社会に対する自分の想いの解像度を上げろ|人の声に耳を傾けキャリア形成のヒントをつかもう

TBM(ティービーエム) 執行役員CMO 笹木 隆之さん

Takayuki Sasaki・2007年に大学卒業後、電通に入社。ブランド・コンサルティング室を経て、ビジネス・クリエーション・センター未来創造グループの立ち上げに参画。企業の経営層に対する新規事業や新商品開発、店舗開発などのアイデアを提案するチーフプランナーを務める。電通在籍中に休職して慶應義塾大学大学院の政策・メディア研究科後期博士課程に学ぶ(単位取得退学)。2016年、TBMに執行役員として入社。2018年CMO(最高マーケティング責任者)に就任

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価値観を変えたドイツのアウトバーン

自分の価値観が初めて大きな影響を受けたのは、中学3年から高校2年までを過ごしたドイツでの体験でした

通っていた中高一貫校にはドイツの提携校への転入留学制度があり、それを知ったときに心がビビッと反応したのを覚えています。中学2年のときでした。子どもの頃から家族で海外旅行し海外に関心があったこともあり、どうしても留学したくなり中学3年でドイツへ向かいました。

当初は1年間の予定でしたが、もっと居たいと考え結局は3年間滞在。高校最後の1年間は日本で学ぶルールだったので帰国しましたが、高校2年まではドイツで過ごしました。

その留学中にドイツの高速道路アウトバーンを知ったのですが、何より驚いたのが速度制限のない区間があること

交通事故を軽視しているわけではない点や人の命の重みは日本と同じにもかかわらず、日本の高速道路は速度制限が常識なのに対し、ドイツのアウトバーンは速度無制限区間が大半です。日本の常識はドイツの常識ではありませんでした。信じていたモノサシがどこでも共通しているとは限らないことに気付かされ、自分の中の大きな経験知となりました

ドイツではその後の進路を左右するもうひとつの経験もしました。ドイツの街並の美しさを知ったのがそれです。ドイツに行く前は新しいものこそが格好良く美しいものだと感じていました。ところが300年の歴史を受け継ぐドイツの街並みは大変美しく感動的でした。

その感動があったため都市計画まちづくりの研究をしたくなり、希望がかなう大学を探して筑波大学社会工学類都市計画専攻へ進学しました。

「電通っぽいな」と言われて就職先を意識

都市計画を専攻する一方で、大学生時代は学園祭の副委員長を務めるなどイベント企画に積極的にかかわりました。筑波大学で大学バレーボールの全国大会「東西インカレ」が開催された際には実行委員会のスタッフとして、地元産品を活用したカフェを運営するなどつくばの魅力を発信する企画なども手掛けました。

それもあって友人たちからは「なんか電通っぽいな」「電通に向いてるよな」と言われ、自分でも電通を意識するようになりました。電通関連の書籍を片っ端から読み、4代目社長が主に自身の教訓のために書き記した電通精神をまとめた「鬼十則」なども知り、会社の歴史や内容を知るのにともない就職するなら電通しかないと思うに至りました。

憧れていた先輩大学院生が「コンセプター」という肩書の名刺を持ち歩いていました。正解がひとつではない世の中で、自ら新たなコンセプトや常識をつくり出すような人間たれというような気概が名刺の肩書に表れていると感じ、自分もそうありたいと考えていました。ですから、仕事を通じて世の中にインパクトを与え自らが考えたコンセプトを世に問える電通という会社に入りたいと考えたわけです。

就活は電通一本に絞りましたが、落ちてしまったらどうしようと不安になることも、もちろんありました。それでも就活中にさまざまな方々にお目にかかる機会をいただき、電通について知れば知るほど、就職先の選択肢は電通しかないとの思いは募りました。

電通の歴史を築いてきた多くの先輩や社員の方々に話を伺う機会をいただけました。なかでも元電通社員で永谷園の取締役を務めていた京裕信さんは私が進むべき道を照らし出してくださいました。京さんに会えたのは、学生時代に六本木のアカデミーヒルズの社会人講座「アーク都市塾」で出会った方の紹介があったからです。

主に企業の経営層の方々が参加する塾でしたが、私は学生向けの奨学制度を利用して参加させていただき、グループワークなどを通じて社会人の方々と知り合うことができました。

そのつてで紹介いただいた京さんには、何度もお目にかかり電通の歴史や広告の未来についてのお話を伺えました。

電通のメインキャリアは未来創造グループ

電通でのメインキャリアは、ビジネス・クリエーション・センターの未来創造グループでの仕事です。グループ立ち上げ期から参画し、チーフプランナーとしてさまざまな企業の経営にアイデアを提案しました。

電通は自社が持つアイデア力を広告領域で活かしてきた企業ですが、そのアイデア力を広告領域ではなく経営領域で活用するのが未来創造グループの設立目的でした。具体的には経営者に対して新規事業新商品企画新店舗開発などの新しい経営アイデアを提案し、加えてマーケティング・コミュニケーションの戦略立案から制作実施までをワンストップで支援する仕事です。

