キャリアは小さな挑戦の積み重ね|“会社のあり方”に共感できると長く働ける!

Mobell Communications(モベルコミュニケーションズ)取締役 吉田 きえさん

Mobell Communications(モベルコミュニケーションズ)取締役 吉田 きえさん

Kie Yoshida・小学生の頃から海外で暮らし、4カ国に住んだ経験を持つ。イギリスの大学を卒業後、2000年に通信ベンチャー企業であるモベルコミュニケーションズに入社し、現地で日本支店のサポートを担当。2007年にロンドンに移り住み、アメリカ在住の日本人向け携帯電話ブランド「HanaCell(ハナセル)」を立ち上げる。2020年以降、現職

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価値提供×社長の生き様で選んだファーストキャリア

学生時代、「将来はこれをやりたい」という明確なキャリアは持っていませんでした。大学では数学と音楽を専攻していましたが、特にそれらの道に進もうという考えはなかったですね。ただ「早く仕事がしたい」という気持ちはあり、「ほかの文化と触れ合えるような環境で仕事がしたい」ということだけははっきりしていたので、この条件で就職先を探しました。

イギリスでは、日本のような新卒や第二新卒に限定した就職活動はありません。基本的にどんな人でも応募できる求人広告が出て、そのポジションに最適な人材が選ばれるのが一般的です。その仕事に対して「自分ならこんなことができる」というアピールをしていく形になります。

モベルコミュニケーションズはちょうど日本支社を立ち上げようとしていた時期で、イギリスで日本支社をサポートできる日本人を探しているとのこと。その内容を見て「これは私にできる仕事ではないか」と感じて応募をしました。

面接を受けてみて改めて「ここに入りたい」と思ったのは、社長と話せたことが大きかったように思います。当社は当時30名ほどのベンチャー企業でしたが、社長は過去に3〜4社を立ち上げた経験がある起業家で、型にはまらないキャリアを歩んでいる人でした。彼の自由な生き様を見て「こういう道もあるのだな、こんなこともできるのだな」と共感したことを覚えています。今でもずっと社長のもとで働いていることを思うと、この出会いが最初のキャリアのターニングポイントでした。

吉田さんのキャリアにおけるターニングポイント

日本の企業の採用面接は「質問して、答える」というような形式が多いと聞いていますが、イギリスの面接はもう少しフランクに会話をします。お互いに「この相手と今後やっていけそうか」と価値観を探り合う、という感じです。

会話のスタイルの違いはあれど、採用面接の目的は「社風や一緒に働く人たちのパーソナリティに触れて、自分に合うかどうかを判断すること」という点には違いはないはずです。間違っても、会社にとっての良い人材像の“型”に、自分を合わせにいかないこと。「相手に選んでもらう」のではなく「お互いに合う会社を見つける」という、Give and Take(ギブアンドテイク)の意識を持っておくと良いと思います。

「その人がやりたい仕事をやらせてあげられる」のは会社にとってもプラスなのだ、ということもぜひ知っておいてください。自分がやりたい仕事を任せてもらえたほうが、人は意欲的に成長します。つまりは、その人のやりたい仕事を任せられると会社の成長にもつながり、WIN-WIN(ウィンウィン)の関係ということになるのです。

その会社で働くことが自分にも会社にもプラスになるかを見極めるためには、「自分は何がやりたいのか」がわかっている必要がありますが、それがはっきり見えていなくても見極めようはあります。「今の自分には何ができるか」「これからどんなことを経験したいのか、どんなふうにスキルアップしたいのか」といった観点から考えてみると良いでしょう。

思いがけず新規事業に挑戦し「ポジティブな考え方」が身に付いた

Mobell Communications(モベルコミュニケーションズ)取締役 吉田 きえさん

当社に入ってからの数年間、いろいろな部署の人とかかわりながら幅広い仕事経験を積むことができました。これは小さい規模の会社ならではの良いところかなと思います。Webサイトやデータベースを作ったり、お客様サポートを経験したり、いろいろな経営者と話したりと仕事自体は楽しく充実した日々でした。

ただ、入社から5〜6年経つと「友人がたくさんいるロンドンに戻りたい」という思いが募るように。当時のオフィスは文字どおり森のなかにあり、ロンドンから約150km離れていました。インターネットも普及しきっていない時代だったので、思い描くライフスタイルを実現したいということを理由に「退社したい」と社長に伝えました。すると社長は「リモートで働けば良い。でもロンドンでどんな事業をやるかは自分で決めなさい」と言ったのです

