コンプレックス=与えられた使命|人生をかけるべきことを問い続けよう
cotree 代表取締役 西岡 恵子さん
Keiko Nishioka・大学を卒業後、森永製菓に就職。5年半の就業経験を経て、サイバーエージェントへ転職する。その後の転職先のコネヒトで経験した組織や事業構築のノウハウを活かし、フリーランスとして活躍。そのなかでcotree創業者である櫻本氏よりオファーを受け、cotreeに入社。櫻本氏と二代表制を経て、2022年より代表に就任し、現職
マイナスを0にしたい。「皆と同じ」に憧れた幼少期
物心ついた頃から、自分の名前を自信を持って口にすることができませんでした。幼い頃の家庭環境はあまり良いものとは言えず、「ああいう家の子だから仕方ない」と言われないために、優等生でいることに必死だったように思います。そのうえ、祖父母は近所でも有名な学校に勤める優秀な教師。誰に会っても「〇〇先生の孫」と言われ、そういった枕詞ありきで自分が存在しているように感じたものです。
家庭環境に問題を抱えた庇護の対象でもなく、良い先生である祖父母の孫でもない、等身大の「自分」を求めてくれる人はどれくらいいるのか? 周りと同じ場所に立つにはどうすれば良いのか? いつもそんなことを考えていて、自分の生い立ちはコンプレックスにほかならないものでした。
ただ、その経験が今につながっているのは間違いありません。この頃まで感じ続けてきた痛みは、同じような思いを抱えて過ごしている人に対して自分らしく笑って過ごせる時間と場所を提供したいという使命感に変わりました。これまで歩いてきた道は、そうした強い思いが作ってきたものです。
「普通」が存在しない世界を見たら、コンプレックスが個性になった
コンプレックスが今の自分を突き動かす使命感に変わったのは、大学時代の経験が大きいですね。大学進学を機に都会での一人暮らしを始めたのですが、周囲に自分の生い立ちを知る人がほとんどいなくなったのは良い刺激となりました。
そこには私の生い立ちに対して「かわいそう」と思う人もいなければ、祖父母の存在を知る人もいません。「家庭環境が複雑な」「優秀な先生が祖父母の」そんなレッテルが取り払われたことで、自分らしく振る舞えるようになったのです。
また、進んだ大学に帰国子女や留学生が多かったこともこれまでの価値観を変える大きな要素の一つでした。話す言語はもちろん、考え方やものの見方、生きてきた歴史そのものが違う人に出会い、自分が「普通じゃない」わけではなく、そもそも普通など存在しないのだと知りました。これまで抱えてきた重いコンプレックスが、自分を形作る一つの個性に変わった瞬間です。
コンプレックスに対して「私は今まで一体何に悩んでいたんだろう」と吹っ切れることができたのは、「普通」か「普通じゃない」かで区別される閉ざされたコミュニティを抜け出したことがきっかけです。
「普通じゃない」ということは、あなたにしかない個性を持っていて、この世に自分にしかできない何かがあるということ。もし今生きている世界で息苦しいと感じることがあったら、ぜひ今の環境とはまったく違う場所へ飛び出してみてください。
人は環境に左右されやすいものです。マジョリティやマイノリティが存在しない、できるだけ多くのキャラクターと出会える場所を選ぶのが良いでしょう。まずは自分のなかにある固定概念や先入観を取り払う環境に身を置くことで、シンプルな自分の個性が見えてくるはずですよ。
舵は自分以外に握らせない。与えられた使命に従った選択を
コンプレックスが自分自身の強烈な個性と語れるようになってからは、それを活かして自分にしかできないことがしたいと思うようになりました。自分のバックボーンにぴったり当てはまる活かし方があるなら、それは与えられた使命だと思って飛び込むようにしています。
どのように生きていくかを考えたときに、よくロールモデルを見つけてそのとおりの人生を描こうとする人がいますよね。けれど「自分にしかできない使命」を追求することは、この対極に位置するものです。個人的な意見としては、ロールモデルを求めすぎずにあなたの前にしかない道を見つけることが大切だと思います。
ロールモデルがいればその人が歩いた道を辿れば良いだけなので、意思決定や取捨選択はそれだけ楽にできるでしょう。しかし、誰かの歩いた道を行くばかりではいずれ「自分って何者なんだっけ」と自分自身の在り方を見失う瞬間が来ると思います。
大切なのは、自分にしかできないものを追求することです。あなたにしかできないと思えるなら、それは紛れもなくあなたがすべきことでしょう。ロールモデルにこだわらず、自分の前にどのような道があるのかを知ることを大切にしてほしいと思っています。誰かが導き出した正解を参考にすることは、間違ってはいません。そこから正解を自分の色に、自分の答えに変えて、あなただからこそ導き出せる唯一の正解を見つけてください。
初めのうちは、正解を見つけ出すことは簡単ではないと思います。悩んだときは、まず小さな成功体験を積むことを大切にしてください。「こうありたい」という目標が大きすぎると到達が難しくなり、本当に自分の持っている答えが正解なのか自信を持てなくなります。初めからゴール地点を目指すのではなく、ゴールへ向かうための小さな目標を立てましょう。
