時流を読む力と一歩の勇気が想像を超えさせる|「学びたい人がいるか、学べる場があるか」を軸として
メタップスホールディングス 代表取締役社長 山﨑 祐一郎さん
Yuichiro Yamazaki・高校在学時に渡米し、カリフォルニア大学バークレー校に入学。在学中、当時史上最年少で衆議院議員の公設秘書となる。2006年に大学を卒業し、ドイツ証券株式会社に入社。投資銀行本部でテクノロジー業界におけるM&Aおよび資金調達業務をおこなう。退職後、2009 年に京都大学経営管理大学院へ入学。同時にAIスタートアップ企業を創業し、代表取締役に就任。大学院を修了後、2011年に取締役CFOとしてメタップスに参画。取締役副社長を経て、2018年11月に代表取締役社長に就任。2023年1月にメタップスホールディングス(旧Odessa12(オデッサトゥエルブ))を設立後、現職
留学先で培ったハングリー精神。たどり着いたのは政治の世界
キャリアにおける最初のターニングポイントは、高校2年生のときに交換留学生としてアメリカに渡ったことです。アジア人がまったくいない地域をあえて選んだこともあり、マイノリティとしての扱いを当事者として経験したんです。世界に飛び出したことで、日本人は世界の中心ではないことを痛感しました。
ただ、「一芸がある人は認める」というのがアメリカのお国柄。小学校の頃にやっていた野球を再開し、野球で活躍することで、次第に存在感を発揮することに成功しました。これまで以上にハングリー精神が培われたという点で、その後のキャリアに大きく影響した経験と言えるかと思います。
アメリカで得るものが多かったことから、予定を変更して日本の高校に戻らず現地で卒業資格を取得し、カリフォルニアの大学へ進学することにしました。こちらは高校とは違って多様性のある自由なキャンパス環境だったので、嫌な思いなどもせず過ごすことができました。
そして大学3年生の夏休み、岡山にある祖母の家に遊びに行ったことをきっかけに、次なる転機を迎えます。30歳の衆議院議員候補者に出会い、自身も以前から政治に興味があったことから意気投合。大学を休学して秘書となることを決めました。議員が見事初当選を果たしたことから、22歳で公設第一秘書となり、議員秘書としての日々が始まりました。
当時史上最年少の公設秘書ということで、仕事では大変なこともありましたが、官僚、弁護士、国際機関、金融機関のビジネスパーソンなど、社会を動かす優秀な方々に出会えたことは、この時期の財産です。選挙区の地元では有権者の方々とも交流できましたし、社会の動きや法律制定の流れを国の中心に近い場所で見ることができ、「国がどのように運用されているか」について理解を深めることができました。
政治の世界で「この国をよくしたい」「社会に良いことをしたい」という情熱やエネルギーに触れられたことは、キャリアにおける2つ目のターニングポイントと言えるかと思います。政治の世界にのめり込み、そのまま大学を辞めて政治家を目指すことも考えましたが、「大学は卒業したほうがいい」と周りの先輩たちに諭されアメリカに戻って復学することにしました。
就活はゴールではない。キャリアという観点で行動指針を立てて
大学復学と同時にすぐに就職活動も始めました。実はそれ自体アメリカでは珍しいことです。欧米では卒業後半年から1~2年くらいはインターンやアルバイトをしたり、長期旅行を楽しんだりしてから就職する人が多いのですが、私は高校生の頃から「起業する」という目標を持っていたので、ビジネスの世界に早く飛び込みたかったんです。
就職先はその目標から逆算して、必要なスキルセットを得られるところを検討しました。営業スキルを磨けるような会社も考えましたが、当時から「M&Aや資金調達は、企業の成長戦略のカギになる」と考えており、一番関心があったコーポレートファイナンスを勉強しようと決めました。
アメリカにはそもそも「新卒採用」という概念がなく、採用は新卒だろうと中途だろうと同じプロセスでおこなわれます。グループ面接などもなく、1対1の電話面接から始まり、何度か面接をクリアすると企業側がこちらに会いに来てくれるという流れです。日本のような「総合職採用」といった募集もなく、基本的にすべて専門職採用なので、「どの部門のどのチームに入りたいか」まで決めて応募します。
私はテクノロジー分野のビジネスに興味が強かったので、「テクノロジーセクターでアドバイザリー業務をやりたい」という希望を出しました。多くの投資銀行の人事担当者がニューヨークから大学のあるサンフランシスコまで会いにきてくれましたが、最終的に大学の先輩が人事担当者にいたドイツ銀行グループから内定をいただき、東京支店への配属が決まりました。
