得意なこと以外で戦えるほど世の中は甘くない|自らの得意を掛け合わせて独自のキャリアを突き進め
モノリス法律事務所 代表弁護士 河瀬 季さん
Toki Kawase・東京理科大学在学中から、フリーランスのITエンジニアやIT専門雑誌のライターとして活動。卒業後はIT企業の経営に従事。28歳で東京大学法科大学院に進学し、2014年に弁護士登録。翌年イースターモバイル(現・イースター)を起業。IT系の法律事務所に所属した後、2017年にモノリス法律事務所を開所し、以降現職。現在は東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで100社以上の顧問弁護士を務めており、oviceやNDPマーケティングの監査役、TOKIUMの最高法務責任者なども兼任。MENSAの日本支部会員でもある
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20代後半で「自分を構成する要素」に気づけたことが転機に
キャリアにおける最初のターニングポイントは、大学卒業後、就職活動をせずにITのビジネスを続けようと決めたことです。
小学3年生からプログラミングのコードを書いていたので、大学生の頃にはIT関連のことであれば、ひと通りなんでもわかる状態になっていました。仕事を始めたのは、ツテで病院のWebサイトの制作を頼まれたことがきっかけでしたが、物怖じせずに話す性格も役立って、自然とお客様が広がっていきました。約20年前の当時は、ITがわかる人がまだまだ少なかったことも大きかったですね。卒業する頃には、ITエンジニアやIT専門雑誌のライターとして途切れなく仕事をもらえる状態になっていました。
在学中から収入がそれなりにあったので「就職したら、逆に稼ぎが減ってしまう」というシンプルな考えから、卒業後もそのまま事業を続けました。会社を大きくしたいという明確な意思はなかったのですが、仕事が増えていく延長線上でゆるやかに法人化も果たし、他社の役員なども任せてもらっていました。
ビジネスとしては順調だったものの、「この先、社員を雇ってマネジメントしながら事業の成長を目指していくのだろうか」と想像すると、どこか拭いきれない違和感がありました。競合他社と競ったり、自社工場を大きくしたりしながらダイナミックに経営を進めているほかの経営者の方々を見るにつけ、「自分はこの属性の人間ではないのではないか」と思うようになっていったのです。
悩める心境もあり、当時は仕事の合間を見つけては海外の発展途上国に出かけ、バックパッカーとして放浪していました。今思えば“自分探し”をしていた時期だったのだと思います。
いろいろな国の人や生活を見ながら考えたことは、自分を構成する要素は100個くらい書き出せるけれど、それらのほとんどは偶然であるということです。生まれた国や時代などは、望むと望まざるにかかわらず偶然に与えられたもので、自分で選び取ってきたものではない。違う国や時代に生まれたとしても、自分という人間のなかに何かしら不変的な要素があるのではないか──。
そんなふうに思い、自分を構成する要素を可能な限り、削ぎ落としていきました。すると消去法で残ったのは、「IT」「ビジネス」そして「勉強」という3つのキーワード。仕事としてやっている「IT」「ビジネス」に加え、自分には「勉強」というもう一つの要素があることに気づき、勉強が得意なこともキャリアにつなげていこう、と思い立ったのです。
勉強が得意なことが役に立つ、かつ参入障壁が高い国家資格はなんだろうと考えた時、選択肢として浮かんだのは医者・弁護士・公認会計士という3つの仕事でした。
医学も法律も会計も、知識はあくまでツールという認識で「特定の知識体系を使って、社会に対してどう提案していくか」という部分に興味があったので、どの分野にも特にこだわりはありませんでした。
20代後半からの挑戦になるので「時間をあまりかけず、一番早く社会で活躍できそうな資格はどれか?」と考えた結果、弁護士になろうと決心。ここがキャリアにおける最大のターニングポイントと言えるかと思います。
勝ちたいなら出し惜しみしない。配られたカードはすべて使い切ろう
スヌーピーというキャラクターでお馴染みのアメリカの漫画「ピーナッツ」(M・シュルツ作)のなかで、ルーシーの疑問に答えるスヌーピーの有名な言葉があります。
「Sometimes I wonder you can stand being just a dog ….」
(私はときどき、どうしてあなたが犬なんかでいられるのか不思議に思うわ)
「You play with the cards you’re dealt …whatever that means.」
(配られたカードで勝負するしかないのさ。それがどういう意味であれ)
