夢破れても、好きなことでなくても、無駄な経験なんてない|回り道の先に広がるキャリア
リオエンターテイメントデザイン 代表取締役社長 竹林 良太さん
Ryota Takebayashi・中学卒業後、オーストラリアに留学。2003年Charles Sturt University, Bachelor of Art (Design for Theater and TV)に入学。2006年帰国し、空間演出の世界で活動を開始し、2007年アートアイデアに入社。2012年、リオエンターテイメントデザインを設立し、現職
小学生の頃何気なく踏み出した一歩が人生を大きく変えた
幼少期にチェロを習っており、小学生の時、オーストラリアに行きました。交換留学という形で2週間音楽教育を受け、オペラハウスでの演奏も経験。そこでのカルチャーショックが、その後の人生を変えるきっかけになりました。
クラシック音楽がリアルタイムのカルチャーとして力を持ち、さらに譜面どおりの演奏よりも気持ちを伝える演奏を求められたことで自分の価値観が大きく揺さぶられ、オーストラリアという国に惚れ込んでしまったのです。
すぐにでもオーストラリアに暮らして音楽を学びたいと思っていたのですが、さすがに義務教育は日本で受けた方が良いと両親に諭され、中学卒業後、チェロを抱えて単身オーストラリアに留学しました。高校では一般教育と音楽を学びながら楽しく過ごしましたが、プロの演奏者としてやっていくには厳しいと自分の限界を見定め、大学では舞台美術を学ぶことにしました。もともと音響を始めとしたコンサートの裏方にも関心があり、最終的には映画監督を目指したいと思ったんです。
今振り返ると、小学生時代のたった一度の経験が、その後の自分の進路を大きく変えました。誰にでもそんな出会いや気づきがあると思います。感性を大切に、自分を変える出会いをバネに飛躍してほしいですね。
ちなみに、私の弟も飛行機でパイロットにコックピットを見せてもらったことに感動し、実際にパイロットになりました。誰もが人生を変えるきっかけに、きっとどこかで出会うはずです。
夢が砕けても腐らずに次のステップへ
大学で学んだことを生かして、憧れのオペラハウスでインターンに参加することに。インターンとして採用されただけでも素晴らしい経験なのに、オペラハウスからスタッフとしてのオファーをいただくことができました。本当にうれしかったですね。小学生のときに出会って憧れたオペラハウスのスタッフとして、自分がキャリアをスタートできるなんて、夢のようでした。
ところが突然事情が変わります。オペラハウス側は私が日本人だということを認識しておらず、就労ビザを考慮していませんでした。当然この採用は再考されることになり、私は千載一遇のチャンスを失ってしまいました。
それでもあきらめることができず、オーストラリアに残って働くチャンスを得ようと奮闘しました。シアターを手当たり次第に訪ねて働き口を探したり、スポンサーを探したり、友人がビザ取得のために結婚を申し出てくれたり(笑)。しかし結局オーストラリアで働き始める道は開けず、帰国することになりました。
失意のなか帰国しましたが、いつまでも落ち込んでいるわけにもいきません。映像の仕事をしようと、カメラマンやディレクターなどの下で働き始めました。しかし、映像業界はいわゆる“体育会系”で、先輩後輩の縦の関係が厳しく、オーストラリアで長く暮らした自分には馴染みづらい環境でした。
オーストラリアでは、常に自分の意見や発言が求められます。自分から発信しないと、意味がないとみなされました。しかし、当時の日本の映像業界は反対で、新人や後輩が意見を言うなんてとんでもないと叱られました。上下関係を意識せず、結構ラフに思ったことを言っていたので、先輩に疎まれ、理不尽に扱われることもありました。
ここまでくると、さすがに腐ってしまいそうになりましたね。もうオーストラリアに戻りたいと、逆ホームシックにさえなっていました。ちょうどオーストラリアの日本大使館でスタッフを募集していたので、今度うまくいかなかったらオーストラリアの日本大使館で働いて、どうにかオーストラリアへ帰れないかと考えた事もありました。それでもラストチャンスと決めて日本の企業にチャレンジしてみようと扉を叩いた会社が、自分の今につながる場所になったのです。
自分のやりたいことは行動×実績でつかむ
入社したのは、展示会やシンポジウムなどのイベントのブースを企画制作する会社。海外の顧客も多く、営業職としてのびのび働きました。それまでの業界とは違って自分の裁量も大きく、本当に働きやすかったですね。
しかし案件を重ねて顧客とかかわり、さまざまなイベントにも慣れていくと、ブースを自分でデザインしたいという気持ちが強くなっていったんです。当時会社では営業と制作をしっかりと分けており、工程によっては外注している部分もありました。営業マンが自ら手を動かしてデザインすることはありません。自分がかかわればもっと良くなる。自分ならこういうデザイン提案ができるのに──。歯痒い思いが大きくなり、外注先のデザイナーに「自分もデザインをしたい」と気持ちを吐露しました。
