「やりたいことをやる」以外の指針は必要ない|恵まれた環境を活かして挑戦しよう

COFFISO(コフィッソ) 代表取締役 白﨑 誠志朗さん

Seishiro Shirasaki・学生時代の留学経験から教育事業に興味を持つ。ベンチャー企業で営業職や新規事業立ち上げを経験したのち、2017年に起業し、現職。関西No.1の高卒採用支援サービス「高チャレ」を手掛け、学生・学校・企業の3者に貢献できるビジネスを展開

多国籍な環境で授業を受け「日本の教育」に危機感を抱く

現在のCOFFISOのメインサービスである、教育の仕事に興味を持ったのは、大学3年生のときに経験した1年間のカナダ留学がきっかけです。外国語大学に通っており、「英語を学びに行こう」程度の軽い動機からの留学でした。

しかし現地でいろいろな国の学生たちと一緒に授業を受けてみて、大きな衝撃を受けました。幼少期から日本で受けてきた授業スタイルとはまったく違ううえ、他国の学生たちの主張がものすごく強くて、ディベートをしても敵わないのです。自分は意見を出せるタイプだと自覚していましたが、「国際社会で戦うならこのレベルに成長しなくてならないのだな」「日本の教育はこのままでいけないのではないだろうか」と実感しました。

いろいろと検証してわかったことですが、日本人は特にポジティブな内容を発信するのが苦手です。たとえば「夢がない人」というと多くの手が挙がるのに、「夢がある人」というと周りの様子を見て牽制しあい、恥ずかしがってなかなか手を挙げません。

これは、日本の教育が「これをしなければダメ」というやり方をしているからではないか。教育現場でもっと「自分で考える経験」ができれば、「日本人もグローバルなレベルに成長できるのではないか」―――。この考えが芽生えたことが、キャリアにおける最初のターニングポイントだったかと思います。

もともと人が好き、人に教えるのが好き、というタイプではありましたが、留学を機に「いずれ教育分野の事業で起業しよう」という思いを固めて帰国。そのために、まずは営業力を身につけようと思いました。起業に必要なスキルは他にもいろいろありますが、お金を引っ張ってくる力は絶対に必要だろうと考えたからです。

商材にもこだわらず、兎にも角にも「営業力を学べる会社を選ぼう」と決めて就職活動を開始。面接では「いずれ独立するので勉強したいです」と正直に伝えていました。大手を2社、ベンチャーを8社ほど受けてみましたが、大手の面接ではまともに反応をいただけず、ベンチャーの中でも2社ほどは「うちは長く勤めてくれる社員が欲しいから」と断られました。

しかしそのなかで、「独立はいつしたいの? 」と聞いてくれた社長がいました。自信が付く時期の目安として、なんとなく「5年か10年でしたいです」と答えたところ、「俺が3年で独立させてやる」と言ってくださったのです。その一言が決め手となり、1社目となるOA機器の販売営業を手がけるベンチャー企業への入社を決めました。

「経験がなくても、人は巻き込める」という自信を得られた1社目

内定後にはすぐに入らせてもらい、大学4回生の1年間は、ほぼ社会人のような日々を過ごしました。社長から「ここまでの数字を達成できたら、新規事業も経験させてあげるよ」と言われていて、やってみたら意外とすんなりクリアできたので、在学中に新規事業の立ち上げも経験できました。

事業内容としては、人材支援領域になりました。自分と同じ内定者のメンバーや先輩たちを巻き込み、きちんとした事業計画も作れない状態で始めたビジネスでしたが、「あるものを売る」という仕事ではなく、ゼロの段階からマネタイズ化する貴重な経験をさせてもらえたのは、非常に有意義でした

未経験で何も知らないところからでも、行動力とパッションがあれば、仲間もお客さんも巻き込んで事業を形にすることはできる」と学び、自信につながりました。

内定者時代からのトータル2年間でその自信を得られたことで、2017年に念願だった独立を決意。これが2つ目のターニングポイントといえるかと思います。事業自体は割と軌道に乗せられていたので、その会社に置いてくる形で、私自身は新たな歩みをスタートさせました。

