キャリアの正解は一つじゃない|物事を上手に“再解釈”してタフに柔軟に生き抜こう

FICC(エフアイシーシー) 取締役 戸塚 省太さん

FICC(エフアイシーシー) 取締役 戸塚 省太さん

Shota Totsuka・国際関係に興味を持ち、大学卒業後に渡英。イギリス・カーディフ大学院でジャーナリズムを学ぶ。帰国後、2005年にFICCにWebデザイナーとして入社。ディレクターやチームリーダーなどを務めた後、2013年に執行役員に就任。2016年より現職

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海外でWebデザインの仕事に出会えたことがキャリアの始まり

人生において最初に興味を持ったのは、デザインの領域です。家族の影響もあり特に海外のデザインやプロダクトに興味が強かったので、高校生の頃には建築を学ぼうか、美術大学に進んでみようかなど、さまざまに将来を思い描いたこともありました。しかし理数系科目が絶望的に苦手で、創作活動なども特段していなかったので、「この領域でキャリアを積んでみたい」という気持ちには、知らず蓋をしていたように思います。

一方で当時は海外文化に興味があり、英語も好きだったので、大学では英文学科を専攻しました。「本場でイギリス英語を学びたい」その一心でバイト代を貯め、大学3年生の夏休みにはイギリスの語学学校で短期留学も経験しましたね

この経験によって留学に対する解像度が高まり、「ただ語学を学ぶのではなく、何かテーマを持って留学をしたい」と思うように。 その際に目を止めたのが、BBC放送です。英語の勉強として番組を見ていたのですが、ジャーナリズムの世界に興味を抱き、この分野に強いカーディフ大学の大学院への進学を決めました。

現地の大学で学ぶなかで出会ったのが、Webデザインの世界です。当時はまだインターネットが普及し始めたくらいの時期で、ジャーナリズムのコースのなかに「Webサイトを作って情報発信をしてみよう」というクラスがありました。初めてWebデザインを触った瞬間から「なにこれ、おもしろい!」とすぐに夢中になりましたね。

Webデザインはグラフィックデザインとも少し違っており、デザインの世界のなかでは成熟前の新しい業界でした。だからこそ、アートやデザインを専門的に学んでいない私でも、気負いなく飛び込めたのだと思います。

その時代ごとに成熟する前の業界というのは必ずあり、成熟前の業界には、前例のないところでチャレンジができるおもしろさがあります。今ならAI(人工知能)やChatGPTなどのテクノロジー領域、これまでの既成概念にとらわれない新規事業などですね。もしそういった領域に興味があるのなら、思い切って飛び込んでみることでキャリアのヒントになるかもしれません。

戸塚さんからのアドバイス

大学時代は留学することしか考えていなかったので、就活シーズンになっても説明会を覗いたり、エントリーシート(ES)を書いてみたりということも一切しませんでした。私の最初の就職活動は、大学院を卒業した後イギリスで始まります。

「Webデザインの仕事がしたい」ということは決めていたので、気になるWeb制作会社や広告代理店などにダメもとでいくつか挑戦してみたのですが、何の経験もなく、かつ語学も完璧ではない人間を雇ってくれるところはなかなかありません。「先々どうするにしても、いったん日本で仕事の経験を積もう」と考え、帰国を決めました。

企業選びは「本物のビジョンがあるか」を指針に

帰国後は早速、Web業界の企業を探しました。業界自体が新しかったこともあり、立ち上がったばかりのベンチャー企業が多かったですね。インターネット上の情報も今のようには充実していなかったので、関連書籍で情報収集し、自分が好きなWebサイトを作っている企業へポートフォリオ(作品集)を送りました

そのうちの1社が当社・FICCです。「かっこいいWebサイトを作っている企業だな」と思っていましたし、すぐに連絡をくれたことにも縁を感じて入社を決めました。

いざ入ってみると、社内は若手ばかりで会社然としたところがなく、部室のようだなと思ったことを覚えています(笑)。しかしデザインやクリエイティブに対しては全員が真剣に向き合っていて、切磋琢磨している雰囲気には大いに刺激を受けました。

結果論ではありますが、私はこの企業に20年近く勤め続けています。長くやってこられた理由を振り返ってみると「企業やメンバーが見ているものに共感できていたから」というのが一番強いですね。仲間や企業のビジョンに共感できていると、壁にぶつかったときにも「もうちょっと頑張ろう」と踏ん張ることができます。

これから就職活動を始める人にも、会社が掲げている「こういうことを実現していこう」というビジョンや、「会社の人たちが何を語るか」に注目してみることをおすすめします

学生の人から見れば、企業のビジョンや理念は「それっぽいことを綺麗に文章にしているだけ」「どうせお飾りなのだろう」というふうに映るかもしれません。しかし掲げているビジョンをちゃんと意識しながら事業を進めている企業はたくさんあり、先輩社員と直接話してみれば「ビジョンが本物か」ということはある程度わかります。社長や社員の人たちの話を聞いて共感できるものがある企業なら、働きがいを持ってやっていける可能性が高いでしょう。