日本では、「就職活動=大学受験の次の試験」という気持ちで取り組む人が多い気がします。比べると、アメリカはそれまで培ったスキルを活かしつつ「好きなことや本当にやりたいことを探す活動」と捉えている人が多い気がしますね。
どちらが一様に優れているということはないと思いますが、アメリカの就活は日本ほどのプレッシャーはなく、もう少しカジュアルなイメージです。自分に合った仕事か試すために転職を何度か繰り返し、20代という期間を使って本当にやりたいことを見つけていく、といった人が多いと思います。
ただ、最近は日本でも自分の専門性を意識しながら学生時代を過ごしている人が増えてきた気がします。当社がエンジニアやデザイナーといった専門職を採用しているからということもありますが、学生のうちから自分のスキルを磨いたり、長期インターンを経験したりと、将来やりたいことやキャリアを意識しながら学生生活を過ごしている人は、もう珍しくない印象です。
早くからキャリアを見据えた行動をしていると、就職にもきっとプラスになるはず。私自身、公設秘書時代は多くのことを吸収できましたし、大学に復学してからは勉強の傍ら「日本版Facebookを作りたい」と考え、学生専用のSNSの開発にも注力しました。5名ほどのメンバーでプロトタイプまで作り上げ、ランニングコストの問題でリリース前に断念したものの、このエピソードを評価いただき、志望する企業から内定をいただけたと考えています。
学べる場があるか、学びたい人がいるか。「実践」を軸に環境を選ぼう
投資銀行では希望通り、M&Aや資金調達にかかわる業務を担当し、企業経営の大まかな仕組みを知ることができました。企業のCFO(最高財務責任者)に対して提案をしていたので、経営層の意思決定のポイントを見られたことも有意義でしたね。
とはいえ、外資系企業ということもあっていきなり実践的な仕事に放り込まれたので、新人時代はただただ必死でした(笑)。上司に指示される内容や言葉すら理解できない状況で、移動中のタクシーのなかで先輩社員に質問をしまくっていたことを覚えています。この時期に優秀な先輩のそばで働けたことは大切な財産だと感じていますし、当時は動き方から生活リズムまで何もかもを真似していました。
金曜夜や土曜にはプライベートな時間も作っていましたが、割り振られた仕事に付いていけないので、溜まっていた分を日曜のうちに取り返して翌週に備える、ということも心掛けていましたね。このサイクルを習慣づけていたことで難易度の高い仕事もキャッチアップでき、自分が求めていたスキルを3年間で習得できた気がします。
いろいろな意見があるとは思いますが、ファーストキャリアには「最速・最短でスキルアップを果たせる会社」を選ぶことをおすすめします。研修はほどほどに、実践的な業務でいろいろな仕事にかかわらせてもらえる会社のほうが、成長速度は確実に速くなります。私がこのような考えなので、当社でも入社1年目から自分の力で挑戦できるような機会を、できるだけたくさん提供しています。
一般的には、ベンチャー企業のほうが実践的な業務に早く就けるとは思います。ただ、「ベンチマークになるような優秀な先輩社員に出会える確率が高い」という点では、大企業にも良さがあると思います。私自身も若い頃、尊敬する先輩に多大なる影響を受けたので、「一緒に働きたいと思える先輩社員がいるか」ということも就職活動中に見ておくのがおすすめです。
これからの時代に活躍すると思う人材像は、変化に対応できる人。テクノロジーの飛躍やマーケットの変化が激しいので、「自動車会社だと思って入社したら、いつの間にかIT企業になっていた」なんてことも十分に起こりうる時代です。固定観念や成功体験にとらわれず、柔軟に変化に立ち向かっていける人ほど活躍のチャンスが多くなるように思います。
また「積極的に行動範囲を広げて、セレンディピティを見つけることができる」ということも、大切な要素かもしれません。
セレンディピティは、1社目となる投資銀行の上司が教えてくれた言葉です。「成果やゴールを決めてから仕事をしていると面白いものはできない」「自分の手足を動かしてリサーチを進めるなかで、思ってもいなかった偶然の答えやゴールを見出せる。そうして初めて、結果的に想像を超える良いものができる」といったアドバイスでした。
この教えをいただいてからは、「必死でやっていれば新しい価値と出会うことができる、それこそが仕事のゴールなのだ」と考えるようになりました。