ちなみに「周りを巻き込んで何かをやった」という話で言えば、学生時代、コンビニでのアルバイトで店長代理のようなことをさせてもらった経験もあります。

オーナーがのんびり働きたいという人だったので、「私が全部やっておくので! 」と志願し、そのときどきで思いつくことをお店で実践させてもらっていました。今思えば学生の可愛いアイデア程度ですが、「自分は誰かに指図されるより、自分で考えたことを指示したい側の人間だ」という自覚は、当時からあったように思います。

「何のためにそうしているか」に立ち戻れば悩みは最小化できる

退職後は前の会社と代理店契約を結ばせてもらい、しばらくは個人事業主としてお金を貯める日々を過ごしました。開業資金が貯まった半年後に正式に法人化を果たし、その年のうちに当社の主軸となる事業『高チャレ』を立ち上げました。このタイミングでは、しっかりと事業計画も作りましたね。

独立の際には前社の役員や事務員もついてきてくれ、また紹介で2人の社員も入ってくれたので、最初から5名体制でした。いきなり給料を払う立場になったわけですが、一度だけ「明後日が給料日なのに、現金が30万しかない! 」という危機的状況に至ったこともあります。

今では笑い話になっているので、その前提で聞いていただきたいのですが(笑)、原因はすべて自分にあります。独立後に見たこともない金額のお金が入るようになって金銭感覚がおかしくなってしまい、無計画に散財したことが理由です。

2日間で必死に営業をして数件の契約を獲得し、即日入金できたので結果的には事なきを得たのですが、経営者として「給料を待ってくれ」というのは非常に恥ずかしいことだと思っていましたし、猛反省して「まっとうな契約者になろう」と決意しました。

その後も小さなレベルの壁はたくさんありましたが、ビジネスとしては着実に積み上げてくることができています。直近で一番大きかった壁を挙げるならば、コロナ禍でしょうか。1カ月半ほど完全休業し、売上がまったく立たない時期がありました。幹部陣とも話し合いましたが、はじめて「このままでは潰れるかも」と危機感を覚えましたね。ただその状況は長くは続かず、大きな影響はありませんでした。

壁にぶつかったときは、「何のためにこれをやっていたか? 」という思いの原点や、最初に定めた目標地点に意識を戻すようにしています。「このために起業したのだよね」「じゃあ何でこんな小さなことで悩んでいるの? 」となり、悩みを最小化できるからです。

就職活動でもこの方法は有効だと思うので、ぜひ試してみてください。「面接で嫌なことを言われた」「あの会社に落ちた」などと落ち込んでいても、就職する目的に立ち返り「こういう人生を歩みたい」「こういう社会人になりたい」と、再度自覚できれば、「それなら一社のことで悩む必要はなくない? 」と思うことができ、悩みがちっぽけなものに見えてくると思います。

キャリア選択では「これがやりたい」以外の指針は必要ない

現在までのキャリアを振り返ってみると、当初の予定より早く23歳で独立をすることになったわけですが、迷いや不安は一切ありませんでした。1社目で営業トップになり、「これ以上いたら会社の色に染まってしまい、自分のやりたいことがうすらいでしまう」と感じたのも独立を決めた理由ですが、「失敗してもまあいいかな、独立によるマイナスすらも経験してみたい」「最終的にはどうにかなるだろう」と思えていたことは大きかったです

もともと、人生における決断ではあまり悩まないタイプです。「こっちの選択のほうが、カッコいいだろう! 」程度で決めることが多いかもしれません。会社が大きくなる過程ではリスクも考えるようになりましたが、自分事の場合はほとんど考えません。仮に失敗したとしても、「足を踏み込んでみれば、学ぶものは必ずある」と思えているからかもしれません