企業理念は「社内に浸透しているか」まで確かめよう

「会社を辞めたい」をきっかけに気づいた仕事の解釈の仕方

かくいう私も、20代後半の頃に一度だけ「会社を辞めたい」と上司に相談をしたことがあります。Webデザイナーとして入社したにもかかわらず、いつのまにかプロジェクトのディレクションや後輩のマネジメントがメインになってきて、「これは自分のやりたいことと違う!」というフラストレーションが溜まりつつありました。

勢いで退職の意思を上司に伝えると、上司は「とにかく飲みにいこう」と話をする時間を作ってくれました。「辞めてどうするの?」と聞かれ、「飲食の業界に転身して、自分のお店を持ちたいと思う」と伝えました。親が飲食店をやっていて、自分のこだわりを詰め込んだ空間を創り上げることに憧れがあったのですね。しかし「飲食の仕事で誰を喜ばせたいの? どんなことを実現したいの?」と問いかけられると、それ以上のことを何も答えられませんでした。

わかってはいましたが、自分は衝動的に転職しようとしていたのだなと改めて実感した瞬間でした。この出来事をきっかけにして仕事に対する捉え方が大きく変わり、まずはデザイン以外の業務であっても目の前の仕事に打ち込むようになりました。自分たちの仕事の第一目標は、お客様の課題を解決する手助けをすることにあるわけで、そのための業務はすべて大切な仕事です。それが理解できると、それまでモヤモヤしていた気持ちがストンと腑に落ちました。

これ以降、目の前にある仕事の先にある目的・結果・状態などを意識しながら、自分なりの解釈を持って仕事に取り組めるようになりました。その意味で、キャリアにおける一番のターニングポイントだと感じています。

戸塚さんのキャリアにおけるターニングポイント

これから社会に出る人にも、目の前の仕事にまずは真摯に取り組んでみることの大切さを伝えたいです。雑務に感じられることもあるかもしれませんが、表面的なことに終始せず、もっと先の方を見て「この業務は、自分の成長やキャリアにどうつながっていくだろうか?」などと考えてみると、新人時代の業務にも意義を見出せるようになるのではと思います

もちろん、どう工夫しても「これは自分がやる仕事じゃない!」と思うならば、無理して続ける必要はありません。石の上にも三年ということわざを聞いて「3年ですらこの環境にいるのは無駄だ!」と感じる人は、すでに自分のやりたいことが見えている可能性が大。その行きたい方向に向かって、迅速にチャレンジを始めることも正解だと思います。

逆境ほど冷静に対処を。悩みに多角的に向き合う考え方

自分の仕事に意義を見出せるようになってからは、リーダーやディレクターといった役割もすんなり受け入れられるようになりました。

Webデザイナーのキャリアは、一般的にシニアデザイナーなどとしてデザイン力を極めていくか、もしくはプロジェクト全体を管理するゼネラリストを目指すか、という大きく2つの道がありますが、私の場合は自然に後者を選んでいました。

「自分一人でできる仕事は限られている。いろいろな立場の人たちと一緒に、チームとして満足のいく成果を上げていけば良い」というスタンスになれたのもこの頃です。自分にはない他者からのアイディアに触れるなかで、そんなふうに思えるようになりました。

そして入社8年目から経営側に移り、現在にいたります。現場に立っていた頃よりも考えるべきことの領域と責任が様変わりしたという点で、キャリアにおける2つ目のターニングポイントと捉えています。

ありとあらゆる課題解決にフォーカスするためには、冷静に考えることが一番重要です。目的を意識し直したり、かかわる相手の背景や状態を考えたりもしながら、心身ともに安定的なパフォーマンスを発揮するための「ストレスコントロール」に努めます。

ストレスコントロールは、キャリアを歩んでいくうえで重要な要素です。「どういうときに自分は落ち込むのか、イラッとするのか」など、自分のメンタルが乱れる状況を客観的に把握していることで冷静な判断につながります。

過去の経験則から考えられることも多いので、若い時期にはなかなか難しいかもしれませんが、学生の人もぜひ「自分がどうすれば元気を取り戻せるのか」をいろいろと試してみて、ストレス発散の術を身に付けてください

ストレスコントロールの方法の一つとして、人生の悩みは尽きないものと達観してしまうのも一案です。「目の前にある壁は次のステージに行くため、あるいは自分がひと皮剥けるために現れたのかも?」なんて思えば、ちょっとワクワクした気持ちも生まれてくるかもしれません。悩みも捉え方次第。違う角度から見つめ直してみると良いと思います。