学生の方にも、できるだけ新しい環境に身を置き、いろいろなところに居場所を作ることをおすすめしたいです。留学、ゼミ、サークル、部活、アルバイトでもなんでも構いません。特定のコミュニティに閉じこもらず、今とは違うコミュニティに積極的に飛び込んでみてください。「いろいろなところにアンテナを立てること」「自分の行動の幅を広げること」を続けていれば、将来本当にやりたいことも見つかってくると思います。
時流にマッチする事業は伸びる。アンテナを広く立てて進路を見極めて
最初の会社を退社してからは大学院に進み、並行してキャンパス内で学生起業をしました。ここが4つ目のターニングポイントです。AI(人工知能)を活用したシステムを開発したのですが、当時はまだ少し時期尚早だったようで、次の展開を考え続けていました。
その頃、当社の前身であるメタップスの創業者・佐藤航陽氏との出会いを果たします。佐藤さんの志や実績には大変魅了されましたし、これからやろうとしているというスマートフォン向けマーケティング事業(当時はガラケー時代)の伸びしろやグローバル展開の構想にも魅力を感じ、CFOとして参画することにしました。
メタップスは事業立ち上げから4年ほどで上場を達成し、飛躍的な成長を経験できました。当時はiPhone4が世の中に出始めたくらいの時期で、「これから絶対にスマートフォン時代が来る」というタイミングで事業を立ち上げられたことは非常に大きかったです。これまでの経験と比較してもマーケットフィットできたことが最大の勝因であり、「どんなに良いサービスでも、タイミングが合わなければ事業をスケールさせるのは難しいのだな」ということを身をもって学びました。
これから就職活動をする方も、世の中の時流や時勢も検討材料に入れてリサーチしたほうがいいと思います。「自分が興味を持てるかどうか」も重要ですが、これからの時代に必要とされている業種でなければ、将来的に収入も上がっていかないでしょうし、最悪の場合、その産業自体がなくなってしまう可能性もあるからです。
今どのような事業が世の中で注目されているのか、社会でどのようなことが起こっているのか、といったことへのアンテナは、できるだけ立てておくのがおすすめです。ちなみに私がファーストキャリアに投資銀行を選んだのも、アメリカで投資銀行に注目が集まっていた時期だった、ということも大きな理由でした。
今であればテクノロジー分野は外せない選択肢になると思うので、「好きなこと×IT」を形にしている企業にも注目してみると良いかもしれません。ECを活用して生鮮野菜や魚を届ける産直ECサイトで支持を拡大している例などもありますし、既存の産業のなかにも、成長可能性を見出せる企業はたくさんあると思います。
今こそ勝負をかけるとき。挑戦を重ね、想像を超える新しい価値に出会いに行く
一時は海外8カ国に拠点を持つなどグローバル戦略も順調に進めていました。コロナ禍のタイミングで一旦すべて売却しましたが、海外には人脈もありますし、グローバル進出にはまだまだ意欲を持っています。今後のキャリアのなかで、時間をかけてやっていきたいことの1つです。
新しい事業を繰り返し立ち上げる起業家を、海外ではシリアルアントレプレナーと呼びますが、「若いときの起業より、キャリア中盤の起業のほうが成功確率が高い」というデータもあります。無我夢中に勝負をかけた20代、夢中になりつつも少しずつ自分のやり方が確立してきた30代を経て、40代になった今は、これまでの経験値を活かして戦略的に勝負をかけられる時期が来たと捉えています。
私がキャリアの充実感を覚えるのは、新しいことに取り組めているとき。世の中には特定の分野に粘り強く向き合い、時代の波が来るのを待ち続けて成功するタイプの人もいますが、割とせっかちな性格ということもあり、「世の中を見極め、新しいことを自分から見つけにいく」スタイルが性に合っています。「現状維持が一番つらい」と考える人間なので、これからも変化し続けていくことが目標です。新しい取り組みや新しい動き方をしながら、変化を楽しんでいきたいですね。
不安やアドレナリンもすべてエネルギーに変えていますが(笑)、うまくいかないことがあるときは24時間以内に気持ちを切り替えることや、考えや思いを周囲に共有していく姿勢を心がけています。社内のメンバーはもちろん、家族など身近な人に話すことで「なんとかなる!」という気持ちを奮い立たせていますね。就職活動中も、ひとりで抱え込まないことは大切にしてください。
会社側から見れば、新卒入社の人たちは「まっさらな状態である」という、かけがえのない価値を持っています。当社も、新卒入社のメンバーやこれからジョインしてくれる方々には、新しいカルチャーやこれまでになかった価値観を生み出して欲しいと期待しています。
取材・執筆:外山ゆひら