キャリアは柔軟性を持って切り拓く|まっさらな紙へ豊かな成長曲線を描くために
ZenGroup 代表取締役 ソン・マルガリータさん
Margarita Son・1984年ロシア生まれ。ロシアの大学を卒業後、日本に留学。自動車輸出業や観光業を経て、2014年、夫や知人とゼンマーケットを共同創業。2022年ZenGroupに社名変更し、以降現職。High-Growth Companies Asia-Pacific2021/2022/2023にランクインするなど、躍進を遂げる同社の牽引力になっている
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柔軟性は固定観念を壊すことで生まれる。「ゼロ」から価値観を構築する経験を
私は韓国系のロシア人で、ロシアで生まれ育ちました。ロシアではアジア系であることでマイノリティだと感じ、とは言っても韓国が祖国だとも思えない。「どこにいてもみんなと少しずつ違う」と感じていました。
一方で地理的には日本に近く、祖父母が日本語を話せたりもしたので、日本という国に親近感を抱いて留学を決意しました。日本は思っていた以上に安全で住みやすく、人も優しい。自分が自分らしく過ごせる場所だと感じ、結局今にいたるまで日本で暮らし、働いています。
もちろん、ロシアと日本はまるで文化が違うので、驚くこともたくさんありました。たとえばロシアでは高熱を出した場合には、すぐに救急車を呼ぶことが多くあります。でも日本では、落ち着いて病院を受診したり、市販薬を買ったりしますよね。医療の意味やシステム、暮らす人々の病気や健康への理解など、さまざまな部分が違うのだと驚かされました。日本で暮らすなかで自分が信じていたことが崩れ、ゼロから考え方を変えていかなければならない経験を繰り返したわけです。
違う国に身を置いてみると、このように当たり前だと思っていた価値観が根底から覆される経験をします。びっくりして、考えて、そのうえで新しい価値観を作り直していく──。こうした経験を繰り返すことで、人としての柔軟性が培われるのだと思います。私が今、生まれ故郷ではない国でビジネスができているのも、柔軟な心のおかげです。
だからこそ、学生時代のような時間があるうちに、一度は海外に身を置き、できれば留学などで長い時間を過ごし、自分の価値観が覆される経験をしてほしいと思います。その驚きやカルチャーショックの先に、新しい自分ができていくはずです。
成長は課せられた責任の上にある
ファーストキャリアは、友人に誘われて入った自動車輸出の会社です。比較的規模が大きく、残業も少なく働きやすかったのですが、どこか物足りなさを感じていました。業務の範囲が限られていて、自分の仕事が事業に与えるインパクトがあまりないと思ったのです。もっと成長したいという思いから自動車輸出の会社を退職後、東京大学で2年ほど研究生として勉強をし、その後に当時社長一人で運営していた旅行会社へ入社しました。
社長以外に社員は私しかいませんから、もちろん業務の範囲なんて言っている場合ではありません。さまざまな手配や調整、お金、人のこと、なんでも自分でやるしかありませんでした。すべて自分でやっているので、仕事の成果もはっきりと感じられ、充実感は大きかったですね。「自分がやることが結果に直結する」という責任があるからこそ、成長していけるのだとも感じました。
なんの責任もない場所で試行錯誤を繰り返しても、大きな成長にはつながりません。一定の責任が与えられるからこそ、手応えのある前進につながるのだと思います。皆さんにも、成長するうえで必要な役割とミッションを積極的に負うことで、飛躍を遂げてほしいと思います。
ときにぶつかり合いながらも前進してきた黎明期
旅行会社では成長の実感を得ながら働くことができたのですが、あまりにも忙しく、次第に一社員という責任感だけではやりきれないような仕事も増えてきました。それでもしばらくは何とか業務を続けていたのですが、最終的にはそこまで大きな権限もないのにできることはこれ以上ないと思い、退職しました。