意外な答えに面食らったものの、実はちょっとした事業のアイディア自体は持っていました。「アメリカ在住の日本人向けに携帯電話サービスがあったら良いと思う」と社長にも話したことがあったので、それを覚えていてくれたのかもしれません。当時は日本の学生のなかでアメリカ留学への人気が高まっていたこともあり、この市場に可能性を感じていました。

思いがけず社長の提案と後押しを受け、ロンドンで新規事業を立ち上げてみようという決心をしたことが、キャリアにおける2つ目のターニングポイントです。

このような経緯で2007年「HanaCell」という新しいサービスを立ち上げました。お客様がつくまでには少々時間がかかり、「需要のないサービスなのかも……」と不安になった時期もあります。ロンドンに事務所を構え、かつWebデザイナーやSEOディレクター、コピーライターなど数名のスタッフを雇っていたので、「皆の生活がかかっている、仕事を提供しなければ!」と必死に奮闘しました。

しかし、そのうちに「私にはない素晴らしい技術を持っているメンバーばかりだし、なんとかなるかも」と思えるようになっていったのです。自分で採用したメンバーということもあり、信頼と自信があったのかもしれません。

その予感どおり、立ち上げから1年半くらい経つとサービスは軌道に乗り始め、今年で17周年を迎えます。SIMカードなどの扱いも増やし、日本で使える新しいサービスも始めました。

この事業を立ち上げる過程で身に付いたのが、思考をポジティブに切り替える習慣です。「自分がどう思うか、どう考えるか」を過度に尊重しないスタンスを取ることで、マイナス思考に陥ったときにも素早く切り替えられるようになりました。

学生の人も、就職活動では行き詰まる瞬間があるかもしれません。無理にポジティブシンキングに切り替えようとするのは意外と難しいと思いますが、「私はこう思う、私はこう考える、私は、私は……」という気持ちに焦点を当てないというだけで、かなり心持ちは変わってくると思うので、ぜひ試してみてください。

マイナス思考に陥ったらあえて自主主体の考え方をやめてみる

企業の哲学への共感が長期的なキャリアにつながる

直近でキャリアのターニングポイントが訪れたのは、5年前のことです。Director(取締役)にチャレンジすることになりました。

正直なところ、非常に苦労しています(笑)。役員クラスは、事務部門やマネージャー職を経験してから就任するのが一般的ですが、私は現場(事業部門)しか経験がなく、あまりにも知らないことが多いので、一から勉強している状況です。 サービスから離れたことも寂しく、またいずれ何か新しい事業にかかわりたいという思いは持っていますが、まずは今の仕事で新しい知識を身に付け、スキルアップをしたいと考えています。

またこの先力を入れてやっていきたいことの一つに、チャリティー活動があります。当社では社会貢献活動の一環として、アフリカでの学校開設や給食支援の活動をおこなっています。チャリティーと事業のバランスを取るのはなかなか難しいのですが、「この活動をもっと広げていきたい」ということが今後のキャリアにおけるビジョンの一つです。

チャリティに対する価値観は、20年以上海外で暮らすなかで身に付いたものです。父の転勤で小学校卒業前に日本を離れてから、イギリス、シンガポール、オランダにそれぞれ5年前後滞在しました。ほかの国もそうですが、一番長く住んでいるイギリスは特にチャリティー活動が活発な国です。小学校の頃から災害時に寄付をしたり、紙のリサイクルをしたりと、課外活動の一環としてチャリティー活動に親しみます。

シンガポールで暮らしたことも、今の価値観の形成に影響していますね。シンガポールは今でこそ発展した都市ですが、当時はまだまだ発展途上国の立ち位置で、貧富の差が非常に激しい状態でした。今日の食べ物にも困るほど生活に困難を抱えている人が大勢いることを知り、それ以来「経済的に恵まれた人だけの常識で話をしない」という意識を持つようになりました。各国のインターナショナルスクールに通い、多国籍の生徒のなかで揉まれてきた分、いろいろなバックグラウンドを持つ人を受け止める度量も広げられたように思います。

当社のチャリティー活動はもともと社長が自己資金でスタートした取り組みで、現在はかなり大規模になってきました。社長は「チャリティー活動の資金のために、事業活動をしよう」という考えで、モベルコミュニケーションズ自体も株主のため、売上のためにビジネスをしようという会社ではありません。