「人生は、配られたカードで勝負するしかない」というメッセージは、私も非常に共感するところです。ただ、私ならこの台詞に「持っているのに使わないカードがあるのはもったいない」という補足を入れると思います。自分に配られたカードをすべて使って初めて、厳しい競争社会の世の中で戦える、と考えているからです。
「勉強が好きで得意」などと自称するのは、学生時代は恥ずかしいことだと思っていました。しかし、本気でキャリアを切り開いていきたいと思ったら、強みで勝負するしかありません。私はたまたま「勉強が得意」というカードを配られましたが、ほかの人にしか配られていないカードもあるわけで、それに気づいた20代後半からは、自分が持っているものを出し惜しみしている場合ではないと思うようになりました。
これから社会に出る人も、おそらく「自分が得意なものは何か、自分の人生に配られているカードはなんなのか」に気づくことが、本当の意味でキャリアの出発点になると思います。得意ではないことはすべて捨てる、くらいの感覚でも良いと思いますね。自分が弱い部分は、一緒に仕事をするほかの誰かが担ってくれますから。
自分の強みがわからなかったり、どの道を行けば良いのか迷っているうちは「選択を先延ばしにする」のもアリだと思います。実際、多くの人が進学するときには「やりたいことが決まっていないから、できるだけ偏差値の高い大学に行こう」と考えることがありますよね。
選択を先送りするときに大切なのが、なるべく選択肢の広い状態をキープしておくことです。卒業時点で何がやりたいかが決まっている人は、ピンポイントでその道に進むのがベストでしょう。しかし自分の得意なことややりたいことが見えていないならば、新卒の時点ではできるだけ名のある大企業に入っておいたほうが、その後のキャリアの選択肢が広がると思います。入社後に目立った活躍ができなかったとしても、「その会社に入る力があった」という証明にはなり、あなたのキャリアを充実させる糧になるはずです。
一方で、先送りをし続けていると、ある日突然、何も選べなくなる瞬間がやって来ることは覚えておきましょう。永遠に選択の先送りをし続けることはできません。「いつかあの仕事をするぞ!」と言いながら定年を迎えてしまった……なんてことにもなりかねないので、キャリアの残り時間は考えながら歩んでほしいですね。できれば30歳前後くらいまでには、何か一つ「これをやっていこう」と思えるものが見つかっているのがベストです。
0.1%でも良い。まだ見ぬ景色を見るために成長を続けたい
私も20代後半までは迷いがありましたが、ロースクールに行って弁護士になってからは最短ルートで歩んできたつもりです。弁護士登録の3年後には当事務所を開所し、以来7年間、前年比20〜35%の成長率を達成し続けてきました。弁護士になってからも勉強を続けてきたことが、結果を出せている要因だと思います。
おかげさまで業界内では急成長の事務所と言われていますが、もともと飛躍的な成長を果たすメガベンチャーもいるIT業界の出身ということもあってか、自分では急成長だとは感じていません。ただ、成長を継続できていることは自負しており、「毎日0.1%でも良いから成長し続けていこう」と意識しています。
弁護士の仕事は、実際にやってみると「クライアントのニーズや課題を分析し、どう解決していくか」という複雑なパズルを解いていく仕事で、性格的な適性も感じますね。クライアントの役に立つことができ、ひいては社会に貢献できることにも充実感を覚えています。
先のことについては「10年、20年後にどのような状態を実現したいか」という大きなビジョンだけは決めています。それは「クロスボーダーに仕事をしている法律事務所になる」ということです。今よりも簡単に国境を越えるクロスボーダーの時代が来ると予見しており、良い意味で日本の地に足をつけず、世界的なネットワークのなかで活動していける組織を目指しています。 すでにその流れは始まっており、最近はアメリカの証券市場へのサポートなども手がけ始めています。
短期的な目標やビジョンを設定しないのは、弁護士はマンパワーの仕事で、どんな人がメンバーになってくれるかに左右されるという意味で不確実性が高いからです。ビジョンに対して大筋が逸れていなければ何でもOKで、そこにいたるまでのルートにもこだわっていません。
実際、当社に来てくれる人たちの特性によって、取り組む案件やカラーは変わってきています。モノリスはITに強い法律事務所として成長を遂げてきましたが、最近はVtuber(2D・3DのCGで作成されたキャラクターを自身に投影して活動するYoutuber)のクライアントなども大々的にサポートしています。たまたまVtuberが好きな若手が入ってきてくれたことで、この分野に強くなりました。Vtuberの方々もクロスボーダーにビジネスをしている人が多いので、お客様と一緒に成長していっているイメージですね。