ちょうどその頃、夫が兄弟や同級生と起業しようとしていて、私もそこに加わることにしました。ZenGroupを4人で共同創業したのです。
コネクションも何もない外国人4人が日本で起業し、最初からうまくいくほどビジネスは甘くありません。資金も顧客もないような状態で、お互いが力を尽くしながらも、ぶつかることは多くありました。親しい間柄なので、ケンカに近かったかもしれませんね。
しかし素直に互いの考えや意見を伝え合うことで、相手の個性も見えてきます。得意なところ、弱いところ、考え方などを見せ合って、より強いチームに育っていきました。お互いに言いたいことをぶつけ合い、その先になんとか新しい戦略を練って進んできたと思い返します。
仲良くしている間柄で、最初からぶつかろうと思うことはないでしょう。でも、恐れずに意見を戦わせてみてください。相手の本音から個性がわかれば、より良い関係性を築いていけるはずです。
今思い返せば、毎日のように熱く語り合っていた日々はかけがえのない、大切な時間でした。ぶつかりながらもお互いを理解し合う期間を経て、現在は各々の特徴を活かして、うまく役割を分担できていると思います。
選択肢はいくらでもある。柔軟性でピンチを切り抜けよう
お互いの関係性を深めることでなんとか事業を軌道に乗せることができたのですが、それに加えてさまざまな課題に対して柔軟性を持って対応したことで、現在にいたる成長につながったと感じます。
ZenGroupのメイン事業は日本と海外の垣根を越えた越境ECサービスなのですが、たとえばサービス立ち上げ当初は、新品商品だけを扱うつもりでした。しかし検討を重ねたうえで中古品も扱う方向にシフトした結果、売上を伸ばし顧客を広げることができたのです。
「絶対に無理」という決めつけや、「こうあるべき」といった思い込み、視野の狭さは、結果的に可能性を狭めてしまいます。必要があれば前提条件まで見直して、変更や転換、場合によっては中止という選択肢まで考え尽くすことで、会社はピンチを切り抜けてきました。
どこまでも視野を広げて、柔軟な考えやマインドを持つことで、壁を乗り越えられるのだと思います。グローバルな環境のなかで育んできた柔軟性が、今につながる力になっていますね。
ポジティブでいることが信頼の基盤
現在会社は、さまざまなバックグラウンドを持った社員たちに囲まれ、着々と大きくなりつつあります。多様な個性を持った人たちが活き活きと働けるような会社のカルチャーを作ろうと、改めて人事方針を定めようとしているところです。
経営者として意識しているのは、会社にとっても社員にとってもメリットがある、win-winの方針を掲げること。多様な個性をまとめるのは簡単ではありませんが、会社と社員のお互いが成長できる方向性や環境作りに腐心しています。
その基盤になるのが、お互いの信頼です。私は信頼を得るために、常にポジティブでいたいと考えています。
物事に対してポジティブに向き合うと、行動に対する効果やそこから得られる学びがより良質なものになります。それによってかかわった人からの印象が良くなり、評価が上がる、関係構築ができるなどの結果につながるでしょう。このようにポジティブさを源として好循環を生み出していった先で、お互いの信頼が築けると信じています。
自分は「価値のある白紙」だと信じて
これから社会に出る皆さんにもポジティブで柔軟な姿勢を持ってほしいとは思いますが、ときにはどれだけポジティブに、柔軟に物事と向き合ってもうまくいかないこともあると思います。しかし、それは当然のことです。
初めて社会に出て、初めてビジネスを体感し、初めて仕事の責任を負う。経験のないことをゼロからやっていくのですから、うまくいかなくても挫ける必要はありません。
むしろ、自分はまだまだ白紙だと思っていたほうが良いと思います。何者でもないからこそ、吸収し変化し成長できる。そう信じて、謙虚に柔軟に学びを深めていってください。白紙は白紙でも、皆さんは価値のある白紙です。これからどんな風にも成長できる「白紙状態」として自信を持ち、学ぶ姿勢を忘れずに、思う存分伸びやかな成長曲線を描いていってほしいと思います。
取材・執筆:鈴木満優子