小さな目標を達成していくことで、昨日の自分よりは確実に変わった自分でいることができます。それを積み重ねながらときに過去を振り返り、これまで積んできた成功体験の先にあるものと未来のゴールがずれていないかを少しずつすり合わせていくことで、あなたの選択を正解にできるのです。
もしくは、たくさんの人から話を聞いてみるのも良いでしょう。私自身も、何かに悩んだときは10人以上に相談することにしています。そうすると、少なくとも3つ程度は選択肢の方向性が見えてくるものです。そのなかから自分が進むべき道を考え抜き、自分で決断をすることを大切にしてください。
長い人生を歩むうえで忘れないでほしいのは、舵を切るのは自分自身であるということです。助けを求めても良い。意見をもらっても良い。けれど常に目の前には複数の選択肢を用意しておき、最終決定は自分で下す。それを心掛けていくだけで、選んだキャリアに対する納得感も変わってきますよ。
「一企業のリーダー」にはならない。メンバーの人生に並走する在り方
「自分にしかできないこと」を追い求めた結果、キャリアの方向転換を図ったのも一度や二度ではありません。新卒で食品メーカーに就職したときも、5年半従事した末に転職を決意した理由は裁量権の少なさにありました。もっと自分だからこそできる仕事がしたいと思ったのです。その後も何社か経験し、フリーランスとして働いたこともあります。いつも、テーマは「自分にしかできないことは何か」にありました。
だからこそ、オンラインカウンセリングをとおして誰でも気軽にメンタルサポートを受けられる事業を展開するcotreeからオファーを受けたときは、迷わず決断をすることができました。自分の経験を糧にして、大きな使命を果たせると感じたのです。
しかし、蓋を開けてみれば苦労の連続でした。cotreeにはいずれ経営を担うメンバーとなることを前提にジョインしたのですが、カウンセリングに紐づく心理の分野は非常に専門性が高いために知識が足りず、一緒に働く同僚たちからの求心力を得ることは難しい環境でした。このままではリーダーとして企業を牽引していくことはできないと感じ、まずはメンバーとの関係構築を目指しました。
このとき意識していたのは、メンバーに並走できるリーダーになること。cotreeをどのように経営していきたいのかを一方的に伝えるのではなく、対話することを心掛けました。そのためには、まず相手に心を開いてもらう必要があります。cotreeの一員として目指すビジョンはもちろん、自分のバックグラウンドから不得意な点まで多くのことを開示しました。
そうすると、少しずつメンバーとのコミュニケーションや意見交換の場が増えていったのです。人それぞれ多種多様な価値観があることを知り、誰もが心地良く、自分を持って働ける環境を作る必要があると感じました。それこそ、自分の名前を自信を持って語れる環境を作ろうと強く思ったのです。一企業のリーダーでなく、働くメンバーを支える人生のリーダーでありたい。その思いを忘れず、これまで走り続けてきました。
人生をかけられる、たった一つのものを見つけよう
ここまで熱意を持って自分の使命に向き合うことができているのは、cotreeでの仕事が自分の抱くビジョンや価値観とマッチしているからです。みなさんにも、職業選択をする際にはぜひこの視点を大切にしてほしいと思っています。
まずは、自分自身が自分の一番の理解者になることから始めましょう。自分のことだからわかっていると思っていても、価値観を言語化しようとすると案外難しいこともあります。「どんな環境で働けば楽しいと思えるのか」から「人生をかけてやりたいと思えることは何か」まで、深く掘り下げて言葉にしてください。
このとき重要なのが、欲張ることを恐れないという点。仕事もプライベートも、どちらも最も充実している理想の状態を考えましょう。一度だけでなく何度でも、常に「理想の自分」の像を明確に持ち、それに近づいていっているのかを考えることが大切です。
そして、その理想をかなえるための行動を恐れないでください。常にあなたが望む環境を手に入れるために行動しましょう。企業選びの際も、最初は「とりあえず」で選んでも構いません。あなたが選んだ環境で仕事をしていくなかで、どのように働きたいか、どのように生きていきたいかといった価値観がきっと見つかります。見つけた価値観と照らし合わせて、今の環境が合っていないと感じたらまた自分が求める環境探しをすれば良いだけです。私自身も自分のために行動した結果、さまざまな場所で、さまざまな方法でキャリアを築いてきました。
ただ一つ言えるのは、その企業で働いている「人」を見るのは重要だということです。企業のカラーはそこで働いている人によって大きく変わるので、「この人たちと働きたい」と思えるような企業に出会えれば、そこがあなたらしく働ける環境である可能性が高いですよ。インターンや説明会といった、生身の企業に触れられる機会があれば積極的に行動を起こすのがおすすめです。家でPCの画面と向き合っているだけでは、やりたいこともあなたに合った環境も見つかりません。まずは行動を起こしてください。
行動を続けた結果、やっと見えるものも少なくないはずです。多様な環境で経験を積みながら、あなたの価値観を明確にすること。その価値観をもとに、最終的に人生をかけて取り組みたいと思えるものを見つけること。それが実現した先に、あなたに課せられた使命を果たせる舞台が見つかるはずです。
取材・執筆:瀧ヶ平史織