個人のキャリアビジョンとしては、これからも常に今見ていない景色を見ていきたいという思いを持っています。「人類の誰かが見ている景色は、私も見てみたい」という根源的な欲求があります。当社のクライアントにはスタートアップ企業がたくさんいますが、「創業期だけかかわり、大きな会社に成長したら手を離す」というのは本意でないので、成長後も選んでもらえるよう、我々も成長し続けていきたいです。そのためにも、クロスボーダーのビジネスを手がけていくための準備をしています。
予見している未来に向けてサボらず活動を続けていきたい
20年後を予見しながらビジネスを進めているのは、若い頃、IT業界で経験したことにも影響を受けています。
20歳・40歳・60歳という時間軸で説明しますね。約20年前、ITはまだまだ世の中に行き渡っていない時期でした。業界全体が混沌としていて「胡散臭い」と見る向きもあり、有名な大手企業は絶対にWeb広告などに手を出しませんでした。彼らはTVCMや雑誌などの既存メディアで広告展開をしていて、Web広告を出すのはあまり知られていない会社、という棲み分けがなされていました。当時の会社のトップだった60歳前後の人たちは、ITの存在を今のようには重視していなかったのです。
しかし、40歳前後の一部の人たちは、当時からITの可能性に気づいていました。そしてITネイティブの世代である20歳の私を、おもしろがって重宝してくれました。彼らは今、ITの巨人となって業界内で活躍しています。逆にITを軽視してきた人たちは、多くがIT強者に駆逐されているように思います。
気がつけば20年が経ち、私は世代が一つ上にシフトして、40歳世代になりました。クロスボーダーの時代がくることを予見し、今は海外ネイティブの20歳世代をおもしろがって重宝しています。文化の多様性への理解や海外の人たちとの議論の仕方など、今の若い世代は我々にはない国際ビジネスの素養を持っていると感じており、彼らと一緒に“クロスボーダーの巨人”を目指していきたいという考えです。
20年後には「今の60代って、英語の発音悪いよね」なんて言われる時代になると思っているので(笑)、英会話の勉強なども続けています。未来を予見するだけでなく、予見している未来に向けてサボらず活動を続けることで、ビジョンを実現していきたいですね。次の世代の若手をおもしろがるという観点から、事務所では学部インターン生も積極的に迎えています。
ちなみに、インターンはもっと気軽に参加できるものであって良いというのが私の考えです。「志望度が高くないと参加できない」などと考える必要はないですし、希望する仕事の延長線上にある会社を選ばなければならないとも思いません。極端な話、ガクチカのネタにするために来てもらっても我々は大歓迎です。
「この学部ならこの業界のインターン」といったパターンに沿うよりも、変わった場所をあえて覗いてみたほうが、自分の意外な可能性も広がるような気がしますね。弁護士は専門性が高い仕事なので当事務所に来てくれるのは法学部生が中心ですが、募集時の学部は不問にしています。法学部ではないけれど弁護士事務所にインターンに来るという選択をできる学生は、「自分から枠をはみ出せるおもしろい人なのかな?」と期待や注目をしてしまいますね。
昨年のインターン生のなかにも、数学系の大学院生がいました。彼が学んでいるデータ分析のスキルを弁護士事務所で試してみたい、と思ったのが理由だそうです。そのスキルを活かし、業務自動化のプロジェクトでも大いに活躍してくれましたし、卒業後はITエンジニアになって活躍していると聞いています。
短い時間でも才能ある若者と一緒に働けることは、我々にとってうれしいことです。参加者の方々にも有意義な経験にしてもらいたいので、こちらから「何かをして」と提示するのではなく、学生たちが自分たちでアイデアを出し、チャレンジできるような空気を作ることを大切にしています。
今作っている山に限界を感じたら「近い場所」で違う山を作ってみよう
冒頭で「配られたカードを最大限に使って戦ったほうが良い」という話をしましたが、長いキャリアのなかでは迷ったり、順調にいかなかったりで行き詰まりを感じる瞬間があるかもしれません。そんなときには「近くに砂山を作ってみる」ことを試してみてください。
砂場でも1カ所で山を作っていると、手の届く範囲の砂を集め切ってしまい、山の高さにはいずれ限界が出てきます。違う砂場に行って一から山を作り始めることもできますが、今まで築いた山を完全に捨ててしまうのは、ちょっともったいない気がします。
おすすめは、今作っている山からちょっとズレた近い場所で山を作り始めてみること。それまでのキャリアと新たなキャリアが組み合わさり、また違ったキャリアの可能性が生まれてくると思います。私が海外放浪の旅できっかけを見つけたように、これから社会に出る人たちも動き続け、考え続けることで自分だけのキャリアを切り開いていってほしいですね。
取材・執筆:外山ゆひら