そのうえ日本には、ビジネスの失敗から救済してくれる制度もいろいろとあります。「こんなに恵まれた国にいて、やりたいことがあるのに挑戦しないのはおかしい」くらいに思っていますね。挑戦をためらうときに「年齢」を理由に挙げる人も多いですが、50歳になろうと60歳になろうと、失敗してはいけない理由はない、と思っています。

こういう考え方の人間なので、キャリア選択においては、シンプルに「何がしたいか」で決めることを強く勧めます。「人生何とかなるから、やりたいことをやったほうがいいよ! 」ということが、若い方に一番伝えたいメッセージです

こう言うと「やりたいことが見つからない」「夢がない」という声が返ってくることも多いですが、その場合は「夢は大きくなくてはいけないという思い込みに囚われていないか? 」と自問自答してみてください。

大きいことイコール夢、ではありません。極論「明日は絶対にこれを食べたい」「今年をちゃんと生きよう」ということだって夢ですし、夢は小さくてもいいと理解すれば、何かしらやりたいことは見つかってくると思います

日本の教育はやらせるばかりで、頭を閉じる癖が付きやすいですが、ぜひそれを取っ払って、自分の頭で考えることにトライしてみてください。私は高校生向けの事業をやっているので、若者たちとも普段からよく話しますが、「自分で考えたことを発信して、それが成功する楽しさも失敗する怖さも、自分の体験として知ってほしい」ということは常々伝えています。

最初はきつい道を選ぼう。集団内で目立ってチャンスをつかめ!

70歳まで働く可能性もある今の時代、ファーストキャリアに関しては、めちゃくちゃしんどい会社から始めてみるのも一案だと思います。「しんどい」の物差しが広がりますし、「最初がラクで後からきつい」よりも「最初がキツくて、後からラクになる」ほうが絶対に働きやすいだろうと思うからです。

1社目で「フルマラソン(42.195km)を走れ」というところにいたら、2社目以降で「5〜10km走れ」と言われても楽勝ですよね(笑)。これが逆になると、めちゃくちゃきついと感じるはずです。ブラック企業の概念は人それぞれですが、「1社目はあえて厳しいところへ行き、自分にとってギリギリやれるところを攻めてみる」のは、長い目で見れば、悪くないルートだと思います。

といいつつ、当社に関しては、ほぼ残業をしない会社にしています。時間の長さより生産性のほうが大事だと考えているので、休憩を含めて10〜18時という勤務体制にしています。中途採用組には、よく「COFFISOはゆるすぎる! 」とよく驚かれますね。新卒採用組には「これがベンチャーの普通じゃないぞ! うちは10kmの会社だけど、フルマラソンの会社もあるぞ! 」ということはよく伝えています(笑)。

社員に対しては「自発的な考えを持ちながら、しっかり動いてほしい」ということを口酸っぱく伝えています。厳しいようですが、「『こうやりたい』という考えがあっても行動に移していない」という人は伸びない典型だと思うからです

自分なりに多少やってみてから、「この部分がわからないので教えてほしい」と相談をされるのであれば、こちらもアドバイスはできますが、何も手を付けていない段階で相談をされても「まずはやってみたら? 」「とりあえずネットでやり方を調べてみたら? 」というアドバイスしかできません。

ただし上記は、万国共通の正論ではないかもしれないな、とは思っています。自分の意見を言えない、やりたいことをやらない人が多い日本の環境だからこそ、それができる人は強い、ということかもしれません

自分の考えを行動に移す人ばかりの環境にいたら、「やらない人」のほうが活躍する可能性もゼロではない気がしますね。少数派ほど勝ちパターンが生まれやすいからです。理由としては、単純に目立つからです。少数派は目立つので、上の人に注目されたり可愛がったりされやすく、その分、有用なチャンスがもらえます

