好きなことを楽しんでキャリアにつなげる方法|コミュニケーションと縁で切り開こう

丸石醸造 代表取締役社長 深田 英揮さん

丸石醸造 代表取締役社長 深田 英揮さん

Fukada Hideki・元禄3年(1690年)創業の造り酒屋「丸石醸造」の一族に生まれる。大学卒業後、出版社や書籍雑貨店の経験を経て、32歳で家業に入社、以降現職。地元三河に根ざしながらも、積極的に有名百貨店や海外イベントへの出展も重ねている

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自由で気楽な日々だって大切な経験

300年以上続く蔵元の家に産まれましたが、家業に関するプレッシャーとはほとんど無縁でした。代々長男が直系で継いできたというわけでもなく、自分が継ぐかもしれないし、一族のほかの誰かが経営することになるかもしれないというぐらいの感覚でした。

家を継ぐ人間が決まっていたわけでもなかったので、蔵元の一族に産まれながら農学部で発酵や酒造の勉強をしろとも言われず、楽しく過ごしていましたね。楽しく過ごしすぎて、32歳まで転職を重ねながら、ぶらぶらとしていたほどです。ありがたいことに実家暮らしだったので、定職につかなければという焦りもそれほどありませんでした。

では今あの時代は無駄だったかと思い返してみるのですが、そんなことはまったくないんですよ。楽しいこと、やりたいことを探して積極的に行動した日々は、今の自分の積極的な姿勢を作ってくれたと感じます。どんな経験であっても無駄になることはありません。一見まったく違う分野に進んだとしても、自分のなかに残っているものが役に立つ場面はたくさんあります。だから未来を悲観するのではなく、今の自分を肯定して、積極的に楽しんでほしいですね。

どんな経験も無駄にならない

ショックに打ちのめされた経験の先に見えた、進むべき道

ぶらぶらしていた私を見て、とうとう親族が声をかけました。会社に入ったらどうだ、と誘われたのです。当時32歳でしたから、そろそろ腰をすえて仕事をしようと、ありがたく入社しました。しかし造り酒屋の一族に育ちながら、実は日本酒が好きではなかったんですよね。ちゃんと飲んだこともなかったし、“日本酒は高齢の人が飲むもの”という印象すらあるほど素人の状態での入社でした。

しかし、社内は一族の人間が入ってきたとみなします。これからはプロとしての知識も経験も身に付ける必要があり、襟を正して修行する毎日になりました。半年間は日本酒醸造の職人である杜氏の元で酒造りを学び、その後営業担当になりました。

営業に酒屋を回ってみると、これまで見えていなかった一面が見えてきました。それは、当社の酒の評価が思っていた以上に低いこと。みんなで一生懸命うまい酒を作ろうと奮闘しているのに、それがまったく伝わっていないのです。もちろん、酒は嗜好品なので万人に受けるものはないとわかっていましたが、押し並べて評価が良くないことが辛かったですね。

お酒は由来やストーリーを含めて味わうファンも多いのですが、当社の酒にはストーリーがないと言われました。こだわりやコンセプトを持って酒造りをし、その先にある味をプレゼンしていかねばならないと思いを新たにしました

落胆から芽生えた目標、意欲

ショックで辛い出来事ではあったものの、今となってはこの経験があったからこそやるべきこと・やりたいことが明確になったとも思います。落ち込んだり弱気になったりせず、逆にやる気も高まりました。それは一度外に出て、客観的に自分達を見直すことができたからでしょう。行き詰まっているときほど、外からの視線に目を向けることの大切さを学びました。冷静な第三者目線からわかることはたくさんあります。客観性の先に、妥当な目標や未来が待っていると思うのです。

信頼関係の構築は自分が行動した先にある

自分のなかでは目標ややるべきことが見えてきたものの、入社早々の素人同然の人間が言うことなんて、社内のベテランはそう簡単に耳を傾けてくれるわけがありません。コンセプトを持った酒造りや販売展開についてきてもらうためには、とにかく自分が結果を出すことが必要不可欠だと思いました

まずは地元に根ざした販売を強化しようと、三河地方を固め、さらに百貨店へのアプローチも進めました。また海外にも活路を見出そうと、積極的に海外への出展や商談も続けていきました。

最初は「遊びに行ってる」と揶揄されることもあったのですが、10年で何らかの形にしたいと頑張りましたね。一生懸命な姿勢は伝わるようで、徐々に社内の人間からも信頼を得ることができるようになり、少しずつ目指していた酒造りや販売ができるようになりました。

周りを変えるのは簡単ではありません。でも、自分だったら変えられます。まずは自分を変えて、結果を出すこと。その結果が周囲からの信頼に変わり、関係性の構築につながりました。

周りを変えるには

そもそも日本酒業界は斜陽産業です。需要は落ち込み、生産量も減少しています。しかし、下にいるなら上っていけば良いだけのこと。わかりやすく上を向いて歩んでいける環境だと考えることもできますよね。

また、業界全体が低迷し下降していても、自社はそうではない場合も多くあります。「うちは淘汰されずに残っていく」「縮小する市場のなかで成長する」そういったスタンスで頑張っている企業も少なくありません。だから成長産業ではないという理由で、あきらめる必要はないと思いました。

周りに何を言われようと、周りの同業者がどうなろうと、腐らずに自分は自分という姿勢を貫ければ、どんな環境でも成長は可能です。たとえあなたが目指す企業や業界が縮小傾向にあるとしても、その強い気持ちを持って飛び込んでみてはどうでしょう。

原動力は縁を信じ、人を信じること

丸石醸造 代表取締役社長 深田 英揮さん

成り行きから始まったようなキャリアですが、いくつか大切にしてきたことがあります。その一つがコミュニケーションです。まず入社した後は、誰に対しても敬語・敬称を徹底してきました。年下であるとか、キャリアの長短、立場にかかわらず、どんな人にも敬意を持って接したいと思ったからです。社会人としては至極当たり前のことですが、当たり前だからこそ大切にした習慣です。もちろん、その後親しくなれば年上であってもタメ口をきくこともありますし、どんなに年下でも敬語を貫く場合もあります。関係性に敏感でありたいですね。

一方でとにかく積極的にコミュニケーションを重ねることが良い場面もあります。海外などでは、関係性を慮っている余裕はありません。欧米でははっきりとした物言いが好まれることもあり、とにかく自分からオープンにコミュニケーションを取ることを意識しました。それが同行者の知人の紹介での縁につながったり、さまざまな商談に発展したり、実りも多かったと感じます。

自分からコミュニケーションを深める。信頼関係を大切にする。縁を信じる。この鉄則に則っていけば、きっとキャリアを進んでいく力が得られるでしょう。

深田さんからのメッセージ

「好き」の気持ちに素直になれば幸せなキャリアにつながっていく

お酒というのは、非日常を楽しむものだと思います。楽しみを生み出す仕事をしているのだから、自分も常に楽しくありたいですね。プライベートと仕事の垣根なく、楽しい場面に一つでも多く私たちのお酒があるようにと願って、仕事をしています。

いざ就職するとなっても、まだ実際に何をやりたいかわからない人も多いかと思います。でも「楽しいこと」はありますよね。その楽しさがどうやって仕事になっていくのかは、それぞれのキャリアの奮闘にかかっていますが、まずは「楽しいからやってみよう」というシンプルな気持ちで動いてみてはどうでしょう

私は楽しいことにアンテナを張り続けて、ここまで来ました。皆さんも楽しいこと、好きなことの先に、幸せなキャリアを築いていってほしいと思います。

深田さんが贈るキャリア指針

取材・執筆:鈴木満優子

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