ここでは大企業からスタートアップまで多くの企業にかかわりました。たとえばアウトドアライフスタイルを提案する企業、スノーピーク社とは上場前から上場後まで仕事にかかわりました。たとえば「人生に、野遊びを。」という新しいスローガンのもと、デベロッパーと組んだBtoBビジネスを実現しました。

スノーピークは主にアウトドア好きの顧客を抱えるBtoCの企業でしたが、新たにBtoBの事業モデルをつくったのです。新築マンションの部屋の屋外空間にスノーピークが提案するアウトドア製品をパッケージした部屋を用意し、購入者が複数のスタイル(くつろぐ・食べる・寝る)から部屋タイプを選ぶ、新しいマンションの販売形態をデベロッパーとスノーピークのコラボによって実現しました。

電通での仕事は充実したものでしたが、世の中により大きなインパクトを残せる人間として成長するには、業務を離れて専門性を磨き身に付ける必要があると考えるようになりました。そこで未来創造グループのボスだった国見昭仁さんに相談すると快く送り出してくれました。

城山三郎の『官僚たちの夏』に触発され転職を決意

休職して慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)大学院に入り政策・メディア研究科後期博士課程で学びましたが、SFCで学ぶことは私にとって特別なものでした。というのもSFCの設立に尽力した経済学者・地理学者だった高橋潤二郎教授は、私が師事してきた方だったからです。

高橋先生がおっしゃった「20世紀はエコノミストとエコロジストの対立によって血が流された世紀だったが、21世紀はエコノミストとエコロジストを両立させるスタンダードを創らねばならず、それが21世紀を生きる君たちの使命だ」という言葉を学生時代に知って鳥肌が立ちました。

実は先ほど触れた「アーク都市塾」には高橋先生がかかわっておられ、私が入塾したのは先生に会うのも理由でもあり、入塾後に何度か食事をしながらお話もさせていただきました。私が大学院に入ったときにはすでに高橋先生は亡くなっておられましたが、高橋先生が設立に尽力したSFCで学ぶことは私にとって特別な体験でもあったわけです

TBMに入社するきっかけのひとつもSFCの博士課程で学んでいた頃に見たドラマのDVDでした。作家である城山三郎さんの経済小説『官僚たちの夏』を原作としたドラマです。高度成長期を舞台に、外圧にも屈せず技術を育て技術立国と経済成長を実現した日本の官と民の物語に感銘を受けました

同時にエコロジーとエコノミーの両立を図れという高橋先生の言葉がシンクロし、日本で生まれた新素材LIMEX(ライメックス)を通じて、サステナブルな世界を実現するために奮闘するTBMで仕事がしたいと強く感じました

TBMは新素材のLIMEXやCirculeX等の環境配慮型の素材・製品の普及や資源循環のビジネスで地球と人類を救うという究極の目標を掲げるベンチャーで、日本では数少ないユニコーン企業です。地球上に豊富に存在する石灰石を主原料とし、プラスチックや紙の代替素材としてリサイクル可能なLIMEXは資源枯渇の危機に瀕する地球を救う画期的な素材です。

まさしくエコロジーとエコノミーの両立の可能性を広げるのがLIMEXでありTBMだと確信し、15年12月12日にTBMの山﨑敦義社長にTBMで仕事をしたいと申し出て、翌年4月にコミュニケーション担当の執行役員として入社しました。ちなみに入社以降、毎年12月12日は山﨑社長と食事をともにし、記念日を祝っていただいています。 

転職後の仕事には1000%満足

当初は社内に各専門組織もなく人員も十分ではありませんでしたから、広報からブランディング、ウェブ・コミュニケーションなどをゼロから機能させる仕事に取り組みました

18年にはCMOに就任しましたが、その前後を含めサステナビリティ、採用育成、組織開発、自治体連携、B2C向けEC事業やグループ会社の取締役も務めるなど、社内で「笹木はいったい何屋なんだ」と思われてもおかしくないほど幅広く仕事をしてきました。

しかし仕事はどんどん広がっていっても考えていたことはひとつ。

会社の成長を少しでも早めるために、あるいは株主の期待に応えるために、いま自分ができること、自分の能力や専門性が最大に発揮できる仕事を意識し、プライオリティをつけながら仕事に取り組んできたつもりです。仕事の幅が広がったのはあくまでもその結果です。

TBMは電通の未来創造グループがおこなっていたスタートアップの支援先企業のひとつでした。ですからスタートアップ時代から企業理念やクレドの策定、ブランディングなどに関わり、その存在を知っていましたし、山﨑社長の人間力、ビジョンには惹かれるものがありました。その下地があったうえで、自分の中で高まっていた「世の中によりインパクトを与える仕事をしたい」「エコノミーとエコロジーの両立」といったテーマが重なり転職の決断となりました。 