たとえばですが、リクルートスーツだらけのなかで、カラフルで個性的なスーツを着ている人がいたら、私は絶対に目が行きますし、確実に気になります。逆に個性的なスーツばかりの集団のなかでは、リクルートスーツの子が目立つ、ということです。

私の場合は普通にしていたら少数派に入ってしまう、というタイプの人間ですが、そうではない方でも、集団の中でチャンスをもらいたいと思ったら「あえて逆張りをして目立ってみる」というのは一つの方法論かもしれません

社長や人事以外にも話を聞いて率直に思いをぶつけてみよう

志望先を検討する際には、できるだけ「社長や人事以外の社員の話を聞いてみる」ことを勧めます。社長の立場で言うのもなんですが、外に発信している役割の人間はうまく言うことに長けているので(笑)、率直な意見を知りたいならば、現場の人の声を判断材料に入れたほうがいいと思います。

併せて、自分が気になることについて聞いた際に、「その答えを聞いてどう感じたか」も判断材料にするといいと思います。

たとえば「自分は30歳までに年収1,000万円を達成したいのですが、御社ではそれは可能ですか? 」と質問した場合。質問に対してあいまいに流したり、言葉を濁したりする企業であれば、あまり良い印象は受けないと思います。

一方、「うちはこういう評価基準があるので、ひと握りですが、頑張れば可能です」あるいは「現状そういう社員はいません。ただ、これから成果主義に変えていく予定です」などと具体的に答えてくれる会社であれば、それを聞いてどう感じるかで判断すればいいと思います。

当社の採用においても「どんな質問もOK、きっちり答えるよ」ということは伝えています。自分のやりたいことや意見を言えることは、何より大事だと考えているので、むしろガンガン質問してほしいですね。

ただし「何でもかんでも、意見を発信すればかなうよ」という話ではありません。本人も会社も良くなるような意見を採用して、「Win-Win」で成長していくのが会社という組織です。個人であればいくらでも好きなことをやっていいと思いますが、会社という場所でやりたいことをかなえようという場合は、「ひとりよがりな意見では通じない」ということは肝に銘じておくといいと思います

安定を好まず「次なる挑戦」も視野に入れていきたい

最後に、当社の事業について少しお話しします。高校生向けの就職支援事業を始めることになった経緯は、社内で「学生時代からエリートコースを辿っていなくても、社会人になってから意外に活躍している人は一定数いるよね」という話になったのがきっかけです。

確かにそうだと思い立ち、定時制高校に出向いてみたところ、今の時代、非行に走っている子はほとんどいませんでした。しかし将来悲観やマイナス思考に陥っている子が多く、「そういった子たちを教育で羽ばたかせてあげることができれば、社会で活躍できる人が増えていくのでは? 」と考えました。

その考えを学校に相談してみたところ、先生たちは先生たちで「自分たち自身に就職経験がないので、高校生に対するキャリアのアドバイスが難しい」という悩みを抱えていることがわかりました。そこからキャリア講演を開始し、この取り組みは現在、関西全域に広がっています。先生や学生たちのニーズを受けるなかで発展していった……という経緯です。

そのなかで、当社の組織も40名ほどに成長してきています。人数が増えると私の目が行き届かない範囲が広くなるので、現在は社内のルール設計や仕組みづくりにもっとも注力しています。「1+1=2」のように誰でもが共通の答えを出せるようなルールを根付かせることができれば、全員が「若者の活躍を支援する」という同じベクトルを向いて取り組める組織にできるのではと考えています

一緒に働くメンバーが「お客さんに感謝された」と言いながら帰ってきて、喜んで仕事の話をしている姿を見る瞬間が、今は一番楽しいし、うれしいですね。後を任せられる人材が出てきた暁には、社長の引き継ぎも考えています。私自身としては「ずっと波瀾万丈な人生を送りたい」という思いもあるので、次なる社会課題を見つけて、また新しい会社を立ち上げる、というキャリアの選択肢も視野に入れています

取材・執筆:外山ゆひら