自信を砕かれてからがキャリアのスタート|当事者意識を持った瞬間から「自己成長」は始まる
キャステム 専務執行役員 戸田 有紀さん
2011年に青山学院大学を卒業。直後に発生した東日本大震災の被災地でボランティア活動をおこない、その後バックパッカーとして世界40カ国を旅する。2014年に友人とともに起業し、中古本の発送代行サービス・せどり事業を展開したのち、2016年にキャステムに新規事業責任者として入社し、IRONCAFeを立ち上げる。2019年には日本橋に移転し、金属雑貨専門店「meta mate」へと業態を変更。2020年にキャステムの取締役に就任し、取締役常務執行役員を経て2023年より現職
さまざまに形を変えたビジョン。きっかけは「出会い」にあった
キャリアについて最初に考えたのは、かなり幼い頃でした。家業が身近にあったのが理由です。祖父が祖父の兄と一緒に製菓会社を営んでいたのですが、金属部品商社勤務の弟からの依頼で、製菓会社の一角で鋳造をはじめたところから金属加工を手がける会社に発展していきました。珍しい事業編成に見えるかと思いますが、製菓と金属加工の製造工程は溶かした材料を混ぜ合わせ、「型で製造する」という点で共通点が多いのです。現在も金属加工事業が中心の会社ですが、BtoCの商品開発事業やアグリ事業(農業関連の事業)も手掛けています。
幼い頃は祖父とともに、犬の散歩がてら工場にもよく遊びに行っていましたし、社会科見学の授業でも訪問取材先として選び、現場担当者に製造プロセスをインタビューしてレポートを提出するなど、高校生くらいまではそれなりに祖父や父の仕事に興味を持ち、いつか自分も入社するときが来るのだろうかとぼんやりと想像していたように思います。
しかし東京の大学に進学し、落語研究会に入ったことでキャリアの方向性が一変。「製造業よりも、芸能の世界に身を置きたい!」と思うようになりました。ここが最初のターニングポイントです。
学生時代はいろいろな舞台に上がってみたり、オーディションを受けてみたり、一時期は大学を中退して本腰を入れようかというくらいにのめり込んでいました。当然ながら、大学3〜4年になっても就職活動には一切目が向きませんでした。
そして就職先を決めないまま、2011年3月に大学を卒業するのですが、その月に東日本大震災が発生。世の中が大きく混乱するなかでも、同級生たちは新社会人になっていったのですが、私は時間がある身だったので自転車で東北に出向き、ボランティア活動をすることにしました。支援物資の提供や炊き出しの手伝いで父も東北に来ていたので、一時期は帯同もしていましたね。
被災地で得たものは大きかったです。日中は瓦礫撤去などの作業をし、夜は現地で知り合った人たちとお酒を酌み交わしながら、いろいろな世界の話を聞かせてもらいました。定時制高校の人、海外を渡り歩いてきた人、サラリーマンの人、経営者の人など、世代もバックグラウンドもさまざまな人たちから話を聞かせてもらうなかで、芸能の世界しか見ていなかった自分の視野や興味が広がっていったのです。
そうして自然に「もっと広い世界を知りたい」という気持ちが芽生えてきました。大学時代には海外に行ったことがなく、卒業旅行も近場で済ませるような人間でしたが、3カ月間のボランティアを終えた後は、バックパッカーとして世界中を旅してみることにしました。
人生の猶予期間を経て起業。初めて自分で考えて稼ぐ経験ができた
バックパッカーをしていたのは、約3年間です。世界40カ国を旅して周りました。両親は「就職しろ」とはひと言も言わず、「好きに生きれば良い」というスタンスで見守ってくれていました。内心、家業を継ぎに戻ってくるのではという期待があったのかもしれませんし、3年間くらいは猶予期間と見てくれていたのかなと思います。
学生時代に志していた芸能の道については、「これでもうあきらめよう」といった明確な区切りがあったわけではありません。ただ「自分は何がしたくて、テレビに出たいんだっけ?」と突き詰めてみたときに、答えが出てきませんでした。本気で芸の道に進む人だけが持っている「コア」と呼べるような何かが、自分のなかにはなかったのだろうと思います。
それでも「芸は身を助く」という言葉どおり、落語ができることは被災地でも海外でも大いに役に立ちました。避難所でもシンガーソングライターの知人と一緒に活動をし、被災地の方々にささやかな気休めを提供して喜んでもらいましたね。ほかにも海外で知り合う人たちに「君は何ができる人?」と聞かれたときに「落語ができる」と言うと興味を持ってくれる人は多く、その場でエンタテインメントを提供できることが、人の輪を広げることにも大いに役立ちました。
そうして帰国後の2014年には、友人と小さなビジネスを立ち上げます。これが実質的に私のファーストキャリアです。帰国前後から「何かやりたいんだよね」と言って歩いていて、一緒にやろうよと言ってくれる友人を見つけられたので、チャレンジしてみることにしました。