最初の面接のときには社長がこうした考えの持ち主であることを知らなかったのですが、結果的に長く働いているのは、こうした会社のあり方にも心からの共感を持てているからではないかと思います。たまたまではありますが、1社目で自分に合う会社に入れた、ということなのかもしれません。

イギリスでは数年のスパンで転職を繰り返す人が少なくないのですが、私を含め、当社には20年近く勤続している人もおり、海外でも1社に長く勤めるキャリアはあるということは実体験としてお伝えできることです。

吉田さんからのメッセージ

何かに没頭できる人は強い。自らの得意・不得意を明確にしよう

仕事を通じて長い間採用活動も担当してきましたが、私が一緒に働きたい、活躍するだろうと思う人材の特徴は2つあります。

1つは、Emotional Intelligence Quotient(エモーショナル・インテリジェンス・クオシェント)が高い人。日本語で言うなら、感情的知性を持っている人、心の知能指数(EQ)が高い人ということになるでしょうか。相手の気持ちを察する力が高く、自分の感情もよく理解してコントロールできる人を表す概念で、それはひいては、柔軟性や共感力、ストレス耐性や粘り強さなどにもつながっていきます

EQが大事だと考えているのは、これがチームで仕事をするために欠かせない資質だからです。チームで建設的に仕事を進めていける人かどうかは、感情をいかに処理し、共有できるかで決まる気がします。EQはInterpersonal Skills(インターパーソナル・スキルズ=対人スキル)にも関係する要素だと思います。

もう1つは、得意なものを何かしら持っていること。「あれやこれもできますが、私のメインはこの分野です」と言えるような強いものを持っておくと、いろいろな組織で重宝されると思います

私自身は学生時代、自らの得意・不得意がよくわかっていませんでしたが、社会に出てからの最初の数年間でいろいろな仕事を経験できたことで、「これは得意だな、これは苦手だ」という仕分けができた気がします。

たとえば、データ収集などPCにひたすら向き合っておこなうような技術的な作業は得意ですが、細かい作業や人とのコミュニケーションはあまり得意ではありません。自分の不得意なことがわかってからは「この部分はチームメンバーに頼ろう」といった判断もできるようになり、よりスムーズにチームで仕事を進められるようになりました。

これからの社会で活躍すると思う人材の特徴

現時点で得意と言えるものがない人は、興味を持てる分野を探すことから始めてみるのがおすすめです。能力はトレーニングで伸ばすことができますが、興味はその人由来のもので、他者からの働きかけや訓練でどうにかできるものではないからです。

自分の興味分野があり「没頭できること」を持っている人は、精神的に折れにくい印象もありますね。多くのビジネスパーソンを見てきましたが、仕事で発揮しているかどうかにかかわらず、趣味でもコツコツと継続的に続けているものがある人はメンタルがタフな人が多いと感じますし、それが仕事の能力にも好影響を与えている気がします。

ちなみに、私自身の興味分野は音楽です。ずっとピアノをやってきましたが、最近新しくチェロを習い始めました。まったくの初心者ですが、新鮮な学びを楽しんでいます。

自由にキャリアを描けることを楽しんで。「まずやってみる」が重要

最後に、学生の人たちに伝えたいのは、社会に出ることの素晴らしさです。振り返ってみると「学生時代の自分の世界は本当に狭かったな」と感じます。学生生活が終わってから、ようやく自分の人生が始まったような感覚です

社会に出ると、自分の人生の時間を使って「どうやって、何をやっていくか」を自由に選べるようになります。この自由をプラスに捉え、いろいろなチャレンジをして、失敗も成功も経験しながらキャリアを歩んでいってほしいですね。

一番大事なのは「やってみようかな」という気持ちを持つこと。壁にぶつかることもあって当たり前と考え、やってみたいことがあったらためらわずにやってみてください。「思い立ったらすぐやる」という姿勢から、拓けていく道があると思います。

就職活動を含め、チャレンジの過程ではいろいろと迷う場面もあると思いますが、人は真反対の選択肢で迷うことは滅多になく、近しい選択肢の間で迷うことが多いです。「AかBか」というより「AかA’かA’’か」というときに、なかなか結論が出ない、ということです。

そんなときは「まず小さくチャレンジしてみて、結果を見て調整していこう」と考えてみるのがおすすめです。フットワーク軽く動きながら、方向性を定めていくと良いと思います。

吉田さんが贈るキャリアの指針

取材・執筆:外山ゆひら

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