寄り道の先にチャンスがある|キャリア選択の原則は自分の気持ちに正直であること

Lateral Kids 専務取締役 佐藤 大介さん

Lateral Kids 専務取締役 佐藤 大介さん

Daisuke Sato・宮城県出身。駒澤大学卒業後、アパレル業界を経てテニススクール講師に従事。東日本大震災を機に、地元宮城でNPO活動に参画し、放課後子ども教室を運営する。その後、Lateral Kidsに入社し、2021年より現職

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「なんとなく」の行動から本当にやりたいことを見出した

出身は宮城県、漠然と家を出たいと思って関東の大学を受験し、合格を機に上京しました。両親は反対していましたが、東京で暮らせることにワクワクしていましたね。奨学金をもらって通っているのだから、何か形になることをしなければと思い、教員免許を取ることにしました。だからその時点では、特に「先生になろう」とか「子ども関連の仕事に就こう」と思っていたわけではありません。それでもどうにか教育実習をクリアして、無事教員免許は取ることができました。

こんなスタンスだったので結局教員として就職はせず、当時興味を持っていたアパレル業界に就職しました。洋服が好きだというシンプルな理由で入社し企画や営業を担当しましたが、理想と現実のギャップを感じてすぐに「この仕事を続けて良いのか」と悩むことに。社会に出れば当たり前のことかもしれませんが、自分が心の底から良いとは思えないものを売り込んでいくことに抵抗感を持ってしまったのです。

ここでようやく“自分は何がしたいのか”“何のために働くのか”“何ができるのか・得意なのか”を真剣に考えるようになりました。本当であればこうしたテーマは就活中に掘り下げるべきだったのかもしれません。でも、本当に必要なタイミングでなければ切実に考えることは難しいですよね。自分にとってはアパレル業界というファーストキャリアで感じた違和感が、そのタイミングでした。

そこで今一度自分と向き合い、たどり着いた答えが「子どもにかかわる仕事がしたい」ということでした。

考えずにとった行動の奥に見出した「本心」

そこで何か子どもと触れ合う仕事ができないかと、テニススクールを営んでいる実家に相談すると、その付き合いをたどって関東でテニススクールのインストラクターの仕事を得ることができました。

子どもに教える仕事は楽しく、充実していましたね。学生時代に何となく教員免許を取ったけれど、その奥には、子どもとかかわる仕事をしたいという気持ちが隠れていたのでしょう。何気ない自分の行動を見つめ返してみると、自分の本心に気づくかもしれません

仕事にならなくても熱中できることを大切に

Lateral Kids 専務取締役 佐藤 大介さん

順調に仕事をしていた日々が覆ったのは、2011年。東日本大震災によって、故郷のことを考えないわけにはいかなくなりました。そこで早めに地元・宮城に戻ることを選択し、テニススクールの手伝いをする道を選びます。

家業を手伝う傍ら、震災からの復興を目指して何かしたいという想いも強まり、ふとしたきっかけで地元の有志に加わりました。そこでは生活・学習環境が変わってしまった子どもたちのサポートを目指して活動を始め、NPOを設立して活動を充実させていきました。

なかでも、自治体と連携して小学校の放課後子ども教室を運営し、通学環境や遊ぶ場所の変化で運動不足になっていた子どもたちを支援できたことは、大きな成果だったと思います。

この活動は自分にとって、あくまで趣味や楽しみの範疇。実家のテニススクールの仕事をしながら、お休みの時間をほとんどNPO活動に費やしていましたね。お金をもらうわけではないですが、地元企業の皆様を筆頭にさまざまな方たちと楽しく、やりがいをもって活動を続けられたことは良かったと思います

「仕事以外」のことがキャリアにつながる新たな転機に

社会人になると“仕事・収入・キャリアアップにつながらないことは無駄”というような価値観を持ってしまいがちですが、人生やキャリアに無駄なことなんてありません。たとえ仕事にはならなかったとしても、熱中できることは大切にしてください。それが何かの転機になり、新たな発想や人間関係につながることもあります。