具体的には、中古本の発送代行サービスとECサイトでの“せどり”事業になります。“せどり”とは、できるだけ安く仕入れて、そこに利益を乗せて販売するというシンプルなビジネスです。それまでは「誰かの指示で動いて稼ぐ」というアルバイトの立場しか経験がなかったのですが、人生で初めて自分たちの頭で考えて利益を生み出す経験ができたという点で、キャリアにおける一つのターニングポイントと言えるかと思います。
新しい環境に飛び込んで気づいたのは「全員野球」の大切さ
友人との会社はそれなりに回っていたものの、ネット上で売買するお客さんが目の前にいないビジネスだったため、次第に「もっと手触り感のあることがしたい」と思うようになりました。そして友人との会社を2年ほどで離脱し、「新しい事業をやりたいなら、うちの会社のなかでやったら?」という父からの誘いを受け、2016年に当社キャステムに入ることを決めました。
社内に新規事業部という部署を新たに立ち上げていただき、そこの責任者として迎えてもらったのですが、この時期が一番キャリアのなかで壁にぶつかっていた時期です。5名ほどの小さな部署ではありましたが、自分より年上の部下とおもにリモートで仕事をすることになり、メンバーとの信頼関係を構築するまでには結構な時間を要しました。
また、そのような環境でゼロイチで事業を立ち上げていくのは簡単ではなく、形にならないアイデアや試してみて失敗した事業の屍の山が、毎日積み上がっていくような感覚でした。
苦しい時期には、「なぜうまくいかないのか」をとことん考えました。そして気づいたのは、自分一人で突っ走っていたら決してうまくはいかない、という物事の道理です。「私が事業のアイデアを出して、私が引っ張らなければ」と必死になって、独りよがりになっていたのですね。
自分から皆と目線を合わせてコミュニケーションを取っていかなければ、誰も後ろについてきてはくれない、という至極当たり前のことに気づけてからは、メンバー全員で考えて、全員で売って、全員で発信をすれば良いじゃないか、と思えるように。そのような「全員野球」を意識するようになってからは、チーム内のコミュニケーションも事業も少しずつ好転を見せ始めました。
2016年からの数年間は、鋳造をテーマとしたカフェ「IRONCAFe(アイアンカフェ)」の立ち上げや運営に注力。当時、カフェ空間に自動車があるという発信拠点を設けるディーラーがあり、そこからヒントを得て「カフェ空間に自社の金属部品や自社アイテムをおけば、目を止めてもらえるのでは」と思ったのが出発点です。製造業である当社の強みを活かすことができ、競合他社がやっていないような業態のお店というテーマで第一号店を作り、秋葉原にオープンさせました。
このカフェは、鋳造体験ができるユニークなカフェとして各種メディアでも取り上げていただきました。SNSからの反響も増加し、少しずつですが「こうすれば購入いただけるのか」というコツを会得できたように思います。
その後はメンバーのアイデアで版権のモノづくりにも取り組むようになり、2019年には秋葉原から日本橋に移転。業態も金属雑貨専門店「meta mate(メタマテ)」へと変更しながら、現在も店舗事業として継続させています。
当事者意識のない人に成長の機会は巡ってこない。根拠なき自信は一刻も早く捨てよう
これから社会に出る人にアドバイスできることがあるとすれば、当事者意識を持つことの大切さです。
事業がうまく回り始めるまでは、いつ休んだか覚えていないほど必死な毎日でしたが、逃げ出さずにやり切れたのは当事者意識を持てていたことが理由だと思います。誰かに指示されてやったことで失敗すると、人は他責的になり成長しません。しかし自分で決めて、自分の責任でやった結果の失敗であれば、「自分がどう成長すれば次はうまくいくのか?」を自然に考えるようになり、変わっていくことができます。
もちろん世の中には挫折なく成長できる人もいるでしょうし、壁なく進めるならば、それに越したことはありません。しかし昔の私のように、根拠のない自信を持って社会に出たものの、社会の厳しさを知って自信が砕ける、といった経験をする人は少なくないと思います。
その時期はつらいかもしれませんが、後から振り返れば、あの経験こそが成長につながったときっと気づけるはず。それがわかったから言えることですが、天狗になっている鼻は1日でも早くへし折られたほうが良いよ、とアドバイスしたいと思います(笑)。
組織全員が、お客様のために。前進を続けるためのビジョン
当社に入ってからは、「こんなものがあったら良いな」というお客様の声を形にして、喜んでもらえる製造業の喜びも知りました。友人と立ち上げた最初のビジネスと違って「ちゃんとお客様に届けられている」という手触り感があり、その感覚がキャリアの充実感にもつながっているように思います。
お客様に付加価値を提供できて初めて、その対価としての売上が立つ。売上とはつまり、数ある同業のなかから選んでもらえた証であり、社会に貢献できた証であり、それができると従業員の満足にもつながって、好循環も生まれる。そんな小売ビジネスの本質に気づいてからは「どういうお客様がいて、どういう貢献ができるか」についての解像度がどんどん上がっていき、「お客様に選ばれるために努力しよう」という目線に変わっていきました。
今後も、モノづくりをとおしていかに社会貢献できるかを追求していくことが、私のキャリアにおけるビジョンです。
