりしたら、これまでついてきてくれた人々はどうなるのか? それを考えれば、どうしたってやりきる以外に選択肢はありませんでした。
原体験を深掘りした先にファーストキャリアの答えがある
挑戦を続ければ、必ずうまくいかないことに直面する機会があります。そうなったときに投げ出さず、いかにそれを形にするか。それにもまたたくさんの人の協力が必要であり、貫き通すという強い信念と覚悟が欠かせません。その思いを持ち続けるには「誰に何を届けたいのか」という明確な目的が必要だと思います。
目的がないのに、与えられた仕事を全力でこなすのは難しいですよね。何か1つのことをやり遂げるには、うまくいっているときもそうでないときも、覚悟を持って仕事と向き合うだけの信念が必要です。そしてこの信念は、必ず皆さんのなかの原体験にあります。
たとえば公務員になろうと思った時、もちろん安定した仕事に就きたいからという考え方もあるでしょう。ただそこで思考を止めるのではなく、さらに深いところまで掘り下げてみてください。なぜ安定性が大切だと思ったのか? 大企業でなく公務員を選ぶのはなぜか? 本当に公務員でなければならないのか? その答えを追求していった先に、今のあなたの価値観を決定づけた経験があるはずです。その原体験のなかにはあなたの信念があり、それが「誰に何を届けたいのか」という問いかけの答えになります。
そのうえで、本当にあなたが求める仕事は何なのか、今志望している企業は本当にあなたが求める場所なのかを考えてみてください。
意思決定の基準は心の底から信頼できる人の存在
志望企業を探す時、何を基準にすれば良いのかわからないこともあると思います。特にファーストキャリアはその後の人生を左右する大きな決断ですから、悩むこともあるでしょう。もし確固とした判断基準が持てないなら、おすすめは「人」で選ぶことです。その組織のなかに信頼できる人がいるかどうかを考えてみるのが良いですね。
個人が持っている価値観や行動指針、原体験、発する言葉。そういったあらゆるもののなかから自分と共通点がある人を見つけましょう。検索をして上の方に出てくるメディアやサイトばかりでなく、いかにローカルなサイトにたどり着けるかが勝負です。会社が自ら発信している情報や面接官、企業説明会で明かされることは、企業の表向きの顔でしかありません。重要なのはその企業、もしくはそこで働いている人の本質を見抜くことです。
こういったリサーチ力がある人材は、この先どのような企業でも必要とされます。常に「なぜ?」という視点を持ち、物事の内側にある事実を見つめ、本当のことを言っている人の声をキャッチする力を養ってください。
そうして信頼できる人を見つけ、ほかにも多くの人とかかわりつながりを持つことで、あなたの価値観にあらゆる変化が起きるはずです。良いこともあれば、悪いこともあるでしょう。悪いことがあった時、自分を支えてくれるのもまた人の存在。バイアスを取り払って多くの人とかかわり、関係を構築してみてください。その経験は必ずあなたの武器となり、個性となり、あなたならではのキャリアを描くことにつながります。
取材:山本梨香子
執筆:瀧ヶ平史織