キャリアを前進させるのは人との出会いと自分で考え抜いた決断

実際にNPO活動によって、再びキャリアの転機が訪れました。このままでは子どもたちの環境を変えたいという目標達成が難しいと感じていて、何か自分で資金をつくっていきたいと漠然と考えていたところ、NPOのメンバーから卵焼き工場を承継しないかと紹介を受けたのです。

まるで縁のない業種の話でしたが、ちょうど「自分で何か事業をやってみたい」と思っていたので、またとないチャンスのように思えました。それからというもの、朝から夕方までは工場長のもとで承継に向けて修行し、終われば居酒屋バイトの日々が始まりました。居酒屋バイトでは、大学生なのにみんなしっかりしているなと感心したりと、30代ではあまりできない経験を積めたのは楽しかったです。

しかしいくら苦労を重ねても、やればやるほど、承継は現実的でないことがはっきりしてきました。資金不足という大きな壁が立ちはだかっていたのです。県内にある銀行は手当たり次第あたりましたが、資産も何もない当時の私の力では、何千万という大きな資金は捻出することができませんでした。

しかし、この思いつきの行動でさえその後につながっていくのですから、人生はおもしろいなと思いますね。融資の相談をしていた銀行の担当者の方と事業計画について話すうちに、やっぱり自分がやりたいのは卵焼き工場長になることではなく、子どもの未来を作ることだと気づかされたのです。それを聞いた担当者の方が、「保育事業を始めようとしている経営者がいるから会ってみたら?」と現在の会社のトップに引き合わせてくれました。

佐藤さんのキャリア変遷

NPOのメンバーとの出会い、工場長との出会い、そのおかげで心ある銀行員と出会うことができ、さらに現在のキャリアに直接つながる出会いも得ました。さまざまな形でずっと続けていた「子どもにかかわる」ことこそ自分の本当にやりたいことなのだと気づいたのです。

これまでの経験を振り返って改めて感じるのは、出会いでキャリアは変わっていくということ。人生が変わるような出会いは、一生のうち何度かあるはずです。まさに「縁」ですよね。恐れずに人と会って、ぜひ人生を変えられるような経験を重ねてほしいです。

当社代表と会った頃の私は保育士免許すらない状態でしたが、周りの経営者の後押しもあり、直接社長に入社させて欲しいと嘆願して契約社員として入社。現場での経験を積みながら、保育士資格を取得し、正社員登用となりました。

卵焼き工場のときもそうですが、いつも「考えるのと同時に動く」ことを意識しています。身体が動くと、自然と気持ちもついていくものなんですよね。周りから見ると、無軌道で突然のことに見えてしまい驚かれることもありますが、自分で決めたことなら後悔することはありません。

佐藤さんからのメッセージ

また、遠回りのように思えるキャリアのなかから学びや思いもよらないチャンスを得られることはあります。キャリアの寄り道は、いつか本筋へと合流するもの。周りに相談しながらも最後は自分で選択していくことで、望んでいたキャリアや予想外の新しいキャリアに出会えるのではないでしょうか

既存の視点を変えて新しいものを生み出せ

こうして保育の現場での経験を積みながら、障害児保育事業の立ち上げなどにも参画し、自分でも予想だにしなかった現在に至ります。“予想もできない”といえば、これからの時代も同じではないでしょうか。AI(人工知能)の進化、自然災害の頻発や気候の変化、国際関係の変容……。誰もが不確定な時代を進んでいかなければなりません。

そんなときこそ、物事を柔軟に多角的に見すえることで、見えてくるものがあると思います。大切なのは、今あるものを違う観点で見ること。今あるモノ同士の組み合わせ、今あるサービスの拡大、付加価値の追加、違う場所・用途への活用──。

これだけさまざまな仕組みが整っている世の中で、根本的に新しいことはそうそうありません。だからこそ、少し見方を変えて解決法を探してみてはどうでしょうか。キャリアも同じで、視野を広げ多角的にとらえるだけでも死角にあった道が見えてきます

主体的に視野を広げながら、得意だけでなく不得意も個性として活かし、自分らしい道を見つけてキャリアを歩んでいってください。

佐藤さんが贈るキャリア指針

取材・執筆:鈴木満優子

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