当社は祖父が立ち上げた会社ですが、父が入社した頃はまだ20名程度の小さな会社でした。そこから1,500名規模にまで会社を育ててきた父に対する社内からの支持は厚く、今後も後継者として乗り越えるべきハードルはさまざまにあるだろうと予想しますが、頑張っていきたいですね。
次世代を任される立場として私なりに考えているのは、今後は自走できる組織を目指したいということです。組織の規模感も変わっているので、トップダウンの経営ではなく、社員全員が自発的に考え行動していくような、そんな組織を作っていくことを思い描いています。
「次の動き」をしていて若手に経験を積ませてくれる会社に注目を
最後に、会社選びに関して意識してほしい3つの目線についてお伝えします。
1つは「次の動き」をしている会社かどうか。現行の事業を順調に推移させ、既存のポジションを守りつつも、未来に向けて次の歯車作りをおこなっているかどうかにはぜひ注目してみてください。
現在の日本には、人口減にともなってマーケットの規模が縮小すると予想される産業があり、「次の動き」をしていない企業は淘汰されていく可能性が高いです。一方で、そのようななかでも積極的に海外市場に打って出て成功を収めている企業もあります。産業にもよりますが、グローバルで戦う目線を持つことは非常に重要です。
当社でも、若手社員たちにはできるだけ早いうちに海外工場の視察へ行ってもらっています。斜陽産業のなかでも必ず生き残る企業はあるはずで、当社も残っていける会社のうちの一つになるつもりです。
就職活動中は社名が知れた会社に注目しがちだと思いますが、「海外市場を見すえた動きをしているか」「新しい設備投資をしているか」「次のビジネスを模索しているか」といった目線で会社を見ていくと、意外な一社が選択肢に挙がってくることもあるでしょう。
2つ目のポイントは、若手に経験を積ませてくれる会社かどうか。ファーストキャリアの場合は、特にこの観点に注目してほしいです。20代の社員にいろいろな経験を積ませてくれる環境を選べたかそうでないかで、30〜40代になったときの実力や手腕には大きな差がついているはず。くれぐれも目先の給料だけで、働く環境を選ばないことです。
当社のような製造業の場合、何年か下積みをして腕を磨いてから少しずつ階段を上がっていくというキャリアパスもありますが、今の時代はそういった長いスパンでキャリアを考えている若い人は少ない気がしますね。それよりも「役職には興味がないけれど、できるだけ早く手に職をつけて、どこの会社からも即戦力として声がかかるような人材になりたい」と思っている人が多い印象です。
確かに変化の激しい時代を生き抜いていくには? と考えると、「そのスキルがあるなら、うちに来てよ」と言われるようなスペシャリストを目指すことは一つの方法論だと思います。スペシャリストが重宝される時代になるとすれば、「将来こんな人材になりたい」という目標はできるだけ早めに設定しておくのがベター。そのビジョンに沿って自らのポートフォリオを作っていくという点でも、若いうちからいろいろな経験をさせてくれる会社を選ぶのがおすすめです。
3つ目のポイントは、若手が活躍できるポジションがあるかどうか。2つ目と似ていますが、ここで言いたいのは今までにはないスキルを求めているかどうか、ということです。
たとえば製造業の場合は近年、IT技術やロボットを用いた省人化がどこの現場でも進められており、その分野の知識を求めている会社は少なくありません。SNS関連やデジタルマーケティングなどの分野も、近年いろいろな企業で必要とされるようになった新しいスキルです。
「この会社は新しい動きをしていて、今いる社員たちが持っているスキルとは違った力が求められているな」と思う会社であれば、若手に裁量権を持たせてチャレンジさせてくれる可能性が高いと思います。この観点からも、次の動きや新しいことをやっている会社に注目してみてください。
ただし、会社の良いところだけを見ていると、入社前後のギャップが生じやすいのも事実。インターンシップ(インターン)や会社見学などの機会にはできるだけ参加し、せめて入社日までに一度は自分が働く場所を自分の目で見ておくと良いと思います。
当社も毎年10〜30名の新人を迎え入れていますが、社食や商品開発の話題で過去に何度かバズったことがあり、それを取っ掛かりに興味を持ってくださる方が少なくありません。スゴイ社食があるのは事実ですが、入社前には必ず2回の工場見学を実施しています。「どのような現場で働くか」のイメージをきちんと持ったうえで就職を決めてほしいという考えからです。
見学やインターンに参加してからエントリーしてくれる人に対しては、こちらも「現場を知ったうえで、本気で興味を持ってくれているのかな」と好印象を持ちますね。社風との相性も見ておいて損はないので、就職活動中には最低限、自分が入ろうとしている会社を知るための労力はかけてほしいなと思います。
本気の就職活動をして、すでにできあがっている歯車の一つになるよりも、自分たちの手で次世代の歯車やエンジンを一緒に作っていけるような会社をぜひ見つけてほしいですね。
取材・執筆:外山ゆひら