“没頭できる自分”になれる環境はどこか? 自らの得意・不得意を指針にキャリアを切り拓け!
XINOBIX(シノビクス)代表取締役 長屋 智揮さん
Tomoki Nagaya・大学在学中にインドでの長期インターンシップに参加し、情報誌の立ち上げを経験。卒業後、レバレジーズに入社。その後2016年にXINOBIXを起業し、以降現職。起業後は、インド進出支援事業を経て英会話スクールの比較サイトメディアを興し、3年後にウェブリオ(現:GLASグループ)に売却。並行して2社で就業し、BEYOND BORDERS SEOでは責任者を、アルゴリズムでは事業部長などを経験。2021年に自社の事業1本に絞り、現在はマーケティング支援事業に注力している
SNS:X(旧Twitter) / note
自分探しの末に見つけたのは「苦手」と「不得意」
キャリアについて考え始めたのは、大学1年生のときです。「どういう生き方をしようか」と考えたときに、漠然と「何か物事を成し遂げる人になりたい」と考えました。しかし、そのためにどのような道を行けば良いのか、自分に何ができるのかがまったくわからず、とにかく行動をして“自分探し”をすることにしました。
アルバイト、学生団体、ボランティアなど、さまざまな体験に飛び込んだ結果、「何がやりたいか」を見出すことはできませんでした。むしろ、「自分に向いていないこと」「自分がやりたくないこと」のデータベースができたように思います。
たとえば居酒屋のアルバイトでは、臨機応変に対応するのが苦手、急に人から話しかけると頭が真っ白になってしまう、理不尽な人がいると我慢ができない、といった自分の傾向をつかんできました。向いていると思っていた仕事や場所が向いていなかったということが多々ありつらい思いもしましたが、その後、残った選択肢のなかから自分の道が見えてきたのも事実です。
大学3年生の頃には旅行で訪れたインドにハマり、「現地で働いてみたい」と思うように。その当時海外インターンを斡旋している業者はほとんどなく、自力でツテを探しました。そうして、たまたまX(旧Twitter)上で、インドで起業しようとしている日本人経営者を発見。「長期の学生インターンを1人募集したい」というつぶやきを見て全力で自分を売り込み、採用決定にこぎつけました。独学で英会話を猛勉強し、現地に乗り込んだのです。
その会社がおこなっていたのは、インドで暮らしている日本人向けにフリーペーパーを発行するビジネスです。私は飛び込みで広告営業をする役割を任せてもらい、現地のホテルやレストランを駆け回りました。このときの経験は「0から1を作り出す仕事はおもしろいな」と感じた原体験となっており、キャリアにおける最初のターニングポイントと言えるかと思います。
とはいえ営業のノウハウは完全に我流だったので、「ビジネスの基本的なスキルを一から修行したい」と思うようになり、9カ月間ほどで帰国して就職活動をすることにしました。
24歳で起業。ブログがバズったことで思いきった決断ができた
1社目の就職活動では「どういう環境でなら自分が活躍できそうか?」「どういう会社なら当事者意識を持ってやれるか?」といった視点で考えた結果、大企業よりベンチャー企業のほうが良さそうだという結論を出しました。
履歴書を出して順番に面接をクリアしていくような一般的な就活はしていません。一般的な採用試験が苦手だったこともあり、「採用担当者や幹部など人事の裁量権を持っている人とダイレクトにつながって対面でアプローチしたほうが、自分の良さをアピールできるのではないか」「話してみて『おもしろい奴だ』と思ってもらえたら突破できるのではないか」と考えたのです。実際にその方法で、私に興味を持ってくれた人材業界のベンチャー企業に入社を決めました。
しかし新人には常である「既に確立された業務オペレーションを回す」という仕事がどうしても苦手で、精神的にしんどくなってしまい、その会社には1年しか在籍しませんでした。最後には這いつくばって出社しているような状態だったと思います。
しかしその頃、少しだけ自分の未来に光明を見出せる出来事がありました。趣味で自分のブログを立ち上げてみたところ、1カ月ほどで10万人近くに読まれ、大きくバズったのです。
そして気づいたのが「自分はやはり、コンテンツを作るのは割と得意かもしれない」ということ。大学の頃にも自作のインタビューメディアを運営し、多くの人に読んでもらえた経験がありましたし、インドでフリーペーパーの仕事をしていたときにも同様のことを思いました。