するとそのデザイナーが、わざわざゴールデンウィークの5日間を返上して、全てのスキルを教えてくれたのです。彼の元で学び、実際にソフトを動かしながらノウハウを身に付けました。最後には彼がこっそりソフトを譲ってくれて、「頑張ったね」と焼き肉までご馳走になりました。本当にありがたかったですね。これだけしてもらったのだから、それに報いるような仕事をしないわけにはいきません。デザイナーとしての仕事もやっていこうと心に決め、社長に直談判。「営業成績は一切落とさないから、1年だけデザインも自分に担当させてほしい」と頼み込みました。
3カ月たって蓋を開けてみると、デザインも兼務した自分が営業成績トップになっていました。考えてみれば当然ですよね。外部のデザイナーに依頼する費用が削減されて利益が上がりますし、顧客の要望を自分の手でダイレクトに反映できる。良いことづくめなんです。その甲斐もあってか、入社から3年目には部長に昇進しました。
自分は上司に対して真っ直ぐに、やりたいことをやりたいと言ったことで成果を得られました。皆さんもやりたいことがあれば、それをまず素直に言ってみましょう。もちろんそのための行動や実力、アピール、責任感は必要です。どれほど真剣に向き合うつもりがあるのか、行動で示してください。
まずは動いてみる。そして自分の実績でやりたいことをやりたいようにできる環境を作り上げていく。恐れずに行動した先に、あなたにとってかけがえのない経験があるはずです。
すべての経験は未来の自分に+αの価値を与える
やりがいのある仕事、のびのびと進めていける環境、優秀な部下も得て順調にキャリアを積み重ねていたのですが、さらなる成長や充実を目指して独立することになります。当時ちょうどプロジェクションマッピングが注目を集めはじめた頃で、ぜひ仕事に取り入れたいと思っていました。何度か会社に提案しましたが、機材も高額なので、なかなか首を縦には振ってくれませんでした。
新しいことに挑戦するということは、リスクや投資が発生するので挑戦がしづらいのは理解できます。それでも、自分はやる意味があると感じました。失敗したとしても、自分に降りかかってくるだけなら覚悟も決められます。それなら自腹を切って挑戦しようと起業を決めました。
海外での経験、映像業界での挫折、イベント業界での知見を経て起業にいたったことを思い返すと、全ての経験が今につながり血肉となっているなと感じます。
長い目で見たら、どんな経験にも無駄はありません。これまでデザインしかしていなかったら、営業のやり方もわからず、起業したとしても失敗していたでしょう。嫌でしょうがなかった映像業界の慣習や環境も、反面教師です。自分を探し、作り上げていく長い旅がキャリアだとしたら、回り道こそ力になることもあります。
だからこそ未来のキャリアについて不安を抱えている人には、まずはどんなことでも経験してみてほしい。向いていない、やりたくない、できそうもないと思っても、経験することで身に付くことや見えてくることが必ずあります。焦らず目の前のことに取り組んでみましょう。その経験が20年後の自分を助けることもあるのです。
「新入社員」のメリットを享受しよう
在学中の起業やフリーランス、副業など、働き方も多様化した現代だからこそ、どうやって世の中でキャリアを積もうか悩むことも多いでしょう。そこで考えてみてほしいのが、「新入社員」のメリットです。
学生時代の経験だけをもとに判断しようとしても、そもそも選択肢を知りませんよね。もっとほかのやり方、違った場所、別の世界があることを知らずにスタートするのはもったいない。会社という基盤のなかで、経験を積み、社会を見て知ってから改めて道を選択しても遅くはありません。
新入社員はある種特権的な立場です。ミスもある程度許され、学びの時期として会社が守ってくれますから。お金をもらって教えてもらえるなんて、社会人生活でこのときだけです。この期間を活用しない手はありません。
また会社をバックに大きな仕事を経験できるのも、会社員の良さです。予算の大きなプロジェクトや、ネームバリューのある案件、広いコネクションは、会社があってこそのもの。突然個人で大きな仕事にたどり着くには、限界があります。
卒業後すぐに起業したいとか、フリーランスで働きたい、また副業にも力を入れながら生きたいと思っている人こそ、まずは企業に所属し新入社員の特権を存分に活用することを考えてみてください。その経験は、確実にあなたの視座を高めるはずです。
何もできなくて良い。自分にリミットをかけず素直に吸収しよう
これから世に出る皆さんに期待されているのは、成長です。最初からいろいろなことができるとは企業側も思っていません。とにかくスキルを持たねばと思うかもしれませんが、実はそうではないのです。成長に必要なのは、素直な姿勢。一度まっさらになって、スポンジのようにさまざまなことを吸収してほしいですね。
そのために、学生時代にはリミットをかけずいろんなことに手を出してみてください。つまりは「しっかり遊んでおこう」ということでね。何でもやってみる、学んでみる、できるようになるという経験が、仕事でも活かされるはずです。
それに仕事とは別の世界があることで、人としても大きくなれます。私も忙しいですよ。楽器、カメラ、ビリヤードや釣り、車……(笑)。仕事でちょっと話をするときにも広がりが出ますし、趣味の幅は広げておいて損はないです。
のびのびと感性のおもむくままに遊んで、その柔軟なマインドを持って世に出れば、きっと素敵なキャリアを築いていけます。ぜひ怖がらずに、広い世界を経験してみてくださいね。
取材・執筆:鈴木満優子