人との間に垣根なく互いにリスペクトして学び合える組織が理想

FICC(エフアイシーシー) 取締役 戸塚 省太さん

キャリアの充実を考えるうえでは、「自分が向き合っていることにプライドを持てているか」「自分自身で手綱を握れているか」という視点を大切にしています。

仕事に対しては、常にプライドを持って向き合っています。しかし自分のキャパシティを超えるような状況が続くと、プライド以前に余裕がなくなり、自分自身で手綱を握っている感覚を失ってしまうこともあるのです。そういった事態を防ぎ、仕事に対して自分でハンドリングできている状態が、やりがいを感じることにもつながると考えています。 

そして、常に現状維持で満足したくないという思いもあるので、いくつになっても何かしら成長を感じながら、イキイキと人生を歩んでいくことがこれからの目標です。

キャリアについて考えるとき、映画『マイ・インターン』の主人公たちの生き方や環境はすてきだなとよく思いますね。詳細は端折りますが、映画内ではシニア・インターン制度でやってきた70歳の男性が、若い世代のメンバーと互いに教え合う関係になっていきます。最近は世代間の違いを対立軸で語られるケースが多い印象を受けますが、もっとごちゃ混ぜで良いのではないかな、と思いますね。

「若手だから、シニアだからどうこう」という先入観にこだわらず、自分と違う意見や考えの人に対してもリスペクトの心を持つこと。それができる人ほど、自分が目指すものを実行するための仲間や協力者に恵まれ、良い仕事ができるように思います。これから社会人になる人にも自分の思いや考えはぜひ大切にしてほしいですが、独りよがりにならないことも同じくらい大切であることは伝えたいです。

可能性は無限にあり、答えは一つじゃない。どう生きるかを常に問い続けよう

これから社会に出る人には「答えはいくつもあって、すべては自分の捉え方次第」というメッセージを送りたいです。これは人生の有り様を考える際にも有効な考え方だと思っており、私自身、日頃から物事を違う視点から捉え直してみること(再解釈、再定義)は習慣化しています。

AかBか迷ったときにも「どちらも正解ということだってあり得るよな」とよく考えますね。短期的な視点ならAが正解だけど、長期的な視点ならBが正解だよね、といったことは経営判断においても結構あるものです。

前提によって正解が変わるのは就職活動でも同じだと思うので、迷ったときには「A社もB社も正解かもしれない」というくらいの感覚で良いのではないでしょうか。

ただし「Aが嫌だからB」といったネガティブなキャリア選択をしないこと。「A社に嫌な人がいるから」という理由で転職したとしても、次の会社でまた別の嫌な人に出会わない保証はありません。

キャリア選択で気をつけたい観点

もちろん、A社にいるのがよっぽどつらいときには退職が幸せなキャリアへの道になることはあるでしょう。それでも、辞める前には一度「A社を選んだ目的はなんだったっけ?」というところに立ち返ってみてください。自分が何を重視していたのかを思い出せるかもしれません。自分自身での基準や拠り所となるものを持っておくことは、最適な環境を選んでいくためにも、キャリア全体を通じて大切なことだと思います。

私自身「選ばなかったBの人生はどうだったろう?」と妄想することはよくありますが、それはあくまで「あっちを選んでいたら、こういうことをやれていただろうな」と想像するだけで、Bの人生を選べば良かったという考えにはなりません。Aの人生を選んだからこそ得たものもあるからです。

企業に就職することさえも、唯一のキャリアの正解ではありません。個人事業主になったり、副業をしたり、何かのコミュニティとつながりを持ってみたりと、社会に参画してキャリアを豊かにしていく方法はたくさんあります。そのように一人ひとりが「どう生きる?」を考えることが、今着目されている「ウェルビーイング」や「ダイバーシティ」の起点になるのだと思いますね。

これから社会に出る人にも、ぜひ自分自身の多様な可能性や選択肢を信じていてほしいです。「どう生きるか」の道筋が見つからないならば、今までの自分の人生を振り返ってみてください。育った環境や歩いてきた道筋など、自分の過去のあらゆることにヒントが潜んでいるので、“人生の棚卸し”をしてみるのがおすすめです。

一つしか正解がない問いへの回答は、この先はすべてAI(人工知能)やテクノロジーが担ってくれる時代になるでしょう。だからこそ、これからの時代は一人ひとりから生み出されるものに価値が見出されるようになっていきます。「何を考えて、どんな未来を描くか」は千差万別の正解があり、それこそが人間ならではのおもしろさだと思いますね。

あなたの興味や好きなこと、そしてあなたが何を見て、何を考えるのか。何を大切にして、何を実現していきたいか──。それを明確にし、社会のどこに接続していくかを考えることが「就職活動」である、と捉えてみると良いと思います。

戸塚さんが贈るキャリアの指針

 取材・執筆:外山ゆひら

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