記事がバズったことで少し自信を取り戻すことができ、「退社して好きなことをやってみよう」と決意。会社を辞めたその年に、勢いでXINOBIXを立ち上げました。ここが2つ目のターニングポイントです。生来、慎重な性格なので、あれこれ考えたり調べたりしなかったことが逆に良かったような気もしており、この時期に勢いで思いきった決断ができたことには今でも満足しています。
起業1年目は、インドの友人と一緒に越境ECサイトを代行支援するビジネスを立ち上げました。インドに進出する日本企業に対して営業をかけ、一時期は順調に進んでいたのですが、最終的に収支を合わせることができず、1年ほどで友人とのパートナー関係を解消して事業内容も考え直すことにしました。
最初の事業はうまくいかなかったものの、100%自分の責任で仕事をやれる環境になり、それまでにないほど当事者意識を持って仕事に臨めるようになったことは非常に良かったです。「友人を巻き込んだ以上はしっかりやらなければ」という気持ちもありましたし、他責ではなく自責のマインドに変わることができ、人としても大きな成長ができたように思いますね。
やりたいことは後回しで良い。まずは求められること・得意なことを優先しよう
最初の事業では「自分がやりたいこと」しか見ていなかった反省がありました。そこで次の事業は「自分が得意なことで、かつ市場価値があること」をやろうと決心しました。ここが3つ目のターニングポイントです。
先述したとおり、コンテンツ作りや文章を書くことは得意な自覚がありましたし、そこに「誰かの役に立ちそうなこと」という目線を加え、英会話スクールの比較サイトを立ち上げることにしました。海外にいたこともあって英会話にはずっと興味がありましたし、ブログのテーマとしても反響が大きかったことから、市場のニーズがありそうだと見込んだのです。立ち上げ後はじわじわとユーザーが広がっていき、1〜2年が経つ頃には検索順位で1位を取れるようなメディアに成長。私のキャリアにおいて初めての成功体験となりました。
この間、実はアルバイトや就職もしています。最初の事業での借金もありましたし、ブログが収益化するまでにある程度の時間がかかるだろうと予想してのことです。忙しかったですが、別の仕事をしながら自分で立ち上げたメディアを軌道に乗せるやり方は、結果的に良い選択になりました。根拠がなくとも「自分がやれそうだ」と思う仕事をやっていると前向きに生きられることがわかり、「仕事は得意なことをやったほうが良い」という確信にもつながりました。
これから就職活動をする皆さんにも、自分がやれそうだと思える業界を選ぶことだけは大切にしてほしいです。会社の知名度やブランドで選ぶより、「この業界でなら自分が担える役割が何かあるのではないか」という目線で選んだほうが、幸せなキャリアにつながっていくように思います。
キャリア論では、よく「WILL(やりたいこと)」「CAN(できること)」「MUST(求められること)」の輪が重なったところで仕事ができるとベストだと言われますが、そこにいたるのは簡単ではありません。まずはCANとMUSTを優先し、WILLは一番後回しにして良い、というのが私の考えです。
マーケットがない場所でどれだけ頑張っても結果を出すのは難しく、そうなるとどんなに「やりたいこと」でも続けることはできなくなります。そうなるくらいなら、まずは「求められること」と「できること」が重なる領域で、かつ「嫌いじゃない」くらいのことを見つけて、そこで頑張ってみるのがベストではないでしょうか。
結果が出ると、嫌いじゃないことも徐々に好きになっていきます。私が目下注力しているSEOの領域がまさにそれに当たりますね。以前は興味がなかったのですが、自社の事業として取り組むなかで楽しめるようになりました。
キャリアのヒントは自分の熱源にある
英会話スクールの比較サイトは、3年ほどで売却することを決めました。事業としての成長曲線が踊り場に入ってきて「自分ができることはやり切った、他社に譲ったほうが読者も幸せになるだろう」と思ったことが理由です。
サイトの運営を始めた当初は警備員のアルバイトをしていましたが、その後、不動産スタートアップ企業、メディアを複数運用する会社での就業も経験しています。不動産スタートアップ企業ではコンテンツマーケティングを担当。SEO施策によって同社への問い合わせを大幅にアップさせ、業界トップのメディアに成長させることができました。
続くメディア運用をおこなう会社でも、それまでの経験を活かして広告売上を2倍にでき、事業部長を任されることになりました。ただ経営層と向き合う立場になると、自分の考えで100%やれない立場がもどかしく感じるようになり、30歳の節目となる2021年から、自社のビジネスに再び本腰を入れることを決めました。