転職後の仕事には毎年1000%満足しています。山﨑社長の背中を間近に見て学べることの多さを思うと、1年で10年分の成長を目指しているTBM、満足度で言うなら、100%を10年分で1000%ですかね。

自分にとっての目標はTBMの成長です。会社の期待に応えるためにも、なにより自分が成長していかなければならないと考えていますが、個人的なキャリア形成やキャリアアップには関心がありません。やはりTBMがサステナビリティの領域においてグローバルでトップになること。そこに到達しなければならないと思っています

社会に対する自分の想いの解像度を上げろ

これから社会人となる学生の多くは仕事を通じて世の中の役に立ちたい、貢献したいと考えているはずです。ただしそれを漠然と考えるのではなく、これからの時代に自分は何に対してどのような形で役立っていきたいのか誰のために役立ちたいのか、その認識と解像度を上げていってほしいと思います。

それは学生時代のいますぐにでも取り組むべきで、社会人になるのを待つことはありません。そもそも学生と社会人という形式的な区切りがあっても本質的な違いはないはずです。人としてのあり方に境界はありません。若者たちが世界の課題について話し合うダボス会議の「ヤング・グローバル・リーダー」を見ると、学生や20代でも高いパフォーマンスを示す人たちが各領域にいます。人間として社会的な課題に取り組むのに学生も社会人も関係ありません。

TBMはサーキュラー・エコノミー(循環型経済)脱炭素という2つの大きな社会課題に向き合っている会社です。サーキュラー・エコノミーの経済効果は2030年に4.5兆ドルとも言われ、脱炭素の領域では向こう30年間で世界の金融機関が合計100兆ドルもの投資方針を表明しています。

そういう観点で世界を見たときに、バブル崩壊後の失われた30年で露わになった日本の課題だけでなく、日本には世界に貢献できる良さや優れた部分があることにも気付けるはずです。

これからの時代のキーワードはボーン・グローバルです。世界を良くするため地球規模の視点で自分のキャリアを考える若者に期待しますし、サステナビリティー領域の課題解決には若い力が欠かせないのです

入社後の権限や裁量の自由度も研究すべき

企業選びをするにはやはり企業を良く知る必要があります。会社自体が、あるべき姿をビジョン理念としてどう掲げ、市場環境をどう捉えて事業としての成長を図ろうとしているのか、会社としての視座、志の高さを見極める。そのために公表されている情報を確認するのはもちろん、社員や、できれば経営層を含めてなるべく多くの関係者から話を聞くことが大切です

そしてビジョンや企業内容に惚れ込むことができても、入社後のキャリアパスはどのようなパスが一般的か、裁量の自由度はどうなのか。直近に入社した社員や年次の近い先輩社員にたずねることも重要です。それによって入社後のギャップミスマッチを回避できるはずです。

 壁に当たったら事象を俯瞰しシンプルに考える

壁に直面した時の私の対処法は2つです。ひとつは起きている事象を俯瞰してみること。そのうえで直面している問題について自分に問いかけます。俯瞰して問題を整理し、問題を解決する上で、どんな解決方法が求められている​​のかをシンプルに考えます。

そうすれば悩んだり、落ち込んでいる時間が何の生産性もないことが分かるし、そこで自己都合に基づく考えに執着する必要がないことに、すぐに辿り着けます。たとえば顧客にダメ出しをされたときに、「駄目じゃないのに……」と責める自分と、「指摘を受け止めて、もう一度考えてみよう」と再挑戦に前向きになる自分がいたとします。俯瞰してどちらの自分でありたいかと問われれば、もちろん後者です。事象を俯瞰したうえで何が正解かをシンプルに自問する。そのように心掛けています。

もうひとつ心掛けているのは、自分が尊敬する人物や、自分が戦友だと思える友人に、話を聞いてもらうようにしています。

自分が考えられる範囲は所詮、自分の頭のレベルまで。ですから自分以外の信頼する人物に話を聞いてもらい、その人の声に耳を傾け自分の考え方を整理することは、壁を乗り越えるためにも有効です

笹木さんの壁の乗り越え方

  • 事象を俯瞰して見たうえでシンプルに考える

  • 尊敬する人物や戦友に話を聞いてもらう

採用の選考に企業側から携わる者として、TBMの選考の判断基準のひとつにしているのは「その人とこの会社で感動できるかどうか」が挙げられます

企業と就活希望者は本来、お互いが選び選ばれる関係。「選ぶ側」と「選ばれる側」といういびつな関係ではなく、あくまで縁が取り持ってくれた者同士のコミュニケーションが、そこにはあるべきです。

その縁ある学生が、会社の成長スピードや、会社が与えられる成長機会といった環境において幸せを感じ、一緒に感動できるかどうか。その点を、学生のこれまでの経験や志望動機、面談、面接から判断するのが選考の意味だと考えています。

取材・執筆:高岸洋行

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