再起業後しばらくは、とにかく慌ただしかったです。プレイヤーと経営者の両方をやっていたので、とにかく時間が足りず仕事に追われる毎日でしたね。3年目に優秀な社員が入ってきてくれて、そこからようやくビジネスが回り始めました。今は一緒に働くメンバーや取引先、そしてお客さんを幸せにすることを考えており、この業界内で存在感のある会社になっていくことが目標です。
また再起業の前には、コーチングも受けました。学生時代にも一度受けた経験があるのですが、改めて20代のキャリアを振り返ってみようと思ったのです。
20代を駆け抜けてみて明確になったのは、「没頭できる仕事でなければ自分を成長させられないし、周りを喜ばせることもできない」ということでした。そこで「今までどんなときに没頭していたか」を洗い出してみたところ、やはり自分でリスクを背負って、自分の足で立っているときが一番没頭できると確信を持つことができ、再起業の決断ができました。
こうした洗い出しは就職活動でも役立つと思うので、学生の皆さんもぜひやってみてください。一度と言わず、その後のキャリアの節目節目で何度か取り組んでみて、キャリアの整理をしてみると良いと思います。
素直さと好奇心で「人間」にしかできない成長を
これからの時代に活躍する人材はどんな人だろうと考えてみると、まず浮かぶのが「素直でオープンマインドな人」「好奇心が強い人」です。
あくまで私が一緒に働きたいと思う人材像ではありますが、「素直でオープンマインドな人」は自分が置かれている環境に応じて必要な知識やノウハウを吸収していくので、結果として地頭が良くなる印象があります。また「好奇心が強い人」も自らいろいろなことに興味を持って勉強や経験をしていくので、成長の幅が大きい気がしますね。
また、AI(人工知能)が劇的に従来の業務を代替してくれるようになってきた時代においては、「人にしかできないこと」が上手な人ほど、活躍の場が増えていく気がします。
具体的には、コミュニケーション能力、着想力、構想力などがそれに当たると思いますし、人の気持ちを理解しながらチームを導いていくようなプロジェクトマネジメントができる人も、今まで以上に価値を見出されると思います。「人に好かれる力」「場を和ませる力」がある人なども、チームの士気を高める存在として重宝されることでしょう。
落ち込むときは「将来の自分」を長期的な目線で考えてみよう
世の中には「このスキルを高めて市場価値を上げろ」なんて言説があふれていますが、それが人の価値を決めるわけではありません。なぜなら、仕事は人生そのものではなく、自分を幸せにするための1つの手段でしかないからです。
趣味、健康、友達、家族など、仕事以外にも人生には大切なものがたくさんあります。「人を大事にする」といったシンプルなことを大切にしている人のほうが、より良いキャリアを歩めるのではないかとも思いますね。私自身、家族ができてからはワーク・ライフ・バランスを考えるようになりました。
20代はほぼ仕事しかしていませんでしたが、そのときどきでいろいろなチャレンジはできたかなと思っており、仕事の合間にも自分がおもしろいと思う人と会ったり、気になる書籍に目を通したりと、仕事につながるインプットには時間を使っていました。キャリアのベースを築く時期には、そんなふうに過ごしてみるのも一つの方法かもしれません。
最後に、これから社会に出る人には、「10年後の自分」についてのマンダラチャート(9×9マスのマス目に、目標やその達成のためにやるべきことを書き込むフレームワーク)を作ってみることをおすすめします。私は1社目に入る前に「32歳の自分」をイメージして書いておいたのですが、これが中長期的なキャリアを意識するうえで大変役立ちました。
新入社員の頃は自分に何ができるかがわからなかったり、やりたいことができなかったりで落ち込むことも多いと思います。そういうときに、理想の将来像を描いたチャートを見ると「今のこの経験も、10年後のここにつながっているのかも?」と思うことができます。
また、実際に10年が過ぎてみると、一見不運に思えたことが幸運につながったり、その逆も然りだったりで、「人間万事塞翁が馬」ということわざどおりでした。そう考えれば、最初の就職活動は”おみくじ”のようなものと考え、あまり深刻に捉え過ぎなくても良い気がします。自分という同じ人間がする選択なので、長い目で見れば「1社目がA社だろうとB社だろうと、結局たどり着く場所は同じだったな」なんてこともある気がしますね。
ファーストキャリアがどうであれ、自分をあきらめさえしなければ、キャリアはいかようにも作っていけるということは、私自身の経験からもお伝えできるメッセージです。
取材・執筆:外山ゆひら